昨日のこと・・・
を 書こうかなと思っていたのです。
つい 先ほどまでは・・・

でも 急遽 変更して
今日は このことを書きます。

お気に入りのブログを探した日々・・・

このことを書こうとした きっかけは
今朝 ブログ村のマイページを見たことから。
マイページは よく見ますよ。
自分のインポイントやアウトポイントをチェックできるから。

そのページをみて ひとり反省会やってます(>_<)
応援の意味の IN が少ない時は 
ああ やっぱりね ちょっとひとりよがりの内容だったわ
とか 文章の詰めが甘いのよ とか いろいろね。
書きたいことを書きたいように書いているといっても
やっぱり 読んで頂くことが前提だから その辺りは
真面目に取り組んでいます(^_-)-☆

そうそう それでね
マイページに お気に入りでフォローしてくれている人数が
出るとこ あるでしょう。
そこに 何と 8人とあったんです。

確か前は 3人だったのに 8人ですよ!!
わたしは すご~くうれしくなったの 跳び上がらんばかりに。
その欄は いつもは ほとんど気にはしていません。
たまたま 目に飛び込んできただけです。
いつから 8人になったのか わからない。
数か月前が 3人だったのです。

このブログをお気に入りに入れてくださっている方が
8人もいらっしゃる。
8人は 一般的にはすごく少ない数字なのでしょうけど
わたしにとっては そんなに~!!というほど多いの。

というのは 実はわたしも 
お気に入りでフォローしているブログがあって 
それは マイページの中のその欄に 表示されています。
相手の方には わからないんですよね。
わたしと同じように 人数だけわかる仕組み。
わたしが フォローしているのは 6人。
わたしにとっては 選りすぐり!?の6人です。

ふだんコメントを頂いている方は 
IEのお気に入りやデスクトップに置いてあるので
マイページの フォロー欄で確認するのは 
それ以外のブログ 異なるカテゴリーの方がほとんどです。
更新するたびに タイトルが示されるから 
その欄から入って 読んで 
こっそり 応援ポチして 戻ってきてます。
同じカテゴリーの方なら すぐ訪問できるから 
あえて お気に入りにはいれておかないの。

とにかく わたしがフォローしている6人より多い 
8人という数に びっくりしたり 喜んだり。
もしかして コメントを下さっている方も入って 
8人かもしれないけれど それでも 8人という数は 
わたしには 思いがけない今朝のプレゼントです♪

     🍃

ところで・・・(前置きが長くなって すみません)
お気に入りといえば・・・ 
お気に入りブログを 探した日々がありました。
わたしがブログを書き始めたのは 昨年からなので
お気に入りを求めて Webをさまよったのは
昔 昔 その昔・・・

わたしとブログとの最初の出会いは 2001年です。
乳がんになった時 藁をもすがる思いで 
初めて ブログの世界に 足を踏み入れました 読者として。
この時は 同じ病を抱えた方の闘病記を 
くまなく読ませて頂いた。
たくさんの知識や情報 そして 生きる勇気を頂きました。

     🍃

二つめの出会いは 2003~4年 
心理の資格取得の受験に向けて
これまた 必死の思いで 辿り着いたのが 
〇〇〇の勉強部屋というブログ。
その資格をとった方が書いている記事にかじりついた。
資格取得に向けた勉強法 過去問の解説 面接試験攻略法など 
本当にお世話になりました。
わたしは その受験に 一度は不合格(>_<)
やっと二度目で 合格できた時は 
初めて コメントを入れました。
もちろん 感謝の気もちを伝えたかったの。

先ほど 検索したら そのブログ まだ ありました!!
今も 多くのひとを 励まし 応援し続けていらっしゃることに
本当に敬服しています。

     🍃

そして 三つめの 出会いは・・・
タイトルにあるように
お気に入りのブログを探した日々の中での出会い。

長年勤めた仕事を辞めたあと 
現在の職種を志して始まった学生生活を卒業して 
まずは無資格で務め 
さらに有資格者として働きだしてからも 
今 思うと わたしは ず~っと寂しかった。
ちなみに 乳がんは 学生生活修了の年に
わたしを襲った病です。
そのことも わたしの孤独感や喪失感を
助長したと思います。

でも 受験や仕事やらで その孤独感は紛れていました。
その頃は 友達と遊びにいくなどという 時間やお金も
そして こころのゆとりも ありませんでした。
だから 今ほどには 友達との時間を過ごしていません。

いつも 母と どこかへ行ったりはしてました。
母となら 日程の調整など必要ないし 
いろいろ気兼ねすることもないですから。
そのころは 母が友達だった。
晩年 母が 「いろんなとこに連れてってもらったね。ありがと」
と お礼を言ってくれたけど
実は わたし 本当は ず~とずっと淋しかったの。
母がいてくれても それで埋められる 孤独感とはまた違う孤独。

その頃ね Webで 頻繁にブログを探したのは。
わたしのような ひとりものは 
どんなふうに暮らしているんだろう。 
みんな どうやって生きているんだろうと思ったの。
キーワードは 「ひとり暮らし 女性 シニア 未亡人」など。
そしたら いかがわしいサイトが いっぱい出てきましたよ。
たぶん 「未亡人」にヒットしちゃったの。
出会い系のサイトやブログ 
ちょっとエロチックな内容の言葉が出てきて 
あらあら そんなんじゃないのよっていう感じ。
未亡人て こんなくくりになっちゃうのと ショックでした(@_@。
もちろん そこには行きませんでしたよ 間違っても。

でも 真っ当な!!ブログに 出会うことができました。
シニアでおひとり暮らしをしている方 
50代ぐらいの はつらつおひとりさまで行動している方など 
時々 読ませて頂きました。
読んでいて 自分の感性にあっているなぁ 
このひとの生き方素敵だなあと思うブログを
IEのお気に入りに入れて 楽しませて頂きました。
ブログ村にも たびたび訪問させて頂いたわ。
ちなみに その時出会った ブログ・・・ 
今もブログ村にいらっしゃるんです うれしいね♪

その後は 2012年~
母が 我が家に来て 一緒に暮らすようになったりして
暮らしのリズムが変わり 
ブログを見ることもほとんどなくなりました。
仕事と母との時間に多くの時間をさくようになりましたから。
わたしの寂しさも 小休止というところでした。
数十年ぶりに 老いた母と暮らすのですから
ほんの少しの戸惑いと大変さはあったものの 
それ以上に ふたりで居るという楽しさを受け取って 
わたしは それまでよりは 意気揚々と暮らしました。

そして 2013年 その母とお別れして
わたしに 再び 孤独な時間がやってきた。
でも その時の孤独感は それまでとは 少々違っていました。

ブログの ごあいさつの記事にも書きましたが
「気がつけば 本当にひとり」になったのだと思ったら
妙にこころが軽くなったんです。
ひとりじゃなく 誰かがいてくれたらなぁという 
ないものねだりのわたしの寂しさは 吹っ飛んでしまった。
まあ それで わたしの寂しさが
全く なくなったわけではありません。
それは 生きてる限り 感じるもの 自然な感情だからね。
でも もう 孤独とお友達でいいよ 
ちゃんと 孤独していくもんと開き直っちゃったの。

そうしたら 
わたしらしく生きていくぞと勇気百倍になってきて・・・

    🍃

2016年 四度目のブログとの出会い・・・
ブログを読むだけじゃなくて 
記事を書くひとになったという次第です。


わたしが ずっとお気に入りブログを探していたように
どなたかも お気に入りブログを探していて 
見つけてくれたのが わたしのブログだったとしたら・・・
なんてうれしいことでしょう。
そんなことを想像しながら こうして 記事を書いています。

これから 出会うかもしれない
まだ 見ぬ あなた

あなたは どこに いらっしゃいますか?

