雨の朝です。
ひさしぶりに しっとりとして
若葉もさらに 瑞々しい・・・

    🍃

友達のこと・・・

先日 友達K子さんと会ったのですが
そこで 聞いたお話に 少々ショックを受けました。
Kさんのことは 昨年記事に書きました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
前を行く人の後ろ姿から

K子さんも ご主人を亡くされておひとり暮らし
二人のお子さんは それぞれ家庭をもって
やや遠方に住んでいます。
彼女は 仕事上の先輩でもあるし
家も 歩いて15分のところにあるので
誘い合って食事に行ったり 小旅行に出かけたり
友達づきあいをさせて頂いてるの。

K子さんは 今度の誕生日がくると 68歳になるのかな。
仕事はかなり減らしてますが まだまだ 現役です。
火曜日にわたしが勤務しているところで  
やはり週1回 働いているの。
曜日が違うので 職場では会いませんが 電話で話したり
ラインのやりとりもしています。

そのK子さんからの ショックな話とは・・・

彼女 もしかしたら 転居するかもしれないんです。
まだ・・・かもしれないという段階なのだけど
それを聞いたわたしは・・・
え~ 寂しくなっちゃうよぉ~と 意気消沈(>_<)

K子さんは ご主人亡きあと その家に住んでいるわけですが
いろいろと 今後のことを考えているらしいのです。
彼女もご主人も この県の出身ではないので
ご親戚は 遠方に住んでいるし 息子さん夫婦も近くにはいない。
車で2時間かかるところ・・・
娘さんも 嫁ぎ先は他県です。

K子さん 
今の家に ず~っとひとりで暮らしていくことについて 
そろそろ考える時期が きているかもしれないって。
もっと歳をとって 
ひとり暮らしのできない状況になるかもしれない。
その時に考えたのでは 遅いんじゃないかって。
息子さんは 仕事の関係もあって
ここには 戻らないだろうとも・・・

今の家を整理し 
息子さんの近くのマンションなどに転居することや 
早めに 有料の老人ホームに入ることも
視野に入れているみたいです。
早めにというのは まだ元気で動けるうちにということ。

彼女は わたしから見ると 
経済的にはほとんど問題なく 老後を暮らしていける状況かな。
仕事をしているのは・・・彼女は「ぼけ防止」というけれど 
それだけでなく やはり 生きがいのひとつになっていると思う。
身体が動くうちは これまでやってきた仕事を
ほんの少しでもやって 心のはりあいをもちたいという気もち。
大げさにいうと 
仕事も彼女の貴重な 自己実現の場だと思うの。

どこか 遠くに転居するとなると 
その仕事もいよいよ辞めることになる。 
それは 現時点での 迷いのもと・・・

でも それ以上に 考えるのは ひととのつながり・・・

そこを離れるということは これまで培ってきた人間関係を
いったんリセットすることも起こってくる。
つきあいがなくなるわけではないけれど 
物理的に離れるということは やがて心理的にも遠くなっていく
そんな可能性があるでしょう。
新しい土地で 新しい友達を見つけるのは 
歳をとればとるほど難しいというイメージもあります。

すぐパパッと会える 茶飲み・ランチ・おしゃべり友達の
存在の重要性は 彼女も わかっていると思います。
そういうひと達にも支えられて 
ひとりの暮らしを元気に送れているのよという言葉 
彼女から 聞いたことがありました。
だから どうしようか 考えている 迷っているのです。

わたしは
「もし K子さんが引っ越すことになったら すごく寂しい(>_<)
でも K子さんが決める事なら 応援します」というと
彼女は 「今すぐじゃないわよ そんな大事なこと 
簡単には決められないから じっくり考えてくわ。
○○さん(わたしのこと)とも こうしておつきあいできてるの 
すごくうれしいし やっぱり親しいひとと離れたくはないわよ」と。

今すぐじゃない・・・そう 彼女は 言ってくれたけど やがて
そういう日のくることを覚悟しておかなければと 
わたしは思っています。

誰だって 長年住み慣れたところを離れるのは 辛いです。
わたしだって こちらに戻ってくるとき 
それまで10数年暮らした土地を離れる時は 
悲しかった 寂しかった。
そこで知り合った友達と離れ離れになることが 
一番辛かったことだと 思い返してます。

   🍃

こうして書いていたら
・・・母のことを思い出しました。
母が 我が家に来ることになった時のこと・・・
軽い脳梗塞に罹患し 医師からは
「見守りが必要です」と言われた母・・・
ひとり暮らしの家を離れて わたしの家で暮らしてくれるように
母にお願いしながら わたしは・・・ 
そこを離れたくないという彼女の気もちを痛いほど感じていた。

