昨日のこと

毎週月曜日は 叔母の施設の訪問日。
叔母のことは これまでにも書いています。
4/18の記事

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あら 忘れちゃってた・・・遅くなってごめんね。

その記事から 約一か月になろうとしていますが
最近 彼女の身体の状態が 芳しくありません。

昨日は 訪問して 部屋に行き 顔を見るまで
ドキドキしっ放し(>_<)
どうしたかなあ・・・気になっていたんです。

     🍃

それというのも この一か月間 あいかわらず
月曜ごとに行っていたわけですが 
5/8の月曜日に訪問した時のこと。
叔母の部屋に入ろうとすると 看護師さんが呼ぶのです。
廊下で立ち話・・・
彼女からは 「だいぶ弱ってきていらっしゃるので 
食事の量を少し減らしています 水分はとって頂いてます。
むくみも出ているので お身体全体が
そろそろ危険な状態になりつつあるかもしれません」と。

確かに その日の叔母は いつもよりは生気のない表情で
目をつむっています。
最近 眠っていることも多くなってきていたし
嚥下の力も弱っていて よくむせるし 
声にも元気がなくなってきていました。
それに 食事も食堂でなく 部屋でとるようになったとのこと。
車いすに移乗するのも負担になってきているのです。

わたしは 看護師さんの言葉に 
それほど驚きはしませんでした。
やがて こういう日のくることは 覚悟はしていたつもり。

この日 叔母の名前を呼ぶと 「はい」と弱々しい返事。
目は開けませんでした。
それ以上 声をかけずに 洗面台をきれいにしていたら
スースーと寝息がします。
起こすのもかわいそうだわと思い そのまま 退室しました。

   *

実は 2015年2月 今から2年前 
わたしは 施設のスタッフと医師とで ある相談をしました。
その頃 叔母が腸閉塞になって 具合が悪くなったのです。
それこそ 命の危険な状態だった。

2週間ほど 病院に入院した時 医師に 
その他の臓器の異変もありそうだが 検査自体難しいから
様子をみましょうと告げられました。
要介護5の寝たきりで とても大変な検査に
耐えられる状態ではありませんでした。

とりあえず 腸閉塞の状態は落ち着いたので
また施設に戻ってきました。
スタッフから申し出があって
叔母の今後のことについて相談したのは
その時なのです。 

この施設は 看取りも行う特別養護老人ホームなので 
看取りに向けて 利用者や家族の意志の確認と
施設側の対応について 相互理解を図りたかったのでしょう。
毎週訪問して診察してくれている医師の説明をきいて
いろいろ話し合った結果 医師の指導を受けながら
看護師さんや介護スタッフが対応して 
自然な看取りをして頂く方向になったのです。

わたしと叔母の間では 死にまつわることはタブーでなく
いろいろと話題にしてきました。
彼女が 「もう はやく死んでしまいたい」と言ったり
「葬式は どうなるの?」とか「実家のお墓に入れるの」など
聞いてきたからです。

それは 
身体を起こすこともままならぬ彼女の 悲痛な叫びだった。
だからこそ あえて話題にしてきました。
死ぬこと そして 生きるということは 
何と大変なことかということを。
そういう話を 彼女はいやがらなかった・・・
むしろ 自分の中の不安や恐怖を表出することで
自分自身を保っていたような気がします。

彼女は 周囲の利用者さんが 
食事をとれなくなったことや亡くなったことなど
何度か 話してくれたことがあります。
「ごはんを食べられなくなったら もう長くはないらしいよ」
というので 「もし そうなったら ミツさんは どうするの? 
点滴する?管をいれて栄養入れたりもしたいの?」と聞いた。
「ううん そんなのはいいよ。それほどまでして 
長生きはもういいよ あたしは はやく 
おかあちゃんやおとうちゃん ねえちゃんのとこ 行きたいよ」
そんなやりとりをしながら いつか必ず来るだろうことへの
こころの準備を 叔母といっしょに 
わたし自身もしてきたように思います。
     
    *

でも この相談の日から 2年・・・
叔母は 低空飛行ながらも元気になり つい先日まで
自分の手でスプーンを持ち 頑張って食べていた。
スタッフみんなが 「奇跡です」と言うまでになったのです。

