5月に会うことになっている旧友から メールあり。

「4月末に息子たちがくるので バタバタくたくたしています」
息子さんは3月末に結婚して 遠方に住んでいるらしい。
結婚後初めての 夫婦そろっての里帰り?なのかな。

メールによると
とりあえず 部屋を片付けて 玄関先をきれいにし
庭の草をとり いろいろと準備中で忙しそうだ。
その日は 昼食を家でとり 夕食は外で・・・
昼食の準備も メニューをあれこれ考えたりして
とても 気ぜわしい事だろう。

我が子の帰省ではあるけれど 若夫婦そろっての
初めての訪問となれば 特別なお客さまという雰囲気かな。
「夕食は居酒屋だし 泊まらないで帰るから ほっ」
と書いてきた 友の気もちも わかるような気がする。
なぜって
彼女は 膝と腰に痛みがあって 整形のリハビリにも
通っているから 今はテキパキ動けないの。
あれもこれもと思いながら
息子さん達を精一杯もてなそうという母の思い
ひしひしと感じます。

   🍃

ところで 我が家には 特別なお客は来ないなぁ。
母がいた頃は 時々
兄や義姉達や甥っ子・姪っ子達がきてくれたけど
そういえば 最近 とんと ご無沙汰だわ。

ひとり暮らしのわたしにとっては
身内でも 特別なお客よ。
だって 昼食を準備するにしたって
いつもの 数倍でしょ!!
先ほどの友のように いろいろ考えるのよ。
何 食べてもらおうかなぁって。
それはそれで楽しいけれど 数日前から
せわしなく いろいろ準備したりするから大変よ。
でも 喜んでくれる顔 見たいから 頑張っちゃう。

記事のタイトルに
「お客のくる家 こない家」 と書いたけれど
わが家は 今のところ お客のこない家。
全く来ないわけではなく
ごく たまに 友達がふらっと寄ったりしておしゃべりしたり・・・
あるいは ご近所友達が これまた 忘れたころに
立ち寄って 庭の縁台でお茶したり・・・
と まあ こんな感じ。

緑茶

もともと ひととのかかわり・べったり派ではないわたし
頻繁に訪問しあったり 会ったりするほうではないから
今の感じは ちょうどいいの。
もし家族がいたら その人数分の関係者とおつき合いする
ということもあるだろうけど
基本 ひとりだから ひっそりとしたものです。 

姪っ子や甥っ子達とは 義姉の家で会えるからね。
特別なことがなければ それで十分です。
もっぱら わたしの方から出向いていく。
義姉も たま~に来てくれるけど
車の運転が不安なので 来るときは必ず 姪といっしょ。
市内しか運転しない彼女が ひとりで運転して
隣市の 我が家にくるの 実は わたしも不安 (^_-)-☆

ところで
義姉の家は どちらかというと お客のくる家です。
わたしが行くと 結構な頻度で 誰かいる。
彼女のきょうだい達だったり 友達だったり
ご近所のひとだったり・・・
時には ちょっと変わったご近所さんがいてびっくりします。
何かと理由をつけて 義姉の家に上がりたがる隣家の女性・・
義姉はちょっと迷惑してるんだけど
そんなことどこ吹く風の かなりの自由人。
その人と遭遇すると ついいろいろ観察しちゃう(^_-)-☆

そんなこんなで 家に人がくるから 義姉は言います。
「自分が出かけていくより 家に来てもらう方が らくだよ」と。
彼女の実家も 亡きお父さんが 人の集まることを
厭わなかった方だから やはり 育った環境だろうか。

わたしは 地味~で 静かな家で育ったからか
ひっきりなしに人がくるのは 疲れちゃう。
わが家のように 寂然とした感じは嫌いじゃない。
むしろ 身の丈に合っている感じがします。
とはいっても たまに 友達が来てくれたりすると
それは とってもうれしいし 友達が
「家にきて お茶しない」なんて誘ってくれるのも
happyな気もちになります。

でも 親しい友達と会うのは
家の外が 圧倒的に多いです。
一緒に出掛けたり カフェランチに行ったりね。
その方が お互い いろいろ気遣いしなくていいでしょ。

やっぱり お客がくるとなると
トイレきれいになってる?などと気になって
いろいろ やること増えますもの。
お客様は 爽やかな雰囲気の中で 出迎えたい。

ひとり暮らしの知人がこう言ってたの 思い出します。
時々は 友達などに来てもらうと
家が きれいになるからいいよって。

そうね。
散らかり放題の家じゃ恥ずかしいから
少しは見栄はって お掃除するわよね。
ひとりでいると 野放図になりがちだから
時には 意識して 誰かを誘ってもいいかもね。

仕事を減らして 今よりもっとフリータイムが増えたら
「うちでお茶しない?」って友達を誘いたいなぁ。
紅梅が 香りゆかしく咲いてる時とか
つるバラが 見事に華やいでいる時とか
「お花見に来ない?」って 近くの友達に
声をかけたくなるんだけど お互い仕事してたりして
少々慌ただしくしてるから
ついつい 声をかけずに時間が過ぎてしまう。
気がついたら 花が終わっている・・・
もう 何年もそんな感じでいるのです。

ウエルカム

ああ 誰かを誘って
わが家で ゆっくりのんびりカフェタイム
できたら いいなあ そんなひととき夢みています。

とはいっても 今のところ お客のこないわが家は快適です。
そして いつだって ウェルカムですよ~
いつ 誰が来てくれてもいいように
ある程度は 整理整頓しているつもり。
それにしても たまにしか訪れない訪問者(>_<)

    🍃

冒頭に書いた旧友の お客のくる家は
着々と おもてなしの準備が進んでいるだろうか?
お客のこないわが家から
「無理しない程度に頑張れ~♪」のエールを送りました。

    🍃

ところで このブログのページも わたしのお家
住所は 日本ブログ村 4989番地!!
いつも記事を書くのに四苦八苦(4989)してるから
わたしが 勝手に 住所を決めました (^_-)-☆
ちなみに 4も8も9も 好きな数字 理由はね
わたしの誕生日が4/4 母の誕生日が8/8だから
それに 9は 何か新しい始まりを意味する数字なの。
4989番地 なかなかいいでしょ。

このブログのわが家には
リアルなわが家に比べたら
格段に多くの方が 訪問して下さっています。
だって 毎日 どなたかは 来て下さるんですもの。
うれしくてたまらない(*^-^*)
その静かなる訪れに 
ひとりぐらしのわたしが どんなに励まされていることか。

今日も
あなたが来て下さっている気配を感じています。
どうぞ どうぞ ウエルカム(*^-^*)
いつでも ここでお待ちしています

          ✐ おり~ぶ



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たった一度のあやまち・・・・だなんて
大げさなタイトルをつけてしまって すみません。

それは こういうこと。

090902.jpg

昨日 自動車免許の更新に行きました・・・警察署。
前回の更新から 5年が経過したわけ。
3月にお知らせの葉書が来ていたんです。

でも そのはがきを見た時 えっと思ったの。
講習の区分が 「準優良」となってたんです。
準とあるからには 準のない 優良 というのもあるわけよ。
その時 手元にあった免許証は ゴールド免許です。
つまり 5年前の免許更新時は 優良だったということ。

準優良の区分でおたよりが来たということは・・・
えっ わたし なんかした?

