今日のタイトルは 「美醜の境い目」

この本を 少しだけまねています。
   👇
美醜の境界線: 美しい生き方のための規律(ルール)

著者は 昨年の記事 ➡自分の言葉で・・・でも取り上げたことのある
作詞家・エッセイストさんです。
その吉元さんが 
言葉をあやつる魔術師のように思えて 
わたしは ひそかに ちょっぴり尊敬しているの。

この本では 次のような前書きが書かれています。

私たちが自分を高めたいと思った時 迷っている時 
正しいか正しくないか 利益になるかならないかといった
実利的な基準とは別の
自分自身の判断基準が必要になる。
それが「美醜」という判断基準・・・


さらに 彼女は 美醜は正反対に位置しているのではなく
一線を介して隣り合っていると言っています。
その一線を越えてしまうか踏みとどまるか
そこが 美醜の境界線なんですって。

ほほぉと思い 興味をひかれました。
ひとには 表もあれば裏もある 
光あるところには影・陰がある
ひとりのひとのなかにも
明るい×暗い ポジティブ×ネガティブ 親切×意地悪
それらは すべて 一線を介して隣り合っている。
その境界線は どこなのかしらと 読み進めた次第です。

吉元さんは 49の項目で 美醜について述べています。
わたしが 特に 興味をもった項目をいくつか ご紹介。

〇 嫉妬の感情を自覚している人 × 嫉妬に他人を巻き込む人
〇 選ぶ人 × 天秤にかける人
〇 人の話を受け止める人 × 人の話を奪う人
〇 祈る人 × 願う人
〇 自分を落とせる人 × 実は自慢している人
〇 褒める人 × 比較する人
〇 力を借りる人 × 利用する人
〇 距離をおく人 × 逃げる人
〇 打ち明ける人 × 隠す人
〇 「そうね」という人 × 「でもね」という人
〇 にじみ出る人 × 上塗りする人
〇 有難いと思う人 × あたりまえだと思う人
                   Etc
こうして書いてくと 全部書いちゃいそうなので
この辺で やめておこう。
項目の見出しを読んだだけでも こころあたりあるわぁとか
そんなひと いるいるって わたしは 思ったので
あっという間に読んじゃいました。

でもね!!
さきほどの項目の中にも
「そうね」という人 × 「でもね」という人 とありましたけど
吉元さんの書いている49の項目のうち
48の項目についての記述は
まぁまぁ おおむね 
とりあえず 「そうね」と了解しました。

でもね ひとつの項目だけ 全く納得できな~~い!!

それは この項目
〇 「-」の人 × 「~」の人 というところ。

彼女はSNSの投稿を見て 気になっているのが
語尾につける「-」(おんびき)「~」(なみせん)だという。

次の文章を読んでね。
彼女の主張は 青文字  黒文字は わたしのこころの声です。

私の感覚でしかないのですが 「~」を使い過ぎるのは
美しくありません。内容ではありません。
「~」を多用することが 「醜」につながるのです。


え~ そうなの?!
わたし 「~」って 結構使ってますよ ブログで。
第一 ハンドルネームのおり~ぶに 「~」入ってるし
楽しもう~ 何とかですよ~ など よく使いますもん。
「~」を多用すると 醜いの?! ありゃあ まいった。

「〇〇さん~」「楽しみ~」「ありがとう~」
これらの文章を声に出して読んでみてください。 
どんな感じがしますか?


どんな感じって いろいろな読み方できるから 
別に問題ないんじゃない?

「~」という記号のもつニュアンスは 
ポジティブに表現されているでしょうか。
語尾をだらしなく伸ばして 何とも甘ったるく しまりがない。


わぁ だらしなくて しまりがない? そこまで言わなくても(>_<)

親しい者同士の 親しい会話だからいいのではないかと
いうことも言えますが 大人の女性の発信する表現として 
わたしは そこに美も粋も遊びも感じることができません。


きゃっ 「大人の女性として」と言われると ギャフンときちゃう。
美も 粋も 遊びも感じないって!!
でも そこまで考えて「~」を使ってるわけじゃないもん。

「-」での表現には 甘ったるさは感じられません。
相手に甘える気もちで書くなら 「〇〇さーん」と書いた方が
かわいいと思うのですが どうでしょうか?


