ブログ友達の記事内にあった言葉が
心に留まりました。

老いの叡智・・・

昨夜 記事を拝読してから
以前読んだことのある詩を連想して
新聞・雑誌の記事や気にいった言葉などファイルしたものを
あれこれとめくりました。
あるはず あるはず と思いながら。

見つけた詩・・・

最上のわざ

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み
しゃべりたいけれども黙り 失望しそうなときに希望し 従順に
平静に おのれの十字架をになう。
若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても ねたまず
人のために働くよりも 謙虚に人の世話になり 弱って
もはや人のために役だたずとも 親切で柔和であること。
老いの重荷は神の賜物
古びた心に これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くために。
おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつ外ずしていくのは
真にえらい仕事。
こうして何もできなくなれば それを謙虚に承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。
それは祈りだ。
手は何もできない。
けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに 神の恵みを求めるために。
すべてをなし終えたら 臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ わが友よ われなんじを見捨てじ」と。


この詩を読んだことのある方♪
いらっしゃるかもしれません。
「ツナグ」という映画の中で 樹木希林さん演じる主人公が
語っていた言葉なのです。
当時のパンフレットには一部のみ掲載されていたので
ネットで調べたところ 全文がわかった次第です。
ヘルマン・ホイヴェルス神父という方の友人が書いた詩で
神父の「人生の秋に」という随想集に収められています。
  👇
人生の秋に―ホイヴェルス随想選集

人の世話になるほど弱っても 人のために役立たずとも
そのことを受け止めて 謙虚に にこにこ世話になる。
何もできなくなったことを嘆き過ぎず そのことを受け入れて
ただ生きる。老いの重荷で こころに磨きをかけ・・・
そして 祈る。
愛するすべてのひとのために 祈る。

最上のわざ・・・
老いて死するわざ
これも まさしく 老いの叡智でしょうか。

自分の人生を おそらくは いいも悪いもなく ありのままに
ただ 静かに謙虚に 勇気をもって受け入れる・・・
こんな老境を迎えられたら あっぱれ 見事です。
とてもとても わたしには無理だわと思うけれど
目指すところとして こころの片隅に置いておきたい詩です。

神様が 最後に残してくださるという仕事は
祈ること・・・ 


新しい朝を ありがとうございます 👏


まずは 祈りて
老いに向かう一日を始めます 


          ✐ おり~ぶ



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昨日 友人のY子さんと会いました。
11時30分~13時30分
ぴったり2時間のランチタイム。

友人とのランチ時間としては普通でしょうか?
今まで 考えたことがなかったので
常識的な時間!?かどうかは わかりません。

でも 友人とランチするときは
わたしは あまり他の予定を入れないほうなので
ついつい のんびりしてしまう。
自分も相手も 忙しくないような時に会うから
ふたりで まったりしてしまうわけ。

ふたりと書いたのは
基本 グループでランチってあまりしないんです。
というか 最近は ほとんどしません。
趣味の仲間や仕事の仲間 
あるいは 学生時代のグループというような時は
もちろん グループで会うけれど
ふだんの友人とのランチは
自分と相手のふたりだけという時が多いです。

この二者関係が とても楽なの。
今おつき合いしている友人たち それぞれが
共通の友人じゃないから自然に そうなるわけ。

シンプルなつき合い方が好きだわあ。
ひとが多くなるほど
いろんなことが 起こって来るでしょ。
プライベートな時間くらい 気心が知れた友人とだけ
過ごしたいって思っちゃう(>_<)

そうそう Y子さんとのランチ
彼女とは 会うと4~5時間 いっしょにいたことがあります。
食べて しゃべって カフェを移動してまでね。
お互い 暇な時に会うから 時間を忘れてしまうの。

でも 昨日は 「制限時間2時間で」というお約束。
わたしが こまごまとやることがあったので
そういう取り決めになりました。
彼女は 「忙しい時でごめんね」と承諾してくれましたが
わたしの方こそ 短い!?時間で悪いなあと思ってた。

11時半ぴったりにお店で会いました。
Y子さんは 元気そう 
耳のピアスの赤いちっちゃな飾りが揺れていて
さりげなく おしゃれしてる Y子さん💛
63歳 わたしより二つ上 専業主婦歴も長くなってます。 

制限時間2時間だから
わたしは 腕時計を 彼女はスマホをテーブルにおいて
始まりのゴングが チーンと鳴る感じ。
格闘技じゃないけどね(^_-)-☆

お料理の合間をぬって 息子さんの話・・・
わたしから 「準備進んでる?」って聞いたの。
5月に国際結婚する予定がおありだから
ついつい 聞きたくなっちゃうわ。
アメリカに出かける準備のこと 
彼女の着るドレスのこと
アメリカの結婚式の風習など
とっても 興味深くて 面白かった。

アメリカに行くのにお金がかかるということから
年金の話になり・・・
これは ふたりとも 時には深刻な顔になり・・・
最後は 「仕方ないわねぇ」に着地(>_<)

