いきなり 写真から失礼します。

DSC_0777.jpg

これは 柚子スカッシュ。
先週の朗読スタジオの帰りに 喉が渇いてかわいて
ひとり カフェに立ち寄りました。
久しぶりの レトロなカフェです。
お目当ては この 柚子スカッシュなの。

店主は 中年の女性で このスカッシュは
もちろん 手作りです。
冬には ホットな柚子の飲みものが頂けます。

お店の前に 「氷」の旗がひらめいていたので
夏バージョンの柚子スカッシュ あるよねぇと期待していたら
メニューに ちゃんとありました♪

写真は・・・結構大ぶりのグラスです。
かき混ぜていない状態なので
底の方に 柚子が沈んでます。
スプーンもついてくるの。
ということは 柚子も 頂きま~す。
これが またおいしいんですよ。
甘く煮てあるから 酸っぱすぎず とろとろとおいしい。
もちろん 種も入ってるけど
そんなことは 問題にならないほど う・ま・い♪
柚子は まるごとではありません。
大きめの柚子の 一部分でしょう。

この飲み物
レトロな雰囲気の 木造りのカフェで頂くから
なおさら 美味しく味わえるということもありますね。
ゆっくり ゆっくり 味わって
のども こころも潤して お店をあとにいたしました。

     🍃

柚子スカッシュ
自分で作れれば なおいいわね。
やろうと思えば できないことはないんでしょうね。
お客さまに出せるほど
おいしくできるかどうかは別にして。
でも 柚子スカッシュは つくったことがありません。

あっ それはそうと 柚子で思い出した。
今年の初め 義姉がくれた 手作り柚子味噌があったっけ。
一度ぐらい 柚子味噌こんにゃくを食べたくらいで
そのままだった。
むむ あれは どうなったかしら?

冷蔵庫の奥の奥・・・といっても
うちの冷蔵庫は スリムな 割と小さいものなので
そんな奥行きはないんですけどね。
ごそごそと いろいろなものをどけていったら
奥の隅っこに 鎮座しておりました。
これ♪

DSC_0780.jpg

義姉が 製造年を書いといてくれました。
中をあけたら 何の変化も見えません。
においも 変化なし。
でも 食べても大丈夫なのかなあと少々 不安になったので
ネットで調べたら かなりの期間 もつらしい。
そこで あらためて味見をしたら
う~ん 柚子の香りだわ~ 当たり前だけど。

せっかく久しぶりに表舞台に出てくれた 柚子味噌
これから いろいろに 味わうことにいたします。
そうじゃないと また 新たな柚子味噌
義姉からもらっちゃえる季節になりますよ。
そのようにして 自分で柚子味噌を作ることなく
時は 流れていくのです。

あっ ところで
うちにも 柚子の木 あるんですよ。
大きくなり過ぎないように 剪定ばかりしているからなのか
実が あまりならない 柚子の木。
それでも 一昨年は 10個 なりました。
昨年は 全く ならず。
えっ 今年は?
確か 白い花は いくつか咲いてたけど どうなったかしら?

木のそばで じ~っと 目を見張ること 3分
何と 1個だけ なってたの。

DSC_0779.jpg

かわいいねぇ でも たったひとつだけ。
この1個 ちゃんと 大きく育って 黄色くなってよね。
上野動物園のパンダの赤ちゃんだって
白黒になってきたんですってよ。
あなたも頑張って!!
わたしは 祈るような気もちです。

     🍃

ところで
柚子スカッシュも 柚子味噌も手作りのもの・・・
わたしは この頃 面倒っちいなぁと思ってやらないこと
増えてるような気がします。
特に 手作りのもの・・・

以前は 梅ジュースを作ったり 
イチゴジャムを作ったりしてたのに。
去年のブログ記事でも ➡らっきょう漬けの記事 書いてました。
今年は なんか やる気なく やってない。

最近 とんと やらなくなってたなぁ いくつかのこと。

面倒っちいかぁ・・・
最近 義姉もいうのです。
「齢とると だんだん いろんなこと面倒になってくるね」と。
その言葉 だんだん 徐々に 共感できるようになってるわたし。
齢のせいにしてやらないでいると
はやく老けちゃうぞ~という黄信号が ピカピカしてる。