「死にたい」思いと「生きたい」思いが しのぎを削りながら
彼女の中で 生きる気力となって みなぎっていた感じ。
スタッフが こそっと言ったことがありました。
「看取りのことを前もっていろいろ相談すると 
そんな方は長生きされるんですよ」と。
なるほど 叔母は まさしく それかな。

     *

そんなこんなで 叔母の様子が心配になっていたところ 
先週の木曜日5/11の夕方 施設から電話があったのです。
悪い知らせかもしれないと思って 
こころが真っ青になり 電話をとると・・・
「お風呂に入れなくなってきたので お身体を拭く
ウェットボディタオルとハミンググッド(口腔内のお掃除)を
ご用意ください」とのこと。
急いで 調達してもっていきました。

叔母は 「う~ う~」とうなりながら 臥床しています。
「どこか痛いの?」ときくと 「ううん」とだけ。
まあ そのうなり声が大きい事。
わたしは「そんな大きい声が出るから 安心したわ」と
言っちゃいました。
でも・・・
「食べられなくなっちゃったよ~」という言葉は切なかった。

    🍃

そして 昨日・・・

叔母は 相変わらず横たわっていましたが
いつになく 顔に赤みがさしています。
スタッフが入ってきて 
「ミツさん 12日にお風呂に入ったんですよ。
もう難しいかなと思ったら 入るっておっしゃるので
3人がかりで入って頂いたんです。
そしたら いつものように耳を手で覆って
(お湯が入らないように)背筋もしゃんと伸ばして・・・
もうびっくりしました」と 笑顔で言うのです。
「今朝は ご飯を 全量召し上がりました」とも。

まあまあ さすが ミツさん!!
わたしは驚いたり うれしくなったり・・・

「ミツさん ご飯食べられてよかったねぇ」と声をかけると
「うん」といって 顔をくしゃくしゃにして 半べそになった。
このごろ 何かにつけて半べそになるんです。
わたしが 叔母の手を握って
「いろいろ辛いだろうけど ミツさんは 独りじゃないからね 
わたしもいるし スタッフもいてくれるし みんないるんだよ」
と 励ますように言うと 
「うんうん」とさらに泣き顔になって 顔を真っ赤にしてました。

   🍃
 
これからは きっと
いよいよ大変な局面を迎えることになっていくでしょう。

わたしも 電話の着信音にドキドキする暮らし・・・
でも これはもう 想定内のことだから 仕方がない。

叔母が 必死で頑張っているように
わたしも ちょこっと がんばりどころ ふんばりどころ

綱渡りのような日々ですが 
わたしなりに できる範囲で
最後まで
叔母のこころに寄り添っていけたらと思っています。

そのためにも
深呼吸 & 深呼吸

こころを落ち着かせて
淡々と やるべきことを 続けていこう  


       ✐ おり~ぶ



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昨日は 終日 家におりました。
シャツにアイロンかけたり 片づけモノしたり
ちょこっと 庭の草取りしたりしながら
ここ数日の慌ただしさを リセットできました。

午後になって 珍しく家の電話が鳴ったので
出てみると お隣の方でした Nさん。
わたしと同じ ひとり暮らしをしているの。
たま~に ブログにも登場してくださってます。

昨年 草刈りのことでも 記事を書いたことがありました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
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道具を大事にしなくちゃね。

Nさんは 70代・・・詳しくはわかりませんが
わたしのひと回りぐらい上の年齢だと思います。
小柄で 色白の 優しい感じのひと。
すぐ お隣なのに たまにしか顔を合わせないので
会うと「お久しぶり」と言い合います。

でも 時には 近所のおひとりさまの家で 
一緒にお茶をごちそうになったり Nさんちの縁台で
お茶飲み話をしたこともあります。

    🍃

彼女からの電話は・・・
「〇〇さん ちょっと 外に出てくれない?」というものでした。
この言葉だけきくと
むむ 何事なの?という雰囲気なのですが
ずっとおつきあいするうちに わかってきました。

庭の家庭菜園で作った野菜などをおすそ分けして下さるときに
「庭に出て」と言うのです。
それというのも
我が家の駐車スペースの隣が Nさんの家の庭なんです。
彼女が 掃き出し窓を開けて 庭に出る。
そしてわたしも 外に出て 駐車スペースに出ると
フェンス越しに会えるのです。
ご自分の玄関から出て 我が家の玄関にくるのに比べたら
短時間ですむので いつもそうしているの。

