わたしのブログ記事
この頃 「老いる」テーマが 続いています(>_<)

自分が関心をもっていることで ひとつの記事を書くと
思考が連続していって いやがおうにも 
関連したワードに目がいってしまいますね。

折も折 昨日の新聞記事には
「終活しますか?」という記事が載っていたの。
おやおや ここにも 老いにまつわる記事が・・・
我ながら 少々 食傷気味 (^_-)-☆
でも 終活というような言葉に ついつい目がいっちゃう。
読んだ方も いらっしゃるでしょうか。

   🍃

3人の方のインタビュー記事なんだけど
ひとりの女性の記事に へぇ~ということが書いてあったの。
井上治代さんという方は 大学教授で 
エンディングセンターなるものを 運営してるらしい。
エンディングセンター・・・進行形の「ing」をつけて 
死にゆく過程 死後も続く関係を表したんですって。
「血縁から結縁へ」家族以外の人とも縁を創る・・・
そのような理念で 活動されているようです。
その方が インタビューの最後に話していることが
こころに残ったので ここに紹介しますね。

私は 死期がわかるような病気になったら 
ごく身近な人たちの誕生日に 死後 
私からの花束が届くようにしかけたい。
子どものいない人が 親友の孫に絵本を送るよう
準備した例もありました。
そうやって 時間や大切な人との関係を 
死後も自律的につないでいけるのです


ここを読んで 思い出したことがありました。
勤務している病棟で ず~っと前・・・
病室で ハガキを書いている男性がいたの。
彼は ハガキに死後の挨拶文を書いていたんです。
文章に 趣味の水彩画も描き入れて 一枚一枚 丁寧に。
葬儀は 家族葬と決めていて 
そのハガキは友人たちに宛てたもの。
投函するよう 息子さんに託していました。
しばらく後 息子さんが 挨拶に見えた時 
「あのハガキ 投函しました。親父との約束だったから」と。
そのハガキを受け取った人たちは 大事に保管して 
友人とのご縁を 
今でも大切に感じているのではないでしょうか。

そうね。
亡きあとも ちゃんと つながっていけるのよね。

この インタビュー記事を読んで わたしは
何だか じわりじわりと 明るい気もちになりました。
花を贈る 絵本を贈る こんなことも やっていいんだわ~
でも 死期がわからないと なかなかできないわね。
突然じゃ 無理でしょ・・・とは 思うけれど
終活って もっともっと自由な発想で 考えていっていいのね。
そしたら 何だか楽しくなってくる。

あまり生真面目すぎずに ドラマ制作者のようにあれこれ 
シナリオづくりをして 楽しんでもいいんじゃないか。
どうせ シナリオ通りにはいかないと思うけど・・・
とりあえず その方が 元気に生きられる(^^)/

この インタビュー記事 Webで読めると思います。
堅苦しい内容じゃなく 
読後に ほっこりした気もちになりました。
ご興味のある方 お時間のある方は ぜひぜひ♪ 
「やすらぎの郷」の作者 倉本聡さん
仏教思想家の ひろ さちやさん も お話されてますよ♪
     👇
終活しますか?     

     🍃

・・・ということで 
今朝の空は うっすらと雲が浮いてます。

DSC_0748.jpg

   雲   
       八木 重吉

くものある日
くもは かなしい
くものない日
そらは さびしい


じゃあ 今日の空は さびしくない。
かなしい雲が あるからね。
そして わたしも さびしく ない。
かなしい雲 こころの中にしまったからね。

さてさて
今日は予定のない一日・・・
のんびりしようと思っていたら
次々と やらなくちゃいけないことが 浮かんでくる。
あれして これして 次はこれ
こまごまとした予定 あっという間にできちゃった。
しばし 老いや 終活は ひとやすみ。

今日という日に感謝して
ひとつ ひとつ かたづけながら
元気な気もちで
生きるぞぉ 💛


      おり~ぶ




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雨戸を開けたら 梅雨の晴れ間の青い空
風が 気もちよく吹いてます。

