昨日のこと・・・

隣市の仕事だったので 帰宅するのが やや遅くなる日。

帰りに車を走らせていると
とても 大きな 太陽が北西の方角に見えました。
少し 曇っていたので そのせいなのか
おひさまが 真ん丸く 浮かんでいるように見える。

わたしの帰る方向は そのおひさまの方角・・・
フロントガラスの 斜め前方の上空に 刻々と変化しながら
おっきなオレンジ色のボールが 見えるので
いやがおうにも気になります。

ある程度走ったら 空き地があったので 車を停めて
スマホでパチリ・・・

DSC_0729.jpg

写真を撮りながら 思い出しました。
確か こんなふうに 日没を追いかけるようにして
帰路についた時 
そして それを 記事に書いたことがあったわ。

昨年9月の記事です。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪ 
   👇
夕陽を追いかけた ふたりのあの日

この記事から 8か月が経ちました。

今 こうして書きながら 過去記事も読んでいると
つくづく 思います。

ほんと 同じことを繰り返していくんですね 人生って。
同じひとの人生だもの 当然といえば 当然です。
同じ身体 そして 同じ脳の持ち主なのだから 当たり前。

繰り返し 繰り返し日々を紡ぎ ひとつき いちねん
そして 60年以上・・・ 
同じような体験は どれほどあったろう。 
数え切れないほどの体験だけは 積んできているのです。

   🍃

人生は 繰り返し 繰り返しの連続ですね。

繰り返し 繰り返し・・・

ふと ある音楽が 浮かんできた。
それは ラヴェルの「ボレロ」・・・

わたしの大好きなボーカルグループ・LE VELVETSが
「ボレロ」をアレンジして歌詞をつけた曲
「涙は踊る~Bolero」を歌っていることもあって
「ボレロ」が なおさら身近に感じられるようになりました。

同じリズムを 同じテンポで繰り返していく楽曲
タン タン タタタ タンタン~ タタタタタタ タン~♪ 
静かに静かに始まり ゆっくり徐々に 高まっていく音楽
シンプルなテーマを 何度も何度も繰り返しながら
やがて 大きなうねりとなっていく ボレロ・・・

あの曲をきいていると なんか「人生」を感じてしまうの。

わたしの人生と 「ボレロ」・・・
共通点は 
・始まり そして 終わるということ
・何度も 同じところを 繰り返しているということ
・音の高まりについていえば 歳をとって 
 年齢は高まってきた(>_<)ということ

違う点は
・同じようなリズムに見えて 時々 リズムが狂うこと
・テンポも同じようにみえて 時にアップテンポ 時に
 スローテンポ そして時に テンポなしで動かない
・順風満帆に リズムを刻んではこなかったこと
 時に大きなうねりにのみこまれ 時に ちいさなうねりを
 かいくぐり そして 時に 漂流した(>_<)

名曲の中身と自分を比べるとは かなり失礼な事ですが
お許し下さい ラヴェルさん そして 「ボレロ」。

「ボレロ」の曲のように
これからは 淡々と 刻んでいきたい この人生

でも
そうは いかないでしょうね きっと。

ますます 山あり谷あり 嵐あり
これまで未体験だったことも 待ち受けているのでしょうから
「ボレロ」のように リズムよくというわけにもいかないわ。
そして
「ボレロ」の曲のように 
最後は 感動的な力強さとともに 人生を終える
そこのところは・・・・特に 難しいかもね。
徐々に高まっていった音楽が 
急にポシャンとなるようなことだってありますから。

わたしは 自分の人生の主役で 指揮者でもあるんだなどと
気取ったことを思っていても 
さらに大いなるものが ど~んとひかえていらっしゃる。
自分の人生を コントロールできる部分は 
ほんのほんの 砂粒ぐらいの大きさかもしれません。

そのコントロールできる部分が 日常という確かな繰り返し・・・
それが 積み重なって わたしの人生になっていくんです。

だからこそ 
繰り返し 繰り返し
自分の人生を積み上げていく。
いかなる事態になっても 
それまでの人生を後悔しないように
繰り返し 繰り返し
この日常を 大事にしていきたいです。

それにしても 「繰り返し」という言葉
あんまり「繰り返す」と繰り返すと 少々 しつこいかな。
他の言葉で 言えないのかしら?

・・・リフレイン♪

人生は 繰り返し ➡ 人生は リフレイン
うん いいね 勝手に悦に入ってます。
記事のタイトル これにしようっと。
でも 読んで頂けるかしら?
タイトルも とっても大事な要素だからね。
タイトルを見て 読みたくなる記事 たくさんありますもの。

いいから いいから♪
好きなように書いたらいいわ。

こうして ブログを繰り返して書けるのは幸せなこと
わたしの日常を ほんの一端 切り取って 
自分なりに表現し 読んで頂くそのことも 
人生を積み上げていくことに 他ならない。
自分にとって 大切な事だから 
繰り返し 同じようなことを書いてしまうけれど
それだけ 大事なことなのです わが こころの声・・・

そして
わが庭の 蔓薔薇も 毎年 リフレイン♪

DSC_0731.jpg

大事にしたい 
この日常 この一瞬
人生は リフレイン リフレイン 
限りある人生だから 丁寧に リフレイン♪


       おり~ぶ




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こころをほっとさせてくれる この言葉

いいから いいから♪

時々 こころの中で 唱えてます(^_-)-☆

いいから いいから♪

実は この言葉 この絵本の題名です。
  👇
いいからいいから〈3〉

そして わたしは こういう者です・・・
なぁんて もったいぶって
名乗るほどの者ではありません (>_<)

DSC_0725.jpg

一昨年 絵本との思わぬ出会いがあり
ちょっとだけ お勉強に通いました。
初めて参加したのが 「大人に絵本ひろめ隊」の講座だったの。
その時頂いたのが 写真の隊員証なんです。

還暦過ぎてから 絵本大好き♪ 
なので 記事のカテゴリーにも「絵本」があるのです。

絵本・・・子育て中に お子さんに読んであげたよという方
多いんじゃないでしょうか。
わたしは 子育ての経験もないし 
これまでは さほど興味もなかったわけですが・・・
出会ってしまったんですね。
おとなになってから読む 絵本の良さ 味わい。

絵本は 子どもが読むものという枠を超え 
老若男女おしなべて
なかなかの世界を 味わえると わたしは思ってます。
そこには 日々の暮らしとは 人間関係とは 人生とは 
生きるとは そして 人生を終えるとは・・・
そのような本質的なテーマを内包している物語が 
たくさんたくさんあるのです。

      🍃

冒頭の 「いいから いいから」の絵本も 然り。
お話の中の おじいちゃんは 
道で会った貧乏神を家に連れてきちゃうの。
家に帰ると 泥棒が入って いろんなものが盗られてる。
そこへ 家人が帰ってきたのはいいけど 
財布を落としちゃったという。

そこに おじいちゃんの息子が帰ってきたら 
何と会社がつぶれたとのこと。
さすが つれてきてしまった貧乏神のせいだと 
おじいちゃんは笑ってやり過ごす。
風呂に入った息子の背中を流しながら
「せっかくつぶれたんじゃ しばらくゆっくりすればいい」と
背中を流し 「お米が切れた」という家人に
「いいから いいから ダイエットじゃ」とのたまう。
停電になれば おじいちゃん
「ふつうのせいかつのありがたさが みにしみるのう」・・・

朝になって 貧乏神は
「これいじょう 貧乏になったらこまるだろう。
明日 友達の福の神が来るよ」と
置手紙をおいて出ていった。
翌朝 本当に福の神がやってきたのだが・・・
はて なんにもいいことは起こらない・・・???
さてさて 結末は・・・ネタバレになるので ごめんなんさい。

ところで このおじいちゃんの口癖は 「いいから いいから」
究極のポジィティブ思考の持ち主でしょ。
なんでもかんでも いいから いいからとやり過ごし 
流れに逆らわず 暮らしてしまう 根っからの楽天家です。