彼女が下さったのは この野菜♪

DSC_0703.jpg

赤と白のミニミニ大根と スナップエンドウ
新鮮!! とりたてです。
「サラダにして 食べてね」と 手渡されたので 
「いつもありがとう。こんなに頂いていいの」と言うと
「いいの いいの。まだ たくさんなってるから。初物だから
食べてつけてよ」と 庭先のスナップエンドウを指さした。

「食べてつけて」という言葉
ききなれないものかもしれませんね。
こちらでは この言葉 時々きかれます。
「食べるのを手伝って」というような意味で 
何かをおすそ分けするような時に使いますが 
ある程度年配の方じゃないと わからないかもしれません。
わたしは その年配者!!なので わかるのよ。

わたしは ありがたく 頂戴しました。
丹精込めて作った初物を下さるNさんの気もち
とてもうれしかった。

Nさんは 今でこそ 野菜を作れるようになりましたが 
実は昨年 大きな病を経験しているのです。
初めは 検査入院だから留守にすると告げて 
しばらく入院していました。
何の病気かまではわかりません。
そこまでは 彼女も言いませんでしたから。

でも 入院期間が 一か月以上 経過しました。
いつ 戻ってくるのかしらと気になっている時 ちょうど
お隣に車を停めた姪御さんを見かけたので 聞いてみました。
彼女は 「もうすぐ退院できますよ」と言ったのですが 
詳しいことはもちろん話さず わたしも尋ねませんでした。

その言葉通り 数日後 退院して戻って来た時  Nさんから
「帰ってきました」という電話をもらいました。
すぐ お顔を見に行きたかったけれど
暫くして落ち着いてからの方がいいだろうと思い
数日後に 玄関のチャイムを鳴らしたの。

出てきた彼女は 少し弱々しい表情でしたが 
比較的元気な印象でした。
玄関先で お見舞いの言葉だけと思っていたので
「大変でしたね お顔をみて安心したわ 退院されたばかりで
何かとご不自由なことがあるでしょうから 
何かお手伝いできるようなことがあれば 
遠慮なく言ってね」と告げました。

すると 彼女は 「上がっていってよ」と言うのです。
それまで 玄関先や庭先で話したことはあっても 
家に上がるのは初めてだったので 一瞬 躊躇しました。
「でも お疲れになっちゃうでしょうから ここで失礼するわ」と
わたしが言うと
「大丈夫だから お茶飲んでってよ」と
半ば強引に 手をひかれたのです。

お茶を頂きながら 彼女とふたり・・・

Nさんは 入院している間に 深刻な病気だと判明し
手術もしたし 治療もしたことを話してくれました。
術後 毎日通うように言われたけれど 
通えないから入院していたとのこと。
いったん治療は終えたので 帰ってきたけれど 
また時々 通院するかもしれないとのことでした。

わたしは 彼女の話す内容について 
いろいろ聞きたいこともあったけれど あえて聞きませんでした。
根掘り葉掘り詮索するようなことは したくなかった。
彼女が自ら話してくれた内容だけで 
わたしには十分すぎる情報でしたから。

その後 数か月が過ぎ 
今 また こうして 野菜作りができるようになったこと 
わたしは 自分のことのようにうれしいです。
だって わたしよりは高齢なのだから 術後の養生は
気もちもめげるし 何かと不安やご苦労があったと思うから。

彼女に 何かお手伝いを依頼されたことはありません。
家を空けて不在になる時 
「出かけるからお願いします」 と言われたぐらい。
たぶん 病院だったのではないかと思います。

ふだんの彼女は 多くを語るひとではありません。
自慢もしなければ 人の悪口や噂話もきいたことがない。
もうひとりのおひとりさまと3人でおしゃべりする時も
ふんふん ときいている。

だから 彼女がこれまで どんなふうに生きてきたのか
どんな暮らしをされていたのかは
全くといっていいほどわからない。
でも 離婚したらしいことや 
お子さんがいないらしいことだけはわかりました。

わたしが この土地に来て初めて会った時 
Nさんは その一年程前から 現在の家に住んでいた。
でも 町内会には参加していなかったの。
それが ある時入会して その時は
前とは異なる苗字だった それが今から10年程前のこと。
だから 想像するに 
いわゆる熟年離婚を経験されているのでしょうか?
それに 入院して不在の時 
姪御さんが郵便物を取りに来ていたりしたので
お子さんがいないのではと思った次第。