わたしは ここにおります。
日本ブログ村 4989番地 (^_-)-☆
(前にも書きました。いろいろと四苦八苦
4989だからね)

どうぞ 探し当てて いらしてくださいね。

いつでも ここでお待ちしています💛

          おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

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まず 昨日のことから・・・
友達と 東京・神楽坂を散策して
楽しいひとときを過ごしましたが
往く時も 帰る時も 事故のため 
常磐線が遅延 遅延 チェッという感じ(>_<)
遅れて行って 遅れて帰ってきて 少々疲れました。

でも 疲れて電車に乗っているわたしが
ほっとした瞬間があるのです。
今日のお話は ここから・・・

voice.jpg

そう VOICE は 声・・・
ある声に癒された わたしです。

それは JR職員さんの アナウンスの声です。
特に 復路の 男性の声が素敵でした。
「本日は 列車が遅れまして 誠に申し訳ございません」
「事故のため 前の電車が 停車しておりますので
 その電車が動き次第 出発いたします。
 もうしばらく お待ちください」など
何度も 何度も 放送があったのですが ちっとも
うるさく感じなかったんです。

それどころか 聞きほれてしまったの。
だって 知的でさわやか 
ちょっと甘い 柔らかな声だったんです。
おそらく 20代後半か 30代の男性職員と思うのですが
これは 本当のところは わかりません。
声に年齢の出るひともいれば 声だけ若い人もいますもの。
実際にその職員のお顔を見ないで 
想像しているだけの方が いいかもしれませんね。

電車の中の声に関していうと 
もうひとつ 聞き耳を立ててしまった声もあります。
斜め後ろの座席に座っていた女性達の話す声・・・
とりあえず Aさん Bさんとしますね。
お互いの趣味のことを話しているらしいのですが 
ごく若い人ではなさそうです。
話の内容からすると ふたりとも 
60代後半~70代ぐらいの人という印象です。

そのAさんの声が とても若々しい感じだったの。
はぎれよく 明るく しかも 澄んだ声・・・
どうして そう感じたかというと Bさんの声が 
とてもしゃがれているように聞こえたからだと思います。
ひとことでいうと・・・老けてる(>_<) 
ひとりひとりの声を 同時に聞かなければ 
それほど感じなかったかもしれないけど 
ふたりの会話を聞いていると どうしても 比較してしまう。

わたしは 彼女たちの姿を見たくなってしまって
何気なく 窓外を見るようなふりをして 
斜め後方を ちらっと見たの。
そしたら 
ふたりとも まあまあ素敵な雰囲気のシニアの方々でした。
どちらがAさんかBさんかわからないほど 
見た目の一瞬の印象に それほど違いはないけど・・・

どことなく くたびれた表情のひと
ちょっと年上のように見えたひとが Bさんだったのかなぁ。
でも パッと見ただけだから よくはわからない。
よ~く見たとしたら 顔つきや表情の違いなどから さらに
その人となりの違いの一端を 見られたかもしれないわ。

ふと 声も老化するわよね・・・と思いました。
Aさん Bさんは 外見の印象に 
それほど大きな違いはなかったけれど
声だけに視点を当てると
明らかに Bさんの声は 
年齢以上に 年齢を感じさせたような気がします。
まあ ひと様のことを こんなふうに書いていては失礼ですね。
Bさん 喉の調子がよくなかっただけかもしれません。
でもBさんの声は 
もしかしたら わたしの将来の声かもしれないから 気になった。
とても 危機感を感じたの 声の老化ということに。

肉体は 日々老化していくのだから 声だって 同じでしょうね。
自分でも 気づいてます。
若い頃のような 高いきゃぴきゃぴしたような声 
少しずつ 出なくなっていますから。
わたしは もともとは 低音の魅力というのではなく
ふだんの声は 比較的 トーンの高い声なの。
テンション高い時は どこから出るの?というぐらい
声が高くなることもありました。
ありましたと過去形なのは 
今は それほど出なくなっているからです。

あら やだ 声も老けるのねぇ (>_<)
確実に 着実に おばあちゃん声になっていく・・・
それは それで 成熟の魅力だけど
できるなら 若々しい声で 話したいなあ。


    🍃

声を出すのに重要な部位は 声帯・・・
いろいろ 調べてみたら
年齢とともに 老化するそうですよ 本当に。
・ 高い声が出にくくなる
・ かすれる 低くなる 大きい声が出にくくなる

50歳ぐらいから 老化のスピードが速まるらしい。
足腰の老化と同じですね。
声帯は 声を作る部分の筋肉だから
身体の筋肉の衰えとともに 声帯も確実に衰える・・・

さらに高齢になってくると
声帯のすきまから 
気管や肺に食べ物などが入りやすくなるんでしょ。 
それが 誤嚥 (>_<)
ご縁じゃなくて 誤嚥・・・ 縁を結びたくない ごえんです。

そういえば わたし このごろ 
食事中 ちょっとしたはずみで むせたりしています。
つまり 飲み込みづらくなっているということ?
以前は こんなこと なかったような気がします。
これも 老化ですよね はや 62歳にして このありさま。
歳をとるということは・・・トホホ トホホの連続だ~。

むむむ このままではいけないわ。

ず~っと 若々しい声で 話したい 冒頭のAさんのように。
声だけ!?でも 美人と言われた~い(^_-)-☆
食べる時 むせないで 涼しい顔で もぐもぐした~い。

    🍃

そのためには こんなこと こころがけようかな。
  (備忘録)
●声帯を鍛える。 
これは大きい声や様々な音程を出すことがいいらしい。
趣味の朗読のレベルを上げるためにも これは必要。
●酒 たばこは要注意。
喉に刺激的すぎるのかな たばこは吸っていないからOK 
お酒もちょびっとだから まあOK。
●冷えを防ぐ。
う~ん これは 冬はいろいろと首に巻いているけれど 
夏場は ちょっと油断していたから 
冷房時は 薄い夏物のスカーフなど巻きましょう。
自分なりのボイストレーニング中は 常温の水を飲みながら。
保湿のため と 冷水で声帯を冷やさないために。
●保湿といえば 寝ている時 口をぽかんと開けないで 鼻呼吸。
これは 工夫しています。
起床時 喉がからからになることは 全くなくなりました。
以前 記事に書きましたので ご興味のある方や
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
鼻呼吸しましょ 眠る時の必需品

●声帯も鍛え 飲み込む・嚥下の力を保持するのには・・・
母がやっていた お口の体操 やろうかしら。
母と暮らしていた頃は 食事の前に必ず 一緒にやっていたの。
パタカラ パタカラ パタカラ パタカラ
母がディサービスで 教わった方法です。
パタカラと発声すると 口の中や舌がよく動くようになるらしい。

と まあ
こんなことを 意識しながら 声の老化を防ぎたいです。
いつまでも 若々しい声と 気もちでいられるように。

   🍃

そこで 今朝は 早速
「パラ ピリ プル ペレ ポロ」
「マラ ミリ ムル メレ モロ」と 早口で
発声しつつ ウォーキングしてきたら 疲れたぁ(>_<)

何をやるのも やりすぎない。
過ぎたるは 及ばざるがごとし。
声帯の強化も やりすぎると老化を速めるそうですから
ほどほどに。

朝歩きをして 家に着いたら・・・
母の形見のバラが 咲いています。

DSC_0710_201705221025081c4.jpg

パタカラ パタカラ オタカラ

父と母にもらった この身体 この声帯
この 声 ・・・
大切に ケアしていきます💛


          おり~ぶ




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追憶のひと・・・

あるひとを思い出しております。

土曜日の午後6時5分からの NHKの番組
「みをつくし料理帖」というドラマ ご存じですか?
わたしは 今は ほとんどTVドラマを観ていないのですが
これだけはと思い 観ています。

というのは このドラマの原作である
「みをつくし料理帖」という物語に 思い出があるから。

みをつくし料理帖(全10巻)+みをつくし献立帖(1巻) (ハルキ文庫 た  時代小説文庫)

「みをつくし料理帖」  高田郁氏の作品です。
あるひとに会うまで この時代小説を全く知りませんでした。
作品名はもちろん 作家の名前も。

でも ある時 この本のことを教えて下さったひとがいたのです。
その方を Aさんといたします。
Aさんとは 勤務先で お会いしました。

    🍃

わたしは 病院に 心理職として勤務しているのですが
仕事の中で 多くの患者さんやご家族とお会いしてきました。
そのみなさんから 実に多くのことを学ばせて頂いている。
Aさんは その患者さんのおひとりでした。

あの時から もう3~4年経つでしょうか。

心理職としての守秘義務がありますので 
詳しいことを書くことはできませんが 
「みをつくし料理帖」のドラマを放送することがわかってから 
あらためて Aさんのことを思い出さない日がなかったほど 
彼のことが 脳裏によみがえってきました。
それぐらい 
彼との出会いが 印象に残っているからです。

彼は 60代 癌の末期の患者さんでした。
奥さまと死別されていて ひとり暮らしのまま 
ずっと在宅で 闘病を続けていました。 
いよいよ最期の時を病院でと 入院されたのです。

窓辺の花

初めてお会いした時から いろいろなことを率直に話されたAさん。
従事していた仕事のこと 発病からの経緯や在宅での闘病の様子 
お子さんのことなど 様々な事を話してくださった。

病気になって失った多くのものに思いを馳せながらも 
病気になってこそ得られた愛おしい時間のことを
あれこれと語られたAさん・・・
もうすぐ人生の最期を迎えんとする時 
深い絶望感や孤独感の中におられたであろう Aさん。

でも Aさんには ある希望があったのです。
それは 死後の世界の存在・・・身体は消滅しても 
自分はあちらの世界でまた生きることができる 
その思いが 彼を支えていたといっても過言ではない。
繰り返し繰り返し そのことを語って下さった。
わたしも いつかAさんのように 
自分なりの死生観をもつことができるようになりたい 
そんなふうにも思いながら お話を傾聴しました。