途中 バジルソース味のパスタもおいしかったわ~ 

で 時計をみたら あと15分で2時間じゃないの。
彼女は このあと ジムに行くという。
最近 週2回 通っているらしい。
きれいにお化粧していっても 汗だくだくになって
化粧はとれてしまい お化けのような顔になるんだって。
シムに入った時と出る時の顔が 別人!?
なら 化粧しないで行けばと言ったら それはダメって。
「どこで 誰に会うかわからないでしょ」だって。

「日曜なのに ご主人 お家で待ってるんじゃないの?」には
「もう 飽きたからいいのよ。どうせ TV見てるから。
私はジムで 今食べた分 燃焼してくるからね」だって。
けんかもするけど 仲良しご夫婦なの わたし知ってるわよ♪

ということで
ちょうど2時間で 終了のゴングが鳴りました。

彼女は ジムに行き
わたしは 家に向かいました。

帰宅したのは午後2時前。
さあ それからは 通信教室のエッセイを書きました。
午後5時 何とか2000字書き上げたけど
よく推敲していないから また赤ペンいっぱいでしょう。
でも 提出することに意義がある!?

もう 最寄りの郵便局は開いてないので
中央郵便局まで ドライブして 速達で投函。
ああ エッセイの提出 いつも 綱渡りしてます。
速達代がもったいないなあと反省(>_<)

     🍃

でも 今回の2時間ランチで
あらためて 気づきました。

時間は大事だわ~

砂時計

時間を忘れて
とことんおしゃべりしつくすのも 時にはいいけど
今回みたいに 初めから時間を決めて
その時間の中で 楽しく過ごすっていうの いいなあ。
惰性で だらだらと過ぎるような時間じゃなく
ここまでって決めると その先のこともしっかりできる。

こんな当たり前のこと
今更ながら気づいて 記事に書くのも
ちょっと恥ずかしい感じはあるけれど
今のわたしの 正直な思いです。

彼女はジムで
生き生きとした時間を過ごしたことでしょう。
わたしは わたしで 課題を終えて すっきりしたわぁ。
いつものように 4時間もしゃべっていたら
何も生まれなかったかもしれないわね。

これから 誰かとランチする時も
お互いにとって いい時間になるように意識してみよう。
ちょっと意識するだけで
ふだんの時間の使い方・・・変わってくるような気がします。

     🍃

誰にとっても 大切な時間・・・
限りあるいのちの
かぎりある時間なのだから
大事にしたい 大切に扱いたい。

あなたの時間 

わたしの時間 


        おり~ぶ

 
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昨日は 美容室へ
20年あまり通っているところです。

3~4週間に一度 カットと白髪染めをしてもらってます。

昨年の春頃までは 20年以上 耳の出るショートカット。
すごく 気に入っていて 我ながら 似合ってた!?
でも 
何だか 急に 髪を伸ばしたくなって
夏ごろから カットは髪を揃える程度にしてもらい
少しずつ 伸びては揃え また 伸びて・・・
今は これぐらいの長さで キープしてます。

できたて ほやほやのわたしの髪を 見てね~
美容室のアキさんに撮ってもらいました。

わたしの髪

後ろ姿だけで ごめんなさい。
でも 振り向いたら もっと ごめんなさい!!なので
ご勘弁を(^_-)-☆

夏の暑い間 髪を伸ばしているのは 少々しんどかったぁ。
やっぱり またショートにしようと思ったこともあったけど
こらえて こらえて 今は この感じになりました。

白髪染めは 約一年弱になるかしら。
白髪がすごく目立つほどではなかったんだけど
額や目の横の生え際・・・
いつも 自分で見えるところだから
気になってきてね それで 染め始めました。

染めるのは いつも美容室。
できるだけ 安全なもので染めてくれているけれど
やっぱり 髪は傷みますよね。
ゴワゴワ パサパサになっちゃったの。
自分なりに シャンプーをいろいろ変えてみたりしたわ。

しばらく使っているのは これです。
  👇
大島椿 オイルシャンプー 400mL

比較的 わたしの髪には あったのか
少し しっとりしてきた感じはありました。
でも これは 石鹸系なので 洗った後
ギシギシきしみます。
それで 洗って乾かす前に ココナツオイルを
ほんの少し 髪につけてみたの。
乾いたら なめらかだわ~。

でも それでも パサパサ ギシギシはありました。
マスターに
「これこれこうなのよ。ここで洗ってもらったあとは
しばらく大丈夫なんだけど」と話したら・・・
彼は シャンプー コンディショナー トリートメントの違い
原料のことなどを含め 諸々のことや お手入れの方法を
わかりやすく話してくれました。
さすが プロね♪

「どうして それ はやく教えてくれなかったの?」と言うと
「聞かれなかったから」とシンプルな答え。
この美容室は もとから いろんな商品を勧めないお店なの。

わたしも 白髪染めを始める前は 
髪のことで あまり 悩んだことがなかったから
マスターとそんな話をしたことがなかったんです。

彼から聞いたくわしいことを
わかりやすく伝える自信がないので ここでは省きますが
気づいたのは トリートメントの重要性!!

