5月に会うことになっている旧友から メールあり。

「4月末に息子たちがくるので バタバタくたくたしています」
息子さんは3月末に結婚して 遠方に住んでいるらしい。
結婚後初めての 夫婦そろっての里帰り?なのかな。

メールによると
とりあえず 部屋を片付けて 玄関先をきれいにし
庭の草をとり いろいろと準備中で忙しそうだ。
その日は 昼食を家でとり 夕食は外で・・・
昼食の準備も メニューをあれこれ考えたりして
とても 気ぜわしい事だろう。

我が子の帰省ではあるけれど 若夫婦そろっての
初めての訪問となれば 特別なお客さまという雰囲気かな。
「夕食は居酒屋だし 泊まらないで帰るから ほっ」
と書いてきた 友の気もちも わかるような気がする。
なぜって
彼女は 膝と腰に痛みがあって 整形のリハビリにも
通っているから 今はテキパキ動けないの。
あれもこれもと思いながら
息子さん達を精一杯もてなそうという母の思い
ひしひしと感じます。

   🍃

ところで 我が家には 特別なお客は来ないなぁ。
母がいた頃は 時々
兄や義姉達や甥っ子・姪っ子達がきてくれたけど
そういえば 最近 とんと ご無沙汰だわ。

ひとり暮らしのわたしにとっては
身内でも 特別なお客よ。
だって 昼食を準備するにしたって
いつもの 数倍でしょ!!
先ほどの友のように いろいろ考えるのよ。
何 食べてもらおうかなぁって。
それはそれで楽しいけれど 数日前から
せわしなく いろいろ準備したりするから大変よ。
でも 喜んでくれる顔 見たいから 頑張っちゃう。

記事のタイトルに
「お客のくる家 こない家」 と書いたけれど
わが家は 今のところ お客のこない家。
全く来ないわけではなく
ごく たまに 友達がふらっと寄ったりしておしゃべりしたり・・・
あるいは ご近所友達が これまた 忘れたころに
立ち寄って 庭の縁台でお茶したり・・・
と まあ こんな感じ。

緑茶

もともと ひととのかかわり・べったり派ではないわたし
頻繁に訪問しあったり 会ったりするほうではないから
今の感じは ちょうどいいの。
もし家族がいたら その人数分の関係者とおつき合いする
ということもあるだろうけど
基本 ひとりだから ひっそりとしたものです。 

姪っ子や甥っ子達とは 義姉の家で会えるからね。
特別なことがなければ それで十分です。
もっぱら わたしの方から出向いていく。
義姉も たま~に来てくれるけど
車の運転が不安なので 来るときは必ず 姪といっしょ。
市内しか運転しない彼女が ひとりで運転して
隣市の 我が家にくるの 実は わたしも不安 (^_-)-☆

ところで
義姉の家は どちらかというと お客のくる家です。
わたしが行くと 結構な頻度で 誰かいる。
彼女のきょうだい達だったり 友達だったり
ご近所のひとだったり・・・
時には ちょっと変わったご近所さんがいてびっくりします。
何かと理由をつけて 義姉の家に上がりたがる隣家の女性・・
義姉はちょっと迷惑してるんだけど
そんなことどこ吹く風の かなりの自由人。
その人と遭遇すると ついいろいろ観察しちゃう(^_-)-☆

そんなこんなで 家に人がくるから 義姉は言います。
「自分が出かけていくより 家に来てもらう方が らくだよ」と。
彼女の実家も 亡きお父さんが 人の集まることを
厭わなかった方だから やはり 育った環境だろうか。

わたしは 地味~で 静かな家で育ったからか
ひっきりなしに人がくるのは 疲れちゃう。
わが家のように 寂然とした感じは嫌いじゃない。
むしろ 身の丈に合っている感じがします。
とはいっても たまに 友達が来てくれたりすると
それは とってもうれしいし 友達が
「家にきて お茶しない」なんて誘ってくれるのも
happyな気もちになります。