時々痛みが出て苦しい時以外は 
Aさんはいつも笑顔で 看護スタッフと話をしていました。
話の内容が面白いから ついつい笑いの起こる病室・・・
緩和ケアを受けながら Aさんは 不安感はあったものの 
ご自分なりの死生観をもつことで 
死の恐怖に押しつぶされてしまうことなく 
日々 過ごされていたのです。
 
彼は 在宅時に観ていた映画や
読んでいた小説のことを教えてくれました。
その中には 彼の大好きなSF小説や政治小説 
さらに死後の世界に関する本もあり・・・そして 
先ほどの「みをつくし料理帖」があったのです。

わたしは 早速
「みをつくし料理帖」の文庫本を買って読みました。
Aさんを虜にしている時代小説は いったいどんなものなのか。
なんと それは 
一度読んでみたら 次が読みたくなるような素敵な物語でした。

澪さんという料理人と周囲の人達との人情話。
料理もたくさん出てきて 料理好きにも面白いお話です。
読後は 時々切ない涙は出るものの こころほんわかします。

Aさんは 在宅時 その本に出てくる料理を
いくつか作ってみたと言っていました。
巻末にレシピが載っているんです。

     🍃

そのように 
痛みが緩和され お元気にしていたAさんにも 
最期の時がやってくる・・・ あまりに無念なことではあるけれど
・・・彼は 旅立っていかれました。

Aさんの最期の時 わたしは お会いすることができなかった。
日曜日に亡くなられたからです。
月曜日に出勤して そのことを聞いた時は まさかと思いました。
だいぶ弱られてはいたけれど 
その日も Aさんのお顔をみることができると思っていた・・・
状態が急変して 亡くなられたのです。

Aさんは 駆けつけたお子さん達に見守られて
本当に安らかに 息を引き取られたそうです。

Aさんのいらっしゃらない空いた病室に入ったわたしは 
涙があふれました。
彼とかかわらせて頂いた 数週間のことが甦り 
お別れの寂しさと 感謝のこころでいっぱいになったのです。

わたしは Aさんとの出会いの中で 
いろいろなことを学ばせて頂きました。

生と死 どのように生きて どのようにこの生を閉じていくのか
そのような大きな課題について 
自分自身のいのちと生き方に向き合う時間を 
Aさんは わたしに下さったのです。

   🍃

Aさんの生命は 終焉を迎え
肉体は もろくも消えてしまったけれど 
彼がこの世に存在した意味 
彼が大事にしていた価値観 すなわち いのちは 
ご家族や周りのひとに引き継がれ つながっていく。
Aさんの生命は人生を全うされたが 
彼のいのちは 無限に生きて つながっていく。
生命のつながりは切れても いのちのつながりは切れない。
Aさんのように 死後の世界を信じるひとにとっては
いのちはつながっている。
それは 再会という希望をもたらすのです。

わたしが 今こうして 
Aさんのことを書かせて頂いていることも
いのちをつなぐことになるのかもしれません。

Aさんは 生命を終えたひと
そして 
わたしもやがて 生命を終えるひと
それは 間違いありません。

わたしの「いのち」も また 誰かにつながる「いのち」だとしたら
生きること そして 生命を終えること
そのこと自体が とても意味のあることのような気がします。
「生命」は有限だけれど 
「いのち」は無限につながっていくのではないかと思うから。

追憶のひと それは Aさん
今 あらためて
感謝の気もちで 胸がいっぱいになる。

Aさん ありがとうございます。

あなたのいのちは 
つながっていきます💛



           おり~ぶ



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今日の話題は 笑いについて・・・

笑う 雲

まずは 先日のTVニュースで 報道していたことから。

大阪国際がんセンターが 吉本興業などと連携して
「笑い」による免疫力の向上や
がん細胞に与える影響などの研究を始めたというもの。
有名どころの落語家さんのお噺をきく
患者さんたちの映像が流されていました。

笑顔 笑顔 ガハハ ワハハ ハ~ ホ~ アハハ♪

実証研究なので 笑いの体験をした人と しない人とで 
免疫力がどう違ってくるのかを調べるみたい。
でも 4か月しかやらないというので それでわかるの?と
ちょこっと思いました。
まあ やらないよりは やったほうがいいか(^_-)-☆

笑いといえば 「日本笑い学会」なるものもあるほど 
結構アカデミックな研究の対象で 笑いと免疫力の研究は 
すでに行われています。 
笑うと免疫力がアップする これはよくいわれていること。
大阪における研究で さらなるエビデンスが出てくるのか 
注目したいところではありますね。

それにしても お笑いと言えば 大阪・・・
大阪のお笑いと免疫力の関係というところは 
なかなか面白いなあと思います。

    🍃

笑いについては
以前 こんな記事を書いています。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
    👇
笑える映画で免疫力UP

笑うと免疫力がアップする!!
そう信じて わたしも 笑うようにしてるんです。
過去記事にあるように 
意識的に 笑う場面を作ってまで(^_-)-☆

乳がんサバイバーでもあるわたしとしては 
笑うことで 再発予防できるなら 
どんどん笑いますよ 笑っちゃいます いくらでも。
未だ サバイバルの途上ですからね。

でも どれくらい 笑ったら 効果があるんでしょうか?
研究するなら その辺のところ 明らかにしてくださ~い。

    🍃

笑いに関していえば 
笑いヨガというのも 一度だけやったことがあります。
近くの公民館で初体験。

リーダーのもと 大きな声で たくさん笑いながら 
身体も動かして・・・笑いの体操みたいな感じ。
笑う材料のないところで笑うから 初めは戸惑うけれど
グループのみんなで笑っていると 笑いが伝染して 
だんだん本当におかしく面白くなってくるから 不思議です。
初めは作り笑いで笑っていても 
最後には 本気で笑っちゃってます。

お腹から声出して笑うから 
身体がぽかぽかしてきてあったまる。
血の巡りがよくなるんでしょうね。
終わる頃には 気もちいい汗が出るほど。
身体にもこころにも いいだろうな それは実感しましたね。

でも そこに通って 笑いヨガを続けるまでにはならなった。
定期的に通うのは 時間的にいろいろと制約が出てくるから
その一回の体験で終了。

でも そこで あらためてわかったことがある。
笑うって 楽しい そして 楽しいから 笑うということ
・・・笑いが先か 楽しいが先か どっち?

    🍃

最近は
顔の口角をあげるだけで
脳に「わたしは幸せ」という信号が送られるという話もある。
脳内のセロトニンが増えることで 
こころが元気になるというようなことらしいです。
本当かどうかはチェックしていないけれど
鏡をみながら にぃ~っと
口角アップ アップ アップップ 美容にもいいかな(^_-)-☆
おまじないのように やってます。

おばあちゃんの笑顔

あら このイラスト ちょっとおばあちゃん過ぎない?
まっ いいか やがてこんなふうになりたいわね
こんな 笑顔に♪

   🍃

いずれにしましても・・・
病は気からというように 気もちのもち様ひとつで 
元気でいられたり しょげてしまったり 
とかく こころは 凸凹状態。

ちなみに
「人生に絶望すると 頸動脈に病変が起き 
脳卒中や心臓病を起こす危険がある」
というような研究結果(米国の研究)も数年前に出されています。

絶望・・・絶望的になっても
絶望はしなかったわね わたしは。
いつだって かすかな希望をもって生きてきた。
だから 今もこうして生きていられます。

でも ネガティブなマイナス感情は 
身体にも悪影響を及ぼすということだから
絶望の淵にまでは立たされたわたしのからだに
何らかの影響を及ぼしたのではないか。
それは 否定できませんね。

わたしの乳ガンは 夫との死別後 5年後位に発見されたの。
この病気は 比較的ゆっくり進行するけれど
その過程で 絶望的な思いが
病気に拍車をかけたかもしれないなと思ったりしたわけです。

だから それ以来
できるだけ 
ポジティブなプラスの感情をもって生きる方がいいと
思うようになりました。
そう 笑顔で 笑いながらね。
笑いとポジティブは ここで結びつくというわけです。

    🍃

これ以上 病気になりたくないし(といっても難しいけど)
これからも わたしは できるだけ 笑って生きていこう。

いろんなことがあって 辛い時 苦しいときこそ 笑う・・・
できるわけないようなことですが
とりあえず 口角をあげて 笑う顔を作ります(^_-)-☆

そう 辛い時 苦しいときこそ
にもかかわらず 笑う」のです。

にもかかわらず 笑う
これは 日本の緩和ケア・死生学の第一人者 
アルフォンス・デーケン氏の著書の中にある言葉
これもまた 
わたしにとっては パワーフレーズとなっています。

どんな時も 「にもかかわらず 笑う

にっこりほほえむ 
ひそやかな声で笑う 
大声で 腹のそこから笑う
仲間や友達とも笑う
ひとりでも笑う

辛い時 苦しいときこそ 笑うよ。

どんなことが 降りかかろうと その後は
にもかかわらず 笑います💛


        おり~ぶ



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昨日 Tちゃんからメールあり。
日曜日に会う約束をしている 高校からの友達です。

