6月も 晦日になりました はやいものです。

今朝 新聞を見ていて 訃報欄に おやっと目がいきました。
亡くなられたのは 知人ではありません。
身近にいるひとでもありません。

その方は これまでわたしの知らなかったひとです。

訃報欄には
俳句界の「不良少女」という見出しがあり 
故人についての紹介文が書いてあったので
目に留まったのです。
俳人 金原(きんばら) まさ子さん 106歳でした。

新聞には このように紹介されていました。

49歳で俳句を始めた。
100歳からブログで一日一句を公表して話題となり
2014年に 句集「カルナヴァル」で 
現代俳句協会賞特別賞の受賞を受けた。
自由奔放な句風で知られ
俳句界では「不良少女」と呼ばれた。


これを読んだら さっそくブログに 
うかがいたくなりました。
検索したら さっと出た♪
このブログです。
  👇
金原まさ子百歳からのブログ

6月27日に亡くなられたので その日の日付で 
管理人からのコメントが 投稿されている。

お顔とお姿と・・・まじまじと見つめました。
若々しく エレガントで素敵な女性 
にこやかなおばあちゃまという印象です。
2013年には 「徹子の部屋」にも出ていたんですね。
俳句をやっていらっしゃる方はもちろん そうでない方でも
金原さんを知っている方 いらっしゃるかもしれません。
わたしは 訃報を見て 初めて知った次第です(^_-)-☆

自由奔放な俳句と紹介されていた その句・・・
ブログは 2011年 大震災のあとの 
6月からスタートしているので
かなりの数の句を 読むことができます。
でも まだ そこにあるすべてを読めていません。
なんといっても さきほど出会ったばかりですから。

スクロールしながら 
いくつかの句を さ~っと読もうとしたのですが
読めない漢字 初めて見る言葉が どんどん出てくるし
(わたしには)難解な意味合いの句もあり
これは かたてまに読んだり 味わったりできないなぁ・・・
そう思いました。
ただ 
自由奔放といわれている金原さんだけの 独自な世界
その雰囲気だけは ちょっぴり知ることができました。
時間のある時に じっくり読ませて頂くことにします。
辞書をひきながらね (>_<)

とはいっても 
ちょこっとわかるなぁと思えた句もありました。
例えば こんな句

乾いた水中花ですよ 近づくな

芽吹きの森 シャンパングラスが 足りないよ

そうか咲いたか 6月の花電車


ねっ 何となく この3句の世界 イメージできませんか?
型にはまらない 独自な世界 
ひとつの句から いろいろなことを連想できる 
そんな句だなぁと感じています。

金原さんが 俳句を始めたのは 49歳
人生の折り返しを過ぎてからのスタートです。
専業主婦のかたわら 創作を続け 
始めてから10年後に 俳句の賞を受けておられる。
子ども時代から 友達も作らず 
ひたすら文学に接していたとのことなので 
才能が花開くのは 自然なことだったかもしれません。

ほとばしるような創作への意欲
自分の内にあるものを とにかく 句として言葉にしたい
そんな熱い思いを 想像すると
金原さんへの興味が ふつふつと湧いてきます。

100歳で ブログを始めたということも すごい!!
ひとは やろうとすれば いくつからでも 始められるんだね。
そうやって 発信して下さったから
今 わたしは 彼女に出会うことができたんです。

金原さんも センテナリアン(100歳以上のひと)
すご~く長生きされる方は 
生きるエネルギーが 半端なく 強いんだと思います。
彼女は 俳句を詠むことで 句集を出すことで
ブログで発信することで より エネルギッシュに生き
人生を全うされたのかもしれません。

新聞の訃報を見なければ
わたしは ず~っと 彼女のことを知らずにいたと思います。

今は こうして
金原まさ子さんのお姿と 俳句を 
ブログで拝見することができました。
金原さん あなたのことは
わたしの記憶に 長く長く 残り続けると思います。
こうして いのちは つながっていく・・・
金原さんに こころから 感謝いたします。

     🍃

と いうことで
6月も最終日です。

今月も いろんな出会いがありました。
リアルなところでの 出会い
今朝のような 出会い
映画やTVで観たひととの出会い
そして
このブログを読んで下さっている あなたとの出会い