でも 親しい友達と会うのは
家の外が 圧倒的に多いです。
一緒に出掛けたり カフェランチに行ったりね。
その方が お互い いろいろ気遣いしなくていいでしょ。

やっぱり お客がくるとなると
トイレきれいになってる?などと気になって
いろいろ やること増えますもの。
お客様は 爽やかな雰囲気の中で 出迎えたい。

ひとり暮らしの知人がこう言ってたの 思い出します。
時々は 友達などに来てもらうと
家が きれいになるからいいよって。

そうね。
散らかり放題の家じゃ恥ずかしいから
少しは見栄はって お掃除するわよね。
ひとりでいると 野放図になりがちだから
時には 意識して 誰かを誘ってもいいかもね。

仕事を減らして 今よりもっとフリータイムが増えたら
「うちでお茶しない?」って友達を誘いたいなぁ。
紅梅が 香りゆかしく咲いてる時とか
つるバラが 見事に華やいでいる時とか
「お花見に来ない?」って 近くの友達に
声をかけたくなるんだけど お互い仕事してたりして
少々慌ただしくしてるから
ついつい 声をかけずに時間が過ぎてしまう。
気がついたら 花が終わっている・・・
もう 何年もそんな感じでいるのです。

ウエルカム

ああ 誰かを誘って
わが家で ゆっくりのんびりカフェタイム
できたら いいなあ そんなひととき夢みています。

とはいっても 今のところ お客のこないわが家は快適です。
そして いつだって ウェルカムですよ~
いつ 誰が来てくれてもいいように
ある程度は 整理整頓しているつもり。
それにしても たまにしか訪れない訪問者(>_<)

    🍃

冒頭に書いた旧友の お客のくる家は
着々と おもてなしの準備が進んでいるだろうか?
お客のこないわが家から
「無理しない程度に頑張れ~♪」のエールを送りました。

    🍃

ところで このブログのページも わたしのお家
住所は 日本ブログ村 4989番地!!
いつも記事を書くのに四苦八苦(4989)してるから
わたしが 勝手に 住所を決めました (^_-)-☆
ちなみに 4も8も9も 好きな数字 理由はね
わたしの誕生日が4/4 母の誕生日が8/8だから
それに 9は 何か新しい始まりを意味する数字なの。
4989番地 なかなかいいでしょ。

このブログのわが家には
リアルなわが家に比べたら
格段に多くの方が 訪問して下さっています。
だって 毎日 どなたかは 来て下さるんですもの。
うれしくてたまらない(*^-^*)
その静かなる訪れに 
ひとりぐらしのわたしが どんなに励まされていることか。

今日も
あなたが来て下さっている気配を感じています。
どうぞ どうぞ ウエルカム(*^-^*)
いつでも ここでお待ちしています

          ✐ おり~ぶ



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たった一度のあやまち・・・・だなんて
大げさなタイトルをつけてしまって すみません。

それは こういうこと。

090902.jpg

昨日 自動車免許の更新に行きました・・・警察署。
前回の更新から 5年が経過したわけ。
3月にお知らせの葉書が来ていたんです。

でも そのはがきを見た時 えっと思ったの。
講習の区分が 「準優良」となってたんです。
準とあるからには 準のない 優良 というのもあるわけよ。
その時 手元にあった免許証は ゴールド免許です。
つまり 5年前の免許更新時は 優良だったということ。

準優良の区分でおたよりが来たということは・・・
えっ わたし なんかした?

あれ?