えーっ そうは思いません。
「〇〇さ~ん」の方がかわいい 断然かわいい ものすごく♪ 
ブログ村の方達だって 「~」を使ってる方いらっしゃるけど
一度も違和感もったことないもん。
「~」からかもし出される雰囲気 自然に受け止めてたよ。
それじゃ ダメぇ?

ということで しばし わたしのこころは 
無駄な反撃をしましたが
最終的には この言葉にうなだれました。

表現ですから自由 何をどう書いてもいい。
でも ここで言葉を選別するのは感性であり 美意識です。
自分の感覚的な世界の中で 「これがいい」というものを
書くという意識が大切です。
誰も好んで
「醜」と感じられる表現をしているわけではありません。
内面の美 見えない美に対してもう少し意識を向けると
境界線が見えてくるのです。


はい ごもっともでございます m(__)m

結局のところ
彼女は 主張の初めに ちゃんと
「あくまでわたしの感覚でしかないのですが」と
言っているわけなので
その感覚を 押し付けようとはしていない。
読んだわたしが 
「~」ひとつで 十分に揺さぶられた次第です。

ブログを書いて こうして発信している以上
自分の綴る言葉に 少しは神経を使ってきたつもりですが
さすがに 「~」のことまでは考えませんでした。
まあ それは それで わたしの美意識から出た「~」なので
間違っているとは 全くもって 思ってはいません。

しかしながら 
自分が感じる美というものに もっと意識をむけて
自分の感性や美意識を もっと磨いていきたい。
そのことは 今 かなり感じています。

その言葉は 美なのか醜なのか
その行為は 考え方は 美なのか醜なのか
ほとんどすべては きっかけひとつで 
美にも醜にもかわるでしょう。
そのきっかけをつくるのは
自分の美意識・・・と吉元さんが 言っているので
こころに留めることといたします。

美意識がはっきりしていなかったら
「美醜の境い目」はわからないでしょうからね。

でもね 
これからも 「~」は 使いますよ~
使い過ぎなきゃ 「醜」にはならないでしょう 吉元さん。

おり~ぶも このままよ~
「おりーぶ」ではなく 「オリーブ」でもなく
「おり~ぶ」
わたしの感性から出た言葉だから
これでいいのです💛


   おり~ぶ



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本題に入る前に ちょっと前置きいたします。

昨日は 二週に一度の 朗読スタジオへ

今年のレッスンのテキストは 和ものです。
伝統芸能の出し物の中から いくつかの作品の一部を
読んでいくことになりました。

講師のJ先生は 洋ものの舞台にもたつ役者さんですが
もっともお得意としているものが 「和」の世界

わたしは これまで 読んだり 観たりしたことが
ほとんどなかったので とっても新鮮。
昨日までに 三作品の一部を読みました。

婦系図(おんなけいず)
三人吉三(さんにんきちざ)
源氏店(げんやだな)

よみがなを書いたのは 初めて見た時 
わたし 実は ほとんど読めなかったから(>_<)
朗読仲間には スイスイと読めるひとがいましたよ
ふだんから 歌舞伎などの伝統芸能を見ているひと。
さすがねぇ。
おとなのたしなみとして それぐらいわからないと・・・
とは いわれなかったけど ちょっぴり恥ずかしかったわたし。

    🍃

前置きが長くなってすみません。
今日の話題は レッスンの中身のことではなく
食べるという行為について・・・
なんじゃそれ?と お思いでしょうが 
よろしくおつき合いくださいませ。

    🍃

「食べる」にまつわる J先生のエピソードから

J先生は レッスン日の朝 東京からいらっしゃいます。
午前中のクラスは 午前10時~12時40分
午後のクラスは  12時50分~ 15時30分
何と ふたつのクラスの間は 10分しかないのです。