あれ?

ものの数分 考えていたら あ~っと 思い出しました。
一度だけ あった あった 違反しちゃったこと。

わーくもこ

隣市の駅前で 交差点の信号がだったのに
す~っと 左折しちゃったんです!!
そしたら すぐですよ 「そこの車 とまりなさい」って感じで
パトカーが すぐ後ろにくっついてきた。
一瞬 何が起こったのと思ったけど 妙に冷静だった。
車を停めながら
もしかして 今 信号赤だったんだわなんて思ったの。

警察官が 窓をトントンして 
「危ないでしょ。パトカーだったからよかったけど
他の車だったら 事故になっちゃってますよ」って言うの。
え~ パトカーも見えずに 左折しちゃったのぉと思いつつ
「すみません。ぼ~っとしてました」と謝罪する。
彼は 「気をつけてくださいね。命は大事ですよ」と
優しく言いながら バッチリ違反切符を渡してくれました。
「反則金は 早めに支払いに行ってください」だって。

あの時 わたし 何か考え事をしていたんです。 
内容は 全く覚えていません。
交差点で 右方向からくるパトカーに気がつかず
赤信号でも左折してしまうんだから
よほど 考えることに夢中よね。
不注意極まりないドライバーでした ごめんなさい。

警察官と別れて 再発進してから 急に恐怖が襲ってきて
「命は大事ですよ」の言葉が 身に沁みました。
「ああ おまわりさんの車でよかったぁ」って思いながら
しみじみ安全運転を意識して 帰途につきました。

その頃は 母と暮らしていたんですが
彼女には そのことは話しませんでした。
口が裂けても 言えません。
日頃から
「車で出かけたら 帰ってくるまで心配だよ」と言っていたから。
母に心配かけたくなかったの。
それに 自分で自分が恥ずかしかった。
このことは 今まで誰にも言わなかったかも。
ブログで告白するなんて 想像もしませんでした(^_-)-☆

それにしても あの時の反則金 9000円位だったかな。
ふところに痛かったなぁ。 そして
わたしのこころにも 痛かったぁ。
それ以来 気をつけて運転していますよ。
違反は 断じてしていません・・・とは思う (-_-;)

    🍃

ところで このたった一度のあやまちが
今回の免許証に どう影響したのか。

優良じゃなく 準優良の区分での講習を1時間受けて
交付されたのは ゴールドラインのない 免許証でした。
なんか ちょっとショックな感じ・・・

今まであった ゴールドラインがないって 寂しいな。
おまけに 警察署で撮った顔写真が ちょっとねぇ(>_<)
自分で写真を持参することもできるけど
免許証の交付が翌日以降になってしまう。
やっぱりその日に 頂きたいじゃない。
どうも 警察署は 写真を撮るところじゃないと思うのは
もしかして わたしだけ・・・かな。

     🍃

新免許証には 平成34年5月4日まで有効とあります。
平成34年5月には わたしは 67歳!!
一年 一年 日々 変わってきている わが身体・・・
運転していられるかしら?と ふと思う。
でも ともかく 5年間 運転し続けられるといいな。

講習で 様々な映像を見るにつけ あらためて思いました。
車は便利だけれど 走る凶器そのものです。
加害者にも 被害者にもなりうる
危険をはらんだ乗り物だということを 肝に銘じます。
たった一度のあやまちでも
どうしても 許されない結果になることだってあるのです。
あのときのあやまちを教訓に 安全運転でまいります。
そして 再び ゴールド免許になれるようにね。

はい くもこ

かけがえのない 誰かのいのち
そして
かけがえのない わたしのいのち
ちゃんと守っていけるよう
気をつけて 運転します 


          ✐ おり~ぶ



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先日のこと
劇団四季のミュージカル「ノートルダムの鐘」を観ました。
今日の記事は その体験から感じたことを書きます。

「レ・ミゼラブル」を書いたビクトル・ユーゴーの作品を
ミュージカルにしたものです。

「ノートルダムの鐘」は ディズニー映画にもなっていますが
わたしは観ていません。
ただ 子どもの頃「ノートルダムダの背むし男」というお話は
読んだことがありました。話の筋は ほぼ同じだと思う。

ノートルダム

15世紀末のパリ ノートルダムの鐘つき塔には
カジモドという名の鐘つきが住んでいた。
幼い時に聖職者にひきとられた彼は 
その醜い容貌から 外の世界と隔離されている。
塔上から街を眺めて暮らす日々。
話す相手は 石像だけという孤独さ・・・
やがて・・・様々な出来事が展開し
彼は 美しいジプシーの女性エスメラルダと出会う。
彼女は差別心がなく 優しい言葉をかけてくれた初めての人。
彼は初めて人間らしい気もちになって恋をするのだ・・・最後は
火あぶりになりそうになった彼女を 意を決して救い出す。

まあ こんなあらすじです。
俳優さんたちの演技と歌とダンスに魅了され
どんどん引き込まれました。
わたしは 三階席だったので 上から見下ろす感じ。
舞台全体が見えてよかった。
表情も割とはっきり観えたので
登場人物の思いが ビンビンと伝わってきました。

わたしは 
観劇する時はいつも 膝の上にハンカチ用意しているの。
だって 必ず泣くからね。必ず どこかで シクシクするか
号泣するか・・・なのです。

今回は 最後の最後で 涙がどーっとあふれてきました。
それは カジモドが エスメラルダを救おうと決心し 
行動に移すところ。もう理屈じゃなく 涙が出てきてしまった。
だって その深い愛と勇気!!
大聖堂の鐘は 彼のこころを励ますように鳴り響きました。
舞台にも 大きな鐘が複数設置されており大聖堂さながらの
景色ですから よけい盛り上がりますよ。

お話のラストは・・・エスメラルダとカジモドの二人の
折り重なった遺体が発見されたという語りで終わる。
カーテンコール カーテンコールが数回続いた。
そして カーテンコールが終わって 劇場の灯りがついても
わたしは まだ涙が止まらなかった。
拍手しながらも 鼻をすすり 
眼鏡に涙の粒がついて眼鏡が見づらくなってしまって・・・。
またまた 人間賛歌のミュージカルに感動!!