でも そんな話題は 一切したことがなく 
Nさんから話さない限り
これからも話題にすることはないでしょう。
お隣さん Nさんの過去は この際 関係ありません。
今のNさんに わたしは会っているのだからね。
ひとりの女性として ひととして 
たくさんのご苦労を乗り越えてきただろう Nさんの今を
ただただ 隣人として 受け止めているだけ。

病を抱えながら 老いていくプロセスの中で 
花を咲かせ 野菜を作り わたしにまでおすそ分けをして下さる 
そのNさん・・・
日々の暮らしに 小さな喜びを見つけて 
それを大事にしていく彼女を 素敵だなって思うのです。
それに Nさんが 自分と同じひとり暮らしで 
夫も子もいないひとりぼっちであることに
とても親近感を感じているの。

風雨の強い夜など ふと 
お隣さんも 怖い思いしているかしらなど思ったりします。
台風や雷の夜は 怖いんです こわがりだからね わたし・・・
夕方 仕事から戻って車から出る時 
彼女のお風呂場の電気がついていたりすると 
ああ 入浴中だわなんて思う。
自分の家に 灯りはついていないけれど 
お隣にあかりが見えるだけでも ほっとすることがあるんです。

     🍃

こんな思いがあるので
頂いた野菜は 格別なおいしさ!!
夕食のサラダに 「いただきま~す」で味わいました。

お隣さんとのご縁 大切にしたいわね。
頂いたままにしておくのも気が引けるから
後で なにか 差し上げようと思っています。
すぐだと 気になさるだろうから
少し たってからね (^_-)-☆

甘いものがお好きだから おまんじゅう?
ちなみに わたしも好きで 食べすぎてる (>_<)
今度 その甘いもの フェンス越しに手渡そうかしら。
「おすそ分けよ 食べてつけてね」と言って・・・

喜んで受け取ってくれるわよ きっと


       ✐ おり~ぶ



長々と おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
  今日は 帰宅が遅くなりますので
  コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m



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昨日のことから・・・

朗読スタジオのレッスンが終わってから 
急ぎ 常磐線にとび乗った。
千葉県柏市まで 1時間20分 午後6時過ぎ 到着。

改札口では ふたりの友人が待っていました。
学生時からの旧友 KちゃんとYちゃん
KちゃんもYちゃんも 子育てしながら 
長年仕事を続けていましたが 現在は退職して 主婦してます。

彼女たちとは 4年間 仲良しでした。
同じ授業を受けていたので ノートの貸し借りやったり
お昼を一緒に食べたり・・・
何だか気があって・・・以来 ずっとおつきあいしてます。

といっても 卒業後は お互いの結婚式に招待しあったり
するぐらいで その後会ったのは 夫の葬儀の時かしら。
それからは 年賀状のやり取りはしていましたが 
ほとんど会うことはなく・・・10年ぐらい前に再会して
今に至っています。

旧友と長く離れている時間・・・これは仕方がない。
彼女達も わたしも 自分の日々の仕事や暮らしやイベントで
あえて 旧友と会う時間は なかなかとれませんでした。
でも 子どもさん達もそれぞれ 独立して さあ これからが
ご夫婦の時間 そして 自分の時間・・・ということで
ここ数年は 以前より会うチャンスが増えました。

Kちゃんとは 3月に会っていますが
Yちゃんとは 一年半ぶりの再会です。
3人で 鎌倉へ行った時以来・・・「お久しぶりね~」と
かけよったわたしに 何度も
「〇〇子ちゃん 遠いとこ よく来たね よく来たね」と
喜んでくれたから うれしくなっちゃう。
ちなみに 彼女たちは柏駅から 数駅のところに住んでます。
今回は 「柏で飲もう」がテーマ!?だったから
わたしが そこまで 出向いた次第。

早速 予約してくれていたお店で まずビールで乾杯。
まあ そこからは 近況報告あれやこれ・・・
Kちゃんが野菜作りを始めたことはきいていたけれど
Yちゃんも ご主人と一緒に 家庭菜園を始めたとのこと。
これにはびっくり 土いじりのイメージなかったから。
わからないものですねぇ 人間て。
そこが面白いんだけど。

Yちゃんには お孫ちゃんがいるから 
写真や動画を見せてもらった。 
まあ かわいいこと かわいいこと。
「お野菜 せっせと作って 食べさせてあげたい」って。
この間もお泊りにきていたらしい。
なるほど そういうことも楽しみね 野菜づくりは・・・。