わたしは 午後クラスなの。
午前クラスが終わってから 部屋に入るのですが 
その時 先生の姿はみえません。
たぶん 急いで別室に行き お昼を食べるのかなあ。
それとも 電車の中で 遅い朝食をとってくるのかなぁ。
そんな想像をしています。

その日も 時刻ぴったりに 先生が着席されて レッスン開始。
でも 先生が 開口一番
「ごめん 昼飯食べられなかったんだ」と言いいながら
バッグから サンドウィッチを取り出したの。
わたしは 今年で 3年目の朗読スタジオだけど
先生が そんなふうにしたのは 初めてのこと。

みんなも え~と 同情的なため息。
「どうぞ どうぞ 召し上がってください」という雰囲気になり
先生は 「すみませんねぇ」と茶目っ気だしながら
おもむろに サンドウィッチの包装をほどきだして
・・・・・
急に 顔をあげると
「やめとこ 裏の部屋で食べてくるから ちょいとお待ちを」
などと言って そそくさと 扉をひいて 姿を消した。
みんなが テキストを黙読していると 
5分ぐらいたって 先生は戻られた。

わたしは この先生の行動が すごく 興味深かったんです。

彼は さすがに 
みんなの見ている前では 食べられなかった。
約40人の生徒の前で 食べるのは それは 恥ずかしいでしょ。
「食べる」という演技を見せるなら 平気なことだけれど
「食べる」という 素の行動は とれなかった。

わたしが 同じ立場でも そうしたと思います きっと。
「食べる」という行為のもつ意味を考えると
先生がとった行動は きわめて自然な行動だと思うから。

「食」は 生命維持に欠かせない本能的・生理的な営み・・・
「食べる」って 「食う」ともいうでしょ。
心理学では 「食う」「食べる」という表現が 
「食」のもつ攻撃性と交流性を
表しているとも とらえられています。

食べる時の 「噛み砕く」呑み込む」という行為・・・
赤ちゃんは お母さんのお乳を吸いつくし
歯が生えれば乳にかみつく・・・どこか 攻撃的な感じがします。
そうやって 生命は 育ってきてます。
生まれた時からの 本能的かつ 攻撃的な行為がなかったら 
ひとは 成長できません。
だから 「食い入る 食い下がる 食いつく 食いつぶす 
食ってかかる その手は食わない」などの比喩の言葉も 
攻撃的な意味合いを含んでいますでしょ。

また 授乳という「食べる」を通して 
母と子の 密接な情緒的な交流が行われ
基本的な信頼感が 育まれていくともいわれています。
「同じ釜の飯を食べた間柄」というような言葉もあるように
「食べること」は 人間関係の最も 根源的な様式・・・

このように 「食う」「食べる」は 
「食」のもつ攻撃性と交流性を表現していると
言われているのです。
少々 硬い話になりました (>_<)

「食」のもつ 攻撃性と交流性・・・

J先生のとった行動・・・
そもそも「食べる」という行為が 本能的・攻撃的な行為であり
そこにまた 
口や唇という セクシャルなパーツの組み合わせ・・・
「食べる」顔を 見せたくないと思う その心理
わかりすぎるほど わかります(^_-)-☆
最も プライベートな姿 そうそう 見られたくないですよね。
しかも 40人が いっせいに見るわけですから。

食べてる時の顔・・・見せるの 恥ずかしい?
わたしも 昔々あったわね。
初めておつき合いした異性と 食事をするのが 
恥ずかしくて 恥ずかしくて
どうしたら 食事しないで過ごせるかって
とんでもないこと 悩んだことがありました。

まあ そのころは ただただ恥ずかしいという思いだけで
どうしてそう思うのかは 全くわかりませんでした。
自分の本能的・動物的な姿を 好きなひとに見せたくない 
そんなものを見せて 嫌われたらどうしよう。
そんな無意識が 働いていたのでしょうね。