まだまだ元気で 自由に動けた母でしたから 
できるならその家でまだ暮らしていたいと思ってたはず。
日頃から 「子供たちに面倒かけたくない 世話をかけたくない
自分でいろいろできるうちは この家で暮らしたい」
そう言っていましたから。

母だって 住み慣れたところを 離れたくなかった。
たとえ 
車で15分しか離れていない娘の家で暮らすのであっても・・・
でも 彼女は 
「〇〇子が困っちゃうなら仕方ないねえ」と言って 
我が家にくることを承諾してくれたのです。
わたしが 朝昼晩と 安否確認の電話をかけ 
一日一度は必ず様子を見に行っていたから 
それを申し訳ないとも思ったのでしょう。
わたしが 「母さんちに通うの 疲れちゃうよ~」と
嘆いたりもしちゃったからね。

できるなら ずっと母がその家で 
これまで通り自由に気ままに暮らせたらよかったんだろうな。
また わたしが実家に住んで 
母を見守るという方法もあったのでしょうが 
わたしには わたしの暮らしがあったから 
それは できなかったの。

だから・・・
母のことを思って心配したり 不安になったりする
そういう自分自身を安心させたいがために
わが家にくるよう 母を説得したのではないかという負い目が 
わたしの内に あったんです それは 今も あります。

それで
母が我が家に来てからも 
誰も住まなくなった実家の畑に野菜の種をまき 
収穫したりしに行きました。
庭に停まっている車を見つけて 
いつもお茶のみしていた同年齢の友人たちが
集まってくれたこともあったし 
一番仲良くしていたひとのお宅を訪ねて 
おしゃべりに花を咲かせたこともありました。

「娘が 車で連れてきてくれなくちゃ 
どこへも行けなくなっちゃったの」と話していた母・・・
わたしは 罪滅ぼしに ほぼ週末ごとに 
懐かしい家に お供した次第です。
母に ひととのつながり 続けてもらいたかったから。
 
高齢になって 暮らしの場所を変えなければならなかった
母の寂しさ・・・それを忘れないことが 今のわたしにできること
そう思っています。

     🍃

自分がある程度元気なうちに 
終の棲家をどこにしようか考えているK子さん

ひとり暮らしを続けたかったけど
のっぴきならない身体の状態で 
次の居場所を決めざるを得なかった母

いずれにしても 
いつかは わたしも考えなければならない時がくるのです。

親しい友達と離れて 
違うところで暮らさなければならないこと
この家で 暮らせなくなること

終の棲家のこと・・・ 

やがて やがて やってくる 
かならず その岐路に立たされる時
それは 想定内のことでしょう。


いろいろな視点で 考えておくべきことがありそうだけど
まずは ひととのご縁なのかな 大事なこと。
とりあえず 今はね。

親しいひとと離れることになったとしても
ずっとつながっていられたら ふっと孤独じゃないわよね。
思い出だけだって 生きられるかもしれないわ。

だから 今ここでの ひととのつながり 大切にしよう。

K子さんとの ふたり女子会
来月 やろうかな。
さっそく ラインしてみよう 💛


           おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
本日は コメント欄 お休みしますm(__)m

🌻ランキングに参加中~
あなたからの応援ポチッにも すご~く励まされてます。
ありがとうございます 感謝 感謝です💛
   👇
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ


にほんブログ村



5月の初めに再会した友達から メールが来ました。
あれ以来 近況など書いて 
時々メールのやり取りをしています。

先日のは こんな内容・・・

***この前 数年来「いつか使ってみたい」と思っていた
ある“ことば”を使えて…ヤッターと思いました。
以前 先輩と話している時に
「結婚は“気の迷い”でするものだから…」と聞いて
『気の迷い』をいつか使ってみたかったのよ。

知人が ご自身の母を亡くしたばかりなんだけど
昨夏 舅を亡くし 独り暮らしになった(嫁いびりの)姑と
「一緒に住んでもいいかなと思ってしまう」と言うので
「それは気の迷いよ。やめたほうがいい」と言ってみました。
時々 こんな楽しみもあります***

いつか使ってみたいと思っていた言葉を使えたの♪
そんなふうなことを書いてくる友達 わたし 好きだわ~
妙なところに!?小さな楽しみを見つけられる
彼女らしいメールです。

それで・・・
今日の話題は 彼女のことではないの。

メールにあった 「気の迷い」ということ。

気の迷い・・・
いつだって 迷ってますよ わたしも。

気の迷い・・・心が迷うこと 道や方向を見失うことetc
あるいは 出来心というような意味もあるけれど 
おおむね 選ぶということがあるから 迷いもあるんでしょう。