出会いを大切にしていきたい 
あらためて そう思っています。

ところで
短歌を一首 つくりたくなりました♪
恥ずかしいけど お披露目しちゃう。

訃報にて はじめて出会いし俳人に こころ惹かれて 6月が逝く

      🌻

あの出会い この出会い

すべての出会いに 感謝いたします 💛 
 

     おり~ぶ



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TVで目にするたび
いいなぁと 思うCMがあります。

それは JR東日本のCM 「森林ヨガ」篇
JR東日本・・・西日本 九州 沖縄 北海道には
放映されていないかもしれません。
読んで下さっている方の中に そちらの方が 
もしいらっしゃったら わからないかもしれませんね。
ご容赦くださいませ。

それは ➡JR東日本 大人の休日倶楽部 森林浴 
長野県 飯田市のなべくら高原で撮影されたもので
吉永小百合さんが出演しています。
緑あふれる森林の中で ヨガをしている映像なの。

わたしは このCMを見るたびに
ああ どこか 行きたいなぁ 緑が いっぱいあるところ。
森林浴して CMのようにヨガやったりして 
一週間ぐらい のんびりしたら いいだろうなぁ。
生き返るわ~ きっと♪
と かなわぬ夢をみているのです。

とりあえず 今のところ 森林浴の旅の予定はないので
緑あふれる森の話はできません。
なので 緑つながりで 緑色 あるいは 緑の香りについて
ちょこっと 綴ってみます。

    🍃

緑色は 色のなかで 大好きな色のひとつです。
昨年 ブログを書き始めたころに
好きっ♡ 緑色 という ミニ記事を書きました。

緑色 こころが落ち着く色なんですよ~
色彩心理学では バランスと安らぎの色といわれています。

暖色でも寒色でもない中間色
最初に地球を彩った色は 緑色といわれているように
自然 そして自然のものを思い起こさせる色の筆頭です。
緑色のもつイメージは 安心感 興奮を鎮める
癒しと成長 調和や安定 平和 などでしょうか。

東京都の小池知事のシンボルカラーは 緑色?
選挙中も現在も 緑を主とした色合いの洋服を着ています。
彼女も 緑色が好きなのか それとも 色の象徴性を
アピールする戦略でしょうか。
いずれにしても 緑色 似合っていらっしゃるなぁと思います。

わたしも 色のもつ効果については 関心があるので
洋服や持ち物などに 緑色を取り入れることが多いです。
過去記事の写真のような 布製のバッグとか 靴とか・・・
今日の写真は この緑色♪

緑のストライプの麻のシャツ 涼しい。

DSC_0782.jpg

薄い緑色の ペタンコ靴 軽~い。
年甲斐もなく かわいい靴(^_-)-☆

DSC_0781.jpg

そういえば 以前は 黄緑色の車にも乗ってました。
色の種類の中から やっぱり選ぶのは 緑系。
でも 今の軽自動車は クリーム色です。
クリーム色も好きな色だったし 車種のカラーに
緑色がなかったから(>_<)

ちなみに 今 この瞬間に来ているTシャツも 緑色。
飽きない程度に 緑色 取り入れてます。

    🍃

緑・・・
色だけでなく 緑の香りも 何やら効果的らしいです。

以前 新聞で 
緑の香りは 
免疫力をアップするという記事を読んだことがあるの。
ストレスや疲労は 免疫力を下げる 
ACTHというホルモンを増やすらしい。
このホルモンを減らすのに 効果があるのが 
緑の香りだそうな。
某大学の先生が ネズミやサルの実験で 立証した。
サルの実験では 疲れにくくなる効果もあったそうよ。

「緑の香り」は 
草を摘んだり踏んだりした時に感じる青臭さ
その程度でも効果があるんですって。
草地を散歩して感じる程度のごく微量でも効果があるって。
まあ これには びっくり。
ただ ヒトでどうかという結果は 
今後の研究を待つところかな。
まあ わたしも おおもとは おサルの仲間でしょうから
少しは 効果があるかもしれません。

草を摘む 草を踏む時の青臭さ・・・
それって 庭の草取りの時 いっぱいいっぱい 浴びてます。
緑の香り~
しかも しゃがんで草とってる時なんか 
草に鼻がくっついてますから
かなり 緑の香り 嗅いでますよ。
それにしては 草取りの後 結構 疲れてしまうんですけど?
なになに・・・ 草の匂いで それぐらいで済んでるって?