ひとりの夜を過ごして
朝になっても ひとり・・・

昨日の記事で母のことを書いてから 
少々 おセンチになっている おり~ぶです。

ひとりで暮らし ひとりで老いていくんだなぁ。
母とわたしの 決定的な違いは
母には おり~ぶ娘がいたけど
わたしには そういった存在がいないこと。
わたしの生きざま そして 逝きざまを見届けてくれそうな
子どもがいないこと。
たとえ その子が遠くにいて ふだんはかかわらないにしても
いるといないのじゃ 大違いでしょ。
最低限 子としての義務や責任みたいなもの 
背負ってくれるでしょうから・・・
そういった安心感のようなもの 自分はもっていないからね。

お子さんをもつ友達などに話したりすると
「あらぁ 子どもがいたって あてにならないわよ。
それに自分も 頼りにしようなんて思わないわ」と 
概ね そんな言葉が返ってきます。

まあ それはそうでしょうけれど 
自分が頼りたくないといったって 
何らかのお世話をしてもらうということは 
必ず起こってくるんじゃないかな。

その何らかのお世話という点で いろいろと心細くなるわね。
病気で入院したり 施設に入居したり 
老いに伴う様々なことが起こって来た時 
やっぱり まずは 子どもさん 頼りになると思うの。
手続きの署名ひとつから その他もろもろね。

さてさて この孤独な おり~ぶは 
これから どうやって老いていくんでしょう? 
そして この世とお別れしていくんでしょう?
と このように書いているうちは まだ切実感は希薄ですが・・・

    🍃

ところで
「孤独」って 辞書では
「頼りになる人や心の通じ合う人がなく ひとりぼっちであること 
さびしいこと」とあります。
まあ そんなところでしょうね。

何と!!
「広辞苑」では 「みなし子と 老いて子なき者」とある。
いやぁ これには びっくり 何と簡潔明瞭なとらえ方。
その通り まさしく おり~ぶ そのもの。
みなし子じゃないけど 「老いて子なき者」よ。
でも 老いてからじゃなくて 初めから子どもいないんだけど・・
と 思って ハッとした。

「老いて子なき者」・・・拡大解釈すると 子どもがいても
先に亡くなってしまって 親ひとりが残った あるいは 
子どもがいるが 心理的・物理的に断絶して 
子がいないのと同様の境遇にあること などが
思い浮かんじゃった。
そういう意味も含めての 「老いて子なき者」なのかしら。
広辞苑て 深いわねぇ。

と 書き進めてきたら・・・
こころのおセンチ度が ぐっと軽くなりました(^◇^)

    🍃

夫亡きあと ずっとひとりで生きてきた 
その道を選んできたのは 他ならない自分だから 
納得はしているんですよ。
夫も子もいない人生を生きると 
こころに ガツンと決めてきた・・・
そんなところもあるんです。

でも たまぁに むくっと 孤独感が深まってくる。
以前は それほどじゃなかったから やっぱり 
年齢を重ねてきたからですね きっと。
60歳を過ぎて あちこち身体の不調も出てきたし これから
ますます衰えていく中 独りでいるのは正直 不安になります。
孤独死の可能性も ふっと頭をよぎりますもの。
まあ 孤独死そのものは 致し方ないとは思っていて
それ自体は こわくはないんです 何となく。

家族がいても みなに見守られてお別れするとは限らない。
付き添っていたひとが ちょっとその場を離れた時に
亡くなられるというようなこと 病棟で何度も見てきました。
それを 孤独死とはいわないでしょうけれど。

孤独なぼっち生活をしていたひとが 
ひとりで亡くなってしまう死の瞬間と 
他のひとの その瞬間とは 
いのちを終えるという意味では 同じだと思う。
ひとは たったひとりで この世とお別れしていく・・・。
その瞬間は 自分だけにしかわからない 味わえない。
そういう意味では 誰もが 孤独死!?
そんなふうに思っています。