彼女たちは はっきりいって 酒豪です。
わたしなど 足元にも及ばないほど 飲めますよ。
昨日のお店を決めるのに 先日ふたりで下調べ。
数軒 はしごしたと言ってました。

まあ 飲んで 食べて 酔うほどに
昔の話が出てくるもんです。
わたしが 酔っぱらって Kちゃんの下宿に泊まったこと
わたしすっかり忘れてたけど そんなことも あんなことも。
こういう話になると 決まって出てくるわたしの話題は 
元彼!?のこと

これまた この彼とのこと 記事に書いてます。
未読でお時間のある方は ぜひぜひ♪
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昔々の友達からの一本の電話が・・・

Yちゃんが 「ねえ 彼 今どうしてるの?」と聞くから
「はぁ そんなの わたしが知るわけないでしょ」という
この会話 今まで 何度したかしら。
酔っぱらうときくんだから 困るわね(^_-)-☆

彼女達だって ロマンスがあったんです。
Kちゃんは 学内で出会った同じ部活のひとと結婚したし
Yちゃんも 学内で ドラマチックな出会い方をした
ひとと結婚して もう数十年になります。 

あっ そうそう 彼女たちがつけたニックネームが
「オリーブ」なの。
手足が長くて 遠くから見てもすぐわかるって。
「オリーブのモンロー歩き」って
いつも わたしの歩き方を からかっていました。
その時の「オリーブ」から HNを「おり~ぶ」としたのです。
でも 彼女達には このブログのことは言ってない。
ふふふ 秘密 ひ・み・つ (^_-)-☆

近況報告から 思い出話へと続き テンションは最高潮♪
でも わたしは 電車で遠路を帰らなければならないから
延々とおつきあいできなくて 残念だわ~と思いながら
ふと Yちゃんが眼鏡をはずしていることに気がついた。
ちなみに 3人とも遠近両用メガネかけてます。

「眼鏡 外してしまって大丈夫? 見えてるの?」ときくと
「さっきから 外してたわよ。煩わしいから外しちゃった。
いいのよ もう うすぼんやりと見えてれば それでいいの」
と 何だか 神妙に言うのです。
そしたら その言葉「うすぼんやりと見えてればいい」が
Kちゃんに受けちゃって 「そうよそうよ この歳になったら
もう うすぼんやり見えればいいのよ。
いろんなこと 全部はっきりみようとしなくていいわ。
うすぼんやりぐらいがちょうどいいの。Kちゃん 名言だわ~」
と笑いながら これまた 意味深なお言葉・・・

わたしは少々酔いが回ってますから 
ほんとにうすぼんやりしてきてしまい
ふ~ん そうかぁと思ってた。

まぁ こんな会話から伝わってくるように 彼女達も
それぞれ 60代の今を どう受け止めて 生きていくか
いろいろと考えたり 模索したりしているんだなぁと
あらためて思いました。
旧友と会って 過去を振り返り その時代を 
あらためてこころにおさめながら 今 この60代を生きていく。
そんなこころの旅路を
こうして共に歩んでくれる仲間がいてくれることに
本当に感謝したいです。

Yちゃんが言っていた。
「今日雨がひどく降ってたから 駅まで主人が送ってくれたの。
学生時代の友達 大事にしろって 言ってくれたよ。
主人も そんな友達に支えられたり 支えたりしてるからね。
こんなふうに会ってお酒飲んで楽しく過ごせるのだって
いつまでもできるわけじゃない。
ある程度健康でいたとしても いいところ 
あと10年位かもしれないわ。
いつかね そのうちね なんて 言ってるだけじゃ 
あっという間に 時間が過ぎちゃうよ。
だからさ もっと会おうよ。
必ず 会えなくなる日がくるんだからね。」と。

必ず会えなくなる日がくるんだからね・・・
「うすぼんやり見えてればいい」と言ったYちゃんだけど
ちゃんと 見えてるんじゃない 見ようとしてるんじゃない
わたしたちの行きつく先を・・・
昔から ちょこっと姉御肌のYちゃんの言葉に わたしも
しみじみ思いました。
そう 必ず 会えなくなる日はやってくるんだって。