選択肢

考えてみたら 日々 迷いながら選んでいますもの。
何着ていこうとか 何食べようとか 
あれかこれか それかというような小さな選択から 
人生上の大きな選択まで。
そこには すべて 迷うということがついてまわります。

ふりかえると
わたしも もの心ついた時からこれまで 
迷って 選んで また 迷って この人生を歩んできてますよ。
小さな選択 大きな選択を繰り返しながら 生きてきた。
ほんと 人生って 選択の連続だなあ。

選択肢があればあるほど 迷って迷って 悩みも生まれる。
それに 何かを選んだということは 
選ばなかったものがあるということ。
選んだということは 何かを捨てたということ。
選ぶということは 一時的にせよ 
他の可能性を一切捨てさるということを意味するわね。
だから 選んだひとの 自己責任という感じにもなるけれど 
だからこそ 悩みます 悩みます。
だって 他の誰でもない かけがえのない自分のことだから。

選んで 迷って また 選んで・・・
気の迷いをたくさんたくさん 経験してきてるわねぇ。
人生は ほとんど 気の迷いから~なんて 思っちゃう。

yes no

メールにあった 「結婚は 気の迷いでするものだから」
この部分に ドキッとしましたよ。

そうね わたしの結婚も 気の迷いだったかも。
ふらふら~と 「結婚しようよ」なんて 
わたしから言っちゃったから(^_-)-☆
亡き夫・太郎さんは その時どうしたか・・・
「はぁ?!」とだけしかいわなかったかも そういえば・・・
あとで 義弟が教えてくれたけど 
「〇〇ちゃんが 結婚しようっていうんだけど 
どうしよう 本気かな」と 彼に聞いたらしい(^◇^)
義弟の「だいじょぶじゃないの 〇〇ちゃんなら」とのひとことで 
太郎さんは結婚を決めたとか そうでないとか・・・ 
太郎さんも 気の迷いだったのね!?

気の迷いではないぞ!!と 決めたことでも 
実は 気の迷いだったかもということ いっぱいありますよ。
例えば 仕事のこと・・・就職してから 
「ああ やっぱり これがわたしの天職だわ。
定年になるまで このお仕事頑張る(^^)/」 などと
意気揚々 生きがいをもって働いて 日々感動していたのに 
21年後のある日 いろんな理由で退職したくなっちゃった。
それこそ 気の迷い・・・

まさしく 臨床心理学の大・大・大先輩 故河合隼雄氏のいう
誰にでもある 中年期の心の危機
中年クライシスそのまんま。
様々な人生の 岐路に立たされる・・・自然な成り行きでね。
でも 迷って迷って 選択して 他の可能性に目をつぶり
今の仕事をしていられるから 
何とか その危機を乗り越えたということになるのでしょう。

それに これまでの 人生行路において
今の自分が 一番わたしらしく 生きているような気がする。
あの 気の迷い さらに こころの危機があって 
わたしにとっては よかったんだと思ってます。


だから
気の迷いって そんなに悪いもんじゃないなと思うの。
あんまり長い時間かけて 迷っているのは 
時間がもったいないけれど
迷って迷って 最終的に自分の選択に納得できれば
いいんじゃないかなあ。

それに とびきり迷って 
自分が選べなかったとしても それもありかな。
子どもの頃 「〇〇と△△ どっちにしようかな 
となりの神様にきいてみよ~♪」と歌ったことがあったけど
例えば 占いなどに頼ったりして 人任せの人生を歩むのも 
その結果を自分が受け止められれば 
それもひとつの生き方かもしれない。 

第三者に選択をゆだねるにせよ あるいは 
自分なりの納得感をもって選択する あるいは 
葛藤しながら選択を先送りにするにせよ
いずれにしても 
その結果は そのひとの今や未来を形づくるわけよね。

そして
何かを選んだ後には 
選ばなかった可能性の山がどさっと残るでしょう。
例えば 結婚する時のマリッジブルーのように 
幸せの絶頂にいながら 
選ばなかった可能性に思いを馳せてしまうと 
またまた 迷って 悩んでしまう。

ああ ひとのこころは やっかい極まりないわね。
でも それも自然なことかもしれなくて 
とことん納得できるように ちゃんとこころが働いてくれてる。
こころは ちゃんと自分を守ってくれるのです。
本人は ブルーブルーだけど そうやって悩んだあとには
明るいブルーの こころの青空が広がっている。
だから 安心して 迷っていい 悩んでいい。

冒頭のメールにあった
「お姑さんと住んでもいいかな」と思った知人
気の迷いかもしれないけど やってみたらいい。
それが そのひとの選択した道ならね。
結末は 誰にもわからない もしかしたら
素敵な思い出が作れて 今まで見たことのない
地平が見えるかもしれないものね。

     🍃

まあ とどのつまり 迷いながら どっちを選んでも・・・
なるように なる!!
この場合
なるようにしか ならない(>_<)ではなく
なるように なる!!
なるようになる!!の方が ポジティブでしょ♪
だから わたしは なるように なる!!