ああ これじゃ いかんいかん。
決して 時間がないわけじゃないのよね。
とりかかるまでのおっくう感を 打破せねばと思います。

先日観た 「人生 フルーツ」の英子さん 87歳
あの姿を 思い浮かべる。
そして わたしの亡き母の姿を 思い浮かべる。

こつこつ やってたなぁ いろんなこと
繰り返し 繰り返し こつこつ こつこつ
こつこつのレフレイン♪
こつこつ やれば 見えてくるものがある・・・

さあ ぐだぐだ言ってないで やるべし。

とりあえず らっきょう漬け やることにします。

JAの直売所に電話して聞いたら
「らっきょう はい ありますよ」と 元気な声が返ってきた。
行かねば 買わねば らっきょうくん ('◇')ゞ

今年も らっきょうを漬けられる♪
来年も おいしいらっきょう漬け つくるんだ。
そんなふうに
ちょっと先の未来を見据えながら 
希望をもって 暮らしていこう。
こつこつ こつこつね。

やらなくなってたこと
また やってみます💛


     おり~ぶ



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今日から また一週間・・・
今朝は ゆったりした気もちでスタートしました。

起床後 身支度を整えて 
部屋干しの洗濯物を ハンガーから外しました。
いつもより 丁寧にたたんだような気がします。
燃えるごみを収集場所にもっていきながら 
少しだけ朝歩き・・・
ぽつり・・・と雨粒が 落ちてきましたが
家に着くころにはやんでいました。

一面灰色の曇天ではあるけれど
こころは 何だかちょっと さわやかです。

いつもの朝より ゆったりしたこころで過ごせるのには
理由があります。

それは 昨日観に行った 映画のおかげなの。

このドキュメンタリー映画です。
愛知県にお住いの ある建築家のご夫婦と雑木林の物語。
   👇
人生フルーツ 公式サイト

今年の初めには TVでも観られたようなので
ご覧になった方も いらっしゃることでしょう。
そのころは この映画のことを知らずにいて
見逃してしまったようです。

その後 どなたかのブログの記事で知り 
ぜひ観たいと思っていました。
東京の映画館が上映しているという情報を得ましたが
なかなか行けずにいたところ
キネマ旬報シアター(千葉県柏市)が 
ロングラン上映していることがわかったの。
常磐線沿線で なじみのあるところなので 出かけた次第です。

遅ればせながら 
この映画 そして 主人公の修一さんと英子さんに
出会うことができました。

    🍃

映画の中身は 先ほどの公式サイトに書かれているので
ここでは こまごまとした内容については省きますね。

90歳の修一さんと 87歳の英子さんの日常の暮らしぶりを
静かに見つめたドキュメンタリー
修一さんの建築家としての人生にも触れながら 
彼に寄り添う英子さんとのふたりの暮らしを
淡々と かつ 優しいまなざしで撮った映画です。

おふたりの暮らしは 月並みな言葉でいえば スローライフ・・・
雑木林の中で ちいさな自然を愛で 
野菜や果実を収穫し 丁寧に料理して味わう。
自分たちでできることは 何でもやってみる。
それをずっと繰り返し 暮らしを紡いできています。
そして そこでは 実にゆったりとした時が 流れている
お互いを 時には 名前で呼び合い
同じ方向を見つめて 暮らしているふたり・・・

樹木希林さんのナレーションも ふたりの物語にぴったり・・・

風が吹けば 枯れ葉が落ちる
枯れ葉が落ちれば 土が肥える
土が肥えれば 果実が実る
こつこつ ゆっくり
人生 フルーツ


このフレーズが 何度も繰り返し 語られました。

こつこつ ゆっくり 人生 フルーツ

人生は 自然の恵みを受けて
ゆっくりゆっくりみのる フルーツのようだ。
そういう意味なのかなぁと思います。

映画の終盤で おひとりになった英子さんが 語ります。
「ひとりになっても 今までと同じようにこつこつやっていけば
何か 見えてくるものがあるように思います」というようなこと。

わたしは この言葉が すごく こころに響いたんです。

こつこつやっていけば 何か見えてくるものがある・・・ 

そうよね!!
日常のこまごまとしたことでも 仕事でも 
こつこつとやっていけば 何か 見えてくるものがある。
そんなふうに思ったんです。

「こつこつ」という平凡な言葉を 
英子さんが語ってくれたことで
「こつこつ」が わたしの中で 急に輝きだしたの。
ふだん何となく思っている当たり前のことが 
はっきりと 自分の内で腑に落ちた・・・そんな感じです。