それまでに
いっぱいいっぱい 分かち合いたい この60代の今を。
酔っぱらった頭で それだけは しっかり記憶しました。

     🍃

わたしたちは
いつかね そのうちね じゃなく
次の再会のころを 概ね決めて 別れました。
電車の中から ふたりに ありがとうのラインを送ったら
Yちゃんから
「またね 今度はもっとじっくりやりましょう」と返ってきた。
Kちゃんからは・・あら まだ返事なし そのうちくるわね。
たぶん ふたりは あの後 二次会ね。
飲み足りないと思います わたしは十分すぎて 酔ったけど。

    🍃

一夜明けて・・・むむ 少々頭が痛い 二日酔いかな。

今日は 母の日🌻
形見の オダマキが咲きました。

 DSC_0701.jpg

今も生きててくれたら 何というのかな 母さん・・・

「酔っぱらえるのも 生きてるうちだけだよ」
そう 言うかもしれません。

そうね 生きてるうちだけ
その通りだわ ごもっとも♪
みんなと会えるのも 生きてるうちだけ・・・

60代 楽しんで 暮らせますように

見守っててね 母さん

・・・母の日の お願い


       ✐ おり~ぶ




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ああ 心配事はつきませんね。

昨日 出勤したら わたしのケースに封筒がひとつ・・・
差出人は 職員健康センター。
そろそろ届くかなと 気にはしてたのです。
4月中旬に行った職員健診の結果・・・

毎回 何かは 経過観察など あるんです。
ドキドキしながら封を開けたら・・・案の定
目に飛び込んできたのは C1の判定文字!! 
A 異常なし B 軽度異常 C 経過観察 
C0 症状あれば受診 C1 近いうち再検 C3 三か月後再検
C6 6か月後再検 D1 要治療 D2要精密 E治療継続
というように判定されるの。

C1判定だったのは 尿検査の潜血反応でした。
え~ まただぁ と がっくり。

また・・というのは 3年前にも C1だったんです。
その時は 初めてC1になったから 今回の比ではなく驚いた。
すぐ 行きつけの内科クリニックで再検査してもらいました。
結果は 同じように 潜血反応+ しかも++ダブルだとのこと。
Drからの紹介状をもって 以前入院・手術したことのある病院で
さらに詳しい検査実施。
尿検査(細胞診も)や腎臓のエコーなど・・・

この時の結果は・・・特に異常なしでした。
Drの説明によると 健診でやる検査では
潜血反応の出るケースは比較的多いとのこと。
わずかな反応を拾ってしまうので よく調べてみたら
特に問題ないケースもあるんですって。

でも その時
「肝臓には水 腎臓には とても細かい砂のようなものがあるが
正常範囲だろう」とのことでした。
肝臓に水が溜まっているというのは
乳がん術後にも判明していて 問題なしといわれていたけど
腎臓にも何かがあるんだと ちょっとショックだったわ。
細かく調べると いろいろなことが明らかになってくるから
怖いわね 検査そのものが (>_<)

「C1 近いうちに検査」は わたしにとっては 即検査!!
の意味合いです。
あと回しにしていると 不安を抱えることになるし
行けるときに行かないと 何があるかわからないからね。
検査は嫌だけど 仕方ない。
ちなみに 自分の勤務している病院を 受診したことがないの。
だから カルテなし。利益に貢献してないわね えへへ。

    🍃

それで さっそく 昨日の帰り
3年前にも行った内科クリニックで
検診結果の表を Drに提出し 診てもらいました。
Drが 以前のカルテを読んでいる時
何と・・・
紹介先の病院の医師から来たお返事が見えちゃったの。
紹介する時された時 医師同士 必ずおたより書くからね。
そこには「正常範囲」という文字が見えました。
「やっぱり 3年前は そうだったんだわ」と妙に納得していたら
優しくて とっても話しやすいDrが
「今回はここで 尿の細胞までみてみようか」と言ってくれた。
前例があるから すぐ紹介状を書かずに 
まず細胞診の結果をみることにしてくれたのです。
結果は 約1週間後にわかります。
あ~本当は とっても 心配なの。

ところで
Drが 健診結果を見ながら 「これ どうする?」と聞くのです。
あっ そこも気にしてくれたのね・・・
糖尿の指標である 血糖と HbA1cが B判定だった(>_<)
そうです これもありました!!判定Bは 軽度異常・・・
結果の用紙には「糖尿病検査で軽度の異常を認めます。
年一回の観察を続けてください」とある。
検査値は ほんの少しだけ 基準値を出ている程度だったので
自分で気をつければ何とかなるだろうと思ってた。
だから Drには あえて言わなかったの。