そしてね・・・
こう 思ってます。

まず シェークスピアの言葉より

運命とは
最もふさわしい場所へと
あなたの魂を運ぶのだ。


これまで選んできたことや
これから選んでいくことが
今や未来につながっていくけれど
どんなに迷って苦労して 自分が選んできても
自分が望むようなところに到達できるという保証は
全く ないでしょう。

でも もしかしたら
おおいなるものに導かれて
わたしは わたしの魂は
身の丈にあった ふさわしい場所に 
近づくことができるかもしれないわ。

そう 信じて
精一杯 安心して迷いながら 
生きていくことにいたします♪

ところで 今朝の庭には この花が・・・ 

DSC_0715.jpg

もうすぐ咲きそう まだ つぼみ。
もしかして 咲こうか 咲くまいか 迷ってる?
えっ そんなの シラン?

まあまあ 安心して 迷ってください
今日は それほど気温は上がらない感じだから
明日でも いいわよ 開くのは。

では また あした💛

 
        おり~ぶ



🌻ランキングに参加中~
あなたからの応援ポチッにも すご~く励まされてます。
ありがとうございます 感謝 感謝です💛
   👇
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ


にほんブログ村



昨日のこと・・・
を 書こうかなと思っていたのです。
つい 先ほどまでは・・・

でも 急遽 変更して
今日は このことを書きます。

お気に入りのブログを探した日々・・・

このことを書こうとした きっかけは
今朝 ブログ村のマイページを見たことから。
マイページは よく見ますよ。
自分のインポイントやアウトポイントをチェックできるから。

そのページをみて ひとり反省会やってます(>_<)
応援の意味の IN が少ない時は 
ああ やっぱりね ちょっとひとりよがりの内容だったわ
とか 文章の詰めが甘いのよ とか いろいろね。
書きたいことを書きたいように書いているといっても
やっぱり 読んで頂くことが前提だから その辺りは
真面目に取り組んでいます(^_-)-☆

そうそう それでね
マイページに お気に入りでフォローしてくれている人数が
出るとこ あるでしょう。
そこに 何と 8人とあったんです。

確か前は 3人だったのに 8人ですよ!!
わたしは すご~くうれしくなったの 跳び上がらんばかりに。
その欄は いつもは ほとんど気にはしていません。
たまたま 目に飛び込んできただけです。
いつから 8人になったのか わからない。
数か月前が 3人だったのです。

このブログをお気に入りに入れてくださっている方が
8人もいらっしゃる。
8人は 一般的にはすごく少ない数字なのでしょうけど
わたしにとっては そんなに~!!というほど多いの。

というのは 実はわたしも 
お気に入りでフォローしているブログがあって 
それは マイページの中のその欄に 表示されています。
相手の方には わからないんですよね。
わたしと同じように 人数だけわかる仕組み。
わたしが フォローしているのは 6人。
わたしにとっては 選りすぐり!?の6人です。

ふだんコメントを頂いている方は 
IEのお気に入りやデスクトップに置いてあるので
マイページの フォロー欄で確認するのは 
それ以外のブログ 異なるカテゴリーの方がほとんどです。
更新するたびに タイトルが示されるから 
その欄から入って 読んで 
こっそり 応援ポチして 戻ってきてます。
同じカテゴリーの方なら すぐ訪問できるから 
あえて お気に入りにはいれておかないの。

とにかく わたしがフォローしている6人より多い 
8人という数に びっくりしたり 喜んだり。
もしかして コメントを下さっている方も入って 
8人かもしれないけれど それでも 8人という数は 
わたしには 思いがけない今朝のプレゼントです♪

     🍃

ところで・・・(前置きが長くなって すみません)
お気に入りといえば・・・ 
お気に入りブログを 探した日々がありました。
わたしがブログを書き始めたのは 昨年からなので
お気に入りを求めて Webをさまよったのは
昔 昔 その昔・・・

わたしとブログとの最初の出会いは 2001年です。
乳がんになった時 藁をもすがる思いで 
初めて ブログの世界に 足を踏み入れました 読者として。
この時は 同じ病を抱えた方の闘病記を 
くまなく読ませて頂いた。
たくさんの知識や情報 そして 生きる勇気を頂きました。

     🍃

二つめの出会いは 2003~4年 
心理の資格取得の受験に向けて
これまた 必死の思いで 辿り着いたのが 
〇〇〇の勉強部屋というブログ。
その資格をとった方が書いている記事にかじりついた。
資格取得に向けた勉強法 過去問の解説 面接試験攻略法など 
本当にお世話になりました。
わたしは その受験に 一度は不合格(>_<)
やっと二度目で 合格できた時は 
初めて コメントを入れました。
もちろん 感謝の気もちを伝えたかったの。