まあ  
ふつうはここまで 楽天的にはなれないわ。
そこが 絵本のお話の世界なのだけれど・・・
それにしても 大人が読むと いろんなことを 思ったり 
考えたりするんじゃないのかなあと思うのです。
これまでの人生経験が多い分 絵本から受け取るもの 
気づくことが たくさん あるような気がします。

わたしも おじいちゃんが言った
「ふつうのせいかつのありがたさ」って 
ほんとにそうだと思いますもの。

いいからおじいちゃん いいこと言うわね。
「いいから いいから」の口癖通りに生きてます。

    🍃

脳科学者の方も 書いてます。
   👇
茂木健一郎の脳がときめく言葉の魔法
     
      📖
言葉が人をつくるということを聞いたことがあるでしょう。
たとえば 日々ネガティブな言葉を口にしていると 
考え方もネガティブになり不幸を呼び込んでしまう。
反対に ポジティブな言葉を口にしていると 
前向きになれて人生が豊かになる ということです。
いわゆる 口グセの法則というものですが
脳科学でも証明されています


ということで 
「いいから いいから」という言葉も
わたしにとっては パワーフレーズなの。
脳を元気にする言葉 
脳が元気になるということは・・・
こころが元気になるということですから
「いいから いいから」は こころのパワーを引き出す言葉。

いいから いいから♪

例えば わたし・・・
・昨日の仕事で ちょっとした反省点あり 
 穴があったら入りたいよ~
・叔母の介護関係の書類の提出 忘れてて期限が過ぎてる
 どうしよう~
・先日届いた 特別支給の共済年金額を見て あまりの少なさに 
 ショックを受けて 愕然としてる こんだけ~
・手帳でスケジュールチェックしてたら 
 ダブルブッキングしていることが判明した どうしよう 
 どうやって どっちを断るの~
・何だか このごろ 膝裏が痛い 特に右足・・・
 え~病院 行った方がいいのぉ~
・むむ トイレットペーパーが あと一個しかないんだけど~
・あらぁ ブログのインポイント 
 昨日に比べて ダウン&ダウンだわ~
・5月も もう終わりだけど 家計の収支 また 赤字かも~

と 思いつくままに 
今ここの ネガティブ要素を書き出しましたが
どれも まあ しょうもないことだわねと
あらためて 赤面しております (>_<)

とりあえず

いいから いいから♪
なんとかなるわよ  
なんとかするから
なんとかなれば それでいい
といっても なんともならないこともあるよ (>_<)

それでも・・・
いいから いいから♪

DSC_0728.jpg

お庭の 可憐な 黄色いお花
ビタミンカラーで 風に揺れ
いいから いいから♪と 咲いております。

そうね・・・
たいがいのことは
いいから いいから♪

絵本から教わった 大切な言葉
いいから いいから♪

きょうも あしたも あさっても
いいから いいから♪

生きてるだけで めっけもん。

いいから いいから 💛


       おり~ぶ



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爽やかな朝
一週間の始まりを 気もちよく迎えられました。

このひとに会いたい

一生に一度でもいいから ぜひ 会ってみたい
そう思うひとが います。
どれぐらいいるか 数えたことはありませんが
ぱっと 10人は浮かびます。
10人 少ないかな 選りすぐりの方ですよ(^_-)-☆

その中には 
俳優さんや文化人!?などの有名人もいるけれど
この頃は ブロ友さんも登場してきてます(*^-^*)

そして 
今日の話題の このひとに会いたい
わたしが 会いたいひとは
この本の著者・・・
   👇
診療所の窓辺から―いのちを抱きしめる、四万十川のほとりにて―


先日出版されたことを知ったばかりなので 
まだ購入していませんが
小笠原医師のエッセイは
ずっと前から読んでいたんです。

某新聞社の冊子に 
小笠原先生の「診療所の窓辺から」という
コラムがあって 毎月楽しみにしているの。
ご存知の方も いらっしゃることでしょうね。

先生は 1951年生まれ。 
高知県・四万十川のほとりの内科医院で 
約20年 地域医療に携わっておられます。
在宅の方々への訪問診療・そして 在宅での看取りに 
深い愛をもって 取り組んでいらっしゃる方なのです。

エッセイの中では 患者さんやその家族とのやりとり 
そして 先生の思いや考えが 語られています。
いのちに向き合う 重いテーマであるにもかかわらず 
患者さんとの ユーモアあふれるやりとりなども紹介され
読み終えるたびに ほっとする そんなエッセイです。

患者本人の尊厳を大事にしながら 診療にあたる
先生の温かいまなざしが 随所に感じられ 
時には涙が出たり 笑ったり・・・
そして いのちの尊さというものを あらためて考える 
そんなひとときを 先生のコラムから頂いています。

今月号では 
若い新人の医師へのはなむけの言葉が 書かれていました。
その中に こんな文章があります。

大切なことは 
「片思い」に似たひとへの思いではないでしょうか。
医療の現場に初めて立ったときも 
四十年経って四万十川の田舎医者をしていても そう思います。


「片思い」に似た ひとへの思い

わたしは この言葉を読んだ時 こころが震えてしまった。
そう 自分がどれだけ 相手のことを想えるか ということ
それが 大切なこと。
対人援助の仕事に限らず ふだんの ひととのおつきあいでも
とても 大事なことだわ。

「片思い」は 相手が思ってくれなくても 
自分は 深く思っているということ。
相手が思ってくれるから 自分も思ってあげる・・・
そういう浅い思いとは異なる思い

もっと深いところでの 医師としての人間愛 
ひとりの人間としての 他者への愛・・・
それが 先生の診療の根底にあるのです。

ああ この方に 会ってみたいなあ・・・
もし わたしが 患者になったら
わたし ・・・ 命預けます。

そう 思っていた昨年 
東京で 先生の講演会があったのです。
やっぱり わたしのように 
会ってみたい お話をききたいというひとが多いのね きっと。
ひとめ 拝顔できる絶好のチャンスでしたが 
日程の調整がつかず 講演会には行けませんでした(>_<)

だから ますます 思いは募ります(^_-)-☆

先生のお名前でweb検索すると
「講演会に行きました」とブログに書いている方を発見。
関西では 何度も講演されているようです。

ちなみに Webでも 
毎月のエッセイを 読めることがわかったの。
新聞社のページですが ログインしなくても 読めました。
ご興味のある方は ぜひぜひ♪
  👇
診療所の窓辺から


エッセイの中の 「今月のことば」には 
こんな文章が載っています。

一日 一週間があっという間に過ぎていきます。
堤防を往診車で走っていると
「そんなにばたばたと毎日を過ごしてどうするのかね」と 
ゆったりと蛇行する四万十川に諭されているような気がします。
とらわれない あせらない 悲観的にならない そして
ふうっと息を抜く時間も作りたいと思う・・・


この言葉も ほんとにそうだなあぁと思います。

とらわれない あせらない 悲観的にならない
そして ふうっと息を抜く・・・
わたしも そうしたいなぁ 
そんなふうに 日々 過ごしていきたいわね。

    🍃

ところで
ふと 社会状況に目をやると・・・
国の少子高齢化社会対策のひとつとして 
在宅医療の推進が行われていますが 
様々な問題もあるようで・・・・
終末期に対応する医療や介護の在り方が 
真に問われる時代になってきており
在宅医療を行う医師が不足しているという現状も 
問題のひとつとして指摘されているようです。

そういう状況の中
わたしとて いつ何時 
在宅医療や介護を受ける時がくるかもしれません。
それは 遠い未来の話ではないのです。

だから 
小笠原先生のような医師が 
日本中 津々浦々で 
訪問診療にあたってくれることを願ってやみません。

病むひとの そして 逝くひとの いのちの尊厳を守り 
そのこころに寄り添った 
あたたかいまなざしをもった医師が増えてくれること 
そのことを祈るような思いで こころがいっぱいになる。