ちなみに 
J先生が サンドウィッチをもって別室に消える時
こんなことも 言い放ってました。
「男と女が いっしょに焼肉食ってるっていうのは
そのふたりが できてるってことらしいよ」と笑いながら。

「こらこら 先生!! スタジオには うぶな高校生もいるのに
そんなこと言って~」と思いながら
あながち 間違っていないかもという感じです。
焼肉を食べるって いろんなものを食べる中で
かなり 動物的なにおいが ぷんぷんしますもの。
ヒトという動物が 動物の肉に かぶりついてるわけですから
本能丸出し以外の なにものでもないわね。
ふたりの関係性が かなり深まっていないと
なかなか そんな姿見せられないかも 特に女性は?!

ということで
食べる姿を 見せなかったJ先生のエピソードを書きました。

記事を書きながら
かなり 若かりしわたしの 
異性の前で 食事することが恥ずかしかった 初々しい恋など
思い出してしまいました。

    🍃

わたしは ひとり暮らしなので
ふだんは ひとりで食べてます。
むしゃむしゃ くちゃくちゃ 本能的な攻撃性を発揮して
食物の栄養を とりこんでいます。
生命維持には欠かせません (^_-)-☆

そして 時には 親しいひとと
これまた ガツガツ ワイワイ 食べてます。
食べてる顔を見られても 気にならずに
食べて 飲んで おしゃべりして・・・
そんな交流が できること ありがたいわねぇ。

ちゃんと噛んで
しっかり 食べますよ 今日も💛


   おり~ぶ



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はや 週末・・・
いろいろなことがあった一週間。
わたしのブログ記事も
あちこち あれこれ 生きた足跡を残しました。

そして 昨日の 
有名な方の死。
生き方の 真に美しいひと・・・
ただただ 目を閉じ 黙とうを捧げました。
どうぞ 安らかに お眠りください。

     🍃

悲しい夜が過ぎ・・・

こうして 静かな朝を迎えています。

昨夜 いろいろ思い浮かんだことは 
わたしの中で未整理な部分がたくさんあり
この場では まだ文章になりません(>_<)

でも 今はっきりと言えることは ひとつ
ひとは誰でも 生きて死ぬのだということ。
悠久の宇宙の流れから見れば
ひとの一生は 星の瞬きのようだともいわれます。
限りある時間を生きて そして 死ぬ。
このことには 誰であっても 抗いようがないのです。

わたしも やがて 遅かれ早かれ 亡くなりゆく運命なのだと
あらためて 我がいのちのことを思いました。
星の瞬きのごとき 永遠には続かぬ いのち。

光があって影があり 生があって 死がある
光と影の さまざまな色に彩られて歩む わたしの人生も
やがては 必ず終わりを迎えてしまうのだから
死にゆく旅路ともいえようか。
生かされて 生かされて 生きていく。
そして いつの日か 人生の幕はおりるのです。

こんな当たり前のこと 
これまでだって 数え切れないほど
突きつけられてきたけれど
きっと これからは もっともっと向き合わざるを得なくなる。
生老病死・・・ 
この四文字が 今まで以上に重くのしかかってくるだろう。

これからを どう生きて どう終わっていくのか・・・

わたしより 30歳ほども若い 
かの美しきひとが 教えてくれている。

それは 
どういう状況であっても その時その時 
懸命に 家族を愛し ひとを愛し 精一杯生きること 
そして まさしく全身全霊で 生きる思いを伝えること

病との闘いの中で
いのちをかけて伝えてくれたことを 
こころにしっかり とどめておきたい。
強く強く そう思うのです。

生きたくても 生きられなかったひとの 
無念の思いを心に留めて

愛というものの尊さを教えてくれた
美しきひとのためにも

その時その時
精一杯 ひとを愛し 人間を愛し 
ささやかな生きる喜びを見出していきたい。
そうしたら この世から旅立つとき きっと 後悔しない。
そんな気がするんです。