ものの数分 考えていたら あ~っと 思い出しました。
一度だけ あった あった 違反しちゃったこと。

わーくもこ

隣市の駅前で 交差点の信号がだったのに
す~っと 左折しちゃったんです!!
そしたら すぐですよ 「そこの車 とまりなさい」って感じで
パトカーが すぐ後ろにくっついてきた。
一瞬 何が起こったのと思ったけど 妙に冷静だった。
車を停めながら
もしかして 今 信号赤だったんだわなんて思ったの。

警察官が 窓をトントンして 
「危ないでしょ。パトカーだったからよかったけど
他の車だったら 事故になっちゃってますよ」って言うの。
え~ パトカーも見えずに 左折しちゃったのぉと思いつつ
「すみません。ぼ~っとしてました」と謝罪する。
彼は 「気をつけてくださいね。命は大事ですよ」と
優しく言いながら バッチリ違反切符を渡してくれました。
「反則金は 早めに支払いに行ってください」だって。

あの時 わたし 何か考え事をしていたんです。 
内容は 全く覚えていません。
交差点で 右方向からくるパトカーに気がつかず
赤信号でも左折してしまうんだから
よほど 考えることに夢中よね。
不注意極まりないドライバーでした ごめんなさい。

警察官と別れて 再発進してから 急に恐怖が襲ってきて
「命は大事ですよ」の言葉が 身に沁みました。
「ああ おまわりさんの車でよかったぁ」って思いながら
しみじみ安全運転を意識して 帰途につきました。

その頃は 母と暮らしていたんですが
彼女には そのことは話しませんでした。
口が裂けても 言えません。
日頃から
「車で出かけたら 帰ってくるまで心配だよ」と言っていたから。
母に心配かけたくなかったの。
それに 自分で自分が恥ずかしかった。
このことは 今まで誰にも言わなかったかも。
ブログで告白するなんて 想像もしませんでした(^_-)-☆

それにしても あの時の反則金 9000円位だったかな。
ふところに痛かったなぁ。 そして
わたしのこころにも 痛かったぁ。
それ以来 気をつけて運転していますよ。
違反は 断じてしていません・・・とは思う (-_-;)

    🍃

ところで このたった一度のあやまちが
今回の免許証に どう影響したのか。

優良じゃなく 準優良の区分での講習を1時間受けて
交付されたのは ゴールドラインのない 免許証でした。
なんか ちょっとショックな感じ・・・

今まであった ゴールドラインがないって 寂しいな。
おまけに 警察署で撮った顔写真が ちょっとねぇ(>_<)
自分で写真を持参することもできるけど
免許証の交付が翌日以降になってしまう。
やっぱりその日に 頂きたいじゃない。
どうも 警察署は 写真を撮るところじゃないと思うのは
もしかして わたしだけ・・・かな。

     🍃

新免許証には 平成34年5月4日まで有効とあります。
平成34年5月には わたしは 67歳!!
一年 一年 日々 変わってきている わが身体・・・
運転していられるかしら?と ふと思う。
でも ともかく 5年間 運転し続けられるといいな。

講習で 様々な映像を見るにつけ あらためて思いました。
車は便利だけれど 走る凶器そのものです。
加害者にも 被害者にもなりうる
危険をはらんだ乗り物だということを 肝に銘じます。
たった一度のあやまちでも
どうしても 許されない結果になることだってあるのです。
あのときのあやまちを教訓に 安全運転でまいります。
そして 再び ゴールド免許になれるようにね。

はい くもこ

かけがえのない 誰かのいのち
そして
かけがえのない わたしのいのち
ちゃんと守っていけるよう
気をつけて 運転します 


          ✐ おり~ぶ



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ここに ふたつのグラスあり。

DSC_0610.jpg

過日 友達の結婚式の引き出物で頂きました。
その日のことは 3月の記事に・・・
未読で お時間のある方はぜひぜひ♪
   👇
ちょっとすましてたのに・結婚式

写真の中に 仲よく並んだグラスが一対・・・
たち吉の 実におめでたいものなの。
底に描かれているのは

DSC_0608.jpg

DSC_0609.jpg

そうなんです。
鶴と亀
こんなカードも添えてありました。

DSC_0607.jpg

もったいなくて なかなか使えなかったのですが
この頃は 普段使いにしています。
器は つかってこそ 価値がある。
縁起ものですから 壊さないように十分気をつけてはいます。
でも 万が一 そうなったときは 致し方なし。
諸行無常・・・
形あるものは 必ず滅すということであきらめる。
でも  嫌だなあ  壊れたら・・・
そうならないうちに 記事に書いておこうと思った次第です。
大事なものだから
壊さないように そぉーっとそっと扱います