   🍃

小笠原先生・・・
この目で お姿を見て お話をきける そんな時間が
わたしに 訪れてくるでしょうか。

一生に一度でも 会ってみたいひと ♡ 


        おり~ぶ



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今日の話題は
ご近所友とのひととき・・・

昨日の午後
朗読スタジオのレッスンを終えて
帰宅する時のこと 4時過ぎ・・・

ご近所友 Mちゃんの家の前を通り過ぎようとした時
道路際の畑の奥に 彼女が見えました。

Mちゃんのことは 3月末に 記事に書いています。
彼女 66歳かな? お子さんはいるけど おひとりもの
ほとんど おひとり暮らしです。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
つかず離れず ご近所友達との30分

わたしからの挨拶のつもりで
プップ~と 軽くクラクションを鳴らして
通り過ぎようとしたら
Mちゃんが 立ち上がり 手を挙げて手招きをした。
さらに 何か 言っている様子。
一瞬の出来事だったが・・・
手の振り方が大きいので 気になった。
でも 車は 急にとまれません(>_<)

そのまま 走りすぎて 家に着いてから
あらためて 徒歩で Mちゃんの家まで 行きました。
大股 闊歩 急ぎ足 👣

息せき切って 「どうしたの 何て言ってたの?」とわたし。
畑の草取りの手を休めて
「あのさ~ タケノコ食べない?」と彼女。

ああ たけのこって言ってたんだと ほっとした。
手の振り方が尋常じゃなかったから ちょっと心配しちゃった。

「タケノコ・・・友達が持ってきてくれてね。 
さっき 茹でたとこなのよ たくさんあるから もってかない?
ホテイチクのタケノコよ 珍しいでしょ」
そこからは ホテイチクに関するうんちく話を立ち話。
わたしは 初めて聞いた「ホテイチク」なので 
「へぇ~」とばかり聞きました。
それによると 短い節間のふくれた形が 
七福神の布袋様の 膨らんだお腹を連想させるから 
「布袋竹」というんだって。

「もっていく?」というので わたしは 「うん 頂く♪」
なんとまあ 遠慮しないひとなんです。
だって ホテイチク 食べたことがなかったから 興味津々。

ついでに 彼女
「お茶 飲んでけば」と言ってくれたのだけど
わたしは 5時30分に友達と待ち合わせをしていたので 
長居はできないわと思い
「ありがと でも 30分位しか 時間ないの」と答えた。
そしたら Mちゃん
「あんたって ほんと 規則正しく生活してる人だわねぇ」と
ちくっと言ったけど 顔は 笑ってる(*^-^*)

わたしは これまた 遠慮もしないで 
彼女について お家にあがらせて頂いた。

「ちょっと 見てよ」と Mちゃんが言うので
キッチンに入って 大鍋を見たら 
ホテイチクが 10本ぐらい 茹でてある。
ふたをあけたら 湯気がでたから まだあったかい。
ホテイチクって 割と小さいんだわ でも とっても柔らかそう。

「食べきれないから 何本か持ってって」と言ってくれたけど
わたしだって ひとりもの。
小ぶりのものを 一本だけ 頂きました ありがとう。
 
「今夜は 友達と食事するから 明日 食べることにするね」
と わたしが言うと
「水にいれて 冷蔵庫に入れときなよ」と アドバイス。
Mちゃん ちょっとおねえさんのようで なんかいい感じ。

そして お茶を頂いたのだけど これまた うんちくあり。
「八十八夜摘みの静岡の新茶だから おいしいよ~」と。
八十八夜摘みのお茶は 昔から 
不老長寿 無病息災の縁起茶と言われていると ひとくだり。

頂いたお茶 美味しかったわ 少し寿命が 延びたかしらん。
新茶の 香りに癒された~ 
それにしても
ひとに淹れていただくお茶って
なんで あんなにおいしいんだろう。

DSC_0718.jpg

写真の お茶の隣にあるのは
Mちゃんお手製の 栗ぜんざいなの。
栗は 昨年の秋に 冷凍しておいたものだって。
この ぜんざい 程よい甘味で 
これまた 美味しゅうございました。

わたしが 「こうして 緑茶セットを頂けるなんて
まるで Mちゃんカフェね」と言うと
彼女 「あらそう じゃあ お代とろうかな そうだなあ
1000円頂きます」と。
「それは高すぎない? せめて 700円ぐらいにしてよ」
と わたし。
そんなやりとりをして 大笑いしました。

お茶を頂きながら Mちゃんが 
4月に娘さんと行ったハワイ旅行の話をしてくれた。
彼女は 時々 旅マニアの娘さんにくっついて 
超格安で海外に行ってるの。
珍道中のお土産話 いつもは 面白くて仕方ないけど 
今回は???

「ハワイは物価が高いから もう行かない」
「娘について歩くのは
しんどくなってきたから もう海外は行かない」と
しきりにぼやいていましたが
またどこかには出かけるでしょう Mちゃんのことだから。
「ハワイの口直し しなくちゃ」と言ってますから。

そんなこんなで もう4時40分ではないか (>_<)

こりゃいけないということで Mちゃん宅をおいとましました。
「ごちそうさまでした」と 深々と頭を下げて
ホテイチクの入ったポリ袋を提げて♪

   🍃

そして 今日 朝食に
ホテイチクを 頂きました。

DSC_0721 1

朝から パスタ?とも思ったけれど 
この記事に写真を載せたかったから 
キャベツとホテイチクのパスタにしたのです(^_-)-☆
シャキシャキして かつ 柔らかく 大変美味でございました。

ホテイチクは あと半分残ってます。
Mちゃんが 「味噌汁に入れてもおいしいよ」と言っていたから
昼食の味噌汁で 頂くことにします。

八十八夜摘みの新茶に
布袋さまの ホテイチク

どちらもどちらも 縁起もの だわね。

ご近所友のMちゃんが 渡してくれた 
もったいないほどの 縁起もの

お茶の香りと タケノコの食感と
そして その味わいと・・・
それらは どれも
Mちゃんというひとの 
ひととしての味わいにつながる 縁起もの

Mちゃん 彼女もまた
ひとりぼっちの わたしの暮らしに彩りを添えてくれる
大切なひとです 💛


    おり~ぶ



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昨日の 「家」に関する記事にひきつづき
また 家のこと・・・

今日は ブログのお家でもある テンプレートの話題です。

テンプレート 実にいろいろなデザインがありますよね。
他の方々のブログに伺うたびごとに
素敵なデザインだなあって思ったりして
テンプレートのデザインを見るのも 楽しみのひとつなの。
おひとりおひとりの それぞれ異なったテンプレートは
そのひとの記事同様 それぞれに個性的だわと
楽しませて頂いてます(^_-)-☆

テンプレートは ブログのお家でもあるし 
ブログの顔でもあるから 
みなさん 大事にしていらっしゃると思います。

わたしは FC2ブログを利用しているので 
テンプレートも FC2のものをお借りしているの。
初めから ずっと 今のテンプレートで 書いています。
いろいろ探した末に やっと 決めたテンプレート。
比較的シンプルなデザインで 
薄い緑色の葉っぱのイメージが好きになりました。
とっても 気にいっています。

そこで ここからが 本題です。

先日 FC2ブログの訪問者リストで 
わたしのブログに来て下さった方をチェックしていたの。
そこには
FC2ブログを利用しているひとのブログ名しか
表示されていません。
訪問者のすべてが載ってくるかというとそうではなく 
ごく 一部だと思います。
なぜって 
コメントのやりとりをしている方のブログもFC2だけれど 
コメントを下さった日も含めて 
今まで一度もリストに表示されたことはないんですもの。

そうそう 
そのリストに表示されたブログ名をクリックすると
そのブログに行けるので 
あるブログを たまたまクリックしてみたら・・・

驚く顔

なんと 
わたしのブログと同じテンプレートを使っている方の
ブログだったの。

あらま~と びっくり仰天。
テンプレート かぶってる!!