先ほど 検索したら そのブログ まだ ありました!!
今も 多くのひとを 励まし 応援し続けていらっしゃることに
本当に敬服しています。

     🍃

そして 三つめの 出会いは・・・
タイトルにあるように
お気に入りのブログを探した日々の中での出会い。

長年勤めた仕事を辞めたあと 
現在の職種を志して始まった学生生活を卒業して 
まずは無資格で務め 
さらに有資格者として働きだしてからも 
今 思うと わたしは ず~っと寂しかった。
ちなみに 乳がんは 学生生活修了の年に
わたしを襲った病です。
そのことも わたしの孤独感や喪失感を
助長したと思います。

でも 受験や仕事やらで その孤独感は紛れていました。
その頃は 友達と遊びにいくなどという 時間やお金も
そして こころのゆとりも ありませんでした。
だから 今ほどには 友達との時間を過ごしていません。

いつも 母と どこかへ行ったりはしてました。
母となら 日程の調整など必要ないし 
いろいろ気兼ねすることもないですから。
そのころは 母が友達だった。
晩年 母が 「いろんなとこに連れてってもらったね。ありがと」
と お礼を言ってくれたけど
実は わたし 本当は ず~とずっと淋しかったの。
母がいてくれても それで埋められる 孤独感とはまた違う孤独。

その頃ね Webで 頻繁にブログを探したのは。
わたしのような ひとりものは 
どんなふうに暮らしているんだろう。 
みんな どうやって生きているんだろうと思ったの。
キーワードは 「ひとり暮らし 女性 シニア 未亡人」など。
そしたら いかがわしいサイトが いっぱい出てきましたよ。
たぶん 「未亡人」にヒットしちゃったの。
出会い系のサイトやブログ 
ちょっとエロチックな内容の言葉が出てきて 
あらあら そんなんじゃないのよっていう感じ。
未亡人て こんなくくりになっちゃうのと ショックでした(@_@。
もちろん そこには行きませんでしたよ 間違っても。

でも 真っ当な!!ブログに 出会うことができました。
シニアでおひとり暮らしをしている方 
50代ぐらいの はつらつおひとりさまで行動している方など 
時々 読ませて頂きました。
読んでいて 自分の感性にあっているなぁ 
このひとの生き方素敵だなあと思うブログを
IEのお気に入りに入れて 楽しませて頂きました。
ブログ村にも たびたび訪問させて頂いたわ。
ちなみに その時出会った ブログ・・・ 
今もブログ村にいらっしゃるんです うれしいね♪

その後は 2012年~
母が 我が家に来て 一緒に暮らすようになったりして
暮らしのリズムが変わり 
ブログを見ることもほとんどなくなりました。
仕事と母との時間に多くの時間をさくようになりましたから。
わたしの寂しさも 小休止というところでした。
数十年ぶりに 老いた母と暮らすのですから
ほんの少しの戸惑いと大変さはあったものの 
それ以上に ふたりで居るという楽しさを受け取って 
わたしは それまでよりは 意気揚々と暮らしました。

そして 2013年 その母とお別れして
わたしに 再び 孤独な時間がやってきた。
でも その時の孤独感は それまでとは 少々違っていました。

ブログの ごあいさつの記事にも書きましたが
「気がつけば 本当にひとり」になったのだと思ったら
妙にこころが軽くなったんです。
ひとりじゃなく 誰かがいてくれたらなぁという 
ないものねだりのわたしの寂しさは 吹っ飛んでしまった。
まあ それで わたしの寂しさが
全く なくなったわけではありません。
それは 生きてる限り 感じるもの 自然な感情だからね。
でも もう 孤独とお友達でいいよ 
ちゃんと 孤独していくもんと開き直っちゃったの。

そうしたら 
わたしらしく生きていくぞと勇気百倍になってきて・・・

    🍃

2016年 四度目のブログとの出会い・・・
ブログを読むだけじゃなくて 
記事を書くひとになったという次第です。


わたしが ずっとお気に入りブログを探していたように
どなたかも お気に入りブログを探していて 
見つけてくれたのが わたしのブログだったとしたら・・・
なんてうれしいことでしょう。
そんなことを想像しながら こうして 記事を書いています。

これから 出会うかもしれない
まだ 見ぬ あなた

あなたは どこに いらっしゃいますか?