こつこつと積み重ねていることは
先ほどのフレーズでいうと 「枯れ葉」にあたるかもしれないわ。
日常の 仕事上の いろんなことは 
日々どんどん生まれてきて それをわたしはこなしてく。
いろんなことは どんどん 過去の枯れ葉になるの。
でも その枯れ葉が いい土壌を作るんだわ。
そして そこに 美味しい実がなるんですね。

実をならせるためには こつこつと 
ひとつひとつ丁寧に ただ こつこつと 繰り返していくことね。
そんなふうに 思ったら
こころが晴れやかになりました。
日常の暮らしの 面倒になるようなことでも こつこつと繰り返す
それでいいんだと 気が楽になります。
仕事も ひとつひとつのケースを こつこつと丁寧に。

こつこつとやって 積み重ねていくことで
美味しいフルーツのなる 
実りある人生へと歩めるような気がします。
こつこつ ゆっくり・・・
いろんなこと そんなに 急がなくていい。
ゆっくり こつこつ
こつこつ ゆっくり

あっ ブログもそうね。
日々 こつこつと綴っていたら 
何か見えてくるものがあるはず。

最近思うんです。
わたしにとって ブログは こころ育て 自分育てだなって。

ひとつの記事を書くことで 
自分に向き合うから 自己理解も深まるし
何より 自分についての 新たな発見もありますもの。
せっかく見つけた自分のこころ 
せっかくだから 育てたいって思う。
大げさに言うと 書くことでも 自分を育てていくみたいな
そんな感じがしてるんです。
だから こころ育て 自分育て・・・

ひとは 生涯 発達し 成長を続ける生き物でしょ。
こつこつ こつこつ 書いていくことで わたしの成長に
つながるのではないかな。 
まあ おいしいフルーツになるか どうかはわからないけれど。

そんなこんなで
「人生 フルーツ」の映画は こころに残る素晴らしいものでした。
また 折にふれて じわりじわりと思い出し
味わいの余韻を楽しんでいきたいと思っています。

と ここまで書いてきたら
外が明るくなってきました。
曇天から 少し晴れ間が見えてきてます。

お庭の花も おひさまの光を喜んでるかな。

DSC_0772.jpg

かわらなでしこ
もう 十数年 この季節に咲いてくれてます。
枯れそうなんだけど 枯れなくて 毎年驚かされる。
この花も こつこつして 生き延びてくれてるのかしら。
こつこつ ゆっくり ずっと咲いてね。

それでは また♪

日々の暮らしも ブログも 

丁寧に 積み重ねよう
こつこつ ゆっくり💛


     おり~ぶ



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昨夜 9時
読まないでしまった新聞を広げていた。
朝刊を 夜に読むって 朝 どれだけ忙しかったのかしら。

そうなの そうなの。
月曜の朝は 
いろいろとやることがあって 新聞はあとで読も・・・
そう思って 放り投げておいたのですよ。

夕ご飯食べて お風呂も入って さあ くつろぎタイムとばかり
どっしり 椅子にすわったら 新聞が目に入った。
見ないままにしておくのも もったいないわと思ったんだけど
朝刊は やはり 朝読むべきね。
何となく 出遅れ感が否めない。
そうこうするうちに 眠くなってしまい 
うとうとしていたら・・・

     🍃

携帯の着信音が鳴った。

わたしのスマホ 電話の着信があるのは まれですよ。
ほとんどの通信は メールかラインですもの。
たまに かかってくるときは 
文字打つのが面倒なほど 話の中身の濃い時や
逆に 待ち合わせの場所や時間の調整の時などの 
打ち合わせの電話
あとは 緊急の場合
最近だと 叔母のいる施設からの緊急連絡・・・・

その電話も 「え~ 叔母さん どうかした? 
今朝 会ってきたばかりで特に変わりなさそうだったけど」
ってなもんで・・・
半分眠った頭が とび起きた。

     🍃

「はい もしもし」と おそるおそる 
かつ 緊迫した感じで電話に出ると 
相手は 仕事仲間 & 友達の Aさん(50代半ば)だった。
過去記事にも登場してきてますよ~ 
自称―地震雲研究家!?の彼女です。