生きたくても 生きられなかったひとのために
わたしができることは
彼女のいのちに感謝すること・・・
そして 自分が
ただ ひたむきに 生きること・・・


多くのメッセージを残してくれた 彼女のまっすぐないのち
それは わたしには こんなイメージです。

はげしく渦巻き
さかんに 泡立ち
しかも 少しも濁らない
透明ないのちでありたい
滝つぼの水のように
      相田みつを


滝の水

病に侵されていても 透明ないのち そして その魂
それが 彼女だったんじゃないだろうか。

そして
澄んで濁りなき いのちのバトンは 
もちろん ご家族おひとりおひとりに渡されたけれど
彼女を知る多くのひとの手にも そっと渡された・・・
わたしは そんなふうに思っています。
もちろん わたしの手にも・・・

このバトンを大事にもって 
わたしは 自分の一生を 歩もうと思います。
時には ゆっくりした歩幅で 時には 走るスピードで・・・
いのちのバトンを落とさずに 
わたしの生きざまを どこかでそっとみていてくれる
その 次の誰かに 渡せるように
しっかり 地に足をつけて 生きていかねば・・・

できるなら こんなふうに楚々として

谷間の百合

人里離れた 谷間の白百合の花は
誰にも みてもらえないのですが
少しのかけひきもなく
精一杯の美しさで咲いています
        相田みつを 


誰にもみてもらえなくても 
大いなる宇宙は見ていてくれるはず。
その時その時を 精一杯 

今を生きる

今日という 大切な一日
新しい わたしのいのちが 時を刻んでいます 💛    


       おり~ぶ




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夜の電話について書いたのは 一昨日でした。
めったに電話はないと書いたのに 
友達からの電話・・・続くものです。

今日は 友達関係について 書こうかな。

昨夜の8時半 着信あり。
           👇
3月の記事 友はおかんむり に登場した友達 
電気自動車購入後 燃費の悪さに悩んでたひとです。 
Aさんとしましょう。わたしと同い年。

昼の間に 彼女からラインが入っていたの。
「お元気ですか?週末のご都合は?」というもの。
たぶん ランチのお誘いだろうと思いましたが
週末は 朗読スタジオやら お出かけで 
ランチの時間はとれない。
「ありがとう。土曜の夕方なら 空いてるんだけど 
それじゃ無理ですよね」と返信しておいた。

彼女は 平日 フルタイムで仕事をしている 一家の主婦。
義両親とも暮らしている 長男さんの嫁殿なのですよ。
親御さんが元気なので 夕方でも出られないこともなく
以前 夕方 我が家に来てくれたこともあります。
だから ダメでもともとで 土曜の夕方は?と
ラインに書いてみたわけ。
お誘いに乗る気は 満々ですから。

それにしても
Aさんは 最近 娘さんにbabyが生まれて 
初孫だ~と喜んでいる。
近くに住んでいるので 何かとお世話を頼まれているらしい。
そんなこんなで やっと この週末に 
自分の時間が作れたのでしょう。
だから ラインの返事に
「週末は無理だから 来月 どう?」
とは 書けなかったんです。
来月は来月で 何かと予定もあるでしょう 
それは わたしも同様です。

そうそう それで 彼女からの電話は
「ねぇ 夕方って 何時から?」というもの。
夕方という言葉の定義から 入ったわねと面白く感じながら
いろいろと 話をして 
結局 この週末は 見送りになりました。
来月また あらためて連絡を取り合うことにしたの。

それらの話の中で わたしは 
Aさんの記事を書いた時以降
彼女と会っていないことに気がつきました。
3月末の記事だから あれから3か月・・・
記事の最後には 桜の花見に彼女を誘いたいなどと書いたのに
有言不実行でした(>_<)

Aさんが気をもんでいた車のことについては 
一度わたしのほうから 
「どうなった? 車のこと 落ち着いたの?」
という電話をしています。
その時の返事は 
「まだまだ 問題は未解決 どうなるかわかんない」
というもの。