まあ とにかく どんなに孤独感に襲われても
これまで わたしは 自由であることを最優先にして 
ひとりの寂しさや不安と 
何とか折り合いをつけて生きてきたのだから
これからも そうしていくしかありません(^_-)-☆ 
・・・別に 暗~い気もちで言っているわけではないの。

老いに足を踏み入れたからといって
「ひとりぼっちは嫌だぁ!」と叫び
「あたたかく見守られて死にたぁい!」と 望んだりするのは 
まあ わたしらしくない感じ  どこか 不自然な気がします。

   🍃

「ひとは そのひとが生きてきたように死んでいくなぁ」
これは 勤務している病棟の医師が 
実感をこめて話された言葉です。

向上心をもって生きてきたひとは そのように
前向きな考えで生きてきたひとは そのように
誰かに依存的に生きてきたようなひとは そのように
家族を大事にしてきたひとは 家族に大事にされて ♡

どのかたも ・・・そのように 入院生活を送られ
・・・そのように この世とお別れしていくような気がします。
生き方も 終い方も みんなみんな それぞれに
見事にそのかたらしい個性の花を開かせて 
人生を閉じていかれます。

時には 大逆転のドラマもあったりはしますよ。
強面で いつも威張っていたやくざさんが 
手厚い看護に感激して クラシックのCDをかけながら 
「ありがとう ありがとう」と言ってくれるようになったとか
断絶していた親子が 死の数日前に和解できて 
親御さんは安心して旅立っていかれたとか
たくさんの生と死のドラマが 
ひとの数だけ 展開されるのです。

そんな場に働いている わたしにも
「生きてきたように 死んでいくんだな」という思いが
ずっと 心の中に住み続けている。

生きてきたように・・・ここが 大事だわ。
どう 生きていくのか
どう 老いていくのか
そこなんだなぁと思います。
できれば 満足して 人生を終えたいからね。

だから とにかく
ひとりで老いる道を 模索していくことにしよう。
夫も子どももいないからぁ なんて 泣き言いわずに
前を向いて 歩いていく。

そうそう すてきなひとりぼっち だったんだわ。
忘れちゃぁ いけません この言葉。
すてきなひとりぼっち♪

これからの老いは未体験・・・
でも 誰もが行く道ですものね。
ひとりで老いる道って わたしだけじゃない
誰でも ある意味 ひとりで老いるのよね。

ただ 老いる思いを分かち合い
励まし合っていけたら もっと いいな。
そうしたら ひとりで ちゃんと老いられる♪

   🍃

さて 今日は 兄の月命日だから 
午前中は 義姉の家へ。
彼女とも この思い 分かち合ってまいりましょ。

DSC_0744.jpg

庭の紫陽花とて ひとりで花咲き ひとりのまま枯れていく。

ひとりで老いる道・・・
恐れすぎず あなどらず
前を向いて💛


       おり~ぶ


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一昨日のこと・・・

「大人のためのお話会」に行ってきました。
茨城放送のアナウンサーOBの方々が開催している
大人のための朗読会です。

わたしは その中のおひとりの方にご指導を頂いたことが
あるので この会を楽しみにしています。

昨年の記事で 前回のお話会について 書いています。
投稿した日が 今日と同じ 6月6日!!
あらあら 人生もブログも 繰り返し ほんと リフレイン♪
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
    👇
大人のためのお話会

元アナウンサーの方々の朗読ですから
それは もう その世界に引き込まれます。
場面の情景が浮かんでくるし 
登場人物の思いに引き寄せられる。
作品のもつメッセージが じんわりとこころに沁みてきます。
長年 培ってきた アナウンサーとしての矜恃・・・
正確に伝える ということの神髄を知り尽くした方々です。