ダメージを補修して なめらかな髪にする
いわば 髪への栄養♪

わたしが聞いて初めて 見せてくれた
お店で使っている トリートメントが これです。

  👇
ルベル イオ マスク (ヘアトリートメント) 170g

マスターは もちろん 販売しませんよ。
それを勧めたりもしません ただただ 情報提供のみ。
「トリートメント Webで 少し安く買えると思いますよ。
100g1000円以上するものなら 間違いはないかな」
と いうことだったので 楽天で探したら ありました。
100g1000円以上って わたしには ちょっとお高いわ。
でも いろいろな商品を見たあとで・・・
お店と同じものを 思い切って購入!!

そして 使ってみたら もう びっくりです。
シャンプー後 水気を切ってから
ほんの少しだけ 髪につけて
ガサガサッとして2~3分 そのままにしてから
十分にすすぎます。
乾かしたあとは ほんとになめらか さらさらです。
最近は 髪のつやも出てきた感じ。

ダメージの状態に合わせて週1~2回の頻度で
使用すると書いてあるけれど ダメージがひどい時は
しばらく毎回使ってもいいと マスターが言ってました。
一回に ほんの少ししか使わないから
かなりの期間 もちますね。
それを考えると お高くはないかもしれません。

ということで
白髪は増えて 髪も少し薄くなってきたような・・・
わたしの 髪ですが
栄養を与えて 生き生きとしてくれて うれしい限り。

       🍃

なぜ 髪を伸ばしたくなったのだろう。

小学生のころは おかっぱ
中学生の頃は 少し伸ばして お下げにしたり
耳の横で結んでた。
高校生のころは 肩より少し長かったかな?
学生時代は おかっぱ というか ずっとボブ
就職してからは 時に ソバージュだったり
結婚したころは 少し長めの ストレートなボブ
30代後半で ショートカット
以来 ず~っと ショートで 昨年までは
一生 ショートで行くわって 思ってました。

でも わかりませんね。
その わたしが ボブ風のこの髪型になりました♪

超ショートカットのわたししか知らないひとは
久しぶりに会うと 一目みるなり 「え~っ」と驚きます。
その後 何を言われるか怖いので
「いい感じ?似合ってる?」とわたしから聞いてしまうと
「うん!?」「いいんじゃない!?」って 半強制的な回答が
返ってくるので にんまりしてます。

     🍃

ひとは 歳をとっていくと
だんだん 子どもにかえるっていうでしょ。
わたしは そこまで 高齢ではないけれど
60過ぎたら ちょっとそんな感じだわって思います。
子どもの頃 好きだったこと 始めたりしてる。
子どもの頃の夢 まだ ひそかに追いかけてる。
そして
だんだん わがままで 自己中になっている(^_-)-☆

わたしのこの髪型も
そんな思いと無縁ではないように思います。
わたしの中で 何かが息づいている・・・

ショートカットの時は 感じなかった
風に吹かれて 後ろに髪がなびく 心地よさ
そんなことだけで こころが踊ってしまうのです。

この髪とともに これからの人生
どんなに老体になっても
ほんの少し青春のこころで
生きていきたいです 


        おり~ぶ



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この週末は 少し暖かくなる?
でも 来週の初めは またぐんと寒くなるってね。

暦の上では 春だけれど まだまだ 冬の寒さです。
何だか 縮こまってばかりいて 少々疲れ気味・・・
はやく あったかくならないかなあ。

先日 日向ぼっこしながら 詩集を広げていたら
こんな詩が目に留まりました・・・


二月の小舟

      吉野 弘

冬を運び出すにしては
小さすぎる舟です。

春を運びこむにしても
小さすぎる舟です。

ですから 時間がかかるでしょう
冬が春になるまでは。

川の胸乳(むなぢ)が ふくらむまでは
まだまだ 時間がかかるでしょう。

       「吉野弘全詩集」より


川の小舟

川の胸乳がふくらむ・・・
言葉ひとつひとつの意味はわかるけれど
どのような心象風景を例えているのか わかるような
わからないような・・・ふうむ よく わからない。

いずれにしても
あたたかな春になるまでには
まだまだ 時間がかかりそう。 
詩人にとっても わたしにとっても
2月は そんな時なのよ。
厳しい冬に耐えながら
まだか まだかと春を待つ季節・・・

水ぬるむ春
   風光る 春
      山笑う 春

ああ 待ち遠しいなあ。

     🍃

でもね・・・
もう 春の足音は 小さくちいさく聞こえてますよ。

ほら 庭の芝生の中に きらっと咲いてます。
昨日 見つけました♪

DSC_0514.jpg

そう クロッカス。
春に先がけて 花開く 小さな天使
大好きな花のひとつです。

黄色いクロッカス
花言葉は 「わたしを信じて」

だから このクロッカスを信じて
わたしは わたしを信じて
来たるべき春を待つことにいたします。

テーマソングは
若い頃 口ずさんだ キャンディーズの歌
 「春一番」

 ・・・泣いてばかりいたって 幸せはこないから
   重いコート脱いで 出かけませんか~
   もう春ですねぇ ちょっと気取ってみませんか~

懐かしいですねぇ。
それにしても 先日の記事の「アタックNo.1」といい
「春一番」といい
このところ 青春時代に回帰しているわたしです。
それだけ 「老人」になってきたということ?