「ノートルダムの鐘」プロモーション映像があります。
ご興味あって お時間のある方は ぜひぜひ♪
1分43秒の映像です。



    🍃

実は このミュージカルを観たのは ほぼ10日前のこと。
今日 やっと 記事として書こうかなと思えました。
なぜ あんなに泣けてきたのか・・・
それが 自分の中でまとまらなかったんです。
自分にとって あのお芝居を観た意味づけのようなものを
しばらく考えていたの。

主人公のカジモドが わが身の危険を冒してまで
エスメラルダを救いたかったその気もち
それにわたしはこころを打たれたんです。
それは 何かに魂を揺さぶられるような 思い
自分が思わず奮い立ち 何かをしようとする思い
困難な状況を打開していく 勇気という名の思い
それが わたしのこころの琴線に触れたのです きっと。

カジモドに感情移入する わたしのこころの中にも
カジモドが住んでいる・・・
彼のような ひとりぼっちの寂しさや哀しさ
自分の境遇ゆえの孤独感も身ににまとっている・・・
そんなところ ほんの少しあるかもしれない わたしにも。

彼は 初めて恋するひとに出会って 人間らしい気もちで
いのちをかけて その宿命を超えていったの。
大聖堂に鳴り響く鐘の音とともに 
自分自身を超える彼の勇気を
決して忘れる事はありません。
あの 荘厳に鳴り響く鐘の音が 今も耳に残っています。

わたしも ここぞという時 あの鐘の音を鳴らそう。
自分のこころの鐘を
小さく あるいは 大きく鳴り響かせよう。
今 そう思っています。

    🍃

ところで
ふと 現実の暮らしに目を向けてみたら・・・

あら わが家の玄関にも 鐘があったわ。

DSC_0623.jpg

だいぶ前 何だか釣鐘が欲しくなって ネットで買って
自分でつけたの。
友達がふざけて ち~んと鳴らしたことがあったっけ。
鳴らしてくれていいんです そのためにつけたんだもの。
でも これからは わたしも鳴らそう いい音よ。

庭を見たら ここにも 釣鐘?

DSC_0621.jpg

スノードロップ かわいい釣鐘の形でしょ。
花言葉は 希望♪
この鐘は鳴るの? う~ん・・・?

そして
わたしのこころの中にも 鐘があるわね。
こんなの・・・。
心の鐘
そして 最後に この短歌・・・
歌人・若山牧水の作品の中に これを見つけました。

けふもまた こころの鉦(かね)を 打ちならし
打ちならしつつ あくがれて行く


「あくがれて」は 「あこがれて」の古語です。
こころの鐘を打ち鳴らして
憧れて行く・・・今日のわたしの思いにぴったりです。

何に憧れていくのか
これは いろいろありますよ。
わたしの中の夢や希望 ひととの出会い ものとの出会い
いつでも いつでも いろんなものに憧れてますからね。
今回のミュージカルでは
いのちをかけて 愛するひとを守ろうとしたカジモドの勇気も
それを演じた俳優さんのことも 憧れの対象になりました。

ともかく 
いろんなものに憧れながら 
わたしのこころの鐘を打ち鳴らしつつ
歩んでいくことにいたします 💛


          ✐ おり~ぶ



 最後まで 読んで下さって ありがとうございます m(__)m

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ここに ふたつのグラスあり。

DSC_0610.jpg

過日 友達の結婚式の引き出物で頂きました。
その日のことは 3月の記事に・・・
未読で お時間のある方はぜひぜひ♪
   👇
ちょっとすましてたのに・結婚式

写真の中に 仲よく並んだグラスが一対・・・
たち吉の 実におめでたいものなの。
底に描かれているのは

DSC_0608.jpg

DSC_0609.jpg

そうなんです。
鶴と亀
こんなカードも添えてありました。

DSC_0607.jpg

もったいなくて なかなか使えなかったのですが
この頃は 普段使いにしています。
器は つかってこそ 価値がある。
縁起ものですから 壊さないように十分気をつけてはいます。
でも 万が一 そうなったときは 致し方なし。
諸行無常・・・
形あるものは 必ず滅すということであきらめる。
でも  嫌だなあ  壊れたら・・・
そうならないうちに 記事に書いておこうと思った次第です。
大事なものだから
壊さないように そぉーっとそっと扱います

ふたつのグラス・・・
水を注いだり ヨーグルトを入れたりして 使っているの。
その時々の気分で
鶴グラスだったり 亀グラスだったり
どっちにしようかなあと 選ぶ瞬間も楽しいです。

そういえば 鶴サン亀サン 少々 ご縁があるのです。
それは わたしの母の名前が つる
母の祖父
つまりわたしにとっては 曾祖父の名前が 亀次郎
これは 前にも記事に書きましたね。
書いていて 思い出しました(^_-)-☆

つるさんは 88歳で それこそ 人もうらやむ!?
ピンピンころりんで旅立ちました。
亀次郎さんは どうだったか そこまではわからないけれど
84歳で旅立っています。
当時にしては 長生きの方だったと思います。

だから わたしは
鶴サン 亀サンとは 深~いご縁があるわけ(^_-)-☆
このグラス 大変ありがた~い思いで 重宝しています。
そぉ~っと大事に使うから 壊れないでねぇ。

   🍃

ところで 話題は変わりますが・・・
4月22日は よい夫婦の日なんですって。
4(よい)22(ふうふ)という語呂合わせ・・・
ふ~ん 夫が生きてたら よい夫婦になってたかしら。
結婚生活は 12年間だったの。
じわりじわりと ゆるぎない絆を築いていく 
その 一歩手前で お別れしちゃったからなぁ。
どんなシニア夫婦になってたんだろう。
よい夫婦になっていたような気はするんだけど・・・
う~ん 哀しいかな 今となっては
想像するしかできません(>_<)

まあ ご夫婦でいらっしゃる方々には
せっかくのご縁 どうぞ 大切にねという気もちです。
そぉ~っとそっと 大事にね(*^-^*)

ちなみに 鶴は 夫婦仲がよくて一生連れ添うらしい。
夫婦鶴といわれて 仲良きことの象徴の鳥なんですって。
うらやましい限りです🎵

それとね・・・
4 2 2という数字で ちょっと遊んじゃいました。

422
4+2+2=8 末広がりの8ですよ~
4×2×2=16 16は8の2倍 末広がり倍増で~す🎵
4-2-2=0  0 何もない どうしよう(>_<)
    あっ 何もないということは ここから何かが生まれる?
    可能性無限大の 0ですよ~
4÷2÷2=1 これはね オンリーワンの1 
    わたしの場合は 1番の1じゃないの 
    あくまで オンリーワン の 世界にひとつだけの花!!
    そして 1は スタートの1・・・かな。
    いくつになっても スタートできるという意味の1🎵

ということで
本日 4月22日は
かなり縁起のよろしい日ではないかと
わたしは 思っているのです。

4月22日
鶴サン 亀サンが千年 万年生きるとしても
この一日は 大事な大事な 一日
千年 万年に つながる一日です。

かけがえのない 今日という日・・・

あなたにとっても
わたしにとっても
どうぞ happyな週末でありますように
そして
何か いいこと ありますように 💛        


            おり~ぶ


 
今日は 終日お出かけしているので
コメントクローズしておりますm(__)m

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玄関を出ると あたたかい春の光・・・
小さな庭ですが 草木が生き生きとしています。