Aさんかぁ ♪
ほっとして わたしの声のトーン 2倍は上がったわね。
「こんばんは~」

それにしても Aさん どうしたのかしら?
彼女はラインをやっていないので いつもはメール 
それも PCのメールがほとんど。

「もしかしてもう休んでました? すみません 遅くに」
と 申し訳なさそうに話す彼女。
わたしが 早寝早起きで
遅くまで起きていられないのを 知ってます。

わたしは うたたねして まどろんでたので
もう 声は 眠り姫状態 ちょっとだけ ハスキーになってます。
それで もう寝ちゃったのかと 思ったんでしょうね。

Aさんの話は 急を要することでもなく 
メールで事足りる内容だった。
月1回やっている 心理職仲間の勉強会のこと
午後7時開始なので これまでは各自 
食事してから集まっていたのだけど
今回は みんなで食事しながらやろうということになった。
その時の お弁当 何がいいかという質問・・・
コンビニの仕出し弁当というのがあるらしく 
いくつかの種類の中から選ぶので「どれがいい?」と聞かれた。
値段は1000円台と800円台 へぇ 結構なお値段だわ。
もちろん 800円をチョイス 中身は ちらし弁当よ。

まあ 彼女の要件は それだけだったの。
読んで下さっている方も 
なぁんだ それだけ~と お思いでしょうか。
実は わたしも 一瞬 「なぁんだ そのことだけ」と思ったの。

でも 彼女が
「メールのやり取りに疲れちゃう時あるから 
たまには電話かけようかなと思った。
それに ○○さんの声 聴きたかったので~す」
と言ったので 電話だったわけを了解しました。
彼女は 相談者と メールで相談している事例を
一件もっているので なかなか 大変なのですよ。
相手の文章を読んで 思いを受け止め 
さらに文章で伝えるって難しいからね。
「疲れちゃうよ」って 同職の仲間にしか言えません。
よくぞ 言ってくれました。
そう 疲れます 疲れちゃうよね。
わたしは 彼女を こころからねぎらいました。

     🍃

彼女とのやりとりを終えるころには
わたしは 眠り姫から目覚めて 頭がすっきりしちゃってた。
そして ふと 思いました。
「たまには 電話で」と言った彼女。
メールじゃなく 電話で・・・
しかも 声が聴きたいって ふざけて言ってたけど
ほんとに 誰かの声を聴きたかったのよね。

彼女のご主人は 単身赴任中 
息子さんも遠方の大学に行ってます。
大きなお家に ぽつんとひとりの夜・・・
だからといって あれこれと 孤独を嘆くひとではありません。

でも 彼女にとって ご主人の存在は 
とても大きいものがあるのです。
「夫と結婚して初めて 人生って楽しいんだと思った」
と言うくらい。それまで どれほど 辛かったのかまでは 
詳しくわかりませんが
ご主人との出会いが 彼女の 真の人生の始まりだった・・・
それは確か。
価値観を共有できるひとと 出会ったのね 彼女は。
「夫といると 自分の中のいろんなバランスがいい感じ。
だから 単身赴任は 私にとっては ちょっとつらいわね」と。
もちろん ご主人は 毎週帰宅しているようです。
平日とて 電話やメールのやりとりをしていることでしょう。

でも それでも ふと 
ひと恋しくなるってこと あるんじゃないだろうか。
結婚して家庭があって 夫がいて 子どもがいて
すぐ 電話でやりとりできる相手がいても・・・

家族でない相手に ぽそっと何か言いたくなる時
声をきいて話したくなる時
彼女の電話は そんな電話だったかもしれないなぁ。

そもそも ひとは とどのつまりは ひとりでしょ きっと。
他の友達が言っていたことありますもの。
「あのね 夫がいたって 孤独よ。 
いるからこそ 孤独ってこともあるのよ」と。
わたしは 名言だわ~と思った次第です。

わたしの愛読書のひとつ
   👇
堀文子の言葉 ひとりで生きる (「生きる言葉」シリーズ)
にも 書いてあります。

みんなひとりが寂しいといいますが 
人といれば本当に寂しくないかしら?
人はそもそも孤独なんです。


彼女は 昨夜 そんな孤独感を身にまとっていたのかしら。

わたしだって うたたねして よだれ垂らしそうになりながら
そりゃあ 孤独でしたよ。
彼女の電話がなかったら 
帰宅して 眠りにつくまで 誰とも話さなかった。
声すら出さなかったかもしれません。
もう その暮らしには すっかり慣れているけれど
彼女の電話が 何だかすごくうれしくて 
こうして誰かとつながっていられるんだと思ったことで
あらためて 自分の孤独感や寂しさを再確認しました。