はい その通り。

     🍃

人生の振り返りをしながら
ただ今 おり~ぶは 充電中 (^_-)-☆
100Vになるまでには 
もうちょっと 時間がかかるわね。

三月の小舟は
もう そこまで来ているけれど


           おり~ぶ




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今朝は 少々焦り気味・・・

TVでは 「プレミアムフライデーなので早く退勤しましょう」
なんて 言ってますが
ちまたでは そんな のんきなこと 全く関係ないのでは?!
少なくとも わたしの職場は いつも通りの 金曜日です。

とは いえ 金曜日だから 
ああ 明日から 週末休みと 気分は軽い・・・
と言いたいところですが 今日は そうでもない。

だって 2月の暦は あと4日で 終わりです。
この 4日間で やらなければならないこと 目白押し(>_<)
通信教室のエッセイは28日締め切り 二日前には投函・・・
まだ 全然取り掛かっていないよ~
それと 仕事上の書類の作成
3月1日に 必ず提出しなければならない・・・
その 間をぬって
美容院に行き 車のディーラーに車検証を受け取りに行く。
今月中に行かないと 車検切れ(>_<)
その他 諸々 ありますぅ。

そこに さらに 友達とのランチあり♪

いろいろ やることあるんだから
断ればよかったんだけれど 基本 よほどでないと
断らないほうなので OKしたの。
でも 時間制限 もうけました。
その友達とは 会うと 4~5時間はしゃべっちゃいますから。
カフェを はしごしたりしてね。
なので 今回は 2時間という短い!?時間設定。 
彼女は 「都合悪ければ また あとでね」と言ってくれたけど
2か月ぐらい会ってなかったひとだから
今 会わないと いつ会えるかわからない。
2時間で 濃密な!?食とおしゃべり 楽しんできます。

まあ 何事も ふだんから こつこつとやっておけば
今になって焦ることもないんですけどね。

子どもの頃から ぎりぎり型だったの。
宿題は 朝早く起きてやる または 学校でやる。
夏休みの宿題は 8/30~猛スピードで終わらせる。
テストの準備は 三夜漬けぐらい さすがに一夜は無理。
レポートの提出は 締め切り5分前に駆け込む。
旅行の準備は 出かける朝にあわててやるから
必ず 何か 持ち忘れてる。
そんなふうだから
気まぐれで 前日までにちゃんと準備して 忘れ物なしと
いう時は いつもと違うから なんか不吉なこと
起こったらやだななんて落ち着かない・・・変なの。

そんなこんなでも
なんとなく ここまでやってきちゃってるから 困ったもんだ。
でも ラストスパートは すごい勢いよ!!

それでも この頃は 我ながら成長してきたようで
ぎりぎり型も改善され
計画的にやるようになってきてはいたけれど・・・
やっぱり 駄目だったわね 今月は・・・
三つ子の魂 なんとやら~

それでなくても 二月は 短いのだもの。
行く1月 逃げる2月 去る3月って言うでしょ。
言葉遊びの要素が入ってるけど
この表現 言い得て 妙ですよね。
新年になって いろんな行事をやっているうちに
あっという間に1月は 行ってしまう。
2月は 28日と短いから 逃げるように終わってしまう。
そして 3月 年度末だから これまた忙しく去ってしまう。

2月よ お願い 逃げないで~
わたしを 置いていかないで~

    🍃

ふう~ ブログを書き終わったので 
少し 落ち着きました。
来月は スケジュール管理 きちんとやろうっと。

さあて 午前中は お茶でもすすりながら
まず ひとつ 手をつけなくては。

259267.jpg

幸い 今日は 日差しがあたたかい。

逃げないでね 2月・・・
わたしの やることが 終わるまでは


          ✐ おり~ぶ



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昨夜は めったに行かない所へ
それは 体育館・・・

勤務している病院内の 職員バレーボール大会があったの。
わたしのいる病棟も チームを結成して参加しました。
6人制バレーで 選手メンバーは ぎりぎりの6人(>_<)

わたしは もちろん!? 応援チームです。

病棟のスタッフさんたちは ふだん 
夜勤明けのひと 夜勤のひと 日勤のひと お休みのひとが
いて 全員です。
今回のバレーボールに参加するにあたっては
夜勤明けと夜勤のひとを除くと
どうしても 日勤のひとが選手になる。
お休みのひとは 休んでもらいましょというところ。

「〇〇さんも どうですか?」と誘われた時
「応援なら 行きますよ」と答えたわたし。
「え~ 選手になるひと少なそうだし やりましょうよ。
遊びでやるんだから 大丈夫ですよ」
と 言ってもらえて 社交辞令だったとしても
うれしかったけど・・・

わたしには バレーボール できない理由があるのです。

それは もちろん 61歳の 老体!?ですからね。
スタッフさんは 20代~40代後半ですもの。
元気はつらつ チャキチャキよ。
一緒になって 動いてて
アキレス腱切っちゃったりしたら 迷惑でしょ。