すおう

すおう

レンギョウ

レンぎょー

椿・・・40cmの幹だけれど 花がつきました。

赤い椿

ヒマラヤユキノシタ

ヒマラヤ雪ノ下

モッコウバラのつぼみ

モッコウバラのつぼみ

これらは 実家を取り壊すとき
わが家に移植した 思い出の花々
いわば 花好きだった母の忘れ形見・・・

    🍃

昨日の朝のウォーキング
母のことなど偲びながら 普段より ゆっくり足を運びました。
母と手をつないで歩いた道も通ります・・・
これから耕し始める水田を渡る風が 心地よい。
いつものコースをのんびり歩いたので
ウォーキングというよりは お散歩ね。

途中で こんな生き物に出会いました。
小高い林のそばのお家で 飼っている山羊さんです。
写真は ちょっとピンボケです(>_<)

佐々のスタンド

たたずんで じ~っと見ていたら
気配を感じたのか こちらを振り返ったんです。
山羊というと なぜか 草を食む という言葉が
浮かんできてしまう。
その通りで 草を食んでおりました。
その何だか のんびりとした姿に なんか ほっとしちゃった。
このところ いろいろ慌ただしいので
そんな気もちになったのね。
しばらく 山羊さんとお見合いしていたら
さすがに 相手も首が疲れたのか
また 草に向かい始めたので
わたしも 歩き始めました。

    🍃

帰宅してから ブログの記事のこと ちょこっと考えました。
それで ずっと以前の記事を読んでみたの。
なんと初々しい・・・って 思うのはわたしだけですが。

最近の記事よりは ずっと短い記事だけど
わたしにとっては どの記事もお気に入り。
毎日更新を大変とも思わずに ひたすら綴ってました。

実は もう少しで 一年経つんです スタートしてから。
最近は 妙に長い記事になっている。
これにはわけがあります。それは
通信教室で提出するエッセイの内容を意識しているから。
エッセイを書くときは もう少しフォーマルな文体になるけれど
中身の構成は ほぼ同じ。
記事を変換・推敲すればいいから 
課題の提出が楽になるんです。
だから ここしばらく 少し長い記事になってるの。


でもね・・・
春風に吹かれながら ふわふわと歩いてきて
あの山羊さんに出会って ぼ~っとしてたら 思ったの。
ああ わたし ひとやすみしたいんだって・・・

たまには ちょっとひとやすみ・・・のような
記事でもいいんじゃないのって。
一日おきの投稿で 休みをとってはいるけれど
休んだ分も頑張って書かなきゃって 肩に力が入ってたら
休んでる意味 ないじゃない。
たまには なんにも考えず 
ただただ 今日あったことを スッと書いてもいいのさ。
短くてもいいんだもの。
 
そう思って 今日の記事は 花の写真から スタート。
わたしにとっては ちょっとひとやすみした記事って感じ。
これからは
時々 ちょこっとひとやすみしながら
たまに ちょっとだけ頑張った記事 書けたらいいな。
それが 今の思いです。

あっ でも 文章って 長く書くより
短くまとめることの方が 難しいですね ほんとは。
長ければいいってもんじゃぁ ありません(>_<)

まあ いずれにしても
書くことは 生きること・・・
そして 書くことは つながること・・・

わたしの思いを
読んで下さるあなたに お伝えすることのできる
大切な 大切な ぶろぐ・・・
読んで頂けるから 書けるぶろぐ・・・
心地よく 幸せなご縁で つながっていければ
こんなに うれしいことはありません。

ぶろぐ
ちょこっとひとやすみの記事も書きながら
ずっと 続けていきたいです。
どうぞ これからも よろしくお願いいたします。

今日は
わたしの思いをきいてくださって
ありがとうございます💛

       おり~ぶ


 
(お知らせ) 仕事のことなど 諸々立て込んできておりますので
コメント欄を時々閉じさせて頂くことが 増えるかもしれません。
勝手ではございますが ご理解のほど 
どうぞ よろしくお願い申し上げますm(__)m

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あら 忘れちゃってた・・・

昨日のこと
月曜日は 特養にいる叔母を訪問する日。
彼女は 亡き母の妹で 86歳です。

叔母のことは 以前記事にしました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
○○ちゃん 気をつけてね

9時過ぎには 家を出て 10分弱で施設に着く。
最近は 30分~40分ぐらいしか滞在しないので
10時には帰宅する そんな流れになっているのだけれど
昨日は それを つい うっかり忘れちゃった・・・
とはいっても 途中で思い出して 遅ればせながら
行きましたけど・・・ 

出来る限り 同じ曜日の同じ時間帯に訪問するというのが
わたしのこだわり。
忙しくて行かない日が続いたりすると そのうち面倒になって
行かなくてもいいやって思ってしまいそうだから
訪問日と時間を決めて 自分を縛っているわけです。

ところで ブログのことですが・・・
毎日投稿から 一日おきの投稿にして はや一か月。
このペースに慣れてきましたが ひとつだけ問題あり。
毎日投稿の時は 8時には書き始めると決めていたので
それまでに家事を終わらせたりして めりはりがついていた。
ところが 一日おきにしてから
投稿しない日の朝の過ごし方が 少々乱れ気味・・・

それが 昨日の 「あら 忘れちゃってた」事件
まあ 事件と書くほどのものではありません。
でも やっぱり わたしには事件だわ。
だって 今まで 忘れたことがありませんでしたよ。
この数年間 毎週月曜日の叔母訪問。

ところが 昨日は 記事を投稿しない日だから
その分 時間があるわけ。
あれこれ やらなきゃなぁと思っていたことが気になって・・・
衣類の整理を始めてしまった。
ここ数日 気温が高いから
さすがに 冬ものと夏物入れ替えなくてはと思っていたの。
箪笥の中 押し入れの中 出したり入れたりしていたら
どんどん 時間が過ぎていった。

その間 叔母の訪問日 すっかり忘れてました(>_<)
ひとつのことに夢中になれば
他のことを忘れてしまうのは よくあることだから
アラームかけて 時間区切ればよかったのだけれど
それも忘れちゃった。

ああ 疲れたぁと時計を見たら 
何と10時になっているではないの。
そこで 初めて気がついた。
あ~ 叔母さんのとこ 行く日だったぁ!!