「21日は大丈夫?
忙しそうだし おば様の様子も読みましたが・・・」
という内容のメールです。
そう 彼女は わたしのブログを読んでくれているのです。
先日 記事で 
施設にいる叔母の身体の状態が心配だということを書いたので 
予定通りに会えるかどうか 心配してくれたというわけ。

わたしは 「当日にならないとわからない部分もあるけれど
今のところ落ち着いているから 大丈夫と思う」と返信しました。

このように Tちゃんは 記事を読むことで 
わたしの状況を 日々把握してくれている唯一のひとなのです。

というのは
実は このブログの存在を Tちゃんにしか教えていないの。
一年前の今頃 ブログを始めたばかりの時 
記事を書いているのがうれしくってうれしくって 
Tちゃんに会った時 つい ぽろっと話しちゃったんです。

Tちゃんだから 話したんですけどね。
このブログ内にあるプロフィールの写真は 
彼女が作ってプレゼントしてくれたものなの。
数年前の羊年に頂いた 布製の置物なんです。
わたし 羊年生まれだし
大好きなTちゃんが作ってくれたものだから 
迷わず 写真にとって おり~ぶの写真として載せたの。

だから 
その写真を見せたくて 彼女にブログのこと話したんです。
その頃は 拍手マークを置いていたので
「読んだら 拍手のとこ ポチっとしてね」と
ちゃっかりお願いしてました(^_-)-☆

Tちゃんは それ以来 ず~っと 読者でいてくれてるんです。
だって 冒頭のメールが その証拠です。
彼女と出かけた時の事 記事に数回 書いています。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
  👇
同じ時間を共有する

わたしが ブログのことを伝えているのは 彼女だけ。

他の友人や知人には これからも伝えないと思います。
それは なぜかというと・・・
知らせてしまうと 
自由なこころで書けなくなる恐れを感じているからです。
例えば・・・ちょっと 極端な話ですが
わたしのブログを見ている友人のお家で 
もし 万が一ご不幸があったような時
それを知りながら その一方で 
浮かれたような記事 書いていられません。

そんな状況で ブログなど読まないにしても 
あとで知った時 やっぱり 友達として
残念な気もちにさせてしまうのではないか。
そんなふうに考えると 
ブログのことを知らせた相手の数だけ
いろいろと気を使う必要が出てきてしまいます。

流行の言葉で言うと 「忖度」しなくてはいけなくなる。
そうすると 書きたいことを自由に書いている 
この楽しさが 半減してしまうような気がするの。
わたしの 大事な大事な 自己表現の場を 
自分なりにちゃんと守っていけたらと思って
だれかれには 知らせていないのです。
あくまでも わたしの場合は・・・

だから これからも リアルな友達で 
わたしのブログを読んでくれるのは 
Tちゃんだけということになります。
わたし 他の友達のことも記事にしているから
Tちゃんが 自分以外の友達のことを知って 
いろいろ気にしちゃうかなと思ったこともありました。
でも わたしのありのままだから 理解してもらいたい。
そのかわり 
わたしもTちゃんがおつき合いしている友達のこと
彼女からきいたりして 少しだけ共有してます。 
できるだけオープンな関係でいたいと思ってるの。

ということで リアルな読者は 彼女だけよ これからも。

でも・・・

こちらから知らせなくても 知られてしまう 
その可能性は十分にありますよ。
そもそも こうして公開しているのですから 
誰かにわかってしまうかもしれないというのが前提です。
それが嫌なら パスワードを使って 知っている人しか
見られないようにする方法もあり。
ブログの目的が 家族に近況を知らせるとか 
特定の人とのやり取りとかなら 非公開もありですよね。
でも わたしの場合は 
記事を みなさんに読んで頂きたいという思いで
投稿しているので 非公開では無意味です。

住んでいるところの県名や市名も明かしているし 
職種のことなども ちらっと書いていたりするので 
ブログに興味のある60代の知人だったら 
このブログ 見つかる確率 高いかも。
実際に お近くに住んでいらっしゃるという未知の方から 
コメントを頂いたりして 感激してますもの。

まあ 匿名ゆえのメリットもデメリットも想定しながら 
緊張感をもって 投稿するようにはしているつもり。

心がけているのは
・記事の登場人物をおとしめるような内容を書いたり 
 そういった表現をしないこと。
 万が一 その登場人物が 記事を読んだと仮定して 
 気分を害するようなことを書いたり そういった表現をしない。
・一般的な意味で 読んだ方が
 不快になるようなことを書かないこと
 (快不快には 個人差があるので そこはご容赦を)
・日記ブログだから 日常の暮らしや思いを書くけれど 
 引き算はしても 足し算はしないこと。 
 全部何もかも隠さずに書くわけじゃないから 引き算です。
 それほどまでには素っ裸になれない それは 自然な事。
 足し算というのは つまり ウソを書いたり 
 話を盛ったりしないということ。

このようなことを心がけてはおりますが・・・ 
散歩道であった変なおじさんが とても不気味で
すご~く嫌だったと書いちゃうこともあったし
楽しい記事を書いている時 気分がのってきて 
勢いあまって筆が進み 大げさすぎたわねと
反省することもありました。
なにとぞ お許しください。

     🍃

ところで
こんなふうに 書いてくると
Tちゃんからの小羊・・・羊のおり~ぶの写真は
記事を書くわたしが暴走しないように 
冷静に見つめてくれている わがブログの番人だわね。
そんなふうに 思えてきます。

そして その写真とともに 
リアル友達で唯一 記事を読んでくれているTちゃんも
わたしを見守り支えてくれている 重要な役どころかもしれない。
彼女が この記事を読んだら
「あら また わたしのこと書いてるわ。
恥ずかしいなあ 照れちゃうなあ。 
よっぽど書くことなかったのかしら?」なんて 思うかも。
Tちゃん ありがとね。
見守られてこそ ひとは 頑張ることができるのです。

そして このブログの 重要なVIP それは 
読んで下さる あなたです。

くもこブログ楽しい

こうして わたしが 自由に書きたいことを書く記事を
折にふれて 読んで下さる あなたの存在を思うと
こんなに うれしいことはありません。

通りすがりの方
時々 立ち寄って下さる方
そして
いつも いつも読んで下さる方
本当に 本当に ありがとうございます。

これからも
ブログでつながる
心地よく 幸せなご縁
どうぞ 結ばせてくださいね 💛



         おり~ぶ



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昨日の仕事帰りは 内科クリニックへ
再検査の結果を ききに行きました。
結果は・・・
医師からは 「尿の潜血反応はやはり+1だが 
細胞診は(-)なので 問題ないと思う。
体質的なこともあるかもしれない。
念のため 総合病院の泌尿器科で精密検査をしてもらうなら
紹介状を書きますよ」とのこと。
まずは 少しほっとしました。

3年前もこんな流れで 泌尿器科で腹部のエコーなどやったら
結果は 特に異常なしだったの。
でも その時 
腎臓に微細な砂のようなものがあるといわれていたので 
それがどうなっているか 知っておいたほうがいいかな。
そう 思って 結局 紹介状を書いて頂きました。

     🍃

と こんな調子で 
今日の記事を書こうと思っていたのですが・・・

新聞を開けたら 「きょうのヒトコト」欄に 
作家・エッセイスト阿川佐和子さんの結婚のコメントを発見。

急遽 記事の内容を変更しました。
タイトルは シニア世代の結婚と離婚・・・
少々 大げさな題になりました。

   🍃

まず 結婚・・・

阿川さんのコメントには
「くだらないことに笑い合って ときどき争いつつ 
穏やかに老後を過ごしていれば幸い」とあります。
このコメントの
「くだらないことに笑い合う」「ときどき争いつつ」というのが
とってもいいなあと思ったの。
これは 若~いひとには言えない言葉のような気がします。
酸いも甘いも様々に経験した
60代の彼女だから言えるフレーズ。

彼女は 初婚でしょうか?
結婚生活の実際は これまで経験していなくても
ひととして 作家として 多くのひとの生き様や夫婦のあり様を
たくさんたくさん 見てきているはず。
だから それほど面白くもないようなことに腹を抱えて笑ったり 
少しのことで口喧嘩などしてしまう そんなふたりの暮らしを
普通のこととして とらえているんじゃないでしょうか。

そこには 若くして結婚する時の
夢みるような思いとはまた別の 
しっかり地に足のついた結婚観のようなものを感じます。
結婚生活って 現実問題 きれいごとばかりじゃない部分
いっぱいありますよね。
でも 時々 些細な衝突をしながらも とどのつまり 
全般的には穏やかに過ごしていければ幸せです。
どうぞ どうぞ 小出しの喧嘩で さらに仲良くなりながら 
こころ豊かな時間を 紡いでください。