それより何より
問題は わたしの右の腕・・・

約15年前に右乳がんで 右乳房全切除とリンパ節郭清。
脇の下のリンパ節にも転移してました。

リンパ節をとったあとの後遺症。
それは リンパ浮腫・・・ 
リンパ液が溜まってしまって むくんだり
重くなったり 力が入りにくかったりします。
あとは 脇の下から 右胸のあたりの知覚異常・・・

術後は リハビリを頑張ったので
半年後には 右手が上までしっかり上がるようになった♪
でも むくみは いまも すこ~しだけあります。
両腕を並べてみると 右手は明らかに太ってます(>_<)
綿シャツを着たりすると 右腕だけ きつく感じます。

血圧測定や血液検査・予防注射も 右はご法度。
全部 左腕でやってます。

今でも 3kg以上重いものは右手でもたない
とにかく右手を酷使しないなど 気をつけるようにしてるけれど
つい 忘れて
お風呂掃除 右手でごしごしと 力をいれてしまったりすると
右手が ぷく~っと すこしだけ むくんできます。
そういうときは 急いで セルフ リンパマッサージするの。

こんなふうなので 
バレーボールのレシーブ 
あの硬いボールが ビシッとくるのだもの 無理。
たとえば レシーブを とらなかったとしても
サーブは 必須でしょ。
右利きだから 右手で バシッだから これまた無理。
あとが どうなってしまうのか こわいこわい
わたしの 右腕・・・

実は スタッフに誘われた時 一瞬だけ
選手として参加したいなって気もち ありました。

だって バレーボール
得意ではないけど 割と好きなスポーツです。
若い頃 職場のレクレーションでバレーバールやった時
とっても楽しかったの。

もっと さかのぼると
中学生時代のテレビアニメ「アタックNo。1」
大好きだった!!
主人公の鮎原こずえに感情移入して
家の近くの 杉の木から下がっている枝の葉に向かって
「アタ~ック!!」といって ジャンプしてましたから。
だからといって 部活はバレー部ではなく
ソフトボール部だったんだけどね。

   

苦しくたって 悲しくたって コートの中では 平気なの
ボールがうなると 胸がはずむわ~
レシーブ トス スパイク 
ワントゥ ワントゥ アタック
だけど涙が出ちゃう だって 女の子だもん
涙も汗も 若いファイトで 青空に遠く 叫びたい
アタック アタック ナンバー1
アタック アタック ナンバー1

ほら この通り 主題歌も覚えてますよ。
歌いながら 書いてます(^_-)-☆

    🍃

右の腕に問題がなければ 選手で出てもいいなあ。
遊びなんだし 少しは動けるかもしれない・・・
とも 思ったけど
涙をのんで 選手は断念 (>_<)

これが われらのチーム 6人の精鋭たちの後ろ姿。
これから 始まるところよ。

DSC_0511.jpg

がんばれぇ~
わたしは 花の応援団で 黄色い声を出しました。
ナイスサーブ♪
ドンマイ ドンマイ ナイスレシーブ♪
隣りの同僚が 100均のメガホンで応援するものだから
こちらも 負けずに声を張り上げてたら 
声が かれちゃった。

それだけでも 楽しかったけど
やっぱり 選手としてやってたひと達の方が
もっともっと楽しかったかも。
2回戦で 敗退しちゃったけど 試合を終えて戻ってきた
選手スタッフさん達 とってもいい顔してました
お疲れさまぁ♪

    🍃

右の腕に問題がなければなぁ・・・
そんなふうに 恨みがましく思ってしまったけれど

中学時代のわたしの
アタックNo1への熱い気もちを思い出させてくれた
なんだかとっても わくわくした夜でした ♡


           おり~ぶ



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今日は 2月22日
222 ぞろ目の日ですね。

222のように 同じ数字が続くと なぜかうれしくなってしまう。
アニメ「銀河鉄道999」 好きだったなあ。
それと・・・わたしは パチンコ やらないけど
その世界では 777 スリーセブン 幸運の数字なんでしょ。

ふと 時計を見たら 5:55 とか
買い物して レシートを見たら 888円とか
ぞろ目って 特別な感じがするんですよ。
ラッキーって思っちゃう。
だからといって 何がどうなるものでもないんですけどね。

222のように 同じ数字が三つ並ぶ日って
もうひとつ 1月11日の111しかありません。
3以上だと ありえない月日になってしまうもの。
3月33日はありませんよ~

こんなくだらないこと
朝から考えていていいのかしらと思いますが
222って気付いちゃったから 仕方ない(>_<)

ちなみに わたしは 
数や数字に 象徴的な意味を感じることが あるんです。

夢分析の世界では 2をどういう象徴としてみるかというと・・・
2 は 物事や心の二重性
どちらにしようか迷うという意味で優柔不断なこと
ふたつのもののバランス・・・というようにみます。

何かが二個出てくる夢 二人の人が出てきた夢などを見た時
2という数字の意味から その夢の意味するものを
夢からのメッセージとして受け取ったりしています。
あくまで セルフ夢分析の範疇ですけれど(^_-)-☆

2 は 二元論からいうと
相反する二つのものから成り立つ数字・・・
善と悪 光と闇 男と女 陰と陽のように
対になっているものを表すというような感じ。 

偶数で割りきれる数字 2

分かれる 別れる 切れるというイメージがあるから
結婚式のご祝儀 2万円じゃちょっと っていうこと
ありましたよね。でも 今は どうなんだろう???