でも Drが 気にしてくれたので 
「そこは あとでまた検査して頂くことにします」とわたし。
彼も 「そうだね。健診の日からそんなに経っていないから
今検査しても意味ないね」と。
HbA1cは 1~2か月間の平均値だから
数か月経って検査した方が 変化がわかります。

よし その時までに・・・
野菜を先に食べてから 糖質を口にする。
GI値の高いものは できるだけ避ける。
食後に軽い運動をする。
そして 甘いものを摂りすぎない(これが一番辛い)。
そのことを こころに近いました。あとは 実行あるのみ(>_<)

実は
尿検査や糖尿の値のほかにも 気になるところあり。
視力が 若干下がってます。判定はC0
「もし 症状が現れる場合は眼科でご相談ください」だって。

あ~あ 心配事はつきませんね・・・
でも 大事な大事なからだですから
よく調べてもらわないとね。

     🍃

そんなこんなで 昨日は 疲れ果てましたが
今朝は 早起きして ウォーキング 👣
5時30分 今までで 最も早い時刻です。

DSC_0692 (2)

水田は 田植えが済んで 水面に 緑のストライプ模様。
こんなに早くから 作業をしているおじさんがいました。
肥料か何か チャポンチャポンと まいている様子。
こんなふうに
手をかけて こころをかけて 育てていくのよね。

    👣

家に戻ると モッコウバラが 優しく お出迎え。

DSC_0696.jpg

今は 満開の花だけど やがてはハラハラと散っていく運命。
こうして 季節はどんどん 速足で過ぎていく。

わたしは わたしで いろんな心配やら悩みやら その時々に
こころを動かされて 時に流されながら暮らしていく。
こころの時間は止められても 
この流れゆく リアルな時間は どうしたって止められないわ。
ならば せめて
時の流れに身を任せて 上手に波乗りしていきたいなぁ。

心配ごとも 楽しみごとも 自由自在に受け止めて
泰然と ゆったりとしたこころで 過ごしていけたらいいな。
それが わたしの理想とするところ。

理想は あくまで 理想だから
現実は 理想にほど遠い・・・

とりあえず 理想の境地を求めて
今日も一日 暮らします 💛


      ✐ おり~ぶ




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昨日のこと
ノーカーデイの 最終日・・・
前二日間は 在宅暮らしをしていたので
この日だけは どこかへ出かけるつもりでいました。
もちろん ノーカー ひとりで行くわ。

行きたかったところは 茨城県笠間市 我が家からは
二十数キロのところでしょうか。
笠間といえば 陶芸の里・・・時々ふらっと出かける
好きな街のひとつです。

GWは ここで 笠間の陶炎祭(ひまつり)が催されます。
200軒以上の陶芸家・窯元・地元販売店などが
個性豊かな店作りと作品で お客を迎える陶器の祭典。

以前 母と一緒に出掛けて それ以来なので
7~8年ぶりでしょうか。
器への関心は 気に入ったものを使うという程度。
特別な陶器好きというわけでもないので
陶炎祭は しばらくご無沙汰していたのです。
近県からもたくさんのお客がくるので とにかく
道路も会場も 大混雑・・・それを思うと つい
足が遠のいてしまっていたの。

でも なぜか今年は行きたくなった♪
二日間おこもりしていたから
エネルギーは充電されました。車で行かないから
とりあえず道路の混雑は 避けられます。

ということで
家からバス停までは徒歩。 駅に着いたら 常磐線で友部へ。
そこからは 15分おきにシャトルバスが出ています。
友部駅も混雑していて バスも満員状態。

10分ぐらいで 会場の笠間芸術の森公園に到着しました。

IMG_0007.jpg


IMG_0010.jpg

この陶炎祭の魅力は 緑あふれる自然の中で
陶芸作家さんの顔を見ながら 器が選べること
いろんな作り手さんに出会えるの。
それと フードコートには 様々なお店が出ていて
陶芸工房のスタッフさんが ピザ焼いてたりするんです。
ひとつひとつのテントブースは狭いけれど
陶器のお店とフードのお店などを合わせて 230店位!!
見て回るだけでも 楽しい♪