そうかなあ?
と 少々疑問も残るけど
草の香りは 
身体に悪さしないってことは よ~くわかったので
安心して 草取りします。
ほんのすこ~しだけでも ストレスホルモン減らしてくれれば
よしとしましょう。
草取りを頑張る 励みが ひとつ増えました。
草の香り 緑の香りが 免疫力アップに効くそうな♪

    🍃

ところで 冒頭の 森林浴のCM・・・
森林の中の散歩やヨガで リフレッシュすること 間違いなし。

森の木々から出る フィトンチッド という化学物質の
殺菌作用や森林の香り成分が 
健康維持や安らぎ・癒しに 効果があるといわれています。

月一回でも 効果が持続するとか
緑の多い公園で過ごすことでも 効果ありとか
そのようなことをきくと 
ふだんの暮らしの中でも 緑の中の散歩を
取り入れられるんだわと思います。

そういえば
わが家の近くにも 森林公園なるもの ありました。
車で 15分じゃないか。
そこへ 行けば 森林浴できるぞ~。
とは 思いつつ
やっぱり ちょっと遠出をして 知らない森に行ってみたい。

ああ どっか 行きたいよ~
様々な緑色に彩られた 静かな森の中で
こころもからだも 癒されたいなぁ。

緑色  緑の香り  森林浴
ああ どっか行きたいと 夢みる日々♡

せめて
庭のコニファーの木陰で
森林浴しようかしら。

DSC_0785.jpg


ああ  森林浴で 癒されたい💛


   おり~ぶ




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JR東日本 大人の休日倶楽部 森林浴

いきなり 写真から失礼します。

DSC_0777.jpg

これは 柚子スカッシュ。
先週の朗読スタジオの帰りに 喉が渇いてかわいて
ひとり カフェに立ち寄りました。
久しぶりの レトロなカフェです。
お目当ては この 柚子スカッシュなの。

店主は 中年の女性で このスカッシュは
もちろん 手作りです。
冬には ホットな柚子の飲みものが頂けます。

お店の前に 「氷」の旗がひらめいていたので
夏バージョンの柚子スカッシュ あるよねぇと期待していたら
メニューに ちゃんとありました♪

写真は・・・結構大ぶりのグラスです。
かき混ぜていない状態なので
底の方に 柚子が沈んでます。
スプーンもついてくるの。
ということは 柚子も 頂きま~す。
これが またおいしいんですよ。
甘く煮てあるから 酸っぱすぎず とろとろとおいしい。
もちろん 種も入ってるけど
そんなことは 問題にならないほど う・ま・い♪
柚子は まるごとではありません。
大きめの柚子の 一部分でしょう。

この飲み物
レトロな雰囲気の 木造りのカフェで頂くから
なおさら 美味しく味わえるということもありますね。
ゆっくり ゆっくり 味わって
のども こころも潤して お店をあとにいたしました。

     🍃

柚子スカッシュ
自分で作れれば なおいいわね。
やろうと思えば できないことはないんでしょうね。
お客さまに出せるほど
おいしくできるかどうかは別にして。
でも 柚子スカッシュは つくったことがありません。

あっ それはそうと 柚子で思い出した。
今年の初め 義姉がくれた 手作り柚子味噌があったっけ。
一度ぐらい 柚子味噌こんにゃくを食べたくらいで
そのままだった。
むむ あれは どうなったかしら?