ちょっとだけ 明日でもいいかと思ったけれど 
翌日は投稿日だから 慌ただしくなったらいやだしなぁ。
すると 遅くなっても行こうという気になりました。
訪問時刻は わたしの中だけで 決まっている約束事だから
遅くなっても 誰にも迷惑はかけないわ 問題なし。

それで
衣類の入れ替えは そのままにして 急いで訪問の準備。
持参するものは まず叔母さん用ミニノート。
これは 彼女の様子やスタッフからの情報などメモするもの。
それに 今回は
ティッシュの箱5つとオレンジジュースの1.5Lを2本。
これらは 常備しておく必要あるものなのです。
なくなければスタッフが購入してくれますが
一回100円の買い物代がかかるので 
わたしが必ず購入して もっていくようにしてます。
100円だって もったいないもの。
わたしができることはやらなきゃね。

オレンジジュースは とろみをつけて飲むんです。
飲み込む力が かなり弱っているので
食事はすべて ペースト状になっているの。
水もお茶も とろみをつけるから きっと おいしくないのね。
叔母は あまり 飲まないらしい。
でも お年寄りにとって 水分補給は最重要。
それで スタッフから ジュースならどうかと提案があって
いろいろなジュース類を試しました。
グレープ りんご カルピス etc
いずれも 「おいしくなぁい」と言われてしまった。
現在は なっちゃんオレンジで 落ち着いています。

車を飛ばして 施設に到着。
事務室の窓口であいさつし 名前を書いていると
事務員さんが 郵便物を渡してくれます。
叔母の現住所は 施設ですから
市役所からの 医療や介護のおたよりが届きます。

廊下で看護師さんに会ったので 様子をきくと
「お食事 全量召し上がっていますよ。一時に比べたら
奇跡的にお元気です」とのこと。
奇跡的という言葉は 大げさではありません。
栄養状態が悪く 幾度か 命の危険にも陥りましたが 
今は 体重も若干増えてます。それでも やっと38kgですから
以前に比べて とっても小さくなりました。

エレベーターで2階へ。
この施設はユニット型なので 真ん中に食堂兼リビングがあり
そこを取り囲むように 10部屋が配置されています。
わたしが行く時間帯には 数人の利用者の方が
テレビを見ていたり お話をしていたりします。

叔母の部屋を開けると いつものように臥床している。
食事の時だけは 介助されて車いすに乗りますが 
それ以外は 終日 ベッドで過ごします。
介護5で 寝返りも少ししかできません。

「ミツさん おはよう 〇〇ですよ」と 声をかけると
「〇〇ちゃん 今日は 遅かったねぇ」と
目を開けずに答えるから驚いてしまった!!
認知的には まだまだ健康的な叔母だけれど
それにしても 時計をみているわけでもないのにわかるの?
「遅かったねぇ」と言われて 「忘れちゃってたの・・・」とは
さすがにいえないから
「うん ちょっといろいろあって遅くなったの ごめんね」と言うと 
聴いているんだか いないのか?
スースーと 寝息をたてている。
夢を見た話や スタッフへの不満など話すこともあるが
この日は 眠ってしまった。

スタッフに聞いたら 昨夜あまり眠れなかったとのこと。
朝食では 「わたしのも 手伝ってー」と 大声を出したらしい。
右手でスプーンをもって自力で食べているのだが
さすがに疲れるらしく イライラして叫んだのでしょう。
食べ物を口にいれては むせかえるから
ゆっくりゆっくり口に運んでいる様子。

スタッフは どうしても介助の必要のある人を優先して
お手伝いしているので
それをみて 「わたしも~ 」と思ってしまった彼女の気持ち
わからなくはない。
いつもいつも頑張って スプーンで食べてるけど
疲れてる時はたまに手伝ってほしいと
わたしだって思うよ きっと。
ミツさんのこころの叫び お願い 受け止めて~。

スタッフには 「ご迷惑かけてすみません」と言いながらも
「叫ぶ元気があってよかった」なんて内心思っていたら
「大丈夫ですよ ミツさん それだけ元気があるっていうことだから。
でも 他の利用者さんの介助してると 
なかなかミツさんの方にいけなくて すみません」とスタッフ。
そんなふうに受け止めてもらえるだけでも 
ほんと ありがたいです。

ミツさんが眠ってしまったので 箪笥の中を整理したり
洗面台をきれいにしたりしてから 早々と帰ることにした。
声をかけて 起こしてしまうのも忍びなかったが
本格的に眠っている感じでもなかったので
「ミツさん また来るね」と声をかけた。
彼女は 「うん」とだけ・・・
最近は 「もう帰っちゃうの」ということも増えてきているが
「うん」とだけ・・・妙に寂しいね。
でも ミツさんは もっと寂しいわね・・・

というわけで
忘れているわけじゃないけど
忘れてしまった 叔母の施設訪問
遅くなったけれど 今週も行けました。

また 来週 行くからね💛


          おり~ぶ



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桜にとっては 無情な雨・・・

昨日の午後 ゴロゴロと 雷の音がした。
春雷 というと 少々ロマンチックな雰囲気だが
雷は 大の苦手である。
目をつぶり 耳をふさぎ 恐怖のどん底・・・
幸いこの日は パステル和アートのレッスン日だから
ひとりではなかった。
先生と一緒だから ふだんの怖さは激減!!

ちょうど 桜の絵を描き始めたところ・・・

雷の音は 初め 申し訳なさそうに 少し遠くで
2~3回ゴロゴロしていたが
4回目は 急に近くなった。
ここにいるぞと言わんばかり 大暴れしている。
と同時に 激しい雨が降り出したので 驚いて
カーテンを開けたら ひょうも降っているではないか。
小さな粒だが パチパチと道路に落ちる音がする。
この季節に ひょうが降るとは
春の天気は 何と 情緒不安定 極まりないことか。

パステルのピンクの色を指でこすりながら
ふと 勤務先の病院の桜が 気になった。

この季節 大きな数本の桜は 見事に花をつけている。
先週は 満開になり 病院の庭は 華やかな春爛漫♪
そんな中
緩和ケア病棟の患者さんと一緒に お花見をした。
車いすや ベッドのまま・・・
外に出て 春の風にふかれるだけでも 楽しいこと
まして 桜の花の下に わが身を置くことができる。
こんなに うれしいことはない。
おひとり おひとり 待ちに待っていた 桜なのだから。 

車いすやベッドから見上げる桜の花々は 青空を背景に
こぼれんばかりの微笑みで歓迎してくれている。
それを愛でるひとも とびきりの笑顔
弱々しい表情の中に こんなエネルギーが宿っていたんだと
思うほど いのちがキラキラと輝いている。
スタッフのひとりが 
桜木の下の方に咲いている小枝を数本 手でちぎって
患者さんに差し上げると・・・
手でしっかりと枝をもち 花びらのにおいをかぎ
ほっぺたにふわふわとくっつける。
「桜はいいねぇ 見られてよかった 本当によかった・・・」
と感無量の表情
そのひとことの重みを わたしは 全身全霊で受け止める。

スタッフが 禁を犯してまで 枝を折り
手渡したかった 桜花
それを うけとったひとの満面の笑み
ああ 今を生きていらっしゃる・・・
春を感じていらっしゃる・・・
そして わたしも スタッフも
共に その同じ時を 生きているのです。