阿川さんは63歳 お相手の方は69歳。
これから 老いていく日々の時間を 
ふたりで共有しあっていける それはとても素敵なことだわ。
お互いへの責任も果たしていく 結婚という形を選んで 
新たなふたりの人生を歩んで行かれる・・・ 
阿川さんに おめでとうの拍手を送りたいです。

   🍃

次は 離婚・・・

これは 冒頭の内科クリニック受診から 思い出したお話。

クリニックのすぐそばに 処方薬局があるのですが
4~5年前 偶然 そこで 高校の同級生に会いました。
その彼女のこと・・・

風邪をひいて受診した時 薬が処方されたので その薬局へ。
薬剤師さんが 数名いるのですが 
その中のひとりに見覚えがあったのです。
高校1~2年生の時 同じクラスだったひと。
女子高だったので もちろん そのひとも 女性です。
特別な仲良しだったわけではありませんが 
わたしの中では 記憶にしっかり残っていました。

それというのも・・・
田舎の小さい中学校から進学したわたしにとっては 
「世の中にこんなにきれいな子がいるのね」と思わせるほど 
垢ぬけた 美しい顔立ちをしているひとだったから。
だから 彼女の名前も しっかりフルネームで覚えてました。

薬剤室で働いている姿を 待合室から見ているわたし。
高校のときのおもかげがあり 歳を経ても やはり美しく 
そのままの雰囲気で わたしの前にいるのです。
薬を渡してくれるひと 彼女ならいいなぁと思っていたら 
何と彼女が「△△さん」と わたしの名を呼んでくれたの。

わたしは もうドキドキして 彼女の前に立ちました。
そして 「〇〇さん」と おそるおそる
彼女のファーストネームを呼んだの。
すると 彼女は 「えっ!!」と驚いて あらためて 
わたしの顔をまじまじと見つめました。
覚えてる??・・・・

何と 覚えていてくれたんです。
「▲▲さん?」と わたしの旧姓を呼んでくれたの。
ちなみに わたしは 今も 夫の姓を名乗っているので 
処方箋に書かれた名前は その姓です。
お互いを確認しあってから 落ち着いて彼女の名札を見たら 
もちろん結婚後の姓ですよ。
ここから 彼女をAさんとしますね。

「ほんとにしばらくぶりね 40年は会っていなかったわね」
「うちの高校 同窓会とかやらないから
 会うチャンスもなかったね」
「最近 この薬局に異動になったの」
「わたし そこのクリニックに来るから また会うことあるね」
と言葉をかわしましたが 彼女は仕事中なわけで・・・
「また 風邪ひいたら 来るね」と言って 
その時は そのまま別れました。
連絡先を交換するほど 親しかったわけではないから
まあ それでよし。

そして およそ一年位経った時 また風邪で受診し
その薬局に行ったのです。
彼女Aさんは・・・いてくれました。
その日も 彼女が 薬を渡してくれたから 
ちょこっと 話をすることができました。

薬の袋を手にした彼女に 
「おひさしぶり 元気にしてた?」と聞いたのです。
そしたら 手の空いている左手の指先で 
Aさんは 自身の名札を指さしたの。

何のこと?と その名札をじいっと見たら・・・
彼女の名前が変わっていました Aさんから Bさんに!!
Bさんは 彼女の旧姓です。

わたしは 「え~っ」と驚いたけど 周りに他の人もいるから
声を潜めて 「どうしたの?」と聞きました。
どうしたの?と そこで 聞かれても 
Aさん いやBさんも 困るわね。

彼女は にっこりしながら
「だ・か・ら・・・こういうこと。離婚したの」と。

驚きのあまり わかりきったことを聞いてしまったわたしに
彼女は とても晴れやかな顔で こう言った。
「もうね 人生 すっきりしちゃったの。
生きてるって 自由って 
こんなに素晴らしいことだったんだわぁって思ってる。
ずっと我慢してきたから。
今は ひとりでせいせいと暮らしてるのよ。
たまに 孫が遊びにくるんだけどね」

もう その言葉だけで わたしには十分だった。
何があったかなんて 細々しく 知る必要ない。

あ~ そういうことだったのね。
還暦を迎える前の 離婚・・・
彼女は 意を決して
新たな自分の人生を生き始めたということなんだ。
Aさんから Bさんに戻って 生き生きとしている彼女を見て
わたしも 何だかうれしくなっちゃった。

何はともあれ 今が大事。
いろんなことを乗り超えて 自身の望んだ自由 
こころの自由をつかんだのだから 
もちろん彼女 Bさんにも拍手!!

あれ以来 風邪もひかないので 薬局にいく用事がない。
Bさん 相変わらず 伸び伸びと暮らしていることでしょう。

   🍃

ということで
シニア世代の 結婚と離婚・・・
長い人生には 思いもよらぬことが 
たくさんたくさん あるものですね。

結婚も 離婚も 当事者自身が 決める道だから 
ひとがとやかく言うことではないけれど いずれにしても 
人生の岐路に立った時 その道を決断したこと 
自らが納得して決めたという そのこと自体を讃えたい思いが 
わたしの中には ふつふつと湧きあがってくるのです。
 
一度きりしかない人生
他の誰のものでもない 自分の人生だから
納得いくように 生きていきたいじゃない 誰も 誰も。
だから  ビバ!! シニア世代の結婚  離婚
そして ビバ!!  現状維持 (^_-)-☆

    🍃

ところで わたしは・・・これから 結婚って ありえるの?
ふうむ それは ないでしょう。
だって 浮いたお話 全然ないですもの (>_<)

あるとすれば
大好きなボーカルグループのメンズたちに
こころをときめかせるぐらいが 関の山(^_-)-☆

何と言っても
今 最もエネルギーを注いでいる 愛の対象は
わたし自身ですからね
わたしは わたしといっしょ
この思いは 永遠ですよ。

すてきなひとりぼっち (^_-)-☆
この老い行く人生 
いのち果てる その時まで
わたしは 
わたしといっしょに生きていくわ
当たり前のことですが・・・💛


            おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
  本日は 諸事情により 
  コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m



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人は人 わたしは わたし・・・

まず このお話から・・・
一昨日だったか 一緒に退勤した若い同僚が話したこと。
彼女は30歳位かな。 
わたしとほぼ同年齢のお母さんのことをよく話してくれるの。

お母さんをAさん そのパート仲間さんをBさんとしますね。
Aさんには 娘さん(わたしの同僚)がひとり。 
早々とお婿さんが来てくれて お孫さんもひとりいる。
Aさん夫婦は それぞれパートで働きに出ているし 
若夫婦も お子さんを保育園に預けて働いて・・・
大きな家を建てて 住んでいるらしい。

Aさんのパート先には 同じような年齢のお仲間が数人いる。
その中のひとりがBさん。
Bさんは 日頃からAさんのことをかなりうらやましがっている。
それというのは Bさんにもお子さんがいるが まだ孫はいない。
そのお子さん夫婦と同居の有無などは不明です。
いつも Aさんに「あんたのとこはいいねぇ。婿さんも来てくれて
かわいい孫もいて・・・あんな立派な家を建てて・・・」と言って
うらやんでいるとのこと。

ある日 Aさん家族は 某所へ遊びにいったので 
そのお土産のお菓子を パートの職場に持っていき 
お仲間に配ったんだそうだ。
行った場所は いかにも ファミリーが遊びにいくようなところ。
そしたら ひとりだけ どうしても受け取らなかった人がいた。
それが Bさん。
お菓子を渡そうとしても 全く受け取らず
「わたしは いいから・・・要らないから」といって 
追いかけても 逃げてしまったという。
追いかけても逃げたというのは 少々大げさだけれど 
それぐらい頑として 受け取らなかったらしい。

そのことで Aさんは 気分を悪くして 
「孫を連れて仲良く遊んできたお土産だから
Bさんは 受け取らなかったんだ。 
そこまで自分をうらやんでるんだ ねたんでるんだ」と
思ったとのこと。

   *

Bさんが お菓子を受け取らなかった真意はわかりません。
Aさんが思った通りなのか そうでないか 誰にもわからない。
それに 「Bさんが妬んでいる」と感じたAさんの内に
何気に Bさんに対する優越意識が見え隠れします。
ふだんから AさんとBさんの間には 
微妙な対抗意識が潜んでいたんでしょうか。

お菓子を受け取らなかったということは 極端な行為だけれど
こういう話は まま あるように思います。

「隣の芝生はよく見える」という言葉もあるように 
人はどうしても他者と比較して 羨望したり 
あるいは 嫉妬したりするものです。
まあ それは 自然な感情でしょうね。
人との競争意識が 成長を促すということもあるから 
ほどほどに比較して そんなふうになりたいと憧れたりして 
目標にしてしまえれば それはそれでいい。