こんなことは初めてだったので 一瞬目が点になりました。
そして 何だか 恥ずかしくなっちゃった。

ほら どこかに行った先で 
誰かと洋服やバッグなどがかぶってたりすると 
恥ずかしくなるでしょ なんとなく ばつが悪いっていうか 
居心地が悪くなるような感じ ありますよね。
そんな感じ・・・

きっと どなたも  
わたしとその方のテンプレートが同じだなんて
認知していませんよ きっと。
何万(何十万?)とあるブログの中で 
発見するのは ほんとうに偶然のなせるわざ・・・

でも 考えてみたら 同じFC2ブログなので 
かぶる確率は高いはず・・・
そう思ったら 恥ずかしさは消えちゃった。

そして また 別の思いが むくむくと出てきました。

その方も この葉っぱのテンプレートが気にいったわけだから
その点は わたしと共通する感性をお持ちの方かもしれないわ。
そう思ったら 何だか すごく うれしくなってしまったの。

そのブログの記事には 
多摩湖(東京)の風景写真が載っていました。
あっ わたし ここ行ったことある♪
すご~く 昔 20代の頃 友達と多摩方面を旅したっけ。
懐かしさもあり 記事を読ませて頂きました♪

そして 
そうだ このブログ わたしの記事の中で
紹介させて頂こうかなと思ったのです。
だって 同じテンプレートのブログなんだもの

そこで その方のブログにコメントを書かせて頂きました。
ご紹介させて頂けるなら 幸いですと・・・

そしたら その方から 昨日のブログに 
「どうぞ」という うれしいコメント(非公開)を頂いたのです。

わたしと同じテンプレートの ブログが このブログです。
お時間のある方は ぜひぜひ♪
  👇
 ようこそ、はづきです。 

そう この素敵なブログを書いていらっしゃるのは 
HN はづきさんです。
はづきさん 
わたしのお願いを快く お許し下さってありがとうございます。
今 お披露目しておりますよ。
テンプレートを通した出会いに 深く感謝しておりますm(__)m

    🍃

ところで 
実は このテンプレート・・・ 
5月の初めに 別のものに変えようかなとも思っていたのです。

ブログを始めて1年が経つので
新しいテンプレートでリフレッシュしようかな とか
季節ごとに変えるのも素敵ね とか 考えていたの。
でも なかなか気に入ったものが見つからなかったんです。
自分でカスタマイズするのは まだできそうもないし
いろいろ考えていて とうとう 変えませんでした。

それに 
新しくすると 過去記事もすべて 
新しいテンプレートになってしまうのが嫌だったの。
はじめてのテンプレート はじめてのブログのお家だから
消えてしまうのは 忍びなかったわ。

でも 今は・・・
もうしばらく このテンプレートで綴っていこうと
思っています。
別のにしようかなと揺れていたこころが 
すっかり ちゃっかり 落ち着きました。

素敵な出会いのきっかけを作ってくれた 
わがブログのお家 
緑の葉っぱのテンプレートにも 感謝!!です。

    🍃

こうして ブログの記事を書くことは
わたしにとって 暮らしの一部になりつつあります。
ちょっと大げさなこと 前にも書いたと思いますが

書くことは 生きること・・・

穏やかな顔

呼吸をするように
歯磨きをするように
日々 綴っていけたら
そして 読んで頂けたら
どんなにか素敵で 幸せな ことでしょう。

ブログを通した ふとした出会いに 
またも 励まされている わたしです 💛


        おり~ぶ



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今朝も 雨模様・・・

植物にとっては 水分たっぷりのここ数日
庭の草花も元気にしていますが
雑草も どんどん 伸びてきています。
いのちある植物を 雑草とは失礼ですけど
ひとの意図にかかわらず自然に繁殖するという意味では
確かに 雑草ですよ。

これからの季節は
わが庭の雑草をどうするか あるいは 
伸びすぎた花木の枝をそうするかなど 頭を悩まします
いよいよ 悩みのシーズン到来。

まあ そのままにしておいても 
それほどには問題にならないかもしれませんが
草が伸び放題で
ひとの住んでいない家なのかと思われても嫌だなあ。
そのうち ちょこっとある芝生も伸びてきて 
それも刈らなきゃならんのです。
そんなこんなで 思います。

ああ いっそのこと 庭はなくていいから
借家住まいでもいいから
マンションの方がよかったかなあ とか
とっても 罰当たりで 不埒なことが浮かんできます。

一生に一度 数か月だけでも自分の家に住んでみたい 
小さな庭にお花を植えるの なんて 夢をみて 
田舎の低価格な土地に やっとこすっとこ 
ワンちゃんのお家を拡大したぐらいの 
小さなちいさなローコストのお家を建てたのにね。
不動産屋&工務店のおじさんが
「この土地の分だけの空が自分のものになるよ」なんて 
ちょっと素敵なことをいうものだから
ついつい その気になってしまったのでした。

そして はや 14年ぐらいになるのです。
その間 庭にいろいろな花を植え 芝生も刈りながら 
花木も自分で それなりに剪定しながら 
仲よく暮らしてきたのです。

でも 最近 いろんな作業 面倒に思うことが多くなってます。

やはり 加齢によるものでしょうか。

草取りで 腰をかがめば 腰痛になり
また ぎっくり腰になったら どうしようと心配しつつ
しゃがんでいたところから 立ち上がったら 立ちくらみがして
よろよろとしたり
高いところの枝を はさみでチョキンしようとして 
腕の筋が伸びてしまったかなと感じたり
枝を見上げて 高枝はさみを握っていて 首が痛くなって
「もう やだ~」と 思ったり
夏は 芝の伸びの速さに 憂うつになり
花木の葉っぱが 毛虫に喰われていると ギャ~となり
何かにつけて 「男手がほしいよ~」と叫んでる。

家のメンテナンスも 必要になってきていて
修繕しなければ さらに傷んでしまうようなところも 
ちらりほらりと 出てきています(>_<)
「もう やだぁ 家のこと 庭のこと 
わたしひとりじゃ大変よ~ 誰かいてほしいよ~」 
叫んじゃいたい 叫んでる。

それで 思うわけですよ。
さきほど書いた とっても罰当たりな事・・・

ほんとに 人間は 否 わたしは 
ないものねだりしたり あるのに不満を抱いたり
とにかく
足るを知らず 嘆いたりして こころの修行がたりません。
ほんと お恥ずかしい限りです。

   🍃

それで ・・・
今週の月曜日 5月22日から いろいろと
しみじみ 反省しているのですよ。
その日は 我が家のお家記念日だったのです。
上棟式が行われた日なの。
以来 お家記念日として こころの中で感謝する日です。

そうだったわ。
感謝する日・・・感謝してるはずだった。

屋根のあるところに 暮らせるということ。
この あたりまえなことに まず 感謝することの大切さ。

本棚にあった この本が目にとまり ページを開いて
気づかされました。
    👇
日本の言葉の由来を愛おしむ―語源が伝える日本人の心―

この本は 
言葉の由来を知ると幸せな気分になるよ~
というコンセプトで書かれた 
言葉の由来に関する 優しさあふれる本なの。
髙橋こうじさんという方の著書です。

そこに こう書いてありました。

語源辞典によると「住む」の語源は 「澄む」です。
建物の中で寝起きをすると人の心が安定し 
澄んだ状態になることから 現在の「住む」が生まれた・・


さらに 著者は 路上でホームレスだった人の
「路上では 本当にぐっすり眠れない。
眠っていても 神経はあらゆる音を聞いているから。
簡易宿泊所の寝床なら どんなに騒音があってもよく眠れるけど」
という言葉を例に出して こう 綴っているのです。

睡眠のつらさを思った時 その頭の中の様子と 
川の水が淀んで濁っている様子が重なりました。
安心して休むことができて
頭の中が「澄む」状態になることが 「住む」こと。

・・・それ以来 私の心の中では 
屋内で暮らせる幸せと安眠の喜びが結びついています。
私の住む家は 築40年を過ぎ 
しょっちゅう 雨漏りの修理をしています。
でも 私は毎晩ぐっすり眠っている。
それは毎夜 この屋根と壁が私の頭を澄む状態にしてくれるから。
そう思うと 家への不満は消え 愛おしさが増します。


このような文章を読んで
わたしは はたと 自分のこころを 振り返りました。

私も この家に「住んで」いるのです。
ひとつところに落ち着いて 
日々の暮らしを続けていられるのは この家のおかげだわ。
いつだって この家は わたしを守ってくれている。
風雨や雪やみぞれなど 外からの刺激からも守られて
わたしは 安心して ここに居られる。
外から 家に帰れば ほっとして 
素のこころ 落ち着いたこころに戻れるの。