バスが着いたところは 東ゲート。
そこから入って 最初に覗いたお店で・・・

わたしは 何と 運命的な!?出会いをしました。
ちょっと 大げさかもしれないけど・・・

会場には 「笠間のたまご」というスペースがあって
4~5店の 新人陶芸家の店があった。
よし ここから 見て歩こうと思って あるブースに入ったら
目に飛び込んできたもの。

それは この 小皿です。直径10cmで・・・その絵柄が
何と 鶴と亀ではありませんか。
あら これまた ご縁だわ。
何という シンクロ♪

DSC_0669.jpg

鶴亀のモチーフについては 4月に こんな記事を書きました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
壊さないように・・・大事なもの

わたしは 思わず その小皿を手にとっていました。
あらためて見てみると ほのぼのとした温かみのある雰囲気
・・・お皿から視点を移して その作家さんを見つめると・・・

作り手は 30代前半位の小柄な女性。
他のお客さんと話している・・・

このお皿 欲しいなあ。
でも 買おうか否か 少々迷った。
だって 数百円では買えないものだから。 わたしにとっては
ちょっと奮発しなければ買えません 2600円(>_<)

わたしは 手にとったそれを そっと棚の上に戻しました。
作家さんは まだお客と話しているし・・・ず~っとひと回りして
ここに戻って来た時 まだ売れ残っていたら その時は買おうと
思ったの。作家さんともお話したかったから。

その後は いろんなお店を除いて 器を手にとってみたりして
・・・喉が渇いたので ビールを飲みたくなった♪

DSC_0664.jpg

ああ 5月の光あふれる野外で頂く 昼のビールの
なんとおいしいことでしょう 車じゃないから 飲んでよし。
ちなみに 写真の焼き鳥を焼いていたのは
笠間でもかなり有名な女性の陶芸作家さんとか・・・
隣席のおじいちゃんが教えてくれました。
ショートカットがかっこいい 中年の素敵な方だったわ。
彼女の作品は ペットの慰霊にも使われたりするらしい。
へぇ~ いろんなひと いろんな作家さん いるのねぇ。

ちなみに お昼は また別のお店で こごみの天ぷらうどん
その後 工芸の丘のカフェで ケーキセットを ぺろりん
う~ん 満足♪

    🍃

そんなこんなしながらも わたしの頭の中では
初めに出会った あの小皿が 気になっていました。
そして 再び そのお店に行ったら お客は居ずに
作家さんが ひとりでぽつんと 立っている。
チャンス チャンス♪
それに 鶴亀の小皿も そこにある!!

「この器 かわいいですね」と声をかけると
彼女はにっこりして 「ありがとうございます」と・・・

彼女の説明によると お皿は半磁器で
陶土と磁土とを合わせて作ったもの。
陶器と磁器の性質を併せ持っているので
陶器よりは吸水性がいいんですって。
陶器は 吸水性が低いから
使ったあとよく乾かさないと シミになったりしますもん。
半磁器だと それはないから使いやすいかな。
また 絵柄を入れやすいとのこと。
彼女は おめでたい柄が好きで 鶴・亀・松などよく描くらしい。

こうして 作家さんとお話をしていたら
買おうか否か迷っていた気もちが吹っ切れた。

買っちゃおう(^◇^)
三日間のノーカーデーという
自分との約束を果たしたご褒美よ(^^)/
それに 素朴でかわいい彼女と話してたら
この若き作り手さんのこと 応援したくなっちゃった (^^)/
だから 買いますよ~
彼女は 陶芸を始めて 約5年だそうです。
これからも 素敵な器 つくり続けてね。

   🍃

こうして わたしは 鶴さん亀さんのお皿とともに
またバスに乗って 電車に乗って 帰宅したという次第です。

家についてから
作家さんに頂いたプロフィールのカードを見て
ネットで検索したら・・・出会えました 彼女に。
   👇
青堂 暮らしを 手にとろう。

訪問者カードに 名前を書いてきたので
作品展の案内など 下さるかもしれません。
また 会えたらいいな 彼女に そして その作品に。

鶴亀のお皿は 普段使いにしますよ。
同じく 鶴亀のグラスとともに 大事に大事に
いつも わたしといっしょです。

ノーカーデーで出かけた バスと電車の小旅行
思い切って出かけた先の このご縁

新たな出会いに 感謝です 💛



        ✐ おり~ぶ



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