そこで 今日は あるひとりの読み手の方について
書こうと思います。

    🍃

それは Nさん 女性 
80歳を過ぎていらっしゃるでしょうか。
彼女は 茨城放送の名アナウンサーでした。
今から 約40年前 ある深夜番組を担当し 
若者たちの人気をさらった方なのです。
わたしも 何度か聞いたことがあります。
大人のムード漂う 何ともいえない声と話し方が 
今も耳に残っているぐらい印象的なアナウンサーさん。

昨年のお話会では
「ああ この方だったんだぁ」と
感慨深く そのお顔を拝見しました。
小柄で エレガントな服装をされた お・と・な

Nさんが 読んでくれたのは 怪談・・・
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の
「和解」という作品です。

あらすじを簡単に書くと
京の都のお話。ある武士が 妻を捨てて別の女性と結婚した。
でも 再婚した相手の人との生活が幸せでなく やがて 
元妻を懐かしくなり 再婚相手とは離縁する。
元妻を捨てた後悔と自責の念にさいなまれた彼は 
元妻を探して 昔住んでいた家にたどり着くと そこには 
何と彼女が ひとりで暮らしていた。何度も謝罪し 許してもらい 
今後のことを語り合って 夜を明かすが・・・
次の日 武士が目を覚ますと 廃屋の中で 隣に寝ていたのは
朽ち果てた屍の妻だった。実は 元妻は 
武士を失った悲しさのあまり病気になり 
数年前には死んでいたのだ・・・。 
というお話なの。

Nさんが このお話を読んでくれたのだけれど
淡々と 読み進める中に 何ともいえない怖さが出ていて
わたし ほんとに ぞくっとしました。
まさに 怪談・・・

彼女の声は 昔のような若々しいものでは なかったわ。
わたしが聞いたのは40年も前の声だから 
かなり 違っていて当たり前。
Nさんは 特別に声を作って 朗読していたわけではないので
アナウンサーとしての 素の声だったでしょう。
80歳以上の一般のひとに比べたら それは 
張りのある 美しい声だと思います。
こうして お話会で朗読するのだから 
おそらく 日々の鍛錬があってこそ・・・。

80歳以上ともなれば 
口腔内の状態も 若い頃とは異なるはず。
歯も 歯茎も その他 いろんなところの変化は 著しい。
声を出すための 口腔の力だって 衰えます。
だから Nさんの声や話し方には 
それなりに 年齢の重みが出ていたと思います。

でも 彼女は そのやや衰えた声と 滑舌で
堂々と そして淡々と 
聴く者のこころをひきつける朗読をなさったのです。 
小泉八雲の怪談話に ぴったりといえるような その声で。

実は お話会が始まってすぐ 
Nさんのことで気がついたことがあるのです。
それは 杖をついていらしたということ。
昨年の会では そうではなかった 確か。

朗読のテーブルまで 移動するのも杖をついていました。
そのお姿と 朗読の声・・・
ああ お年を召されたのねと あらためて思うと同時に
それでも こうして Nさんは 私達の前で 
彼女らしい素晴らしい朗読を聴かせてくれている。
そして それに わたしは魅了されているんだ
と 感じていました。

小泉八雲の作品の世界にも増して 
Nさんの朗読 そして生き方の一端を見せて頂いたことに 
わたしは 深い感銘を受けたのです。

Nさんの声が とびぬけて若々しい声だったら
怪談話の朗読は 似合わない。
わたしには 彼女が 自分の今の声や話し方に合わせて 
小泉八雲の作品を選んだのではないかとまで 思えました。
もしかしたら 人に聴かせるのは 
もう アナウンサーとしてのプライドが許さないと
思ったりもしたかもしれないなぁ・・・と
また いつもの勝手な想像までしてしまった。

でも 彼女は その ある意味 老いた声で 読んたのです。
自分の老いとしっかりと向き合っているからこそ
自分の声でこそ生きる作品を 朗読した・・・
何と あっぱれなことでしょう。
こんな言い方は 人生の大先輩に対して失礼とは思いながら
わたしは Nさんに 
老いに向き合う生き方のヒントを頂いたように思うのです。

奇しくも 朗読作品の題名は 「和解」・・・

ひとは ひとと 和解する
そして
ひとは 自分と 和解する
Nさんは ご自分の老いと 和解したのかな・・・!?