以後 お互いにやりとりはなく経過して 
昨日の電話という次第。
わたしは 車のことも思い出して そのことを聞いてみたら
「やっと気もちの整理がついて 
いい車だなと思って乗ることにしたの。
燃費も22Kmはいくから その辺で妥協したのよ。
いろいろ心配してもらったのに
そういえば 連絡しないでいたわねぇ 
ごめんごめん」とちゃっかりしてる。
そんなふうに あっけらかんとしているところ 彼女にはあって
Aさんらしいわ そういうところ 彼女の持ち味 いい感じ。
そんなふうだから 友達として続いていられるかもね。

    🍃

というように 今 友達関係の一例を書きました。

わたしの友達関係は 概ね そんなところ。
まず 頻繁には会わない。 
会う間隔は 平均2か月に一度ぐらいかなぁ。
友達とは 無理して頻繁に会うことはないと 思ってます。
そのほうが 長続きするような気がしてる。

わたしの場合 用事がない限り 連絡しないの。 
例えば「空の色が素敵だよ~」などと 
ラインしたい気になる時もあるけど まずしない。 
要するに そういうマメさはないかも。
あっ でも 「どうしてる?」というようなことは 
メールで送ったりはします。

要所要所は 押さえる傾向あり。
忘れなければ 誕生日のメールとか。
それでも 忘れちゃうこと あり。
しばらくやり取りしてないなぁと気づいたら
自分から連絡して 会うようにするとか そういうことはする。
友達関係は 続ける努力も必要って思ってるから。
要は その友達と 
ずっとおつきあいしていきたいかどうかだから
そう思う相手には 自分なりのメッセージを 
何気に送り続けるということ。

友達とは 一対一の交流が中心だけど 
あまり執着はしない 干渉しない。
とにかく 近寄りすぎず 遠ざかりすぎず 相手を想ってる。
そんな関係が わたしには 楽なんですねぇ。

ここ数年は
朗読スタジオに参加するようになって 
仲間という存在が増えました。
例えば 街の中で朗読仲間に偶然会った時 
親しく挨拶をかわすひとは 数十人いるけれど
その中で ふたりきりで カフェでお茶を飲めるひとは
今のところ たったひとり。
それで 十分なの。 
シンプルでしょ。
よりプライベートなおつき合いは
ごちゃごちゃ ひとをまぜすぎない。
ちょっと 閉鎖的かしら(>_<)

このひととずっと友達でいたいって思えるひとが 
数人いるだけで わたしは Happyです。
そして 会った時は それは真摯に そのひとに向き合いたい。
頻繁に会わないからこそ 大事にしたい そのひととき。

若い時に 異性と付き合った時(これは また別)以外は
子どものころから ずっと
こんなふうな友達関係だったような気がします。

そういえば わたしは 幼友達だったひとと 
今もつきあっているひと いませんね。
ひとりだけ 今も年賀状のやりとりをしているひとがいるけれど
きっと この先 会うことはないように思います。
距離的にもかなり離れているし 心理的に遠い感じ。
共有した時間が少なすぎて・・・
でも なつかしさはあるから 続いています。

     🍃

幼友達っていえば・・・
この映画(2015)の中の 友達関係には 
こころを揺さぶられたことがあります。
   👇
マイ・ベスト・フレンド [DVD]
 
幼少期から仲良しのふたりが 不妊治療を経ての妊娠や
乳がん発症という人生の局面・運命 
そして友情の危機を乗り越えて
さらに深い友情を気づいていく物語。

それこそ 近からず遠からずとは 真逆の 
女性同士の友情の姿 しかも 濃密な。
でも ふたりが 危機をこえて 
さらに深いかかわりになっていくのを見て
とっても 感動したの。
人生って ひととの関係って 理屈じゃないって思いました。
友達関係は つかず離れずなんて 思っていることが
妙に ちっぽけに見えてしかたなかった。