冷蔵庫の奥の奥・・・といっても
うちの冷蔵庫は スリムな 割と小さいものなので
そんな奥行きはないんですけどね。
ごそごそと いろいろなものをどけていったら
奥の隅っこに 鎮座しておりました。
これ♪

DSC_0780.jpg

義姉が 製造年を書いといてくれました。
中をあけたら 何の変化も見えません。
においも 変化なし。
でも 食べても大丈夫なのかなあと少々 不安になったので
ネットで調べたら かなりの期間 もつらしい。
そこで あらためて味見をしたら
う~ん 柚子の香りだわ~ 当たり前だけど。

せっかく久しぶりに表舞台に出てくれた 柚子味噌
これから いろいろに 味わうことにいたします。
そうじゃないと また 新たな柚子味噌
義姉からもらっちゃえる季節になりますよ。
そのようにして 自分で柚子味噌を作ることなく
時は 流れていくのです。

あっ ところで
うちにも 柚子の木 あるんですよ。
大きくなり過ぎないように 剪定ばかりしているからなのか
実が あまりならない 柚子の木。
それでも 一昨年は 10個 なりました。
昨年は 全く ならず。
えっ 今年は?
確か 白い花は いくつか咲いてたけど どうなったかしら?

木のそばで じ~っと 目を見張ること 3分
何と 1個だけ なってたの。

DSC_0779.jpg

かわいいねぇ でも たったひとつだけ。
この1個 ちゃんと 大きく育って 黄色くなってよね。
上野動物園のパンダの赤ちゃんだって
白黒になってきたんですってよ。
あなたも頑張って!!
わたしは 祈るような気もちです。

     🍃

ところで
柚子スカッシュも 柚子味噌も手作りのもの・・・
わたしは この頃 面倒っちいなぁと思ってやらないこと
増えてるような気がします。
特に 手作りのもの・・・

以前は 梅ジュースを作ったり 
イチゴジャムを作ったりしてたのに。
去年のブログ記事でも ➡らっきょう漬けの記事 書いてました。
今年は なんか やる気なく やってない。

最近 とんと やらなくなってたなぁ いくつかのこと。

面倒っちいかぁ・・・
最近 義姉もいうのです。
「齢とると だんだん いろんなこと面倒になってくるね」と。
その言葉 だんだん 徐々に 共感できるようになってるわたし。
齢のせいにしてやらないでいると
はやく老けちゃうぞ~という黄信号が ピカピカしてる。

ああ これじゃ いかんいかん。
決して 時間がないわけじゃないのよね。
とりかかるまでのおっくう感を 打破せねばと思います。

先日観た 「人生 フルーツ」の英子さん 87歳
あの姿を 思い浮かべる。
そして わたしの亡き母の姿を 思い浮かべる。

こつこつ やってたなぁ いろんなこと
繰り返し 繰り返し こつこつ こつこつ
こつこつのレフレイン♪
こつこつ やれば 見えてくるものがある・・・

さあ ぐだぐだ言ってないで やるべし。

とりあえず らっきょう漬け やることにします。

JAの直売所に電話して聞いたら
「らっきょう はい ありますよ」と 元気な声が返ってきた。
行かねば 買わねば らっきょうくん ('◇')ゞ

今年も らっきょうを漬けられる♪
来年も おいしいらっきょう漬け つくるんだ。
そんなふうに
ちょっと先の未来を見据えながら 
希望をもって 暮らしていこう。
こつこつ こつこつね。

やらなくなってたこと
また やってみます💛


     おり~ぶ



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今日のタイトルは 「美醜の境い目」

この本を 少しだけまねています。
   👇
美醜の境界線: 美しい生き方のための規律(ルール)

著者は 昨年の記事 ➡自分の言葉で・・・でも取り上げたことのある
作詞家・エッセイストさんです。
その吉元さんが 
言葉をあやつる魔術師のように思えて 
わたしは ひそかに ちょっぴり尊敬しているの。

この本では 次のような前書きが書かれています。

私たちが自分を高めたいと思った時 迷っている時 
正しいか正しくないか 利益になるかならないかといった
実利的な基準とは別の
自分自身の判断基準が必要になる。
それが「美醜」という判断基準・・・


さらに 彼女は 美醜は正反対に位置しているのではなく
一線を介して隣り合っていると言っています。
その一線を越えてしまうか踏みとどまるか
そこが 美醜の境界線なんですって。

ほほぉと思い 興味をひかれました。
ひとには 表もあれば裏もある 
光あるところには影・陰がある
ひとりのひとのなかにも
明るい×暗い ポジティブ×ネガティブ 親切×意地悪
それらは すべて 一線を介して隣り合っている。
その境界線は どこなのかしらと 読み進めた次第です。