なぁんて おり~ぶ流に 考えたので
記事のタイトルを 「老いとの和解」としました。

わたしは 少し前の記事で
「老いても若々しい声でありたい」と書きました。
今でもその思いは 変わりませんが
Nさんの朗読を聴いて 少しだけ 付け加えたい。
それは 
「ちょっぴり若々しく 年齢相応の味わいのある声でありたい」
ということ。 Nさんの朗読を聴いて そう思った次第です。

ところで Nさん
朗読の前に ちょこっと話をされました。
お相撲さんの 髙安のこと・・・
「わたくし 茨城の生まれではないんですが このところ 
髙安関の話題が連日報道されてうれしいんです。
あの 毛深いお胸にぎゅっと抱きしめられたらいいわね」
その言葉に 会場中が 
えっ とか ふふふ とか え~とかざわついたの。
そしたら Nさん 
「と言っているのは わたくしではなくて 若いお嬢さんよ」と 
あとを続けられた。
この ユーモアにも わたし 素敵って 思っちゃった。
何て チャーミングな Nさんでしょう。

    🍃

ということで
Nさんの年代まで生きていられたとしたら
「老いとの和解」は 重要なテーマになりそうです。

でも 和解までは ほど遠いわね。
だって 老いの入り口で あたふたと戸惑っておりますから。

せめて 老いを見つめる・・・
それぐらいのところで
妥協することにいたします


       おり~ぶ



今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
本日は コメント欄 お休みしていますm(__)m

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まず 昨日のことから・・・
友達と 東京・神楽坂を散策して
楽しいひとときを過ごしましたが
往く時も 帰る時も 事故のため 
常磐線が遅延 遅延 チェッという感じ(>_<)
遅れて行って 遅れて帰ってきて 少々疲れました。

でも 疲れて電車に乗っているわたしが
ほっとした瞬間があるのです。
今日のお話は ここから・・・

voice.jpg

そう VOICE は 声・・・
ある声に癒された わたしです。

それは JR職員さんの アナウンスの声です。
特に 復路の 男性の声が素敵でした。
「本日は 列車が遅れまして 誠に申し訳ございません」
「事故のため 前の電車が 停車しておりますので
 その電車が動き次第 出発いたします。
 もうしばらく お待ちください」など
何度も 何度も 放送があったのですが ちっとも
うるさく感じなかったんです。

それどころか 聞きほれてしまったの。
だって 知的でさわやか 
ちょっと甘い 柔らかな声だったんです。
おそらく 20代後半か 30代の男性職員と思うのですが
これは 本当のところは わかりません。
声に年齢の出るひともいれば 声だけ若い人もいますもの。
実際にその職員のお顔を見ないで 
想像しているだけの方が いいかもしれませんね。

電車の中の声に関していうと 
もうひとつ 聞き耳を立ててしまった声もあります。
斜め後ろの座席に座っていた女性達の話す声・・・
とりあえず Aさん Bさんとしますね。
お互いの趣味のことを話しているらしいのですが 
ごく若い人ではなさそうです。
話の内容からすると ふたりとも 
60代後半~70代ぐらいの人という印象です。

そのAさんの声が とても若々しい感じだったの。
はぎれよく 明るく しかも 澄んだ声・・・
どうして そう感じたかというと Bさんの声が 
とてもしゃがれているように聞こえたからだと思います。
ひとことでいうと・・・老けてる(>_<) 
ひとりひとりの声を 同時に聞かなければ 
それほど感じなかったかもしれないけど 
ふたりの会話を聞いていると どうしても 比較してしまう。