わたしは ここにおります。
日本ブログ村 4989番地 (^_-)-☆
(前にも書きました。いろいろと四苦八苦
4989だからね)

どうぞ 探し当てて いらしてくださいね。

いつでも ここでお待ちしています💛

          おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
本日は 諸事情により
コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m

🌻ランキングに参加中~
あなたからの応援ポチッにも すご~く励まされてます。
ありがとうございます 感謝 感謝です💛
   👇
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ


にほんブログ村



まず 昨日のことから・・・
友達と 東京・神楽坂を散策して
楽しいひとときを過ごしましたが
往く時も 帰る時も 事故のため 
常磐線が遅延 遅延 チェッという感じ(>_<)
遅れて行って 遅れて帰ってきて 少々疲れました。

でも 疲れて電車に乗っているわたしが
ほっとした瞬間があるのです。
今日のお話は ここから・・・

voice.jpg

そう VOICE は 声・・・
ある声に癒された わたしです。

それは JR職員さんの アナウンスの声です。
特に 復路の 男性の声が素敵でした。
「本日は 列車が遅れまして 誠に申し訳ございません」
「事故のため 前の電車が 停車しておりますので
 その電車が動き次第 出発いたします。
 もうしばらく お待ちください」など
何度も 何度も 放送があったのですが ちっとも
うるさく感じなかったんです。

それどころか 聞きほれてしまったの。
だって 知的でさわやか 
ちょっと甘い 柔らかな声だったんです。
おそらく 20代後半か 30代の男性職員と思うのですが
これは 本当のところは わかりません。
声に年齢の出るひともいれば 声だけ若い人もいますもの。
実際にその職員のお顔を見ないで 
想像しているだけの方が いいかもしれませんね。

電車の中の声に関していうと 
もうひとつ 聞き耳を立ててしまった声もあります。
斜め後ろの座席に座っていた女性達の話す声・・・
とりあえず Aさん Bさんとしますね。
お互いの趣味のことを話しているらしいのですが 
ごく若い人ではなさそうです。
話の内容からすると ふたりとも 
60代後半~70代ぐらいの人という印象です。

そのAさんの声が とても若々しい感じだったの。
はぎれよく 明るく しかも 澄んだ声・・・
どうして そう感じたかというと Bさんの声が 
とてもしゃがれているように聞こえたからだと思います。
ひとことでいうと・・・老けてる(>_<) 
ひとりひとりの声を 同時に聞かなければ 
それほど感じなかったかもしれないけど 
ふたりの会話を聞いていると どうしても 比較してしまう。

わたしは 彼女たちの姿を見たくなってしまって
何気なく 窓外を見るようなふりをして 
斜め後方を ちらっと見たの。
そしたら 
ふたりとも まあまあ素敵な雰囲気のシニアの方々でした。
どちらがAさんかBさんかわからないほど 
見た目の一瞬の印象に それほど違いはないけど・・・

どことなく くたびれた表情のひと
ちょっと年上のように見えたひとが Bさんだったのかなぁ。
でも パッと見ただけだから よくはわからない。
よ~く見たとしたら 顔つきや表情の違いなどから さらに
その人となりの違いの一端を 見られたかもしれないわ。

ふと 声も老化するわよね・・・と思いました。
Aさん Bさんは 外見の印象に 
それほど大きな違いはなかったけれど
声だけに視点を当てると
明らかに Bさんの声は 
年齢以上に 年齢を感じさせたような気がします。
まあ ひと様のことを こんなふうに書いていては失礼ですね。
Bさん 喉の調子がよくなかっただけかもしれません。
でもBさんの声は 
もしかしたら わたしの将来の声かもしれないから 気になった。
とても 危機感を感じたの 声の老化ということに。

肉体は 日々老化していくのだから 声だって 同じでしょうね。
自分でも 気づいてます。
若い頃のような 高いきゃぴきゃぴしたような声 
少しずつ 出なくなっていますから。
わたしは もともとは 低音の魅力というのではなく
ふだんの声は 比較的 トーンの高い声なの。
テンション高い時は どこから出るの?というぐらい
声が高くなることもありました。
ありましたと過去形なのは 
今は それほど出なくなっているからです。

あら やだ 声も老けるのねぇ (>_<)
確実に 着実に おばあちゃん声になっていく・・・
それは それで 成熟の魅力だけど
できるなら 若々しい声で 話したいなあ。


    🍃

声を出すのに重要な部位は 声帯・・・
いろいろ 調べてみたら
年齢とともに 老化するそうですよ 本当に。
・ 高い声が出にくくなる
・ かすれる 低くなる 大きい声が出にくくなる