吉元さんは 49の項目で 美醜について述べています。
わたしが 特に 興味をもった項目をいくつか ご紹介。

〇 嫉妬の感情を自覚している人 × 嫉妬に他人を巻き込む人
〇 選ぶ人 × 天秤にかける人
〇 人の話を受け止める人 × 人の話を奪う人
〇 祈る人 × 願う人
〇 自分を落とせる人 × 実は自慢している人
〇 褒める人 × 比較する人
〇 力を借りる人 × 利用する人
〇 距離をおく人 × 逃げる人
〇 打ち明ける人 × 隠す人
〇 「そうね」という人 × 「でもね」という人
〇 にじみ出る人 × 上塗りする人
〇 有難いと思う人 × あたりまえだと思う人
                   Etc
こうして書いてくと 全部書いちゃいそうなので
この辺で やめておこう。
項目の見出しを読んだだけでも こころあたりあるわぁとか
そんなひと いるいるって わたしは 思ったので
あっという間に読んじゃいました。

でもね!!
さきほどの項目の中にも
「そうね」という人 × 「でもね」という人 とありましたけど
吉元さんの書いている49の項目のうち
48の項目についての記述は
まぁまぁ おおむね 
とりあえず 「そうね」と了解しました。

でもね ひとつの項目だけ 全く納得できな~~い!!

それは この項目
〇 「-」の人 × 「~」の人 というところ。

彼女はSNSの投稿を見て 気になっているのが
語尾につける「-」(おんびき)「~」(なみせん)だという。

次の文章を読んでね。
彼女の主張は 青文字  黒文字は わたしのこころの声です。

私の感覚でしかないのですが 「~」を使い過ぎるのは
美しくありません。内容ではありません。
「~」を多用することが 「醜」につながるのです。


え~ そうなの?!
わたし 「~」って 結構使ってますよ ブログで。
第一 ハンドルネームのおり~ぶに 「~」入ってるし
楽しもう~ 何とかですよ~ など よく使いますもん。
「~」を多用すると 醜いの?! ありゃあ まいった。

「〇〇さん~」「楽しみ~」「ありがとう~」
これらの文章を声に出して読んでみてください。 
どんな感じがしますか?


どんな感じって いろいろな読み方できるから 
別に問題ないんじゃない?

「~」という記号のもつニュアンスは 
ポジティブに表現されているでしょうか。
語尾をだらしなく伸ばして 何とも甘ったるく しまりがない。


わぁ だらしなくて しまりがない? そこまで言わなくても(>_<)

親しい者同士の 親しい会話だからいいのではないかと
いうことも言えますが 大人の女性の発信する表現として 
わたしは そこに美も粋も遊びも感じることができません。


きゃっ 「大人の女性として」と言われると ギャフンときちゃう。
美も 粋も 遊びも感じないって!!
でも そこまで考えて「~」を使ってるわけじゃないもん。

「-」での表現には 甘ったるさは感じられません。
相手に甘える気もちで書くなら 「〇〇さーん」と書いた方が
かわいいと思うのですが どうでしょうか?


えーっ そうは思いません。
「〇〇さ~ん」の方がかわいい 断然かわいい ものすごく♪ 
ブログ村の方達だって 「~」を使ってる方いらっしゃるけど
一度も違和感もったことないもん。
「~」からかもし出される雰囲気 自然に受け止めてたよ。
それじゃ ダメぇ?

ということで しばし わたしのこころは 
無駄な反撃をしましたが
最終的には この言葉にうなだれました。

表現ですから自由 何をどう書いてもいい。
でも ここで言葉を選別するのは感性であり 美意識です。
自分の感覚的な世界の中で 「これがいい」というものを
書くという意識が大切です。
誰も好んで
「醜」と感じられる表現をしているわけではありません。
内面の美 見えない美に対してもう少し意識を向けると
境界線が見えてくるのです。


はい ごもっともでございます m(__)m

結局のところ
彼女は 主張の初めに ちゃんと
「あくまでわたしの感覚でしかないのですが」と
言っているわけなので
その感覚を 押し付けようとはしていない。
読んだわたしが 
「~」ひとつで 十分に揺さぶられた次第です。