    🍃

先週の そんな場面を思い出していたら
あの桜たちも
この雨で もう 散ってしまうのではないかと心配になった。
先週 満開になっていたのだから
いずれ 散る方に向かうのは必至だが
一挙に花がなくなってしまうのは寂しい。
散り際の桜木の下 淡い桃色の花びらが
ひらひらと散って来るのもまた 風情がある。
そんな花舞う時期に 患者さんとご一緒した事もあったのだと
さらなる記憶が蘇ります。

とは いっても
桜の花は 人間の都合などきいてはいられない。
桜は 満開ののち
すでに来年の開花に向けて 準備を始めているのだ。

花が散り葉桜となる頃 その緑葉が ある物質をつくるという。
それは 休眠物質。
翌年つぼみの芽吹くところに ぎっしりと蓄えるらしい。
冬になって寒くなると 木は眠る その時のための休眠物質。
桜にとっても 眠ることは大いに必要なのだ。
ヒトも桜の 同じような生き物なのだと しみじみ思う。

冬の間に 休眠物質を使い果たして 桜は目覚める。
そして つぼみが大きくなり 開花するという。
冬の寒さが 厳しければ厳しいほど 休眠物質はどんどん
使われて なくなってしまうので 花は一気に咲きそろう。

こんな桜の開花のメカニズムを知ってから
わたしの桜への見方に 変化あり・・・
これまでは 桜花の見事な美しさは いうまでもなく 
パッと咲いて パッと散って 美しさゆえのはかなさにも
魅力を感じていた。
そこに さらに こんな見方が加わった。
散ると同時に 夏の間 葉を茂らせ ひたすら休眠物質を作り
秋は枯れ葉を落とし 冬は裸木になって眠りにつく。
そして 厳しい冬を眠ったあとは 見事に花を咲かせる。
そんな 桜の一年を想って 浮かんだ言葉がある。
それは ひたむきさ・・・
はかなさ + ひたむきさ・・・

冬の寒さが厳しいほど 花開く・・・
人間も そんなところがあるような気がする。
花が開くかどうかは わからないが
辛い事 哀しい事の試練に耐えるほど
人生の味わいを感じられるように思うから。

桜のように ひたむきに生きていけたら
きっと 後悔しない
自分の人生 自分の生き方に・・・

詩人 八木重吉氏の詩・・・

 綺麗な桜の花をみていると
 そのひとすじの気持ちにうたれる


詩人の書いた 「ひとすじの気持ち」
わたしの感じた ひたむきさ と ほんの少し
近いだろうか。
わたしも 桜のひたむきな姿に
こころ打たれている ひとりです。

    🍃

パステル画のレッスンが 終わる頃
雷の音は遠のいていき 雨はやんでいる。
薄日もさしてきて またすっかり春模様。

数枚のパステル画から この一枚を額に入れた。

DSC_0592.jpg

桜の花が終わっても ずっと 飾っておくことにしよう。

桜のように
ひたむきに
一途な思いで 生きていきたいから。
せめて 自分がこれだと 思うことには・・・

来年もまた 桜の花に 会いたいから。
必ず 会いたいから。

    🍃

明日は また 病院に勤務します。
はらはらと舞う 花びらを この両手に受けとろう。

桜木のひたむきさが
わたしに 宿りますように 💛


          おり~ぶ
 

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待った甲斐がありました。

何を待ったのか・・・

姪と二人で 義姉の手術の終わるのを 待ったのです。
祈りつつ 願いつつ 待った時間・・・

腎臓をひとつとる
数日前の記事に書いた 義姉の決心・・・
いよいよ その手術の日 それが おとといのこと。

手術の前日 本人と姪夫婦が 医師から説明を受けました。
開腹して 右の腎臓切除。
通常は 2時間ほどで終わるが
周囲に癒着のひどい場合は 3時間ぐらいかかるとのこと。

当日は・・・
義姉のきょうだい達は よんどころない用事があったり
お年寄りのお世話があったりなどして 立ち合えない。
甥(義姉の息子)は遠方だし 仕事も休めない。
というより 義姉が 遠いから来なくていいと
電話していたようです。
それで 姪とわたしが 付き添うことになりました。

付き添うと書きましたが この場合 違いますね。
当然 手術室の中には入れませんから(>_<)
義姉が手術室に入るのを見届けて 手術の終わるのを
待って 出迎える・・・それが わたしたちのお役目です。

9時30分に 手術室に入る。
「行ってらっしゃい 待ってるからね」と声をかけると
義姉は バイバイというように手を振って
扉の奥に消えていった。やはり 少し緊張している表情・・・
彼女とわたしたちの それぞれの不安なこころが
扉越しに かすかな一本の線でつながっているような・・・
そんな感じがしました。

手術開始前に ナースから 院内のPHSを渡されました。
手術が終わった時に 連絡を受けるためのもの。
院内しか通じないので 外には出ないようにという指示。
「手術の始まる時にも 連絡します」というので
手術室に近い待合の椅子で待っていると
「今から始めます」というコールがあった。
10時30分・・・

手術に要する時間は 2~3時間。
じっと 手術の無事を祈る気もち・・・
それにしても 長時間そこに座っているのも疲れてしまうから
とりあえず いったん その場を離れることにした。
とにかく 医療スタッフにお任せするしかない。

院内のカフェコーナーで
ひさしぶりの姪とのおしゃべり・・・
姪の子ども達のことなど話題にして いろいろ話した。
気がついたら 午後1時近くになっているではないか。
その間 PHSの手術終了コールはなかった。
ということは 癒着があって 時間がかかっているのか。
その場合の終了は 午後1時30分頃・・・
あわてて 軽食で腹ごしらえをして
手術室のあるフロアーに急ぎました。

でも 2時になっても 3時になっても
PHSのコールは鳴らない。
二人とも 
「癒着がひどいんだろうか」
「なんか困った状況になっちゃったとき
電話くれるのかな?電話がないっていうことは
大丈夫だよね・・・」などと だんだん心配になってきた。
今度こそ あらためて 祈るような気もち・・・
実際 こころの中で 祈りました。
どうぞ 手術が 無事に成功しますように・・・

それ以後も待つこと さらに一時間
午後4時 待ちに待ったPHSのコール音がした。

ああ やっと手術が終わった・・・この時は
とにかく 安堵しました。
術後の説明があるというので
その場で待つこと さらに 20分後
医師が 腎臓と尿管の一部をトレイにのせて 現れた。

左右対称に開いた腎臓の中には
親指の先位の大きさの結石が 3つ見える。
「思った以上に 周囲との癒着がひどく 時間が
かかりました」と告げる医師の声から
やり遂げたというような気もちが伝わってくる。

彼の説明によると 手術しないで放置しておいたとしたら
膿腎症という病態に進んでしまった可能性があるとのこと。
機能していなかった腎臓の上部には
長い間に すでに膿のようなものが溜まっている。
その中で 結石が大きくなっていったらしい。
「膿腎症の症状が出てからでは 手術はもっと困難だから
今回手術を行ったのは 正解でした」という彼の言葉に  
ああ 手遅れにならずに済んでよかったと
あらためて胸をなでおろしながら 深々と頭を下げました
医師・スタッフへの感謝の思いをこめて。