時には 縁起が悪いような数字だけれど
わたしは 2 好きですね。
善悪も 男女も 陰陽も ふたつあって ひとつだから。
表もあれば裏もあるのが ふつうのことだと思うからね。
問題は そのバランス
絶妙にバランスとれている 2だったら いいんじゃないかな。

それに
2 は ふたりの2 ふうふ(夫婦)の2 ふわりの2
ふく(福)の2 ふるさとの2 ふれあいの2
にこにこの2 にじ(虹)の2 日常の2 二枚目の2 

あっ 日本の2 日本晴れの2 
・・・ 2は2なんだけど 読み方によっていろいろあるわ~

   🍃

今日は 222 ふふふ (*^_^*)

何かいいこと ありそな予感・・・
あるといいなあ♪

さぁ 一日をスタートします。

これも 2♪

2.jpg


あなたにとっても
ピースな222でありますように


        おり~ぶ




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昨日の新聞記事・・・

「認知症に安心 図書館の試み」という見出しで
図書館の 認知症への取り組みを紹介していました。

認知症のお年寄りが 快適に過ごせる居場所を
図書館にも作ろうというもの。
認知症の人が 興味を持ちそうな本を集めたコーナーを作る。
困っている人への対応の仕方を 職員が学ぶ。
そういったことらしいです。

それだけ 図書館でも 認知症の人への対応に困っている
という現実もあるのでしょうね。
図書館の本を 自分が買ったといって持ち帰ってしまう
そんな人もいるらしいのです。
でも わたしだって 認知症になったら
それぐらいのこと しちゃうかもしれません。

厚労省の推計では 2025年には
認知症の高齢者は65歳以上の5人にひとり・・・
(記事内に書かれていました)

2025年・・・8年後よ わたしは69歳
どうしてるかしら。
いろいろ予防していたって なる時にはなるかもしれない(>_<)
ほんと ひとごとではないなあと思います。

ところで 記事では
次のような 取り組みの事例を紹介していました。
●世田谷図書館の 認知症コーナーの設置
●練馬区の図書館の スタンプカードの利用 職員の研修
●愛知県の市立図書館の 高齢者施設での読み聞かせや
                  グループ回想法

なるほどねぇ。
いいですねぇ。

・認知症や介護保険関連の書籍を 一か所に集める。
・地域包括センターの案内や医療機関のリストを提示する。
・職員も 認知症の人への対応の仕方を学ぶ。
・司書が出張して 高齢者施設で読み聞かせなどをする。

こんな地道な活動が 継続して行われることで
認知症の人やその家族は 安心して 
図書館を利用できるようになるでしょうね。

わたしも たまに 図書館に行きますが
平日は 特に
シニアの方達が たくさん来館しているように思います。
わたしだって 仕事を辞めたら 今よりもっと
図書館を利用することが多くなると思うので
認知症の人はもちろんのこと
高齢者にやさしい図書館づくり どんどんやってほしいな。

記事の中では
「認知症の人にやさしい 小さな本棚」の写真が載っていました。
歳をとれば
背中も丸まり 背が縮み 腰も曲がってくるのです。
おまけに 目も悪くなってくるから
じ~っと近づいて本を探す そんなことも起こってくる。
車いすに乗っているかもしれないしね。
そうなると 目線は ぐ~んと下がるでしょう。
そこで 背の低い 小さな本棚 というわけかな。
認知症とひとくちに行っても 症状も程度も様々だけど
少なくとも 探しやすい本棚という点は 重要ですよね。

   🍃

もし 認知症になっても できるなら 本を読みたいわ。
重症だと難しいかもしれないから そこは厳しいけれど
軽度の時は まだまだ ふつうの暮らしができるかも。

わたし 母の晩年は 一緒にくらしたんだけど
母は 軽度認知症と診断されていました。
脳梗塞もやっていたので 脳血管障害からくる認知症。
わたしが お勤めに行っている間 留守番をしていたり
デイサービスに行ったりしてました。

母は 本好きというわけではなかったけれど
わたしが 図書館から借りてきた 草花の図鑑や
自然を写した写真集など 繰り返しページをめくってました。
とにかく 花好きな母でしたから。

「もう 見ちゃったよ」と言われると
次のを借りてきて・・・そのころは 今より
図書館に通いました。母が喜ぶような本を探しにね。

わたしには 頼れる娘や息子はいないからなあ (>_<)
図書館 自分で行くしかないし・・・
でも もっと 高齢になっても
ぎりぎりまで 自分の足で行けたら それは幸せよね。

住み慣れたところで
それまでの暮らしを維持して行ける
それは とっても幸せなことのように思います。

だから
認知症にやさしい図書館は 大歓迎!!