ふたつのグラス・・・
水を注いだり ヨーグルトを入れたりして 使っているの。
その時々の気分で
鶴グラスだったり 亀グラスだったり
どっちにしようかなあと 選ぶ瞬間も楽しいです。

そういえば 鶴サン亀サン 少々 ご縁があるのです。
それは わたしの母の名前が つる
母の祖父
つまりわたしにとっては 曾祖父の名前が 亀次郎
これは 前にも記事に書きましたね。
書いていて 思い出しました(^_-)-☆

つるさんは 88歳で それこそ 人もうらやむ!?
ピンピンころりんで旅立ちました。
亀次郎さんは どうだったか そこまではわからないけれど
84歳で旅立っています。
当時にしては 長生きの方だったと思います。

だから わたしは
鶴サン 亀サンとは 深~いご縁があるわけ(^_-)-☆
このグラス 大変ありがた~い思いで 重宝しています。
そぉ~っと大事に使うから 壊れないでねぇ。

   🍃

ところで 話題は変わりますが・・・
4月22日は よい夫婦の日なんですって。
4(よい)22(ふうふ)という語呂合わせ・・・
ふ~ん 夫が生きてたら よい夫婦になってたかしら。
結婚生活は 12年間だったの。
じわりじわりと ゆるぎない絆を築いていく 
その 一歩手前で お別れしちゃったからなぁ。
どんなシニア夫婦になってたんだろう。
よい夫婦になっていたような気はするんだけど・・・
う~ん 哀しいかな 今となっては
想像するしかできません(>_<)

まあ ご夫婦でいらっしゃる方々には
せっかくのご縁 どうぞ 大切にねという気もちです。
そぉ~っとそっと 大事にね(*^-^*)

ちなみに 鶴は 夫婦仲がよくて一生連れ添うらしい。
夫婦鶴といわれて 仲良きことの象徴の鳥なんですって。
うらやましい限りです🎵

それとね・・・
4 2 2という数字で ちょっと遊んじゃいました。

422
4+2+2=8 末広がりの8ですよ~
4×2×2=16 16は8の2倍 末広がり倍増で~す🎵
4-2-2=0  0 何もない どうしよう(>_<)
    あっ 何もないということは ここから何かが生まれる?
    可能性無限大の 0ですよ~
4÷2÷2=1 これはね オンリーワンの1 
    わたしの場合は 1番の1じゃないの 
    あくまで オンリーワン の 世界にひとつだけの花!!
    そして 1は スタートの1・・・かな。
    いくつになっても スタートできるという意味の1🎵

ということで
本日 4月22日は
かなり縁起のよろしい日ではないかと
わたしは 思っているのです。

4月22日
鶴サン 亀サンが千年 万年生きるとしても
この一日は 大事な大事な 一日
千年 万年に つながる一日です。

かけがえのない 今日という日・・・

あなたにとっても
わたしにとっても
どうぞ happyな週末でありますように
そして
何か いいこと ありますように 💛        


            おり~ぶ


 
今日は 終日お出かけしているので
コメントクローズしておりますm(__)m

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待った甲斐がありました。

何を待ったのか・・・

姪と二人で 義姉の手術の終わるのを 待ったのです。
祈りつつ 願いつつ 待った時間・・・

腎臓をひとつとる
数日前の記事に書いた 義姉の決心・・・
いよいよ その手術の日 それが おとといのこと。

手術の前日 本人と姪夫婦が 医師から説明を受けました。
開腹して 右の腎臓切除。
通常は 2時間ほどで終わるが
周囲に癒着のひどい場合は 3時間ぐらいかかるとのこと。

当日は・・・
義姉のきょうだい達は よんどころない用事があったり
お年寄りのお世話があったりなどして 立ち合えない。
甥(義姉の息子)は遠方だし 仕事も休めない。
というより 義姉が 遠いから来なくていいと
電話していたようです。
それで 姪とわたしが 付き添うことになりました。