それにしても わたしは 腎臓をこの目で見たのは初めて。
というか ヒトの臓器を見たのは初めてです。
同じものが わたしの身体にも備わっているんだと思ったら
やっぱり あらためて意識しました ヒトのいのちということ。
おもわず 自分の腎臓の辺りに手をやって
腎臓を感じたくなった 服の上から・・・愛おしくなりました。 

麻酔の覚めるのを待って部屋に戻るのだが それまでの間
姪は 方々に電話をかけたり メールを送ったり。
みんな 手術の成功の報告を待っていたことだろう。
予定よりだいぶ遅れたから
やきもきしながら心配していたに違いない。
無事を知らせる電話の声が 明るく生き生きと響いていた。

     🍃

手術室から出てきた義姉は 目をつむったままでした。
熱が出てきているのか 小刻みに震えています。
2年前の 内視鏡による結石粉砕時も 熱発しているので
今回も同じかもしれない。
酸素マスクをして 青白い顔で横たわっている彼女を見て
わたしは 「おねえさん」としか言えなかった。
目をつむったまま 小さく頷いた義姉・・・
前回の手術に比べたら ずっとずっと侵襲的な開腹手術。
よく耐えた 頑張った 無事で戻ってきてくれた!!
おねえさんのいのち💛

部屋に戻り ナースから 術後のケアのあれこれを施された後
わたしたちは やっと ベッドサイドに行くことができました。
義姉は 先ほどよりは少し安心したのか 目を開けていた。
今度は わたしが「おねえさん 頑張ったね」
姪が 「大丈夫だよ」と声をかけました。
彼女は 今度は 大きく頷いたような気がする。
そして ぼそっと言った。
「ふくらはぎが熱いんだけど・・・看護師さんに言って」
熱発しているから?と 姪と顔を見合わせながら
看護室にコールすると ナースが来て
ふとんをめくって教えてくれた。
術後にエコノミー症候群にならないように ふくらはぎを
温めているとのこと 血流をよくするように。

義姉も それを聞いて安心したらしく
「もう帰っていいよ」と言ったので 
姪は 「じゃあ 明日来るよ」と告げた。
わたしは 「あとでくるね」とだけ。
今度の日曜ぐらいなら 少し落ち着くだろうから
そのころに来ようとこころに決めていた。

駐車場に向かいながら 
姪が 「腎臓見た時 これは脂肪って 先生が言ったでしょ。
あの黄色い部分・・・あれ見たら ああ わたし
本気でダイエットしようって思っちゃった。
あんなのがわたしのお腹にあるのいやだぁ」と
真面目な顔をしていうので 思わず笑ってしまいました。
彼女は スラッとして太ってもいないのだれど
「お腹周りにお肉あるよ」と ポンと腹をたたいていた。
そんな話ができるぐらいに ほっとしたのでしょう。
手術が無事に成功して 母親の声をきけたのだから。

     🍃

翌日 姪からのラインには
「昨日はお世話になりました。
今日は昨日の帰り際とは全然違う様子で
だいぶしっかりしてました。明日は歩けるらしいです。
熱は39度まで上がったけど 今は37度に下がってます。
来てくれるのは できたら日曜日位がいいなあと言ってました」
とあります。
ほら やっぱり 見込み通り。
日曜日に見舞うことにしよう。 

    🍃

無事を祈って待った時間は 長くもあり 短くもあり

とりあえず 願いはかなえられて・・・
待った甲斐がありました

         おり~ぶ


(お知らせ)
   本日は 帰宅が深夜になりますので コメント欄を閉じております。
   ご理解下さいませ m(__)m
 

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昨日は 学生相談室の仕事で
久しぶりに 若~い人たちに会いました。
まだ10代の新入生 20名

グループカウンセリングの日だったのです。
ちょっとしたゲームも取り入れた 出会いのワーク
わいわい がやがや 楽しかったぁ。
彼らが かわいくて かわいくて・・・

初々しくて 元気で それで まだ学校生活や
友達関係になれていないから ちょっとシャイで・・・
でも ワークをやる中で 徐々にこころがほぐれて
いい笑顔になってくる。

40分ほどのかかわりだったのですが
キラキラしている彼らから
何だかいっぱい パワーをもらってしまって
帰途の車中でも クールダウンできず
好きな音楽かけて 大きな声で歌ってしまうほど。

帰宅してすぐ 入浴タイム・・・
これまた 興奮冷めやらず ついに
お風呂でも歌ってしまったの。
もちろん 歌おうと思って湯船に入ったわけでは
ないから 歌う曲は決めてなかった。

ふと 口をついて出たのは・・・
ユーミンの曲

曲名は 「あの日に帰りたい」
20代に流行っていたのです。
カラオケで歌ったのは 就職してからだったわ。
これは 当時のわたしの18番 (^_-)-☆
前奏のメロディーから スタートよ。

泣きながら ちぎった写真を 手のひらに つなげてみるの 
悩みなき きのうのほほえみ わけもなく にくらしいのよ
青春の後ろ姿を 人は皆忘れてしまう
あの頃のわたしに戻って あなたに 会いたい~🎵


そらで覚えてました!!2番も ばっちりです。

「あの日に帰りたい」だなんて・・・
青春真っただ中の 彼らに会ったから
わたしのなかの ピュアなハートが 刺激されたかな。

次に歌ってみたのは
「やさしさに包まれたなら」

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても 奇蹟は起こるよ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ


この曲も 覚えてた 2番もOK🎵

「ルージュの伝言」や「陰りゆく部屋」も歌おうと思ったけど
これは ところどころしか 覚えていませんでした。

お風呂の中で歌っているから 声が響くでしょ。
エコーがかかって 上手にきこえるから いい気分です。
ちなみに わたしの家のお風呂側には 家がありません。
道路を隔てて 空き地が広がっているから
隣家を気にする必要がないのです。

それに 強風が吹いて ごうごうと風の音がしていたから
わたしの歌声がもれても かき消されるでしょう。
安心して 誰もきいていない ひとりコンサート・・・
カーテンコールはないけれど 2曲を何回もリピートよ。
そのうち お湯が冷めてきてしまったので
ふだんはやらない 追い炊きまでしちゃった。

おまけに 夕食が済んでからは
Youtubeで また ユーミンの曲を聴きまくり
昔の歌声 最近の歌声 堪能しました。

ユーミンは1954年生まれ
わたしは1955年だから ひとつ違いよ。
わたしが ユーミンの曲を知ったのは
いわゆるユーミンの第一次ブーム時代。
その後の曲は さびの部分ぐらいしか歌えません。
さらに 後の曲は 聴いたことあるなあぐらいの感じ。
最近では 2011年の「春よ 来い」
これは 何度も聴きました。
震災後の被災地支援チャリティーの曲 素晴らしいです🎵