わたしも 
誰かの声を聴きたくて 電話かけたい時 あるよ。

でもね 
わたしは 寂しい時でも 誰にも電話したりしないの。
用事はないけど 電話して声を聴きたいなぁとは 思うのよ。
でも しない。
本当は 甘えんぼちゃんなのに・・・
そういうとこ 可愛げがないのよねぇ 昔から。
まあ そんな感じで 過ごしてきたから 
このまま いくね 最後まで。

ところで
先ほどの本には このようにも 書いてあります。

ほかの人といて感じる寂しさ 
感性の違う人に接する辛さに対して
自分の気もちをごまかさないでいられる
ひとり暮らしという選択もあってもいいと思います。
「自分」は「ひとり」しかいないんですから 
わたしはひとりでものを考え
怠け 喜びや悲しみを確かめたいと思い 
その暮らしを続けることを望みました。


わたしは 著者のような孤独の達人にはなれないと思うけど
これからも ひとりの夜を過ごしていくということは
間違いないと思います。
ひとり暮らし 自分が望んで始めたわけではないけれど 
今は その暮らしを 自分で選択したという思いがあるから。

    🍃

彼女との電話のやりとりで 頭はしばらく冴えていましたが
ベッドに入って あっという間にコテンと眠ってしまったよう。
朝まで ぐっすりでした。
彼女の電話で わたしの孤独も ちょっと癒されて 
身体も ほんわか リラックスしたのでしょう。
安心して 眠ったんだと思います。
誰かとちゃんとつながっているんだという 安心感 ♡

一夜明けて 雨戸を開けたら またまた 今朝も 晴れてます。
昨日の記事の最後に 
うっとうしい梅雨の日々・・・と書いてしまい
間違ってる~ うっとうしくないじゃん と思ってましたが
案の定 今日も うっとうしくありません。
爽やかな 風も吹いてます。

DSC_0768.jpg

庭のねじり草
ピンクのらせん階段が 上へ 上へと 伸びてます。

さあ 今日も
 
人生のらせん階段を 一歩一歩 上ります 💛 



   おり~ぶ




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先日 朝顔の種をまきました。
昨年咲いた花の種・・・

毎年 同じ朝顔の種をとっておくの。
忘れてしまっては困るので 玄関の棚の小箱に
一年中 おいてあります。

なぜ そんなふうにしているかというと
その朝顔は 母の形見なのですよ。

昨年 記事に書きました。
人生も ブログも リフレイン(^_-)-☆
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
読んで頂けると すっごく うれしいです。
   👇
朝顔と母とわたし

というわけで 薄水色の朝顔は
忘れちゃいけない 大事な花というわけです。

母は このブログで 何度も少しずつ登場してきています。
亡き夫に比べたら その頻度は 数倍です。
太郎さん ごめんなさいm(__)m
あなたの登場場面 ちょっと少ないわね。
母と夫と 比べるものではありませんが・・・
やっぱり 母とは 特別なご縁ですもの。
母と娘 切っても切れない 深~~~いつながりですから
またか と言わないで お空から見ていてね。

   🍃

母とお別れして 4年になりますが
思い出さない日はありません というか
思い出さなくても いつも こころの中にいてくれるから
思い出す必要はないんですが。

今だって 過去記事を読んだら 母が恋しくなって
メソメソ 涙 流しました。
もう わたしったらねぇ。
たぶん この人生を終える日まで
ず~っとこうしていくんだろうなと思います。

折にふれて 母の姿を追っているわたし・・・

🌻その1
この間も 仕事の帰りに 定食屋に寄ったんですよ。
火曜日の仕事は ちょっと遠いところの職場だったの。
おまけに その日は いろいろあって 退勤が6時半過ぎに
なってしまった。
疲れるし お腹はすくし そのまま家に帰って 
ご飯つくるのかあと思ったら 面倒になっちゃって・・・
それで 定食屋でご飯食べちゃったの。
その時 ふと思いました。
「母さんだったら 絶対 家に帰って ご飯作って食べるよなぁ」

母は75歳まで 街の観賞魚のお店で働いていたんです。
家から自転車でバス停まで行って バスに乗り・・・
合わせて50分ぐらいはかかります。
その往復を 父が亡くなってから 約30年間続けました。
お弁当をもってね。