付き添うと書きましたが この場合 違いますね。
当然 手術室の中には入れませんから(>_<)
義姉が手術室に入るのを見届けて 手術の終わるのを
待って 出迎える・・・それが わたしたちのお役目です。

9時30分に 手術室に入る。
「行ってらっしゃい 待ってるからね」と声をかけると
義姉は バイバイというように手を振って
扉の奥に消えていった。やはり 少し緊張している表情・・・
彼女とわたしたちの それぞれの不安なこころが
扉越しに かすかな一本の線でつながっているような・・・
そんな感じがしました。

手術開始前に ナースから 院内のPHSを渡されました。
手術が終わった時に 連絡を受けるためのもの。
院内しか通じないので 外には出ないようにという指示。
「手術の始まる時にも 連絡します」というので
手術室に近い待合の椅子で待っていると
「今から始めます」というコールがあった。
10時30分・・・

手術に要する時間は 2~3時間。
じっと 手術の無事を祈る気もち・・・
それにしても 長時間そこに座っているのも疲れてしまうから
とりあえず いったん その場を離れることにした。
とにかく 医療スタッフにお任せするしかない。

院内のカフェコーナーで
ひさしぶりの姪とのおしゃべり・・・
姪の子ども達のことなど話題にして いろいろ話した。
気がついたら 午後1時近くになっているではないか。
その間 PHSの手術終了コールはなかった。
ということは 癒着があって 時間がかかっているのか。
その場合の終了は 午後1時30分頃・・・
あわてて 軽食で腹ごしらえをして
手術室のあるフロアーに急ぎました。

でも 2時になっても 3時になっても
PHSのコールは鳴らない。
二人とも 
「癒着がひどいんだろうか」
「なんか困った状況になっちゃったとき
電話くれるのかな?電話がないっていうことは
大丈夫だよね・・・」などと だんだん心配になってきた。
今度こそ あらためて 祈るような気もち・・・
実際 こころの中で 祈りました。
どうぞ 手術が 無事に成功しますように・・・

それ以後も待つこと さらに一時間
午後4時 待ちに待ったPHSのコール音がした。

ああ やっと手術が終わった・・・この時は
とにかく 安堵しました。
術後の説明があるというので
その場で待つこと さらに 20分後
医師が 腎臓と尿管の一部をトレイにのせて 現れた。

左右対称に開いた腎臓の中には
親指の先位の大きさの結石が 3つ見える。
「思った以上に 周囲との癒着がひどく 時間が
かかりました」と告げる医師の声から
やり遂げたというような気もちが伝わってくる。

彼の説明によると 手術しないで放置しておいたとしたら
膿腎症という病態に進んでしまった可能性があるとのこと。
機能していなかった腎臓の上部には
長い間に すでに膿のようなものが溜まっている。
その中で 結石が大きくなっていったらしい。
「膿腎症の症状が出てからでは 手術はもっと困難だから
今回手術を行ったのは 正解でした」という彼の言葉に  
ああ 手遅れにならずに済んでよかったと
あらためて胸をなでおろしながら 深々と頭を下げました
医師・スタッフへの感謝の思いをこめて。

それにしても わたしは 腎臓をこの目で見たのは初めて。
というか ヒトの臓器を見たのは初めてです。
同じものが わたしの身体にも備わっているんだと思ったら
やっぱり あらためて意識しました ヒトのいのちということ。
おもわず 自分の腎臓の辺りに手をやって
腎臓を感じたくなった 服の上から・・・愛おしくなりました。 

麻酔の覚めるのを待って部屋に戻るのだが それまでの間
姪は 方々に電話をかけたり メールを送ったり。
みんな 手術の成功の報告を待っていたことだろう。
予定よりだいぶ遅れたから
やきもきしながら心配していたに違いない。
無事を知らせる電話の声が 明るく生き生きと響いていた。