この庭の花木や 草花にだって 
どれほど 助けられていることか。
芽が出たといっては喜び つぼみになったといっては 
花が開くのを心待ちにして 花が咲けば 
また 喜んで 愛でていられる。
わたしの庭は 
こころを癒し 暮らしに彩りをもたらす 大切な場だったわ。

髙橋さんの本を読んで
あらためて そう 思うことができたんです。

だんだん こころが澄んできたのかしら。

家のこと 庭のこと
「あ~ もう やだ!!」じゃなくて こういう時こそ
足るを知るべし。

十分あるものに不満を抱いて {やだ~」なんて叫ばずに
今あるものから得られる 満ち足りた気もちのほうに
シフトしていくことの方が大切だわ。

草取りは まとめてやろうとするから面倒になるし
時間もかかるから 身体にも負担がかかるのよ。
日々 すきま時間に ちょこっとずつ やったらどうなの。
剪定や 芝刈りなど どうしても大変なときは 
次兄などに頼めばいいのです。
やってあげると言ってくれているのに 
何でも自分でやろうとするところがあるから 
意地になって頼めない。
そんな自分を 少しずつ 変えていくことも必要かもしれない。
時には ひとに頼ってみてもいいのよ。

そうして 手入れができるうちは やっていく。
もっと 歳を経て できなくなったら
それは その時考えればいい どうするか。 

というわけで
書いているうちに こころが軽~くなってきました。

この家が 終の棲家となるかどうかは わかりませんが
そのようなことを決めなければならない その時までは
わたしは ここに暮らします。

「もう やだぁ!!」は ご法度にして
できるだけ 足るを知るこころで 暮らすことを
こころがけようと思います。

ここに住むことは
こころが澄む状態で過ごせること

そのことを こころに留めて 暮らそうと思います。
この家を この庭を 愛おしんで💛


        おり~ぶ




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雨の朝です。
ひさしぶりに しっとりとして
若葉もさらに 瑞々しい・・・

    🍃

友達のこと・・・

先日 友達K子さんと会ったのですが
そこで 聞いたお話に 少々ショックを受けました。
Kさんのことは 昨年記事に書きました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
前を行く人の後ろ姿から

K子さんも ご主人を亡くされておひとり暮らし
二人のお子さんは それぞれ家庭をもって
やや遠方に住んでいます。
彼女は 仕事上の先輩でもあるし
家も 歩いて15分のところにあるので
誘い合って食事に行ったり 小旅行に出かけたり
友達づきあいをさせて頂いてるの。

K子さんは 今度の誕生日がくると 67歳になるのかな。
仕事はかなり減らしてますが まだまだ 現役です。
火曜日にわたしが勤務しているところで  
やはり週1回 働いているの。
曜日が違うので 職場では会いませんが 電話で話したり
ラインのやりとりもしています。

そのK子さんからの ショックな話とは・・・

彼女 もしかしたら 転居するかもしれないんです。
まだ・・・かもしれないという段階なのだけど
それを聞いたわたしは・・・
え~ 寂しくなっちゃうよぉ~と 意気消沈(>_<)

K子さんは ご主人亡きあと その家に住んでいるわけですが
いろいろと 今後のことを考えているらしいのです。
彼女もご主人も この県の出身ではないので
ご親戚は 遠方に住んでいるし 息子さん夫婦も近くにはいない。
車で2時間かかるところ・・・
娘さんも 嫁ぎ先は他県です。

K子さん 
今の家に ず~っとひとりで暮らしていくことについて 
そろそろ考える時期が きているかもしれないって。
もっと歳をとって 
ひとり暮らしのできない状況になるかもしれない。
その時に考えたのでは 遅いんじゃないかって。
息子さんは 仕事の関係もあって
ここには 戻らないだろうとも・・・

今の家を整理し 
息子さんの近くのマンションなどに転居することや 
早めに 有料の老人ホームに入ることも
視野に入れているみたいです。
早めにというのは まだ元気で動けるうちにということ。

彼女は わたしから見ると 
経済的にはほとんど問題なく 老後を暮らしていける状況かな。
仕事をしているのは・・・彼女は「ぼけ防止」というけれど 
それだけでなく やはり 生きがいのひとつになっていると思う。
身体が動くうちは これまでやってきた仕事を
ほんの少しでもやって 心のはりあいをもちたいという気もち。
大げさにいうと 
仕事も彼女の貴重な 自己実現の場だと思うの。

どこか 遠くに転居するとなると 
その仕事もいよいよ辞めることになる。 
それは 現時点での 迷いのもと・・・

でも それ以上に 考えるのは ひととのつながり・・・

そこを離れるということは これまで培ってきた人間関係を
いったんリセットすることも起こってくる。
つきあいがなくなるわけではないけれど 
物理的に離れるということは やがて心理的にも遠くなっていく
そんな可能性があるでしょう。
新しい土地で 新しい友達を見つけるのは 
歳をとればとるほど難しいというイメージもあります。

すぐパパッと会える 茶飲み・ランチ・おしゃべり友達の
存在の重要性は 彼女も わかっていると思います。
そういうひと達にも支えられて 
ひとりの暮らしを元気に送れているのよという言葉 
彼女から 聞いたことがありました。
だから どうしようか 考えている 迷っているのです。

わたしは
「もし K子さんが引っ越すことになったら すごく寂しい(>_<)
でも K子さんが決める事なら 応援します」というと
彼女は 「今すぐじゃないわよ そんな大事なこと 
簡単には決められないから じっくり考えてくわ。
○○さん(わたしのこと)とも こうしておつきあいできてるの 
すごくうれしいし やっぱり親しいひとと離れたくはないわよ」と。

今すぐじゃない・・・そう 彼女は 言ってくれたけど やがて
そういう日のくることを覚悟しておかなければと 
わたしは思っています。

誰だって 長年住み慣れたところを離れるのは 辛いです。
わたしだって こちらに戻ってくるとき 
それまで10数年暮らした土地を離れる時は 
悲しかった 寂しかった。
そこで知り合った友達と離れ離れになることが 
一番辛かったことだと 思い返してます。

   🍃

こうして書いていたら
・・・母のことを思い出しました。
母が 我が家に来ることになった時のこと・・・
軽い脳梗塞に罹患し 医師からは
「見守りが必要です」と言われた母・・・
ひとり暮らしの家を離れて わたしの家で暮らしてくれるように
母にお願いしながら わたしは・・・ 
そこを離れたくないという彼女の気もちを痛いほど感じていた。

まだまだ元気で 自由に動けた母でしたから 
できるならその家でまだ暮らしていたいと思ってたはず。
日頃から 「子供たちに面倒かけたくない 世話をかけたくない
自分でいろいろできるうちは この家で暮らしたい」
そう言っていましたから。

母だって 住み慣れたところを 離れたくなかった。
たとえ 
車で15分しか離れていない娘の家で暮らすのであっても・・・
でも 彼女は 
「〇〇子が困っちゃうなら仕方ないねえ」と言って 
我が家にくることを承諾してくれたのです。
わたしが 朝昼晩と 安否確認の電話をかけ 
一日一度は必ず様子を見に行っていたから 
それを申し訳ないとも思ったのでしょう。
わたしが 「母さんちに通うの 疲れちゃうよ~」と
嘆いたりもしちゃったからね。

できるなら ずっと母がその家で 
これまで通り自由に気ままに暮らせたらよかったんだろうな。
また わたしが実家に住んで 
母を見守るという方法もあったのでしょうが 
わたしには わたしの暮らしがあったから 
それは できなかったの。

だから・・・
母のことを思って心配したり 不安になったりする
そういう自分自身を安心させたいがために
わが家にくるよう 母を説得したのではないかという負い目が 
わたしの内に あったんです それは 今も あります。