それにしても 自分より優れているなと感じる人と比較すると
気分は 落ち込みますよ。
たとえ 自分より劣っているなと感じる人と比較しても
優越感はつかのまで また 優れている人は現れます。

先ほどの話の場合は 
Bさんは「自分より多く持っている人」としてAさんをとらえて
いつもうらやんでいた・・・
うらやみ 嫉妬し続ける限り 気もちは晴れませんね。

わたしも 若い頃は 結構 人をうらやんだり 
嫉妬したりしましたねぇ。
嫉妬の感情は 最も醜い感情という偉人もいるぐらいで
嫉妬して地団駄ふんでいるような自分を 
ほんとうに醜い人間だと認識したこと ありましたよ。
この嫉妬心さえなければ 
わたしは清い人間だわなどと 思ったりもした・・・

でも そんな わたしも 今は
人を 極端にうらやんだり 妬んだり
嫉妬したりしなくなっています。
この歳になって
いろんなこと 諦めがつくようになったからでしょうか。
諦めとは「明らかにして 見ること・見極めること」という・・・
その本来の意味の諦めができるようになってきた・・・かな。

      🍃

人と比較する・・・これについては
以前 精神科医の水島広子氏が 
思春期のティーン向けの著書の中で書いていたことに
非常に共感したことがあります。

それは 横の比較をしないで 縦の比較をしなさいというもの。
「横の比較とは 他人との比較。
人と比べて得られる安心や満足などは本当に束の間である。
それよりは 自分を時間軸でみる縦の比較をせよ。
何かしら プラスの変化が見えてくる。
自分なりに努力してきた成果を
何かしら見つけることができるよ」というような内容です。
10代にこれを読んでいたら 
わたしもあれほど
嫉妬の炎を燃やさずに済んだかもしれないわ(^_-)-☆

確かに 横の比較じゃなく 
縦の比較を意識すると こころが軽くなりますよ。
これまでの人生 縦の比較でみたら 
自分なりに頑張ってきてるわ~と思いますもの。
それは 誰のものでもない わたしの人生の成果だから。

60代になると
人それぞれ もっているものの違いは 歴然ですよね。
さきほどのBさんが気にしていたかもしれない 孫の有無なども 
大きな違いかもしれません。
自分ではどうしようもないところでの 人との差にだけ
固執すると
とっても不幸な気もちになるような気がします。
比べようとしたら 何だって気になりますから。

例えば Bさんの視点で わたしを見たとしたら 
きっと彼女は 優越感を感じるかもしれませんね。
だって わたしは 孫どころか 夫はいない 子はいない
ひとりぼっちだからね。
どう願っても 変わらないところです。

わたしは AさんやBさんが もし身近にいたとしても
あんまり うらやまないと思います。
だって 人は人 わたしはわたしだから。
「わたしは すてきなひとりぼっちよ」と 
こころの中では胸をはってます ちょっぴり 強がりだけど。
ちなみに この「すてきなひとりぼっち」
詩人・谷川俊太郎さんの本の題名。
とても気に入っている わたしにとってのパワーフレーズです。

    🍃

このブログもね
ランキングに参加してますが これも 横の比較でみて
順位ばかりを気にしていると
モチベーション上がるどころか 下がります(>_<)
だって 上を見たら 限りなく遠い世界が広がっている。
でも 自分の時間軸の縦の比較でみると
昨日より多くの方が読んで下さった!!
応援ポチ 昨日より頂けたわ!!
というようなところに目がいくから
モチベーションがあがるし 小さな幸せ感 頂けます。
その ささやかな幸せが わたしの求めるところ♪

だから 
人と比較する横の比較よりは
自分だけの縦の比較の方が 自分を大切にしていける。
そんなふうに感じています。

昨日よりは 今日の自分
今日よりは 明日の自分

わたしは すてきなひとりぼっち
オンリーワン ワンの わたしです。

花々だって どっちがきれいなんて 
競い合っていないような気がします。
今朝のわが家の花々・・・

しゃくなげ

しゃくなげ

むらさきつゆくさ

つゆくさ

それぞれが 懸命に 自分の花を咲かせている
わたしには そんなふうに見えてます。

人は人 わたしは わたし


       ✐ おり~ぶ




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昨日のこと

毎週月曜日は 叔母の施設の訪問日。
叔母のことは これまでにも書いています。
4/18の記事

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あら 忘れちゃってた・・・遅くなってごめんね。

その記事から 約一か月になろうとしていますが
最近 彼女の身体の状態が 芳しくありません。

昨日は 訪問して 部屋に行き 顔を見るまで
ドキドキしっ放し(>_<)
どうしたかなあ・・・気になっていたんです。

     🍃

それというのも この一か月間 あいかわらず
月曜ごとに行っていたわけですが 
5/8の月曜日に訪問した時のこと。
叔母の部屋に入ろうとすると 看護師さんが呼ぶのです。
廊下で立ち話・・・
彼女からは 「だいぶ弱ってきていらっしゃるので 
食事の量を少し減らしています 水分はとって頂いてます。
むくみも出ているので お身体全体が
そろそろ危険な状態になりつつあるかもしれません」と。

確かに その日の叔母は いつもよりは生気のない表情で
目をつむっています。
最近 眠っていることも多くなってきていたし
嚥下の力も弱っていて よくむせるし 
声にも元気がなくなってきていました。
それに 食事も食堂でなく 部屋でとるようになったとのこと。
車いすに移乗するのも負担になってきているのです。

わたしは 看護師さんの言葉に 
それほど驚きはしませんでした。
やがて こういう日のくることは 覚悟はしていたつもり。

この日 叔母の名前を呼ぶと 「はい」と弱々しい返事。
目は開けませんでした。
それ以上 声をかけずに 洗面台をきれいにしていたら
スースーと寝息がします。
起こすのもかわいそうだわと思い そのまま 退室しました。

   *

実は 2015年2月 今から2年前 
わたしは 施設のスタッフと医師とで ある相談をしました。
その頃 叔母が腸閉塞になって 具合が悪くなったのです。
それこそ 命の危険な状態だった。

2週間ほど 病院に入院した時 医師に 
その他の臓器の異変もありそうだが 検査自体難しいから
様子をみましょうと告げられました。
要介護5の寝たきりで とても大変な検査に
耐えられる状態ではありませんでした。

とりあえず 腸閉塞の状態は落ち着いたので
また施設に戻ってきました。
スタッフから申し出があって
叔母の今後のことについて相談したのは
その時なのです。 

この施設は 看取りも行う特別養護老人ホームなので 
看取りに向けて 利用者や家族の意志の確認と
施設側の対応について 相互理解を図りたかったのでしょう。
毎週訪問して診察してくれている医師の説明をきいて
いろいろ話し合った結果 医師の指導を受けながら
看護師さんや介護スタッフが対応して 
自然な看取りをして頂く方向になったのです。

わたしと叔母の間では 死にまつわることはタブーでなく
いろいろと話題にしてきました。
彼女が 「もう はやく死んでしまいたい」と言ったり
「葬式は どうなるの?」とか「実家のお墓に入れるの」など
聞いてきたからです。

それは 
身体を起こすこともままならぬ彼女の 悲痛な叫びだった。
だからこそ あえて話題にしてきました。
死ぬこと そして 生きるということは 
何と大変なことかということを。
そういう話を 彼女はいやがらなかった・・・
むしろ 自分の中の不安や恐怖を表出することで
自分自身を保っていたような気がします。

彼女は 周囲の利用者さんが 
食事をとれなくなったことや亡くなったことなど
何度か 話してくれたことがあります。
「ごはんを食べられなくなったら もう長くはないらしいよ」
というので 「もし そうなったら ミツさんは どうするの? 
点滴する?管をいれて栄養入れたりもしたいの?」と聞いた。
「ううん そんなのはいいよ。それほどまでして 
長生きはもういいよ あたしは はやく 
おかあちゃんやおとうちゃん ねえちゃんのとこ 行きたいよ」
そんなやりとりをしながら いつか必ず来るだろうことへの
こころの準備を 叔母といっしょに 
わたし自身もしてきたように思います。
     
    *

でも この相談の日から 2年・・・
叔母は 低空飛行ながらも元気になり つい先日まで
自分の手でスプーンを持ち 頑張って食べていた。
スタッフみんなが 「奇跡です」と言うまでになったのです。

「死にたい」思いと「生きたい」思いが しのぎを削りながら
彼女の中で 生きる気力となって みなぎっていた感じ。
スタッフが こそっと言ったことがありました。
「看取りのことを前もっていろいろ相談すると 
そんな方は長生きされるんですよ」と。
なるほど 叔母は まさしく それかな。

     *

そんなこんなで 叔母の様子が心配になっていたところ 
先週の木曜日5/11の夕方 施設から電話があったのです。
悪い知らせかもしれないと思って 
こころが真っ青になり 電話をとると・・・
「お風呂に入れなくなってきたので お身体を拭く
ウェットボディタオルとハミンググッド(口腔内のお掃除)を
ご用意ください」とのこと。
急いで 調達してもっていきました。