ブログを書いて こうして発信している以上
自分の綴る言葉に 少しは神経を使ってきたつもりですが
さすがに 「~」のことまでは考えませんでした。
まあ それは それで わたしの美意識から出た「~」なので
間違っているとは 全くもって 思ってはいません。

しかしながら 
自分が感じる美というものに もっと意識をむけて
自分の感性や美意識を もっと磨いていきたい。
そのことは 今 かなり感じています。

その言葉は 美なのか醜なのか
その行為は 考え方は 美なのか醜なのか
ほとんどすべては きっかけひとつで 
美にも醜にもかわるでしょう。
そのきっかけをつくるのは
自分の美意識・・・と吉元さんが 言っているので
こころに留めることといたします。

美意識がはっきりしていなかったら
「美醜の境い目」はわからないでしょうからね。

でもね 
これからも 「~」は 使いますよ~
使い過ぎなきゃ 「醜」にはならないでしょう 吉元さん。

おり~ぶも このままよ~
「おりーぶ」ではなく 「オリーブ」でもなく
「おり~ぶ」
わたしの感性から出た言葉だから
これでいいのです💛


   おり~ぶ



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今日から また一週間・・・
今朝は ゆったりした気もちでスタートしました。

起床後 身支度を整えて 
部屋干しの洗濯物を ハンガーから外しました。
いつもより 丁寧にたたんだような気がします。
燃えるごみを収集場所にもっていきながら 
少しだけ朝歩き・・・
ぽつり・・・と雨粒が 落ちてきましたが
家に着くころにはやんでいました。

一面灰色の曇天ではあるけれど
こころは 何だかちょっと さわやかです。

いつもの朝より ゆったりしたこころで過ごせるのには
理由があります。

それは 昨日観に行った 映画のおかげなの。

このドキュメンタリー映画です。
愛知県にお住いの ある建築家のご夫婦と雑木林の物語。
   👇
人生フルーツ 公式サイト

今年の初めには TVでも観られたようなので
ご覧になった方も いらっしゃることでしょう。
そのころは この映画のことを知らずにいて
見逃してしまったようです。

その後 どなたかのブログの記事で知り 
ぜひ観たいと思っていました。
東京の映画館が上映しているという情報を得ましたが
なかなか行けずにいたところ
キネマ旬報シアター(千葉県柏市)が 
ロングラン上映していることがわかったの。
常磐線沿線で なじみのあるところなので 出かけた次第です。

遅ればせながら 
この映画 そして 主人公の修一さんと英子さんに
出会うことができました。

    🍃

映画の中身は 先ほどの公式サイトに書かれているので
ここでは こまごまとした内容については省きますね。

90歳の修一さんと 87歳の英子さんの日常の暮らしぶりを
静かに見つめたドキュメンタリー
修一さんの建築家としての人生にも触れながら 
彼に寄り添う英子さんとのふたりの暮らしを
淡々と かつ 優しいまなざしで撮った映画です。

おふたりの暮らしは 月並みな言葉でいえば スローライフ・・・
雑木林の中で ちいさな自然を愛で 
野菜や果実を収穫し 丁寧に料理して味わう。
自分たちでできることは 何でもやってみる。
それをずっと繰り返し 暮らしを紡いできています。
そして そこでは 実にゆったりとした時が 流れている
お互いを 時には 名前で呼び合い
同じ方向を見つめて 暮らしているふたり・・・

樹木希林さんのナレーションも ふたりの物語にぴったり・・・

風が吹けば 枯れ葉が落ちる
枯れ葉が落ちれば 土が肥える
土が肥えれば 果実が実る
こつこつ ゆっくり
人生 フルーツ


このフレーズが 何度も繰り返し 語られました。

こつこつ ゆっくり 人生 フルーツ

人生は 自然の恵みを受けて
ゆっくりゆっくりみのる フルーツのようだ。
そういう意味なのかなぁと思います。

映画の終盤で おひとりになった英子さんが 語ります。
「ひとりになっても 今までと同じようにこつこつやっていけば
何か 見えてくるものがあるように思います」というようなこと。