それで
母が我が家に来てからも 
誰も住まなくなった実家の畑に野菜の種をまき 
収穫したりしに行きました。
庭に停まっている車を見つけて 
いつもお茶のみしていた同年齢の友人たちが
集まってくれたこともあったし 
一番仲良くしていたひとのお宅を訪ねて 
おしゃべりに花を咲かせたこともありました。

「娘が 車で連れてきてくれなくちゃ 
どこへも行けなくなっちゃったの」と話していた母・・・
わたしは 罪滅ぼしに ほぼ週末ごとに 
懐かしい家に お供した次第です。
母に ひととのつながり 続けてもらいたかったから。
 
高齢になって 暮らしの場所を変えなければならなかった
母の寂しさ・・・それを忘れないことが 今のわたしにできること
そう思っています。

     🍃

自分がある程度元気なうちに 
終の棲家をどこにしようか考えているK子さん

ひとり暮らしを続けたかったけど
のっぴきならない身体の状態で 
次の居場所を決めざるを得なかった母

いずれにしても 
いつかは わたしも考えなければならない時がくるのです。

親しい友達と離れて 
違うところで暮らさなければならないこと
この家で 暮らせなくなること

終の棲家のこと・・・ 

やがて やがて やってくる 
かならず その岐路に立たされる時
それは 想定内のことでしょう。


いろいろな視点で 考えておくべきことがありそうだけど
まずは ひととのご縁なのかな 大事なこと。
とりあえず 今はね。

親しいひとと離れることになったとしても
ずっとつながっていられたら ふっと孤独じゃないわよね。
思い出だけだって 生きられるかもしれないわ。

だから 今ここでの ひととのつながり 大切にしよう。

K子さんとの ふたり女子会
来月 やろうかな。
さっそく ラインしてみよう 💛


           おり~ぶ




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お知らせ
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5月の初めに再会した友達から メールが来ました。
あれ以来 近況など書いて 
時々メールのやり取りをしています。

先日のは こんな内容・・・

***この前 数年来「いつか使ってみたい」と思っていた
ある“ことば”を使えて…ヤッターと思いました。
以前 先輩と話している時に
「結婚は“気の迷い”でするものだから…」と聞いて
『気の迷い』をいつか使ってみたかったのよ。

知人が ご自身の母を亡くしたばかりなんだけど
昨夏 舅を亡くし 独り暮らしになった(嫁いびりの)姑と
「一緒に住んでもいいかなと思ってしまう」と言うので
「それは気の迷いよ。やめたほうがいい」と言ってみました。
時々 こんな楽しみもあります***

いつか使ってみたいと思っていた言葉を使えたの♪
そんなふうなことを書いてくる友達 わたし 好きだわ~
妙なところに!?小さな楽しみを見つけられる
彼女らしいメールです。

それで・・・
今日の話題は 彼女のことではないの。

メールにあった 「気の迷い」ということ。

気の迷い・・・
いつだって 迷ってますよ わたしも。

気の迷い・・・心が迷うこと 道や方向を見失うことetc
あるいは 出来心というような意味もあるけれど 
おおむね 選ぶということがあるから 迷いもあるんでしょう。

選択肢

考えてみたら 日々 迷いながら選んでいますもの。
何着ていこうとか 何食べようとか 
あれかこれか それかというような小さな選択から 
人生上の大きな選択まで。
そこには すべて 迷うということがついてまわります。

ふりかえると
わたしも もの心ついた時からこれまで 
迷って 選んで また 迷って この人生を歩んできてますよ。
小さな選択 大きな選択を繰り返しながら 生きてきた。
ほんと 人生って 選択の連続だなあ。

選択肢があればあるほど 迷って迷って 悩みも生まれる。
それに 何かを選んだということは 
選ばなかったものがあるということ。
選んだということは 何かを捨てたということ。
選ぶということは 一時的にせよ 
他の可能性を一切捨てさるということを意味するわね。
だから 選んだひとの 自己責任という感じにもなるけれど 
だからこそ 悩みます 悩みます。
だって 他の誰でもない かけがえのない自分のことだから。

選んで 迷って また 選んで・・・
気の迷いをたくさんたくさん 経験してきてるわねぇ。
人生は ほとんど 気の迷いから~なんて 思っちゃう。

yes no

メールにあった 「結婚は 気の迷いでするものだから」
この部分に ドキッとしましたよ。

そうね わたしの結婚も 気の迷いだったかも。
ふらふら~と 「結婚しようよ」なんて 
わたしから言っちゃったから(^_-)-☆
亡き夫・太郎さんは その時どうしたか・・・
「はぁ?!」とだけしかいわなかったかも そういえば・・・
あとで 義弟が教えてくれたけど 
「〇〇ちゃんが 結婚しようっていうんだけど 
どうしよう 本気かな」と 彼に聞いたらしい(^◇^)
義弟の「だいじょぶじゃないの 〇〇ちゃんなら」とのひとことで 
太郎さんは結婚を決めたとか そうでないとか・・・ 
太郎さんも 気の迷いだったのね!?

気の迷いではないぞ!!と 決めたことでも 
実は 気の迷いだったかもということ いっぱいありますよ。
例えば 仕事のこと・・・就職してから 
「ああ やっぱり これがわたしの天職だわ。
定年になるまで このお仕事頑張る(^^)/」 などと
意気揚々 生きがいをもって働いて 日々感動していたのに 
21年後のある日 いろんな理由で退職したくなっちゃった。
それこそ 気の迷い・・・

まさしく 臨床心理学の大・大・大先輩 故河合隼雄氏のいう
誰にでもある 中年期の心の危機
中年クライシスそのまんま。
様々な人生の 岐路に立たされる・・・自然な成り行きでね。
でも 迷って迷って 選択して 他の可能性に目をつぶり
今の仕事をしていられるから 
何とか その危機を乗り越えたということになるのでしょう。

それに これまでの 人生行路において
今の自分が 一番わたしらしく 生きているような気がする。
あの 気の迷い さらに こころの危機があって 
わたしにとっては よかったんだと思ってます。


だから
気の迷いって そんなに悪いもんじゃないなと思うの。
あんまり長い時間かけて 迷っているのは 
時間がもったいないけれど
迷って迷って 最終的に自分の選択に納得できれば
いいんじゃないかなあ。

それに とびきり迷って 
自分が選べなかったとしても それもありかな。
子どもの頃 「〇〇と△△ どっちにしようかな 
となりの神様にきいてみよ~♪」と歌ったことがあったけど
例えば 占いなどに頼ったりして 人任せの人生を歩むのも 
その結果を自分が受け止められれば 
それもひとつの生き方かもしれない。 

第三者に選択をゆだねるにせよ あるいは 
自分なりの納得感をもって選択する あるいは 
葛藤しながら選択を先送りにするにせよ
いずれにしても 
その結果は そのひとの今や未来を形づくるわけよね。

そして
何かを選んだ後には 
選ばなかった可能性の山がどさっと残るでしょう。
例えば 結婚する時のマリッジブルーのように 
幸せの絶頂にいながら 
選ばなかった可能性に思いを馳せてしまうと 
またまた 迷って 悩んでしまう。

ああ ひとのこころは やっかい極まりないわね。
でも それも自然なことかもしれなくて 
とことん納得できるように ちゃんとこころが働いてくれてる。
こころは ちゃんと自分を守ってくれるのです。
本人は ブルーブルーだけど そうやって悩んだあとには
明るいブルーの こころの青空が広がっている。
だから 安心して 迷っていい 悩んでいい。

冒頭のメールにあった
「お姑さんと住んでもいいかな」と思った知人
気の迷いかもしれないけど やってみたらいい。
それが そのひとの選択した道ならね。
結末は 誰にもわからない もしかしたら
素敵な思い出が作れて 今まで見たことのない
地平が見えるかもしれないものね。

     🍃

まあ とどのつまり 迷いながら どっちを選んでも・・・
なるように なる!!
この場合
なるようにしか ならない(>_<)ではなく
なるように なる!!
なるようになる!!の方が ポジティブでしょ♪
だから わたしは なるように なる!!