叔母は 「う~ う~」とうなりながら 臥床しています。
「どこか痛いの?」ときくと 「ううん」とだけ。
まあ そのうなり声が大きい事。
わたしは「そんな大きい声が出るから 安心したわ」と
言っちゃいました。
でも・・・
「食べられなくなっちゃったよ~」という言葉は切なかった。

    🍃

そして 昨日・・・

叔母は 相変わらず横たわっていましたが
いつになく 顔に赤みがさしています。
スタッフが入ってきて 
「ミツさん 12日にお風呂に入ったんですよ。
もう難しいかなと思ったら 入るっておっしゃるので
3人がかりで入って頂いたんです。
そしたら いつものように耳を手で覆って
(お湯が入らないように)背筋もしゃんと伸ばして・・・
もうびっくりしました」と 笑顔で言うのです。
「今朝は ご飯を 全量召し上がりました」とも。

まあまあ さすが ミツさん!!
わたしは驚いたり うれしくなったり・・・

「ミツさん ご飯食べられてよかったねぇ」と声をかけると
「うん」といって 顔をくしゃくしゃにして 半べそになった。
このごろ 何かにつけて半べそになるんです。
わたしが 叔母の手を握って
「いろいろ辛いだろうけど ミツさんは 独りじゃないからね 
わたしもいるし スタッフもいてくれるし みんないるんだよ」
と 励ますように言うと 
「うんうん」とさらに泣き顔になって 顔を真っ赤にしてました。

   🍃
 
これからは きっと
いよいよ大変な局面を迎えることになっていくでしょう。

わたしも 電話の着信音にドキドキする暮らし・・・
でも これはもう 想定内のことだから 仕方がない。

叔母が 必死で頑張っているように
わたしも ちょこっと がんばりどころ ふんばりどころ

綱渡りのような日々ですが 
わたしなりに できる範囲で
最後まで
叔母のこころに寄り添っていけたらと思っています。

そのためにも
深呼吸 & 深呼吸

こころを落ち着かせて
淡々と やるべきことを 続けていこう  


       ✐ おり~ぶ



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昨日は 終日 家におりました。
シャツにアイロンかけたり 片づけモノしたり
ちょこっと 庭の草取りしたりしながら
ここ数日の慌ただしさを リセットできました。

午後になって 珍しく家の電話が鳴ったので
出てみると お隣の方でした Nさん。
わたしと同じ ひとり暮らしをしているの。
たま~に ブログにも登場してくださってます。

昨年 草刈りのことでも 記事を書いたことがありました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
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道具を大事にしなくちゃね。

Nさんは 70代・・・詳しくはわかりませんが
わたしのひと回りぐらい上の年齢だと思います。
小柄で 色白の 優しい感じのひと。
すぐ お隣なのに たまにしか顔を合わせないので
会うと「お久しぶり」と言い合います。

でも 時には 近所のおひとりさまの家で 
一緒にお茶をごちそうになったり Nさんちの縁台で
お茶飲み話をしたこともあります。

    🍃

彼女からの電話は・・・
「〇〇さん ちょっと 外に出てくれない?」というものでした。
この言葉だけきくと
むむ 何事なの?という雰囲気なのですが
ずっとおつきあいするうちに わかってきました。

庭の家庭菜園で作った野菜などをおすそ分けして下さるときに
「庭に出て」と言うのです。
それというのも
我が家の駐車スペースの隣が Nさんの家の庭なんです。
彼女が 掃き出し窓を開けて 庭に出る。
そしてわたしも 外に出て 駐車スペースに出ると
フェンス越しに会えるのです。
ご自分の玄関から出て 我が家の玄関にくるのに比べたら
短時間ですむので いつもそうしているの。

彼女が下さったのは この野菜♪

DSC_0703.jpg

赤と白のミニミニ大根と スナップエンドウ
新鮮!! とりたてです。
「サラダにして 食べてね」と 手渡されたので 
「いつもありがとう。こんなに頂いていいの」と言うと
「いいの いいの。まだ たくさんなってるから。初物だから
食べてつけてよ」と 庭先のスナップエンドウを指さした。

「食べてつけて」という言葉
ききなれないものかもしれませんね。
こちらでは この言葉 時々きかれます。
「食べるのを手伝って」というような意味で 
何かをおすそ分けするような時に使いますが 
ある程度年配の方じゃないと わからないかもしれません。
わたしは その年配者!!なので わかるのよ。

わたしは ありがたく 頂戴しました。
丹精込めて作った初物を下さるNさんの気もち
とてもうれしかった。

Nさんは 今でこそ 野菜を作れるようになりましたが 
実は昨年 大きな病を経験しているのです。
初めは 検査入院だから留守にすると告げて 
しばらく入院していました。
何の病気かまではわかりません。
そこまでは 彼女も言いませんでしたから。

でも 入院期間が 一か月以上 経過しました。
いつ 戻ってくるのかしらと気になっている時 ちょうど
お隣に車を停めた姪御さんを見かけたので 聞いてみました。
彼女は 「もうすぐ退院できますよ」と言ったのですが 
詳しいことはもちろん話さず わたしも尋ねませんでした。

その言葉通り 数日後 退院して戻って来た時  Nさんから
「帰ってきました」という電話をもらいました。
すぐ お顔を見に行きたかったけれど
暫くして落ち着いてからの方がいいだろうと思い
数日後に 玄関のチャイムを鳴らしたの。

出てきた彼女は 少し弱々しい表情でしたが 
比較的元気な印象でした。
玄関先で お見舞いの言葉だけと思っていたので
「大変でしたね お顔をみて安心したわ 退院されたばかりで
何かとご不自由なことがあるでしょうから 
何かお手伝いできるようなことがあれば 
遠慮なく言ってね」と告げました。

すると 彼女は 「上がっていってよ」と言うのです。
それまで 玄関先や庭先で話したことはあっても 
家に上がるのは初めてだったので 一瞬 躊躇しました。
「でも お疲れになっちゃうでしょうから ここで失礼するわ」と
わたしが言うと
「大丈夫だから お茶飲んでってよ」と
半ば強引に 手をひかれたのです。

お茶を頂きながら 彼女とふたり・・・

Nさんは 入院している間に 深刻な病気だと判明し
手術もしたし 治療もしたことを話してくれました。
術後 毎日通うように言われたけれど 
通えないから入院していたとのこと。
いったん治療は終えたので 帰ってきたけれど 
また時々 通院するかもしれないとのことでした。

わたしは 彼女の話す内容について 
いろいろ聞きたいこともあったけれど あえて聞きませんでした。
根掘り葉掘り詮索するようなことは したくなかった。
彼女が自ら話してくれた内容だけで 
わたしには十分すぎる情報でしたから。

その後 数か月が過ぎ 
今 また こうして 野菜作りができるようになったこと 
わたしは 自分のことのようにうれしいです。
だって わたしよりは高齢なのだから 術後の養生は
気もちもめげるし 何かと不安やご苦労があったと思うから。

彼女に 何かお手伝いを依頼されたことはありません。
家を空けて不在になる時 
「出かけるからお願いします」 と言われたぐらい。
たぶん 病院だったのではないかと思います。

ふだんの彼女は 多くを語るひとではありません。
自慢もしなければ 人の悪口や噂話もきいたことがない。
もうひとりのおひとりさまと3人でおしゃべりする時も
ふんふん ときいている。

だから 彼女がこれまで どんなふうに生きてきたのか
どんな暮らしをされていたのかは
全くといっていいほどわからない。
でも 離婚したらしいことや 
お子さんがいないらしいことだけはわかりました。

わたしが この土地に来て初めて会った時 
Nさんは その一年程前から 現在の家に住んでいた。
でも 町内会には参加していなかったの。
それが ある時入会して その時は
前とは異なる苗字だった それが今から10年程前のこと。
だから 想像するに 
いわゆる熟年離婚を経験されているのでしょうか?
それに 入院して不在の時 
姪御さんが郵便物を取りに来ていたりしたので
お子さんがいないのではと思った次第。

でも そんな話題は 一切したことがなく 
Nさんから話さない限り
これからも話題にすることはないでしょう。
お隣さん Nさんの過去は この際 関係ありません。
今のNさんに わたしは会っているのだからね。
ひとりの女性として ひととして 
たくさんのご苦労を乗り越えてきただろう Nさんの今を
ただただ 隣人として 受け止めているだけ。

病を抱えながら 老いていくプロセスの中で 
花を咲かせ 野菜を作り わたしにまでおすそ分けをして下さる 
そのNさん・・・
日々の暮らしに 小さな喜びを見つけて 
それを大事にしていく彼女を 素敵だなって思うのです。
それに Nさんが 自分と同じひとり暮らしで 
夫も子もいないひとりぼっちであることに
とても親近感を感じているの。