もしかしたら わたしは 
映画のふたりのような
何から何までさらけ出し 葛藤さえもバネにして 
ふたりの友情を再構築していくような
そんな ふか~い関係を 
ほんとうは 欲しているのかもしれない。
そんなふうにも 思った次第。

でも それは あくまで 映画の世界。

実際は やっぱり・・・

濃密すぎず 
つかず離れずの 程よい距離がいいな。

    🍃

友達関係について 書き始めましたが
何だか とりとめなく 綴ってます。
まあ 女性同士の友情も 
人生の永遠のテーマだと思うので
この先 また 記事に書きたくなるでしょう。

今日のところは この辺で。

友達は 人生の宝物♪
つかず 離れず ほどよく
ゆる~い おつき合い
なが~く つづけていきたいです。

友達のいない ひとりものの老後は 
きっと 寂しいと思うから
大事にしていきたい・・・
いまの 友達💛



       おり~ぶ



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野次馬しちゃって・・・ちょっとだけ恥じてます。

昨日は曇りで ちょっと涼しかったので 絶好の草取り日和。
午後から 庭に出て 
しゃがんで這いつくばって 草取り作業をしました。
雑草を抜いたり ブロック塀の際の 
芝の伸びたのを刈り取ったり 結構 頑張っておりました。

そこへ フェンス越しに 声がした。
「〇〇さん あのさぁ  △△さんちの車が 
田んぼに落っこちちゃったんですって」
「え~っ」と 立ち上がったわたし。
声の主は 斜め後ろの奥さん Aさんとします。
70代前半の方です。
△△さんちは ちょっと離れた ご近所・・・

「今 JAFの車が通ったでしょ。 きっと そこに行ったのよ。
さっき娘が帰ってくる時 田んぼ道に 車 落ちてたって
言ってたから」と Aさん。
Aさんは 娘さん家族と同居していて 
その娘さんからの情報だった。
彼女が 実際に見たわけではない出来事・・・

JAFの車!? 
あっ そういえば さっき 白と水色の車 ブ~ッと通ったわ。
黄色いレスキュー車も行ったような・・・
家の前の市道は 日曜日は あまり車が通らないから 
シーンとしてる。
だから 車の音が妙にはっきり耳に入ってきて 
思わず顔をあげて その車を見たのです。

Aさんの話を聞いて なるほど あの車 
田んぼに落ちた車をあげにいくわけかと 納得。
彼女によると 怪我人がいるかどうかはわからないらしい。
でも 救急車の音はしなかったから きっと大丈夫なんだろう。

と 話はここで終わればよかったのですが・・・

Aさんが 「ちょっと見てこない?」というから・・・
わたしも一緒に見に行っちゃったんです。
手には 芝刈りのハンディバリカンもったまま 
玄関の鍵もかけず。

「ちょっと見てこない?」と言われて 一瞬だけ迷いました。
見に行って どうするの?
わたしが 何か手伝えること あるの?
車が落ちちゃったという△△さんは 
以前引っ越してきた時に会っただけ。
町内会に入会するご挨拶に来た時だけ 
ちょっと顔を合わせただけだわ。
それに 草取り ちょうど気分がのってきたところなのよ。
「行かない」って断りたい気もち・・・

でも 
迷ったけど 行っちゃいました(>_<)
Aさんの誘いを断ることもできたんだけどねぇ。
「わたし 草取りしてるから 行けないわ」
それだけ言えばいいんだけど
それが言えなかったんですよね あんな時。

「行かない?」に 「うん 行く 行く」というばかりに
とんとんと ついていってしまう。
完璧な同調行動 とっちゃった。

行くか行かないかという選択権は 
わたしにあったんですけど
今 やっている草取りをほったらかして
わざわざ 数分かかるところまで出向くという面倒くささ
それを上回るほどの好奇心という こころの魔の手!!

それを ひとは 野次馬根性 と呼ぶのでしょう。
はたまた 見ないと損!?
怖いもの見たさ!?
物見遊山!?
のぞき趣味!?
果ては ひとの不幸は蜜の味!?