そしてね・・・
こう 思ってます。

まず シェークスピアの言葉より

運命とは
最もふさわしい場所へと
あなたの魂を運ぶのだ。


これまで選んできたことや
これから選んでいくことが
今や未来につながっていくけれど
どんなに迷って苦労して 自分が選んできても
自分が望むようなところに到達できるという保証は
全く ないでしょう。

でも もしかしたら
おおいなるものに導かれて
わたしは わたしの魂は
身の丈にあった ふさわしい場所に 
近づくことができるかもしれないわ。

そう 信じて
精一杯 安心して迷いながら 
生きていくことにいたします♪

ところで 今朝の庭には この花が・・・ 

DSC_0715.jpg

もうすぐ咲きそう まだ つぼみ。
もしかして 咲こうか 咲くまいか 迷ってる?
えっ そんなの シラン?

まあまあ 安心して 迷ってください
今日は それほど気温は上がらない感じだから
明日でも いいわよ 開くのは。

では また あした💛

 
        おり~ぶ



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昨日のこと・・・
を 書こうかなと思っていたのです。
つい 先ほどまでは・・・

でも 急遽 変更して
今日は このことを書きます。

お気に入りのブログを探した日々・・・

このことを書こうとした きっかけは
今朝 ブログ村のマイページを見たことから。
マイページは よく見ますよ。
自分のインポイントやアウトポイントをチェックできるから。

そのページをみて ひとり反省会やってます(>_<)
応援の意味の IN が少ない時は 
ああ やっぱりね ちょっとひとりよがりの内容だったわ
とか 文章の詰めが甘いのよ とか いろいろね。
書きたいことを書きたいように書いているといっても
やっぱり 読んで頂くことが前提だから その辺りは
真面目に取り組んでいます(^_-)-☆

そうそう それでね
マイページに お気に入りでフォローしてくれている人数が
出るとこ あるでしょう。
そこに 何と 8人とあったんです。

確か前は 3人だったのに 8人ですよ!!
わたしは すご~くうれしくなったの 跳び上がらんばかりに。
その欄は いつもは ほとんど気にはしていません。
たまたま 目に飛び込んできただけです。
いつから 8人になったのか わからない。
数か月前が 3人だったのです。

このブログをお気に入りに入れてくださっている方が
8人もいらっしゃる。
8人は 一般的にはすごく少ない数字なのでしょうけど
わたしにとっては そんなに~!!というほど多いの。

というのは 実はわたしも 
お気に入りでフォローしているブログがあって 
それは マイページの中のその欄に 表示されています。
相手の方には わからないんですよね。
わたしと同じように 人数だけわかる仕組み。
わたしが フォローしているのは 6人。
わたしにとっては 選りすぐり!?の6人です。

ふだんコメントを頂いている方は 
IEのお気に入りやデスクトップに置いてあるので
マイページの フォロー欄で確認するのは 
それ以外のブログ 異なるカテゴリーの方がほとんどです。
更新するたびに タイトルが示されるから 
その欄から入って 読んで 
こっそり 応援ポチして 戻ってきてます。
同じカテゴリーの方なら すぐ訪問できるから 
あえて お気に入りにはいれておかないの。

とにかく わたしがフォローしている6人より多い 
8人という数に びっくりしたり 喜んだり。
もしかして コメントを下さっている方も入って 
8人かもしれないけれど それでも 8人という数は 
わたしには 思いがけない今朝のプレゼントです♪

     🍃

ところで・・・(前置きが長くなって すみません)
お気に入りといえば・・・ 
お気に入りブログを 探した日々がありました。
わたしがブログを書き始めたのは 昨年からなので
お気に入りを求めて Webをさまよったのは
昔 昔 その昔・・・

わたしとブログとの最初の出会いは 2001年です。
乳がんになった時 藁をもすがる思いで 
初めて ブログの世界に 足を踏み入れました 読者として。
この時は 同じ病を抱えた方の闘病記を 
くまなく読ませて頂いた。
たくさんの知識や情報 そして 生きる勇気を頂きました。

     🍃

二つめの出会いは 2003~4年 
心理の資格取得の受験に向けて
これまた 必死の思いで 辿り着いたのが 
〇〇〇の勉強部屋というブログ。
その資格をとった方が書いている記事にかじりついた。
資格取得に向けた勉強法 過去問の解説 面接試験攻略法など 
本当にお世話になりました。
わたしは その受験に 一度は不合格(>_<)
やっと二度目で 合格できた時は 
初めて コメントを入れました。
もちろん 感謝の気もちを伝えたかったの。

先ほど 検索したら そのブログ まだ ありました!!
今も 多くのひとを 励まし 応援し続けていらっしゃることに
本当に敬服しています。

     🍃

そして 三つめの 出会いは・・・
タイトルにあるように
お気に入りのブログを探した日々の中での出会い。

長年勤めた仕事を辞めたあと 
現在の職種を志して始まった学生生活を卒業して 
まずは無資格で務め 
さらに有資格者として働きだしてからも 
今 思うと わたしは ず~っと寂しかった。
ちなみに 乳がんは 学生生活修了の年に
わたしを襲った病です。
そのことも わたしの孤独感や喪失感を
助長したと思います。

でも 受験や仕事やらで その孤独感は紛れていました。
その頃は 友達と遊びにいくなどという 時間やお金も
そして こころのゆとりも ありませんでした。
だから 今ほどには 友達との時間を過ごしていません。

いつも 母と どこかへ行ったりはしてました。
母となら 日程の調整など必要ないし 
いろいろ気兼ねすることもないですから。
そのころは 母が友達だった。
晩年 母が 「いろんなとこに連れてってもらったね。ありがと」
と お礼を言ってくれたけど
実は わたし 本当は ず~とずっと淋しかったの。
母がいてくれても それで埋められる 孤独感とはまた違う孤独。

その頃ね Webで 頻繁にブログを探したのは。
わたしのような ひとりものは 
どんなふうに暮らしているんだろう。 
みんな どうやって生きているんだろうと思ったの。
キーワードは 「ひとり暮らし 女性 シニア 未亡人」など。
そしたら いかがわしいサイトが いっぱい出てきましたよ。
たぶん 「未亡人」にヒットしちゃったの。
出会い系のサイトやブログ 
ちょっとエロチックな内容の言葉が出てきて 
あらあら そんなんじゃないのよっていう感じ。
未亡人て こんなくくりになっちゃうのと ショックでした(@_@。
もちろん そこには行きませんでしたよ 間違っても。

でも 真っ当な!!ブログに 出会うことができました。
シニアでおひとり暮らしをしている方 
50代ぐらいの はつらつおひとりさまで行動している方など 
時々 読ませて頂きました。
読んでいて 自分の感性にあっているなぁ 
このひとの生き方素敵だなあと思うブログを
IEのお気に入りに入れて 楽しませて頂きました。
ブログ村にも たびたび訪問させて頂いたわ。
ちなみに その時出会った ブログ・・・ 
今もブログ村にいらっしゃるんです うれしいね♪

その後は 2012年~
母が 我が家に来て 一緒に暮らすようになったりして
暮らしのリズムが変わり 
ブログを見ることもほとんどなくなりました。
仕事と母との時間に多くの時間をさくようになりましたから。
わたしの寂しさも 小休止というところでした。
数十年ぶりに 老いた母と暮らすのですから
ほんの少しの戸惑いと大変さはあったものの 
それ以上に ふたりで居るという楽しさを受け取って 
わたしは それまでよりは 意気揚々と暮らしました。

そして 2013年 その母とお別れして
わたしに 再び 孤独な時間がやってきた。
でも その時の孤独感は それまでとは 少々違っていました。

ブログの ごあいさつの記事にも書きましたが
「気がつけば 本当にひとり」になったのだと思ったら
妙にこころが軽くなったんです。
ひとりじゃなく 誰かがいてくれたらなぁという 
ないものねだりのわたしの寂しさは 吹っ飛んでしまった。
まあ それで わたしの寂しさが
全く なくなったわけではありません。
それは 生きてる限り 感じるもの 自然な感情だからね。
でも もう 孤独とお友達でいいよ 
ちゃんと 孤独していくもんと開き直っちゃったの。

そうしたら 
わたしらしく生きていくぞと勇気百倍になってきて・・・

    🍃

2016年 四度目のブログとの出会い・・・
ブログを読むだけじゃなくて 
記事を書くひとになったという次第です。


わたしが ずっとお気に入りブログを探していたように
どなたかも お気に入りブログを探していて 
見つけてくれたのが わたしのブログだったとしたら・・・
なんてうれしいことでしょう。
そんなことを想像しながら こうして 記事を書いています。

これから 出会うかもしれない
まだ 見ぬ あなた

あなたは どこに いらっしゃいますか?