でも

認知症は 歓迎したくないわ(-"-)
とりあえず
予防にいいこと ひとつぐらい やらないとね。

図書館に行って 本を選び 読んでみる・・・
そんなことも そのひとつかも


         おり~ぶ



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電車の窓から見える風景・・・

DSC_0510.jpg

パステル和アートのレッスンで描いた絵です。
先生が お手本を見せてくれて
同じように描いたもの。

電車の窓は 木の枠かな。
左下に 窓を開ける時の持ち手がついています。
ここを持ち上げて 窓を開けて 風を入れたりしましたね。
左側に見える ピンクのところは 桜並木の花の色です。
どこか 懐かしくなるような 風景です。

こんな窓の電車の時代は 「鈍行列車」って言ったような・・・

この絵を見ていたら 思い出したことがありました。

     🍃

以前にも 記事中でちょこっと書いたことがありましたが
22歳の時 週1回3か月間だけ 東京に通ったことがあったの。
アナウンスアカデミーというところ(今もあるみたい)です。

大学卒業目前の冬・・・
学生時代の最後に やってみたいこと
それが アナウンススクールに通うことでした。
アナウンサーになりたいわけじゃなかったけど
言葉を美しく 声に出すということには興味があったの。
なぁんて かっこいいけど
茨城弁を直したかった それが 本音(^_-)-☆
とても素敵な話し方をする先輩(女性)がいて
そのひとにあこがれちゃんたんです。

常磐線で トコトコ ガタガタ 
それこそ 鈍行列車でした。
水戸から 上野まで 2時間半以上 かかったんじゃないかしら。
恵比寿のスクールは 10時開始なので
かなり早い時刻に 家をスタートしなければならない。

実家から バスで駅に行くのも 時間がかかります。
わたしは 高校入学の直前に父をなくしているので
そのころは 母と二人暮らし。
ふたりの兄たちも もう独立して家を出てました。

車もないので 送ってもらうわけにもいきません。
バス停までは 歩くと20分ぐらいかかります。
まだ夜が明けないような時間 始発位のバスに乗る。
暗くて怖いからと
母に自転車で送ってもらったんです。
たぶん母が運転して わたしは荷台にちょことんと乗った。
今 思うと ほんと 甘えてたなあと思います。
わたしが運転して 母を乗せなきゃね(>_<)

そのころ 母は52歳・・・
毎日 お勤めにも行ってましたから
わたしをバス停まで送ったら また家に戻り
家事をしたあと また自転車でバス停に行き
バスで 職場のある街まで行くのでした。

「なんで そんなところへ通うの?」とも一切言わず
寒い中を ギコギコ自転車をこいで送ってくれた母♡
わたしを そんなふうに見守り 支えてくれる姿は
終生 変わることはありませんでした。
海より深い 母の愛・・・感謝してあまりあります。

バスで30分ぐらいかかったのかなあ。
駅について 電車に乗る・・・
もちろん 鈍行列車です。

そのころは 全部 ボックス席だったと思います。
向かい合って4人が座れる席。
必ず 進行方向に向かって座りましたよ。
逆だと 気もちが悪くなってしまうから。

席に着いたら ほっと安心して 居眠りしたり
窓の外を眺めたり・・・
その時見える風景は 先ほどの絵のような風景
常磐線沿線・・・・ 昔は ず~っと田園風景でした。

上野について 山手線で 恵比寿へ。
スクールでは 2時間半ぐらいのレッスンだったような記憶。
発声練習や アナウンスや 朗読など
いろんな教材で 声を出しました。

そういえば
レッスンの初日 自己紹介した時 出身は茨城県・水戸市と
言ったら 講師の先生が 
「ふうむ 苦労すると思いますが しっかり学んでください」
だって!! まあ それだから通ってきてるんだけど
それにしても 茨城弁は 頑固な!?ところあるんですよ。

問題は 言葉のイントネーションとアクセントです。
尻上がりと言われる 文末・語尾の上がり方
橋と箸 雨と飴のアクセントの違いが???

でも レッスンは 楽しかったわあ。
思い切り声も出せたし 堂々と間違えたしね。

帰りは また ボックス席の鈍行列車で・・・

ある時 隣に座ったおじさんに声をかけられたの。
背広を来て 書類かばんを横に置いた
ちょっとインテリ風のひと。
「きみ そういうこと勉強してるの?」って。
わたし その時 アクセント辞典を見てたんです。
アナウンススクールに行った帰りだと説明すると
そのひとは
「生まれてから15~6歳まで暮らしたところの言葉が
一生ものになるね。きみ ずっと茨城?」ときくから
「生まれてこのかた ず~っと水戸です」と答えました。

すると
「それは なかなか難しいなあ。でもね」と言って・・・
ある俳優さんが 自分の方言やなまりを直そうと
アクセント辞典を常に持ちあるいて ついに克服した
という話をしてくれたんです。その俳優さんは実在のひと。

へぇ~と思いながら 何だかわたし 勇気づけられた感じ。
そのひとは 先に降りていきましたが
席を離れる時に 言ってくれました。
「あきらめず 頑張ってみたらいいでしょう」

あのひとは 何者だったのだろうと 今でも思いますが
その言葉だけは 確実に わたしのお守りになりました。

     🍃

そして 今 恵比寿のスクールに通ってから
40年になろうとしています。
まさしく あれから 40年♪
常磐線の鈍行列車で 東京に向かった時のあの思いは
わたしの中で ず~っと温存されて
今に至っているのです。