冬だと帰りは 真っ暗ですよ。
学生時代までは わたしは実家にいたので 
自分が先に帰っている時には 母の帰りを待っていた。
暗闇の中を ギコギコと自転車の音がする。
キーっとブレーキの音がして 自転車がとまり
母が玄関を開ける。
その時の自転車の音 今もはっきり耳に残ってます。
どんな時でも 家で夕ご飯 食べましたよ。

わたしが 遠方で就職したり 結婚したりしてからは
母はひとり暮らしだったけど 一度だって 
夕ご飯 外で食べてくることはなかったと思います。
お弁当箱を洗いながら きちんと準備をして 
母ひとりの夕食を ちゃんと食べていたと思います。

わたしは 「お腹空いた」といって 定食屋での夕ご飯・・・
節約しなくちゃと思っているだけで こんなところで楽してる。
たとえ 800円の定食だって 母は
「もったいないだろ。家に帰れば なんかあるでしょ」
と きっと 言っただろうな。
ほんと こらえ性のないわたしだわ・・・と反省しながら
「ああ ここのご飯 やっぱりおいしいわぁ」なんて思う
お気楽もの(>_<) もちっと 母を見習いたし。

🌻その2
これは 夜のこと
やっぱり ひとりもんは寂しいです.
例えば 真夜中の孤独感・・・切ないわねぇ。
音といえば 自分が鼻をすする音ぐらい(>_<)

そんな時 思います。
「母さんも 独り暮らし歴長かったわねぇ」
86歳までは 何不自由なく
つましい独居生活を謳歌していましたから 
独り暮らしの達人といってもいいくらい。
よく 近所のひとに
「〇〇さん ひとりで寂しくないの?」と聞かれたらしい。
隣近所が遠かったので ぽつんと離れた家で暮らすから
心細くないかと思われたんでしょうね。
母は そんな時何と答えたのか 後になってわかりました。
「ひとりだから 寂しいっていえば 寂しいだろうけど
寂しいって思ったって どうなるもんでもないから そうは
思わないよ」って。
まあ なんと合理的な考え方。
寂しいと思ったって どうなるものでもない その通りだわ。
どうなるものでないならば その考えはしない・・・
長年ひとりで暮らしていると そんな境地になるのかなあ。 
わたしも?

その近所のひとは こんなことも言ったらしい。
「〇〇さんは ひとりだから ストレスないんだよ。
だから そんなに元気でいられるんだわ」
なるほど それは そのおばさんの言うこと 一理あるかもね。
大人数で暮らすそのおばさんの世迷い事 
母は うん うん・・・と聴いてあげてたみたいです。

母だって 決して寂しくなかったはずはない。
でも その寂しさを相手にせず 邪魔されず 
むしろ ひとりの自由を楽しんだ母・・・
わたしは
「母さんだって 孤独な夜を 数え切れないほど過ごして
きたんだから わたしだって大丈夫」って思えるんです。

    🍃

こんなふうに 
母の姿を 追憶し 話しかけているのです。
返事は 返ってこないけれど 
母が生きてきた暮らしの断片が
わたしの記憶に残り続ける限り
これからも 母との対話は続くと思います。

母の人生の足跡が わたしの生きるヒントになっているから。
ひとつひとつの思い出が
今を生きるわたしへの 母からのメッセージ。
そんなふうに 思っているのです。

父と母から いのちを頂き 生まれてきたわたし。
このいのちを
あらたなひとのいのちにつなげることはできなかったけれど 
悔いはない。

せめて 母の朝顔の種をまき
こうして 母のことを記事に書くことで
母のいのち そして わたしのいのちのメッセージが 
誰かに ほんのりと伝わってくれたらいいなぁと思います。

この季節は
母の形見というべき 花の数々が 咲き誇り
お庭も何とも にぎやかで そこら中に母がいるようです。

それと 今朝もまた
母がやっていたように 緑茶に梅干しを入れて飲みました。
ふにゃふにゃに柔らかくなった梅も食べて 
すっぱ~い(>_<)
もちろん 母の遺してくれた梅干し
まだ たくさんあるのです。