わたしは ここにおります。
日本ブログ村 4989番地 (^_-)-☆
(前にも書きました。いろいろと四苦八苦
4989だからね)

どうぞ 探し当てて いらしてくださいね。

いつでも ここでお待ちしています💛

          おり~ぶ




今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
本日は 諸事情により
コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m

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まず 昨日のことから・・・
友達と 東京・神楽坂を散策して
楽しいひとときを過ごしましたが
往く時も 帰る時も 事故のため 
常磐線が遅延 遅延 チェッという感じ(>_<)
遅れて行って 遅れて帰ってきて 少々疲れました。

でも 疲れて電車に乗っているわたしが
ほっとした瞬間があるのです。
今日のお話は ここから・・・

voice.jpg

そう VOICE は 声・・・
ある声に癒された わたしです。

それは JR職員さんの アナウンスの声です。
特に 復路の 男性の声が素敵でした。
「本日は 列車が遅れまして 誠に申し訳ございません」
「事故のため 前の電車が 停車しておりますので
 その電車が動き次第 出発いたします。
 もうしばらく お待ちください」など
何度も 何度も 放送があったのですが ちっとも
うるさく感じなかったんです。

それどころか 聞きほれてしまったの。
だって 知的でさわやか 
ちょっと甘い 柔らかな声だったんです。
おそらく 20代後半か 30代の男性職員と思うのですが
これは 本当のところは わかりません。
声に年齢の出るひともいれば 声だけ若い人もいますもの。
実際にその職員のお顔を見ないで 
想像しているだけの方が いいかもしれませんね。

電車の中の声に関していうと 
もうひとつ 聞き耳を立ててしまった声もあります。
斜め後ろの座席に座っていた女性達の話す声・・・
とりあえず Aさん Bさんとしますね。
お互いの趣味のことを話しているらしいのですが 
ごく若い人ではなさそうです。
話の内容からすると ふたりとも 
60代後半~70代ぐらいの人という印象です。

そのAさんの声が とても若々しい感じだったの。
はぎれよく 明るく しかも 澄んだ声・・・
どうして そう感じたかというと Bさんの声が 
とてもしゃがれているように聞こえたからだと思います。
ひとことでいうと・・・老けてる(>_<) 
ひとりひとりの声を 同時に聞かなければ 
それほど感じなかったかもしれないけど 
ふたりの会話を聞いていると どうしても 比較してしまう。

わたしは 彼女たちの姿を見たくなってしまって
何気なく 窓外を見るようなふりをして 
斜め後方を ちらっと見たの。
そしたら 
ふたりとも まあまあ素敵な雰囲気のシニアの方々でした。
どちらがAさんかBさんかわからないほど 
見た目の一瞬の印象に それほど違いはないけど・・・

どことなく くたびれた表情のひと
ちょっと年上のように見えたひとが Bさんだったのかなぁ。
でも パッと見ただけだから よくはわからない。
よ~く見たとしたら 顔つきや表情の違いなどから さらに
その人となりの違いの一端を 見られたかもしれないわ。

ふと 声も老化するわよね・・・と思いました。
Aさん Bさんは 外見の印象に 
それほど大きな違いはなかったけれど
声だけに視点を当てると
明らかに Bさんの声は 
年齢以上に 年齢を感じさせたような気がします。
まあ ひと様のことを こんなふうに書いていては失礼ですね。
Bさん 喉の調子がよくなかっただけかもしれません。
でもBさんの声は 
もしかしたら わたしの将来の声かもしれないから 気になった。
とても 危機感を感じたの 声の老化ということに。

肉体は 日々老化していくのだから 声だって 同じでしょうね。
自分でも 気づいてます。
若い頃のような 高いきゃぴきゃぴしたような声 
少しずつ 出なくなっていますから。
わたしは もともとは 低音の魅力というのではなく
ふだんの声は 比較的 トーンの高い声なの。
テンション高い時は どこから出るの?というぐらい
声が高くなることもありました。
ありましたと過去形なのは 
今は それほど出なくなっているからです。

あら やだ 声も老けるのねぇ (>_<)
確実に 着実に おばあちゃん声になっていく・・・
それは それで 成熟の魅力だけど
できるなら 若々しい声で 話したいなあ。


    🍃

声を出すのに重要な部位は 声帯・・・
いろいろ 調べてみたら
年齢とともに 老化するそうですよ 本当に。
・ 高い声が出にくくなる
・ かすれる 低くなる 大きい声が出にくくなる

50歳ぐらいから 老化のスピードが速まるらしい。
足腰の老化と同じですね。
声帯は 声を作る部分の筋肉だから
身体の筋肉の衰えとともに 声帯も確実に衰える・・・

さらに高齢になってくると
声帯のすきまから 
気管や肺に食べ物などが入りやすくなるんでしょ。 
それが 誤嚥 (>_<)
ご縁じゃなくて 誤嚥・・・ 縁を結びたくない ごえんです。

そういえば わたし このごろ 
食事中 ちょっとしたはずみで むせたりしています。
つまり 飲み込みづらくなっているということ?
以前は こんなこと なかったような気がします。
これも 老化ですよね はや 62歳にして このありさま。
歳をとるということは・・・トホホ トホホの連続だ~。

むむむ このままではいけないわ。

ず~っと 若々しい声で 話したい 冒頭のAさんのように。
声だけ!?でも 美人と言われた~い(^_-)-☆
食べる時 むせないで 涼しい顔で もぐもぐした~い。

    🍃

そのためには こんなこと こころがけようかな。
  (備忘録)
●声帯を鍛える。 
これは大きい声や様々な音程を出すことがいいらしい。
趣味の朗読のレベルを上げるためにも これは必要。
●酒 たばこは要注意。
喉に刺激的すぎるのかな たばこは吸っていないからOK 
お酒もちょびっとだから まあOK。
●冷えを防ぐ。
う~ん これは 冬はいろいろと首に巻いているけれど 
夏場は ちょっと油断していたから 
冷房時は 薄い夏物のスカーフなど巻きましょう。
自分なりのボイストレーニング中は 常温の水を飲みながら。
保湿のため と 冷水で声帯を冷やさないために。
●保湿といえば 寝ている時 口をぽかんと開けないで 鼻呼吸。
これは 工夫しています。
起床時 喉がからからになることは 全くなくなりました。
以前 記事に書きましたので ご興味のある方や
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
鼻呼吸しましょ 眠る時の必需品

●声帯も鍛え 飲み込む・嚥下の力を保持するのには・・・
母がやっていた お口の体操 やろうかしら。
母と暮らしていた頃は 食事の前に必ず 一緒にやっていたの。
パタカラ パタカラ パタカラ パタカラ
母がディサービスで 教わった方法です。
パタカラと発声すると 口の中や舌がよく動くようになるらしい。

と まあ
こんなことを 意識しながら 声の老化を防ぎたいです。
いつまでも 若々しい声と 気もちでいられるように。

   🍃

そこで 今朝は 早速
「パラ ピリ プル ペレ ポロ」
「マラ ミリ ムル メレ モロ」と 早口で
発声しつつ ウォーキングしてきたら 疲れたぁ(>_<)

何をやるのも やりすぎない。
過ぎたるは 及ばざるがごとし。
声帯の強化も やりすぎると老化を速めるそうですから
ほどほどに。

朝歩きをして 家に着いたら・・・
母の形見のバラが 咲いています。

DSC_0710_201705221025081c4.jpg

パタカラ パタカラ オタカラ

父と母にもらった この身体 この声帯
この 声 ・・・
大切に ケアしていきます💛


          おり~ぶ




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