わたしは 彼女たちの姿を見たくなってしまって
何気なく 窓外を見るようなふりをして 
斜め後方を ちらっと見たの。
そしたら 
ふたりとも まあまあ素敵な雰囲気のシニアの方々でした。
どちらがAさんかBさんかわからないほど 
見た目の一瞬の印象に それほど違いはないけど・・・

どことなく くたびれた表情のひと
ちょっと年上のように見えたひとが Bさんだったのかなぁ。
でも パッと見ただけだから よくはわからない。
よ~く見たとしたら 顔つきや表情の違いなどから さらに
その人となりの違いの一端を 見られたかもしれないわ。

ふと 声も老化するわよね・・・と思いました。
Aさん Bさんは 外見の印象に 
それほど大きな違いはなかったけれど
声だけに視点を当てると
明らかに Bさんの声は 
年齢以上に 年齢を感じさせたような気がします。
まあ ひと様のことを こんなふうに書いていては失礼ですね。
Bさん 喉の調子がよくなかっただけかもしれません。
でもBさんの声は 
もしかしたら わたしの将来の声かもしれないから 気になった。
とても 危機感を感じたの 声の老化ということに。

肉体は 日々老化していくのだから 声だって 同じでしょうね。
自分でも 気づいてます。
若い頃のような 高いきゃぴきゃぴしたような声 
少しずつ 出なくなっていますから。
わたしは もともとは 低音の魅力というのではなく
ふだんの声は 比較的 トーンの高い声なの。
テンション高い時は どこから出るの?というぐらい
声が高くなることもありました。
ありましたと過去形なのは 
今は それほど出なくなっているからです。

あら やだ 声も老けるのねぇ (>_<)
確実に 着実に おばあちゃん声になっていく・・・
それは それで 成熟の魅力だけど
できるなら 若々しい声で 話したいなあ。


    🍃

声を出すのに重要な部位は 声帯・・・
いろいろ 調べてみたら
年齢とともに 老化するそうですよ 本当に。
・ 高い声が出にくくなる
・ かすれる 低くなる 大きい声が出にくくなる

50歳ぐらいから 老化のスピードが速まるらしい。
足腰の老化と同じですね。
声帯は 声を作る部分の筋肉だから
身体の筋肉の衰えとともに 声帯も確実に衰える・・・

さらに高齢になってくると
声帯のすきまから 
気管や肺に食べ物などが入りやすくなるんでしょ。 
それが 誤嚥 (>_<)
ご縁じゃなくて 誤嚥・・・ 縁を結びたくない ごえんです。

そういえば わたし このごろ 
食事中 ちょっとしたはずみで むせたりしています。
つまり 飲み込みづらくなっているということ?
以前は こんなこと なかったような気がします。
これも 老化ですよね はや 62歳にして このありさま。
歳をとるということは・・・トホホ トホホの連続だ~。

むむむ このままではいけないわ。

ず~っと 若々しい声で 話したい 冒頭のAさんのように。
声だけ!?でも 美人と言われた~い(^_-)-☆
食べる時 むせないで 涼しい顔で もぐもぐした~い。

    🍃

そのためには こんなこと こころがけようかな。
  (備忘録)
●声帯を鍛える。 
これは大きい声や様々な音程を出すことがいいらしい。
趣味の朗読のレベルを上げるためにも これは必要。
●酒 たばこは要注意。
喉に刺激的すぎるのかな たばこは吸っていないからOK 
お酒もちょびっとだから まあOK。
●冷えを防ぐ。
う~ん これは 冬はいろいろと首に巻いているけれど 
夏場は ちょっと油断していたから 
冷房時は 薄い夏物のスカーフなど巻きましょう。
自分なりのボイストレーニング中は 常温の水を飲みながら。
保湿のため と 冷水で声帯を冷やさないために。
●保湿といえば 寝ている時 口をぽかんと開けないで 鼻呼吸。
これは 工夫しています。
起床時 喉がからからになることは 全くなくなりました。
以前 記事に書きましたので ご興味のある方や
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
鼻呼吸しましょ 眠る時の必需品