Aさんもわたしも とにかくその現場を見ていないから
見たくなっちゃったんですねぇ。
そこに行けば 
リアルタイムに ひとつの現実を見ることができる。
その 強力なこころの誘いに のっちゃったわけ。

   🍃

現場は 徒歩5分の田んぼ道
道は狭く 対向車が来たら すれ違えないようなところ。
両脇は 田んぼのあぜ道 
しかも 道路よりちょっとだけ下がったところに水田がある。
わたしも そこを通る時は 細心の注意を払います。
雨の日などは その道を避けて 別の道路を走るの。
タイヤがすべって 落っこちちゃったら大変だもの。

かの軽自動車は あぜ道につんのめっていました。
ほんの少し 車体が 水田にはまってる。
Aさんの娘さんが言っていたように 誰も乗ってはいなかった。
どうやって 車から降りたのかと不思議なほど・・・

△△さんのご主人がいて JAFのひとと話していました。
運転していたのは △△さんの奥さんだったとのこと。
幼稚園のお子さんを 後部座席に乗せていたので
その子が 座席にぶつかり あごを少しけがしてしまったらしく
奥さんは 親御さんにきてもらって その車で 
病院に連れていったということでした。
話をきいて お子さんのけがは心配だけど
おふたりとも いのちに別状なくてよかったなぁと
野次馬なりに ほっとした次第です。

JAFのひとたちが 車を引きあげる相談をして 
その作業にとりかかるのを 少し見ていました。
でも 
それをずっと見ているのも時間がもったいないなと思い
「玄関の鍵 開けたままだから 先に帰りますね」と
Aさんに告げて 駆け足で 家に戻りました。
Aさんは そのまま しばらくの間 そこにいたんだと思う。
帰るわたしに 同調しなかったから (^_-)-☆

手にはずっと 芝刈りハンディバリカンをもっていたから
そのまま 作業に戻ってもよかったんだけど・・・
ぽつり ぽつりと 雨粒が落ちてきたし
何だか 草とり気分が減退してしまって 作業は中止。
予定の範囲の半分だけしかできませんでした。

      🍃

野次馬化して 30分という時間
ちょっともったいなかったなあ。
30分 集中してやってたら 
草取り きれいに終わってたかもしれない。
そう 思うと ちびっと反省(>_<)

折しも 昨日の朝読んだ新聞のコラムに
時間のことが書いてあったんです。

時間は円環する命・・・
時間が大切なことは これからも変わりないが
お金のように大切なのではない。
命のように大切なのです。
時間は生まれ出づるもの 
私達を生かし続ける貴重な 大きな円を描く命です


このような文章を読み 
時間のとらえ方に いたく感銘を受けたのに
ちょいとばかり なさけない わたし・・・
野次馬なんかして 時間を無駄にしたようで
なおさら ちょっち 恥じてます 自分自身に。

たかが 30分じゃないかとは 思うけど
されど 30分・・・
時間は 貴重な生きものよ。
時間にいのちを吹き込むのは
他の誰でもない わたし自身なのだからね。

でも まぁね
30分の 野次馬的同調行動のおかげで
ああ わたしにも 野次馬ごころあるわぁと気づけたし
素敵に断るスキルで No と言えたらいいわねと思えたし
時間の大切さを あらためて考えることができたし
車の運転 気をつけようと実感できたし
ブログの記事も 楽しんで書けたし
そう とらえると いいことづくめではないの♪
草取りは予定通りできなかったけど
こんな時は よかったことに目を向けちゃう(^◇^)

まあ しいて言えば
野次馬ごころも 好奇心!!
老いて枯れ行く 我が身 我が脳 我がこころ
好奇心は 大事です(^_-)-☆

野次馬ごころ 恥じることなし!? 
でも やっぱり ちょっと恥じてます(>_<)

ということで 今日のお題は この辺でお開きといたします。

うっとうしい梅雨の日々・・・
あなたにとって
わたしにとって
こころ晴れるひとときが 訪れますように💛

 
    おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

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