50歳ぐらいから 老化のスピードが速まるらしい。
足腰の老化と同じですね。
声帯は 声を作る部分の筋肉だから
身体の筋肉の衰えとともに 声帯も確実に衰える・・・

さらに高齢になってくると
声帯のすきまから 
気管や肺に食べ物などが入りやすくなるんでしょ。 
それが 誤嚥 (>_<)
ご縁じゃなくて 誤嚥・・・ 縁を結びたくない ごえんです。

そういえば わたし このごろ 
食事中 ちょっとしたはずみで むせたりしています。
つまり 飲み込みづらくなっているということ?
以前は こんなこと なかったような気がします。
これも 老化ですよね はや 62歳にして このありさま。
歳をとるということは・・・トホホ トホホの連続だ~。

むむむ このままではいけないわ。

ず~っと 若々しい声で 話したい 冒頭のAさんのように。
声だけ!?でも 美人と言われた~い(^_-)-☆
食べる時 むせないで 涼しい顔で もぐもぐした~い。

    🍃

そのためには こんなこと こころがけようかな。
  (備忘録)
●声帯を鍛える。 
これは大きい声や様々な音程を出すことがいいらしい。
趣味の朗読のレベルを上げるためにも これは必要。
●酒 たばこは要注意。
喉に刺激的すぎるのかな たばこは吸っていないからOK 
お酒もちょびっとだから まあOK。
●冷えを防ぐ。
う~ん これは 冬はいろいろと首に巻いているけれど 
夏場は ちょっと油断していたから 
冷房時は 薄い夏物のスカーフなど巻きましょう。
自分なりのボイストレーニング中は 常温の水を飲みながら。
保湿のため と 冷水で声帯を冷やさないために。
●保湿といえば 寝ている時 口をぽかんと開けないで 鼻呼吸。
これは 工夫しています。
起床時 喉がからからになることは 全くなくなりました。
以前 記事に書きましたので ご興味のある方や
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
鼻呼吸しましょ 眠る時の必需品

●声帯も鍛え 飲み込む・嚥下の力を保持するのには・・・
母がやっていた お口の体操 やろうかしら。
母と暮らしていた頃は 食事の前に必ず 一緒にやっていたの。
パタカラ パタカラ パタカラ パタカラ
母がディサービスで 教わった方法です。
パタカラと発声すると 口の中や舌がよく動くようになるらしい。

と まあ
こんなことを 意識しながら 声の老化を防ぎたいです。
いつまでも 若々しい声と 気もちでいられるように。

   🍃

そこで 今朝は 早速
「パラ ピリ プル ペレ ポロ」
「マラ ミリ ムル メレ モロ」と 早口で
発声しつつ ウォーキングしてきたら 疲れたぁ(>_<)

何をやるのも やりすぎない。
過ぎたるは 及ばざるがごとし。
声帯の強化も やりすぎると老化を速めるそうですから
ほどほどに。

朝歩きをして 家に着いたら・・・
母の形見のバラが 咲いています。

DSC_0710_201705221025081c4.jpg

パタカラ パタカラ オタカラ

父と母にもらった この身体 この声帯
この 声 ・・・
大切に ケアしていきます💛


          おり~ぶ




🌻ランキングに参加中~
あなたからの応援ポチッにも すご~く励まされてます。
ありがとうございます 感謝 感謝です💛
   👇
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ


にほんブログ村



追憶のひと・・・

あるひとを思い出しております。

土曜日の午後6時5分からの NHKの番組
「みをつくし料理帖」というドラマ ご存じですか?
わたしは 今は ほとんどTVドラマを観ていないのですが
これだけはと思い 観ています。

というのは このドラマの原作である
「みをつくし料理帖」という物語に 思い出があるから。

みをつくし料理帖(全10巻)+みをつくし献立帖(1巻) (ハルキ文庫 た  時代小説文庫)

「みをつくし料理帖」  高田郁氏の作品です。
あるひとに会うまで この時代小説を全く知りませんでした。
作品名はもちろん 作家の名前も。

でも ある時 この本のことを教えて下さったひとがいたのです。
その方を Aさんといたします。
Aさんとは 勤務先で お会いしました。

    🍃

わたしは 病院に 心理職として勤務しているのですが
仕事の中で 多くの患者さんやご家族とお会いしてきました。
そのみなさんから 実に多くのことを学ばせて頂いている。
Aさんは その患者さんのおひとりでした。

あの時から もう3~4年経つでしょうか。

心理職としての守秘義務がありますので 
詳しいことを書くことはできませんが 
「みをつくし料理帖」のドラマを放送することがわかってから 
あらためて Aさんのことを思い出さない日がなかったほど 
彼のことが 脳裏によみがえってきました。
それぐらい 
彼との出会いが 印象に残っているからです。

彼は 60代 癌の末期の患者さんでした。
奥さまと死別されていて ひとり暮らしのまま 
ずっと在宅で 闘病を続けていました。 
いよいよ最期の時を病院でと 入院されたのです。