●声帯も鍛え 飲み込む・嚥下の力を保持するのには・・・
母がやっていた お口の体操 やろうかしら。
母と暮らしていた頃は 食事の前に必ず 一緒にやっていたの。
パタカラ パタカラ パタカラ パタカラ
母がディサービスで 教わった方法です。
パタカラと発声すると 口の中や舌がよく動くようになるらしい。

と まあ
こんなことを 意識しながら 声の老化を防ぎたいです。
いつまでも 若々しい声と 気もちでいられるように。

   🍃

そこで 今朝は 早速
「パラ ピリ プル ペレ ポロ」
「マラ ミリ ムル メレ モロ」と 早口で
発声しつつ ウォーキングしてきたら 疲れたぁ(>_<)

何をやるのも やりすぎない。
過ぎたるは 及ばざるがごとし。
声帯の強化も やりすぎると老化を速めるそうですから
ほどほどに。

朝歩きをして 家に着いたら・・・
母の形見のバラが 咲いています。

DSC_0710_201705221025081c4.jpg

パタカラ パタカラ オタカラ

父と母にもらった この身体 この声帯
この 声 ・・・
大切に ケアしていきます💛


          おり~ぶ




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今日の話題は・・・
老いを前向きに生きている 3人の方について。

まず お一人目は・・・
先日の朝のニュース・クローズアップのコーナーで
拝見した 漫談師 Kさん 71歳。
お年寄りに笑いを届けるアマチュア漫談師さんです。
老いをテーマにした辛口トークで
高知県の過疎地を中心に公演活動していらっしゃる。
10年間以上 それも 何と 無償です!!
地域の町内会から依頼されれば どこへでも・・・

お笑いを志したのは 高校生のころ。
プロを目指したけれど 親御さんに反対されて
公務員になりましたが
51歳 ボランティア活動で高齢者施設を回った時
好きだった漫談を披露し 喜ばれたことで
転機が訪れます。

そして 定年後 本格的に活動を始めたとのこと。
ご本人も 自らの老いをひしひしと感じている日々
でも その老いを悲しむだけでなく 老いを受け入れて
楽しもうと思ったそうです。
そして 漫談で 多くのお年寄りの方々に
笑いを届けているのです。

TVの画面には 笑顔 笑顔 笑顔
みんな声をあげて笑ったり にやにやしたり・・・
笑顔って 見ている方も 笑顔になります。
わたしも 公演の場にいるかのごとく アハハって
笑い声をあげてしまいました。
Kさんのトークから ふたつ・・・
・電子レンジのチンに 思わず手を合わせる
・子どもを高い高いしたら 自分が他界しそう
Kさん これからも 練りに練ったフレーズで
みなさんに笑顔を届けてくださいね。

   🍃

お二人目は・・・
シャンソンカフェの Aママ 
彼女は わたしの身近にいらっしゃる方です。
ちょっとしたきっかけで お知り合いになった
茨城出身の女優さん(舞台が中心)
彼女は シャンソンも歌うので
今はシャンソンカフェのオーナーでもあります

「古希は超えている」とはご本人の弁。
つまり70歳以上 年齢の詳細は不明(>_<)

彼女は 今 多忙を極めているようです。
なぜかと いうと・・・
茨城が舞台の朝ドラ「ひよっこ」の俳優さん達に
茨城言葉を指導している方々のおひとりなんです。
時々 テロップにお名前が出てくると
わたしまで ドキドキしてしまう。