     🍃

手術室から出てきた義姉は 目をつむったままでした。
熱が出てきているのか 小刻みに震えています。
2年前の 内視鏡による結石粉砕時も 熱発しているので
今回も同じかもしれない。
酸素マスクをして 青白い顔で横たわっている彼女を見て
わたしは 「おねえさん」としか言えなかった。
目をつむったまま 小さく頷いた義姉・・・
前回の手術に比べたら ずっとずっと侵襲的な開腹手術。
よく耐えた 頑張った 無事で戻ってきてくれた!!
おねえさんのいのち💛

部屋に戻り ナースから 術後のケアのあれこれを施された後
わたしたちは やっと ベッドサイドに行くことができました。
義姉は 先ほどよりは少し安心したのか 目を開けていた。
今度は わたしが「おねえさん 頑張ったね」
姪が 「大丈夫だよ」と声をかけました。
彼女は 今度は 大きく頷いたような気がする。
そして ぼそっと言った。
「ふくらはぎが熱いんだけど・・・看護師さんに言って」
熱発しているから?と 姪と顔を見合わせながら
看護室にコールすると ナースが来て
ふとんをめくって教えてくれた。
術後にエコノミー症候群にならないように ふくらはぎを
温めているとのこと 血流をよくするように。

義姉も それを聞いて安心したらしく
「もう帰っていいよ」と言ったので 
姪は 「じゃあ 明日来るよ」と告げた。
わたしは 「あとでくるね」とだけ。
今度の日曜ぐらいなら 少し落ち着くだろうから
そのころに来ようとこころに決めていた。

駐車場に向かいながら 
姪が 「腎臓見た時 これは脂肪って 先生が言ったでしょ。
あの黄色い部分・・・あれ見たら ああ わたし
本気でダイエットしようって思っちゃった。
あんなのがわたしのお腹にあるのいやだぁ」と
真面目な顔をしていうので 思わず笑ってしまいました。
彼女は スラッとして太ってもいないのだれど
「お腹周りにお肉あるよ」と ポンと腹をたたいていた。
そんな話ができるぐらいに ほっとしたのでしょう。
手術が無事に成功して 母親の声をきけたのだから。

     🍃

翌日 姪からのラインには
「昨日はお世話になりました。
今日は昨日の帰り際とは全然違う様子で
だいぶしっかりしてました。明日は歩けるらしいです。
熱は39度まで上がったけど 今は37度に下がってます。
来てくれるのは できたら日曜日位がいいなあと言ってました」
とあります。
ほら やっぱり 見込み通り。
日曜日に見舞うことにしよう。 

    🍃

無事を祈って待った時間は 長くもあり 短くもあり

とりあえず 願いはかなえられて・・・
待った甲斐がありました

         おり~ぶ


(お知らせ)
   本日は 帰宅が深夜になりますので コメント欄を閉じております。
   ご理解下さいませ m(__)m
 

長々と おつき合い頂いて ありがとうございます

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昨日は 学生相談室の仕事で
久しぶりに 若~い人たちに会いました。
まだ10代の新入生 20名

グループカウンセリングの日だったのです。
ちょっとしたゲームも取り入れた 出会いのワーク
わいわい がやがや 楽しかったぁ。
彼らが かわいくて かわいくて・・・

初々しくて 元気で それで まだ学校生活や
友達関係になれていないから ちょっとシャイで・・・
でも ワークをやる中で 徐々にこころがほぐれて
いい笑顔になってくる。

40分ほどのかかわりだったのですが
キラキラしている彼らから
何だかいっぱい パワーをもらってしまって
帰途の車中でも クールダウンできず
好きな音楽かけて 大きな声で歌ってしまうほど。

帰宅してすぐ 入浴タイム・・・
これまた 興奮冷めやらず ついに
お風呂でも歌ってしまったの。
もちろん 歌おうと思って湯船に入ったわけでは
ないから 歌う曲は決めてなかった。