窓辺の花

初めてお会いした時から いろいろなことを率直に話されたAさん。
従事していた仕事のこと 発病からの経緯や在宅での闘病の様子 
お子さんのことなど 様々な事を話してくださった。

病気になって失った多くのものに思いを馳せながらも 
病気になってこそ得られた愛おしい時間のことを
あれこれと語られたAさん・・・
もうすぐ人生の最期を迎えんとする時 
深い絶望感や孤独感の中におられたであろう Aさん。

でも Aさんには ある希望があったのです。
それは 死後の世界の存在・・・身体は消滅しても 
自分はあちらの世界でまた生きることができる 
その思いが 彼を支えていたといっても過言ではない。
繰り返し繰り返し そのことを語って下さった。
わたしも いつかAさんのように 
自分なりの死生観をもつことができるようになりたい 
そんなふうにも思いながら お話を傾聴しました。

時々痛みが出て苦しい時以外は 
Aさんはいつも笑顔で 看護スタッフと話をしていました。
話の内容が面白いから ついつい笑いの起こる病室・・・
緩和ケアを受けながら Aさんは 不安感はあったものの 
ご自分なりの死生観をもつことで 
死の恐怖に押しつぶされてしまうことなく 
日々 過ごされていたのです。
 
彼は 在宅時に観ていた映画や
読んでいた小説のことを教えてくれました。
その中には 彼の大好きなSF小説や政治小説 
さらに死後の世界に関する本もあり・・・そして 
先ほどの「みをつくし料理帖」があったのです。

わたしは 早速
「みをつくし料理帖」の文庫本を買って読みました。
Aさんを虜にしている時代小説は いったいどんなものなのか。
なんと それは 
一度読んでみたら 次が読みたくなるような素敵な物語でした。

澪さんという料理人と周囲の人達との人情話。
料理もたくさん出てきて 料理好きにも面白いお話です。
読後は 時々切ない涙は出るものの こころほんわかします。

Aさんは 在宅時 その本に出てくる料理を
いくつか作ってみたと言っていました。
巻末にレシピが載っているんです。

     🍃

そのように 
痛みが緩和され お元気にしていたAさんにも 
最期の時がやってくる・・・ あまりに無念なことではあるけれど
・・・彼は 旅立っていかれました。

Aさんの最期の時 わたしは お会いすることができなかった。
日曜日に亡くなられたからです。
月曜日に出勤して そのことを聞いた時は まさかと思いました。
だいぶ弱られてはいたけれど 
その日も Aさんのお顔をみることができると思っていた・・・
状態が急変して 亡くなられたのです。

Aさんは 駆けつけたお子さん達に見守られて
本当に安らかに 息を引き取られたそうです。

Aさんのいらっしゃらない空いた病室に入ったわたしは 
涙があふれました。
彼とかかわらせて頂いた 数週間のことが甦り 
お別れの寂しさと 感謝のこころでいっぱいになったのです。

わたしは Aさんとの出会いの中で 
いろいろなことを学ばせて頂きました。

生と死 どのように生きて どのようにこの生を閉じていくのか
そのような大きな課題について 
自分自身のいのちと生き方に向き合う時間を 
Aさんは わたしに下さったのです。

   🍃

Aさんの生命は 終焉を迎え
肉体は もろくも消えてしまったけれど 
彼がこの世に存在した意味 
彼が大事にしていた価値観 すなわち いのちは 
ご家族や周りのひとに引き継がれ つながっていく。
Aさんの生命は人生を全うされたが 
彼のいのちは 無限に生きて つながっていく。
生命のつながりは切れても いのちのつながりは切れない。
Aさんのように 死後の世界を信じるひとにとっては
いのちはつながっている。
それは 再会という希望をもたらすのです。

わたしが 今こうして 
Aさんのことを書かせて頂いていることも
いのちをつなぐことになるのかもしれません。

Aさんは 生命を終えたひと
そして 
わたしもやがて 生命を終えるひと
それは 間違いありません。

わたしの「いのち」も また 誰かにつながる「いのち」だとしたら
生きること そして 生命を終えること
そのこと自体が とても意味のあることのような気がします。
「生命」は有限だけれど 
「いのち」は無限につながっていくのではないかと思うから。

追憶のひと それは Aさん
今 あらためて
感謝の気もちで 胸がいっぱいになる。

Aさん ありがとうございます。

あなたのいのちは 
つながっていきます💛



           おり~ぶ



今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
  本日は 諸事情により 
  コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m



🌻ランキングに参加中~
あなたからの応援ポチッにも すご~く励まされてます。
ありがとうございます 感謝 感謝です💛
   👇
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ


にほんブログ村