こうして 母がいつもそばにいる。
まだまだ つながっていくご縁
ずっと ずっと・・・ 母と いっしょ♡

いのちのつながり 花の縁

どうぞ 朝顔の芽が 出ますように💛


          おり~ぶ



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今日は 6月ついたち

今日から また 新しい一か月が始まりましたね。
わたしは
「ついたち」という言葉が好きで 毎月の一日には
あえて 「ついたち」といいます。

ついたちの語源は 「月立ち」
新しい月の始まり 空に見える月の巡りの始まりでもある。

わたしにとってのついたちは 
無事に過ごせた一か月を感謝し 
また 新しい月の無事を願う日です。

今朝は 
小さな神棚に 新しいお榊とお酒とお米と水をお供えして
柏手をパンパンと 鳴らしました。
特に 神道を信仰しているというわけではありません。
神棚の下方には お仏壇風の棚もあり 
そこには 故人の写真やチーンと鳴らすお鈴や 
友達からもらった 聖書の言葉の書いてあるカードもある。
まさに 神仏混合 何でもありの 信仰心(^_-)-☆
見えざるもの 
おおいなるものへの畏敬の念だけはもっているのです。

    🍃

ところで
最近 とみに早起きになってしまって
今朝も 4時30分に起きてしまいました。
夏バージョンだと 毎年 こうなのですが それにしても
4時台起きが 続いています。
病的な早朝覚醒では ないと思います。
はやめに就寝するから はやく目が覚める・・・
そして おそらくは加齢によるものでしょう。

目が覚めた時に 新聞屋さんのバイクの音が ブウ~とした。
あら いつもこの時間です えらいわね 毎日ありがと♪

そのまま ベッドにいたら 鳥の声がきこえました。
鳥って こんなはやくから コミュニケーションしてるんだ。
だって もう 外は明るいからね。

チチ チチ チ きみは 誰?
ケン ケン ケ~ン きみは キジさん。
散歩中 よく会いますもの。
ホーホケキョ ケキョ きみは うぐいすちゃん。
伐採されて小規模になってしまった近くの林に 
かろうじていてくれるのね。

というように 鳥の声をききながら
こころだけは優雅な感じで
よっこらしょっと 起き上がった次第です。

朝の身づくろいをし ちょこっとだけ朝歩き
簡単な掃除をし 洗濯物をほして
(雨模様なので 部屋干し)朝食をとり 一段落して ほっ。
こうして 記事を書いているわけですが・・・

センセーショナルなことも起きず 特別なことは何もない。
あ~とか えっとか思ってもらえるようなことも書くでなし
ただただ 「ついたち」の朝を書いてます。
いかがなものか・・・とも思うけど
まあ 日記ブログということで 大目にみてくださいね。

でも 
もしかしたら 特別なことがないということは
特別なことかもしれないです。
以前TVコマーシャルで 流れてた プライスレス priceless
そう 値段のつけられない価値・・・のように。
特別なことがないということが 特別なこと
無事に生きていられるということが 特別なこと
もしかしたら 奇蹟!?

わたしにとっては
特別なことのない朝だけど 大切な朝
特別な内容じゃないけれど 大事なブログ
ということに あいなりますかしら。

プライスレスのひとときが 静かに流れていきます。
特別なことは何もないけど それが 特別♪

ここで
隣市在住の詩人の詩をご紹介・・・♫

朝の歌 
       小泉 周二

おはよう まつ毛
おはよう あくび
おはよう 手のひら
おはよう からだ
きょう また ぼくは 生まれた

おはよう タオル
おはよう じゃぐち
おはよう 水おと
おはよう こころ
きょう また ぼくは 生まれた

おはよう 光
おはよう 小鳥
おはよう 緑
おはよう みんな
きょう また ぼくは 生まれた


「きょう また ぼくは 生まれた」
この フレーズが 何ともいえず こころに迫ります。

ついたちの朝の詩にふさわしいなあ。
わたしも 「きょう また 生まれた」って思うようにする。
古くなった思いや考えを捨てて・・・
また 今日から 新しい一か月が 始まったのだもの。
わたしの身体の細胞も どんどん新しくなっていくのだから
わたしも どんどん 新しくなる 進化していく。
老いても 可能性だけは 無限でしょ きっと。

     🍃

ついたちの朝・・・
あら とうとう 雨が降り出した。
ついたちの雨は 朔日降りというらしい。
ついたちぶり・・毎月ついたちは 昔から雨が多かったのだとか。

わが家のこの花も 朔日降りの雨に濡れて 瑞々しい。
どくだみ 

DSC_0732.jpg

花言葉は 白い追憶・・・
特別な花じゃないけど その清楚さ
どくだみを見つめる朝のひとときもまた 
プライスレスな時間です。

    🌻

6月が スタート(^^)/ 

あなたも
わたしも
どうか 無事に過ごせますように


        おり~ぶ



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