朗読スタジオで 朗読する時
絵本の読み語りで 読む時 そして ふだん話すとき
できるかぎり 共通語のアクセントになるように努力してるの。
アクセント辞典を身近に置き
スマホにも NHKアクセント辞典のアプリ いれてますよ~

このようにしているからといって
茨城弁 嫌いなわけじゃありません むしろ愛着があるなあ。
茨城弁も 共通語も どちらも自在にできたらいいな。
そんなふうに 思います。

根っからの地元のひと(身内も含めて)と話すときは
茨城なイントネーションで 話しますよ。
かなり 上手だと思います💦
あっ 茨城なまりって お笑いタレントのU字工事さんの
話し方に近いです。彼らは栃木だけどね。
北関東だから 似てるんです。

     🍃

パステルで描いた一枚の絵から
若かりし頃の いろんなことがよみがってしまった・・・ 
思い出話におつきあい頂いて ありがとうございます。

こうして書いてくると
過去から 今 そして 未来へと
わたしの思いが 連綿とつながっていくのだなあと
あらためて感じています。

車窓から その風景を眺めるように
わたしは こうして 過去の景色を振り返りながら
今というこの時に見える風景を 味わっています。

未来の風景・・・それは もちろん まだ見えてきていない。
けれど 今の思いが 未来の風景につながっていくのだろう
そんな予感がしています。

鈍行列車の窓から見るように ゆっくりと過ぎる風景なのか
それとも エクスプレスの窓から見るような
目にも止まらないような キューンと流れゆく風景なのか
それは わかりません。
 
路線には 普通あり 急行あり 特急あり 新幹線あり
まだまだ 緩急入り混じった人生の旅路なのだから

今この時の風景を 
こころの窓枠に しっかりと入れながら 

ガタン ゴトン ガタン ゴトン
たまには ビューンと 歩みます

 
          おり~ぶ




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昨日の 午後3時頃 その電話がきました。
相手は 仕事の先輩 & 友達の Tさんです。
60代 わたしより ちょっと年上よ。

  <📞>
Tさん 「明日ね 3人欠席だから 3人だけになりそうなの。
      だから お茶菓子だけの会にすることにしたわ。
      Aさんは お子さんが熱出て
      Bさんは インフルエンザ三日目だから無理
      Cさんは 風邪で 体調不良だって」
わたし 「えっ~。もう おでん作っちゃいましたぁ」
Tさん  「あらぁ そうなの。みんなぎりぎりになって
      連絡してくるから・・・それにしても
      もう 作ってたの?」
わたし 「明日午前中は用事があって作っていられないので
      実は 金曜の夜につくっちゃったんです。
      大根 味しみてた方がいいかなと思ったんですよ」

実は 今日の午後は Tさんの家で
同職種の仲間の集まりがあるの。
年5~6回の集いです。
それぞれ異なった職場で働いていますが
ご縁があり 勉強会をしています。
今日は 今年初めての会なので 勉強というよりは
いろいろ持ち寄って 食事会をしようという予定でした。

毎年1~2回は そんなふうに 食べたり飲んだりしながら
親睦を深めます。
わたしは このところ おでんのかかりなの。
大鍋に た~くさん作ってもっていきます。

おでん

あ~あ
はやめにやっておこうと勇んだのが 裏目に出たかぁ。
6人が食べられるようにって作ったから かなりの量ですよ(>_<)

 <📞>
わたし 「 どうしましょう おでん・・・」
Tさん 「せっかく作ってくれたんだもの 頂きましょうよ。
      ありがとねぇ。Dくんはくるから 3人で食べましょ。
      そうとなったら お酒も出しちゃおうかな♪」

残念そうな声で 電話してきたTさんの声が 明るくなってる♪

ちなみに Tさんは お寿司を用意する係でした。
Dくんは お花の係・・・Tさんちのお仏壇に供えるお花よ。
Tさんのご主人は 生前 大学の先生をしてらしたの。
わたし以外のひと達(A~D・40~50代)は みな教え子さん。
わたしは お会いしたことはなく
ご著書を読んだことしかないというご縁ですが
Tさんちに伺った時は いつも手を合わせて チ~ンします。

ところで
いったんは お茶菓子だけの勉強会になったのが
再び おでんつきの 昼飲み会になりそうな予感。

それにしても 6人分のおでんを
3人で どこまで食べられるかしら。
Dくんは 男子だから もりもりいけるけど
わたしとTさんは そうそう 入りませんよ(>_<)

ということで 6人分を少し減らして
自分の土鍋に 二食分ぐらい 入れ替えました(^_-)-☆

朝のうちに Tさんの家に この大鍋を運びます。
歩いて15分ぐらいのところだけど
この中身の入った大鍋をかついでいくのは無理よ。
まず 車でもっていっておいて・・・
集合時刻には 歩いていきます。
お酒飲んじゃったら 車はダメだからね・・・と
わたしも すっかり 昼飲み気分♪


おで~ん でんでん🍢
わたしのつくった 大鍋おでん

たくさん たくさん 召し上がれ

         
 おり~ぶ



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