ふと 口をついて出たのは・・・
ユーミンの曲

曲名は 「あの日に帰りたい」
20代に流行っていたのです。
カラオケで歌ったのは 就職してからだったわ。
これは 当時のわたしの18番 (^_-)-☆
前奏のメロディーから スタートよ。

泣きながら ちぎった写真を 手のひらに つなげてみるの 
悩みなき きのうのほほえみ わけもなく にくらしいのよ
青春の後ろ姿を 人は皆忘れてしまう
あの頃のわたしに戻って あなたに 会いたい~🎵


そらで覚えてました!!2番も ばっちりです。

「あの日に帰りたい」だなんて・・・
青春真っただ中の 彼らに会ったから
わたしのなかの ピュアなハートが 刺激されたかな。

次に歌ってみたのは
「やさしさに包まれたなら」

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても 奇蹟は起こるよ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ


この曲も 覚えてた 2番もOK🎵

「ルージュの伝言」や「陰りゆく部屋」も歌おうと思ったけど
これは ところどころしか 覚えていませんでした。

お風呂の中で歌っているから 声が響くでしょ。
エコーがかかって 上手にきこえるから いい気分です。
ちなみに わたしの家のお風呂側には 家がありません。
道路を隔てて 空き地が広がっているから
隣家を気にする必要がないのです。

それに 強風が吹いて ごうごうと風の音がしていたから
わたしの歌声がもれても かき消されるでしょう。
安心して 誰もきいていない ひとりコンサート・・・
カーテンコールはないけれど 2曲を何回もリピートよ。
そのうち お湯が冷めてきてしまったので
ふだんはやらない 追い炊きまでしちゃった。

おまけに 夕食が済んでからは
Youtubeで また ユーミンの曲を聴きまくり
昔の歌声 最近の歌声 堪能しました。

ユーミンは1954年生まれ
わたしは1955年だから ひとつ違いよ。
わたしが ユーミンの曲を知ったのは
いわゆるユーミンの第一次ブーム時代。
その後の曲は さびの部分ぐらいしか歌えません。
さらに 後の曲は 聴いたことあるなあぐらいの感じ。
最近では 2011年の「春よ 来い」
これは 何度も聴きました。
震災後の被災地支援チャリティーの曲 素晴らしいです🎵

思えば ユーミンは ず~っと活躍中。
ドラマの主題歌やCMソングもたくさん作っているんですね。
昨夜は ユーミンの歴史や映像などを辿って
ほんの少しだけ 彼女の生き方に思いを馳せました。
わたしにとっては
とても華やかな 遠い世界に生きるひとだけれど
時には こころの近くにぐっと引き寄せて
しみじみ想ってみてもいいかしら。
同世代の女性として・・同じ時代に青春を生きた仲間として・・・

   🍃

なんだか ユーミンの話になっちゃいましたが
今日 書きたかったのは
ユーミンのこと・・・と いうわけではなかったわ。

    🍃

そう こういうことが書きたかったんです。

わたしの 青春の思いは
今もこころの奥にしまってあって
それは決して 色あせてなんかいない。

「あの日に帰りたい」の2番の歌詞にある
光る風 草の波間を
かけぬけるわたしが見える 
という部分・・・
キラキラとした光や風の中を
青々としたこころで フレッシュに駆け抜けたわたしを 
今だって 忘れてはいません。

大人になっても 奇蹟は起こると思っているし
優しい気もちで わたし自身を包んで
目に写るすべてのことがメッセージという感覚も
まだまだ味わえます。

「あの日に帰りたい」を お風呂で熱唱したけれど
あの日に帰りたいわけではありません。

ただ・・・
あの日の思い あの日のわたしのように
こころは いつでも青春!!

まあ 身体はどんどん老いて 枯れていくから
せめて こころぐらいは 瑞々しくありたいの。
心身一如ですから こころがそうなれば
お肌にも 少しはハリが出るかしら (^_-)-☆

ということで
若いひと達からの 青春ビームを受けて
若い気 起こしちゃってる わたしです


       おり~ぶ



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