彼女は とにかく明るくチャーミングなので
誰とでもすぐ お友達になってしまうような感じ。
今回のお仕事でも 「たくさん友達できたよ~」と
喜んでます。
水戸と北茨城 水戸と東京を行き来してロケや撮影の
現場にも行くので 体力的にはとても大変そう。
「もの忘れもひどくなったわね」と言いながらも
持ち前のバイタリティーで 疲れなんか
どこ吹く風で 頑張っているみたい。
ほんと そのパワフルさには圧倒されます いつも。

    🍃

三人目は・・・実在しないひと
えっ 何それ?と お思いでしょう。

名前は 傘寿まり子さんです。
この コミックの主人公!!
 👇
傘寿まり子(2) (KCデラックス BE LOVE)

傘寿ですから まり子さんは 80歳。

彼女との出会いは 新聞の 本の紹介欄・・・
「傘寿まり子」って インパクトあったし
しかも 高齢者が主人公のコミックってあるんだと
びっくりしました。

実は わたしは 中学生以来 コミック本を
買ったことがありません。
小学生の時は 明けても暮れてもの漫画っ子で
お小遣いをもらうと 街の古本屋に行っては
少女漫画を買ったり 友達に借りたりして
とにかく 漫画漬けでした。
でも なぜだか 小学校卒業と同時に全く
興味がなくなってしまって それ以来
ピタッと読まなくなってしまったのです。
だから 「ベルばら」以降のヒット作も全く
読んでいません(>_<)

そんな わたしなのに 「傘寿まり子」
電子書籍で 買ってしまった!!
そんな気もちにさせたのは何だったの?
それは 「傘寿」という言葉・・・
80歳の女性の生きざまを 漫画家は
どんなテーマで どう描くの? 
というか 単純に 傘寿まり子さんの生き方を
知りたかった。どんな切り口であれ
面白そうじゃないのって 思った次第。

それでね・・・
一冊目読んだら
二冊目読みたくなってしまって・・・ 
昨夜 PCで 読みました(^^)/

まり子さんは80歳 職業は作家です。夫を亡くした後は
息子夫婦&孫親子の4世代で暮らしている。ところが・・

これ以上書くと ネタばれになるのでやめますね。
シリアスな部分も大いにありながら
ちょっとファンタステック ちょっとほろり・・・ そして
80歳からの波乱万丈という予感・・・
前に前に向いて 生きてく気配 (^^)/
「まり子さん」の3巻目 待ってまぁす♫

   🍃

わたしは 今60代
同年代の方々が どんなふうに生きていらっしゃるのか
それは もちろん 興味・関心 大いにあります。
そして 同じくらい
70~80代 それ以上の方々の生き方にも
とっても 興味をひかれます。

過去・現在・未来というタイムライン上に立って
一歩先のわたしの未来を 想像する。
どんなふうで在りたいか どんな風に生きているか。
そんなことを考えて また 現在のわたしに戻ってくる。

そんなことをイメージする時
年長で 先輩で わたしの先を行く方々のいろんな生き方が
参考になるんです。

ひとりとして 同じ生き方をしているひとはいない。
ひとりとして 同じ人間がいないのだから当たりまえ。
多くのひとの考え方や生き方 生きる知恵を目の当たりに
すると そこに 生きるヒントが あふれてるんです。
老いを前向きに生きるヒント・・・

今日は 3人のことを書いたけれど・・・
ブログ村にも 素晴らしい先輩は たくさんいらっしゃる。
時々 年上の方々のブログ 
ひそかに訪問させて頂いてます(^_-)-☆

こころを込めて ご家族の介護をなさっている方
ボランティア活動を楽しんでいらっしゃる方
日々を慈しんで 丁寧に暮らしていらっしゃる方
        etc
いろいろなひとの 様々な生き方に刺激を受けながら
わたしも 頑張ろうって 明日への元気 頂いてますm(__)m

まあ こんなふうにして・・・
見たり 聞いたり 考えたり 体験したり・・・
一生続くと思うのです。
この   生きるという 学習 ♡


        ✐ おり~ぶ



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