風雨の強い夜など ふと 
お隣さんも 怖い思いしているかしらなど思ったりします。
台風や雷の夜は 怖いんです こわがりだからね わたし・・・
夕方 仕事から戻って車から出る時 
彼女のお風呂場の電気がついていたりすると 
ああ 入浴中だわなんて思う。
自分の家に 灯りはついていないけれど 
お隣にあかりが見えるだけでも ほっとすることがあるんです。

     🍃

こんな思いがあるので
頂いた野菜は 格別なおいしさ!!
夕食のサラダに 「いただきま~す」で味わいました。

お隣さんとのご縁 大切にしたいわね。
頂いたままにしておくのも気が引けるから
後で なにか 差し上げようと思っています。
すぐだと 気になさるだろうから
少し たってからね (^_-)-☆

甘いものがお好きだから おまんじゅう?
ちなみに わたしも好きで 食べすぎてる (>_<)
今度 その甘いもの フェンス越しに手渡そうかしら。
「おすそ分けよ 食べてつけてね」と言って・・・

喜んで受け取ってくれるわよ きっと


       ✐ おり~ぶ



長々と おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
  今日は 帰宅が遅くなりますので
  コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m



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昨日のことから・・・

朗読スタジオのレッスンが終わってから 
急ぎ 常磐線にとび乗った。
千葉県柏市まで 1時間20分 午後6時過ぎ 到着。

改札口では ふたりの友人が待っていました。
学生時からの旧友 KちゃんとYちゃん
KちゃんもYちゃんも 子育てしながら 
長年仕事を続けていましたが 現在は退職して 主婦してます。

彼女たちとは 4年間 仲良しでした。
同じ授業を受けていたので ノートの貸し借りやったり
お昼を一緒に食べたり・・・
何だか気があって・・・以来 ずっとおつきあいしてます。

といっても 卒業後は お互いの結婚式に招待しあったり
するぐらいで その後会ったのは 夫の葬儀の時かしら。
それからは 年賀状のやり取りはしていましたが 
ほとんど会うことはなく・・・10年ぐらい前に再会して
今に至っています。

旧友と長く離れている時間・・・これは仕方がない。
彼女達も わたしも 自分の日々の仕事や暮らしやイベントで
あえて 旧友と会う時間は なかなかとれませんでした。
でも 子どもさん達もそれぞれ 独立して さあ これからが
ご夫婦の時間 そして 自分の時間・・・ということで
ここ数年は 以前より会うチャンスが増えました。

Kちゃんとは 3月に会っていますが
Yちゃんとは 一年半ぶりの再会です。
3人で 鎌倉へ行った時以来・・・「お久しぶりね~」と
かけよったわたしに 何度も
「〇〇子ちゃん 遠いとこ よく来たね よく来たね」と
喜んでくれたから うれしくなっちゃう。
ちなみに 彼女たちは柏駅から 数駅のところに住んでます。
今回は 「柏で飲もう」がテーマ!?だったから
わたしが そこまで 出向いた次第。

早速 予約してくれていたお店で まずビールで乾杯。
まあ そこからは 近況報告あれやこれ・・・
Kちゃんが野菜作りを始めたことはきいていたけれど
Yちゃんも ご主人と一緒に 家庭菜園を始めたとのこと。
これにはびっくり 土いじりのイメージなかったから。
わからないものですねぇ 人間て。
そこが面白いんだけど。

Yちゃんには お孫ちゃんがいるから 
写真や動画を見せてもらった。 
まあ かわいいこと かわいいこと。
「お野菜 せっせと作って 食べさせてあげたい」って。
この間もお泊りにきていたらしい。
なるほど そういうことも楽しみね 野菜づくりは・・・。

彼女たちは はっきりいって 酒豪です。
わたしなど 足元にも及ばないほど 飲めますよ。
昨日のお店を決めるのに 先日ふたりで下調べ。
数軒 はしごしたと言ってました。

まあ 飲んで 食べて 酔うほどに
昔の話が出てくるもんです。
わたしが 酔っぱらって Kちゃんの下宿に泊まったこと
わたしすっかり忘れてたけど そんなことも あんなことも。
こういう話になると 決まって出てくるわたしの話題は 
元彼!?のこと

これまた この彼とのこと 記事に書いてます。
未読でお時間のある方は ぜひぜひ♪
    👇
昔々の友達からの一本の電話が・・・

Yちゃんが 「ねえ 彼 今どうしてるの?」と聞くから
「はぁ そんなの わたしが知るわけないでしょ」という
この会話 今まで 何度したかしら。
酔っぱらうときくんだから 困るわね(^_-)-☆

彼女達だって ロマンスがあったんです。
Kちゃんは 学内で出会った同じ部活のひとと結婚したし
Yちゃんも 学内で ドラマチックな出会い方をした
ひとと結婚して もう数十年になります。 

あっ そうそう 彼女たちがつけたニックネームが
「オリーブ」なの。
手足が長くて 遠くから見てもすぐわかるって。
「オリーブのモンロー歩き」って
いつも わたしの歩き方を からかっていました。
その時の「オリーブ」から HNを「おり~ぶ」としたのです。
でも 彼女達には このブログのことは言ってない。
ふふふ 秘密 ひ・み・つ (^_-)-☆

近況報告から 思い出話へと続き テンションは最高潮♪
でも わたしは 電車で遠路を帰らなければならないから
延々とおつきあいできなくて 残念だわ~と思いながら
ふと Yちゃんが眼鏡をはずしていることに気がついた。
ちなみに 3人とも遠近両用メガネかけてます。

「眼鏡 外してしまって大丈夫? 見えてるの?」ときくと
「さっきから 外してたわよ。煩わしいから外しちゃった。
いいのよ もう うすぼんやりと見えてれば それでいいの」
と 何だか 神妙に言うのです。
そしたら その言葉「うすぼんやりと見えてればいい」が
Kちゃんに受けちゃって 「そうよそうよ この歳になったら
もう うすぼんやり見えればいいのよ。
いろんなこと 全部はっきりみようとしなくていいわ。
うすぼんやりぐらいがちょうどいいの。Kちゃん 名言だわ~」
と笑いながら これまた 意味深なお言葉・・・

わたしは少々酔いが回ってますから 
ほんとにうすぼんやりしてきてしまい
ふ~ん そうかぁと思ってた。

まぁ こんな会話から伝わってくるように 彼女達も
それぞれ 60代の今を どう受け止めて 生きていくか
いろいろと考えたり 模索したりしているんだなぁと
あらためて思いました。
旧友と会って 過去を振り返り その時代を 
あらためてこころにおさめながら 今 この60代を生きていく。
そんなこころの旅路を
こうして共に歩んでくれる仲間がいてくれることに
本当に感謝したいです。

Yちゃんが言っていた。
「今日雨がひどく降ってたから 駅まで主人が送ってくれたの。
学生時代の友達 大事にしろって 言ってくれたよ。
主人も そんな友達に支えられたり 支えたりしてるからね。
こんなふうに会ってお酒飲んで楽しく過ごせるのだって
いつまでもできるわけじゃない。
ある程度健康でいたとしても いいところ 
あと10年位かもしれないわ。
いつかね そのうちね なんて 言ってるだけじゃ 
あっという間に 時間が過ぎちゃうよ。
だからさ もっと会おうよ。
必ず 会えなくなる日がくるんだからね。」と。

必ず会えなくなる日がくるんだからね・・・
「うすぼんやり見えてればいい」と言ったYちゃんだけど
ちゃんと 見えてるんじゃない 見ようとしてるんじゃない
わたしたちの行きつく先を・・・
昔から ちょこっと姉御肌のYちゃんの言葉に わたしも
しみじみ思いました。
そう 必ず 会えなくなる日はやってくるんだって。

それまでに
いっぱいいっぱい 分かち合いたい この60代の今を。
酔っぱらった頭で それだけは しっかり記憶しました。

     🍃

わたしたちは
いつかね そのうちね じゃなく
次の再会のころを 概ね決めて 別れました。
電車の中から ふたりに ありがとうのラインを送ったら
Yちゃんから
「またね 今度はもっとじっくりやりましょう」と返ってきた。
Kちゃんからは・・あら まだ返事なし そのうちくるわね。
たぶん ふたりは あの後 二次会ね。
飲み足りないと思います わたしは十分すぎて 酔ったけど。

    🍃

一夜明けて・・・むむ 少々頭が痛い 二日酔いかな。

今日は 母の日🌻
形見の オダマキが咲きました。

 DSC_0701.jpg

今も生きててくれたら 何というのかな 母さん・・・

「酔っぱらえるのも 生きてるうちだけだよ」
そう 言うかもしれません。

そうね 生きてるうちだけ
その通りだわ ごもっとも♪
みんなと会えるのも 生きてるうちだけ・・・

60代 楽しんで 暮らせますように

見守っててね 母さん

・・・母の日の お願い


       ✐ おり~ぶ




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