思えば ユーミンは ず~っと活躍中。
ドラマの主題歌やCMソングもたくさん作っているんですね。
昨夜は ユーミンの歴史や映像などを辿って
ほんの少しだけ 彼女の生き方に思いを馳せました。
わたしにとっては
とても華やかな 遠い世界に生きるひとだけれど
時には こころの近くにぐっと引き寄せて
しみじみ想ってみてもいいかしら。
同世代の女性として・・同じ時代に青春を生きた仲間として・・・

   🍃

なんだか ユーミンの話になっちゃいましたが
今日 書きたかったのは
ユーミンのこと・・・と いうわけではなかったわ。

    🍃

そう こういうことが書きたかったんです。

わたしの 青春の思いは
今もこころの奥にしまってあって
それは決して 色あせてなんかいない。

「あの日に帰りたい」の2番の歌詞にある
光る風 草の波間を
かけぬけるわたしが見える 
という部分・・・
キラキラとした光や風の中を
青々としたこころで フレッシュに駆け抜けたわたしを 
今だって 忘れてはいません。

大人になっても 奇蹟は起こると思っているし
優しい気もちで わたし自身を包んで
目に写るすべてのことがメッセージという感覚も
まだまだ味わえます。

「あの日に帰りたい」を お風呂で熱唱したけれど
あの日に帰りたいわけではありません。

ただ・・・
あの日の思い あの日のわたしのように
こころは いつでも青春!!

まあ 身体はどんどん老いて 枯れていくから
せめて こころぐらいは 瑞々しくありたいの。
心身一如ですから こころがそうなれば
お肌にも 少しはハリが出るかしら (^_-)-☆

ということで
若いひと達からの 青春ビームを受けて
若い気 起こしちゃってる わたしです


       おり~ぶ



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昨日は 長兄の月命日なので 義姉の家へ。
お仏壇に手を合わせ いろいろな話をしてきました。

実は 彼女
今週入院して 手術をすることになっています。
どんな手術かというと 右腎臓摘出手術・・・

2年前には 腎臓結石で 結石破砕手術を受けています。
どうも 体質的に 石ができやすいみたい・・・
この時は 内視鏡による手術でした。
その 手術自体は成功して その後 石が動くことによる
痛みも出なかったのですが・・・
術前の精密検査で 右側の腎臓が機能していないことが
わかったのです。
医師によると おそらく 片側だけが働いていたのでは
ないかということでした。
腎臓はひとつだけでも機能していればまずはOKなので
そのまま 放っておいてもいいのでしょうが
医師と義姉との相談で 結局摘出することになりました。

決心するまでは 少し迷ったみたい。
「〇〇ちゃんなら どうする?」と一度だけ聞かれました。
「先生との話し合いで本当に納得できて その方がいいなと
思ったとしたら わたしも手術するかもしれない」と答えました。
医師との相談の場にはいなかったので
詳しいことはわからない。
でも 本人が納得するということが 最も重要なこと・・・

そして 義姉は 子ども達やきょうだいにも相談して
自身が納得して 手術に臨むことになったのです。

前回の腎臓結石破砕手術の時は 下半身麻酔でしたが
今回は 全身麻酔になります。
先日 麻酔医からの説明も受けて 不安に思っている様子。
「聞けば聞くほど いろんなことが心配になっちゃう。
そんなに詳しい事 聞かない方がいいぐらい。
わたし この家に戻ってこれるのかしら」
と 心配そうな顔で話します。

彼女が手術というものを体験するのは 初めてではない。
前述したように 2年前にはもちろん・・・
そのず~っと前 18年前 長兄とお別れした3か月後に
子宮筋腫摘出手術もしているんです 48歳の時・・・
長い間 経過観察中だったのが 貧血もひどくなってしまい
ついに 手術に踏み切った。
義姉は その時のことを振り返って
「あの手術の時は こんなに怖くなかったような気がする。
もし 手術が失敗して
万が一死んでしまうようなことがあってもそれでいいや。
お父さんのところに行けるんだからって思ってた」と・・・

わたしは 当時の彼女の思いが 自分のことのように迫ってきて
胸が熱くなった。
わたしだって 夫とお別れした時 そんなふうに思ったことが
ある・・・

「そうだったのね・・・ それで 今回は どんな感じ?」
と わたしがきくと
「うん あの時とは違うよ。何だか とっても怖いのよ。
だって 今は まだ死にたくない。
4人の孫たちの成長 見ていきたいじゃない。
せめて 80歳ぐらいまでは 元気でいたいよ」と快活に答える。
「でもね 手術が成功しても
この先 もし 片方の腎臓の働きが悪くなっちゃったら
人工透析 受けるようになるかもしれないでしょ。
それ考えたら また 心配になっちゃう」と 今度は暗い顔。

わたしは 「そこまで 考えたらきりがないわよ おねえさん。
そんな先のことは そうなったとき考えればいいんじゃない。
まずは 手術に備えること。
いろんな準備OKでしょうけど」と言いました。

几帳面な彼女 すべて万全に用意してあるはず。
「うん 大丈夫よ 持ち物は準備完了。
昨日は 箪笥の中片づけた それと うちの中きれいにしたよ。
帰って来たとき 乱雑だと嫌だから。
あっ それと 先生が風邪をひかないようにって言ったのよ。
やっぱり 身体がいいコンデションじゃないとね。
だからあったかくして ちゃんと食べて よく眠るようにしてる」
と さすが おねえさん。

そんなやりとりをしながら・・・わたしは
バッグからごそごそと取り出して 彼女に
渡したものがあるのです。
それは お守り・・・

DSC_0582.jpg

水戸八幡宮の 「勝守」

「あっ 前の手術の時ももらったね ありがとう!!
前のもまだ 持ってるわよ」というので
「お守りって 一年位で効力消えるみたいよ。
だから 新しいのを用意してきたの」とわたし。

一年でご利益なくなるかどうかは 根拠なき話なんだけど
八幡さまにお詣りして 求めてまいりました このお守り・・・
実は 10数年前の乳がん手術時 わたしもこの「勝守」を
持参して入院したのです。
だから 義姉にも 持っていってほしかったの。
勝守 ご利益は抜群よ(^_-)-☆

     🍃

ということで 今週もいろんなことが ありまする。
実をいうと 勝守は・・・ ふたつ買いました。
ひとつは 義姉に。
もうひとつは わたしに。

ウォーキングとか 朗読のための発声練習とか
自分でやると決めておきながら
ついつい サボってしまう サボりのサボ子が
わたしの中に住み着いているので・・・
サボ子に 喝!! サボ子に勝つ!!
そのための 勝守
どうぞ わたしをお守りください

あなたにとっても 
大いなるものに守られた
よき一週間でありますように


       おり~ぶ



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