わたしは この言葉が すごく こころに響いたんです。

こつこつやっていけば 何か見えてくるものがある・・・ 

そうよね!!
日常のこまごまとしたことでも 仕事でも 
こつこつとやっていけば 何か 見えてくるものがある。
そんなふうに思ったんです。

「こつこつ」という平凡な言葉を 
英子さんが語ってくれたことで
「こつこつ」が わたしの中で 急に輝きだしたの。
ふだん何となく思っている当たり前のことが 
はっきりと 自分の内で腑に落ちた・・・そんな感じです。

こつこつと積み重ねていることは
先ほどのフレーズでいうと 「枯れ葉」にあたるかもしれないわ。
日常の 仕事上の いろんなことは 
日々どんどん生まれてきて それをわたしはこなしてく。
いろんなことは どんどん 過去の枯れ葉になるの。
でも その枯れ葉が いい土壌を作るんだわ。
そして そこに 美味しい実がなるんですね。

実をならせるためには こつこつと 
ひとつひとつ丁寧に ただ こつこつと 繰り返していくことね。
そんなふうに 思ったら
こころが晴れやかになりました。
日常の暮らしの 面倒になるようなことでも こつこつと繰り返す
それでいいんだと 気が楽になります。
仕事も ひとつひとつのケースを こつこつと丁寧に。

こつこつとやって 積み重ねていくことで
美味しいフルーツのなる 
実りある人生へと歩めるような気がします。
こつこつ ゆっくり・・・
いろんなこと そんなに 急がなくていい。
ゆっくり こつこつ
こつこつ ゆっくり

あっ ブログもそうね。
日々 こつこつと綴っていたら 
何か見えてくるものがあるはず。

最近思うんです。
わたしにとって ブログは こころ育て 自分育てだなって。

ひとつの記事を書くことで 
自分に向き合うから 自己理解も深まるし
何より 自分についての 新たな発見もありますもの。
せっかく見つけた自分のこころ 
せっかくだから 育てたいって思う。
大げさに言うと 書くことでも 自分を育てていくみたいな
そんな感じがしてるんです。
だから こころ育て 自分育て・・・

ひとは 生涯 発達し 成長を続ける生き物でしょ。
こつこつ こつこつ 書いていくことで わたしの成長に
つながるのではないかな。 
まあ おいしいフルーツになるか どうかはわからないけれど。

そんなこんなで
「人生 フルーツ」の映画は こころに残る素晴らしいものでした。
また 折にふれて じわりじわりと思い出し
味わいの余韻を楽しんでいきたいと思っています。

と ここまで書いてきたら
外が明るくなってきました。
曇天から 少し晴れ間が見えてきてます。

お庭の花も おひさまの光を喜んでるかな。

DSC_0772.jpg

かわらなでしこ
もう 十数年 この季節に咲いてくれてます。
枯れそうなんだけど 枯れなくて 毎年驚かされる。
この花も こつこつして 生き延びてくれてるのかしら。
こつこつ ゆっくり ずっと咲いてね。

それでは また♪

日々の暮らしも ブログも 

丁寧に 積み重ねよう
こつこつ ゆっくり💛


     おり~ぶ



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本題に入る前に ちょっと前置きいたします。

昨日は 二週に一度の 朗読スタジオへ

今年のレッスンのテキストは 和ものです。
伝統芸能の出し物の中から いくつかの作品の一部を
読んでいくことになりました。

講師のJ先生は 洋ものの舞台にもたつ役者さんですが
もっともお得意としているものが 「和」の世界

わたしは これまで 読んだり 観たりしたことが
ほとんどなかったので とっても新鮮。
昨日までに 三作品の一部を読みました。

婦系図(おんなけいず)
三人吉三(さんにんきちざ)
源氏店(げんやだな)

よみがなを書いたのは 初めて見た時 
わたし 実は ほとんど読めなかったから(>_<)
朗読仲間には スイスイと読めるひとがいましたよ
ふだんから 歌舞伎などの伝統芸能を見ているひと。
さすがねぇ。
おとなのたしなみとして それぐらいわからないと・・・
とは いわれなかったけど ちょっぴり恥ずかしかったわたし。

    🍃

前置きが長くなってすみません。
今日の話題は レッスンの中身のことではなく
食べるという行為について・・・
なんじゃそれ?と お思いでしょうが 
よろしくおつき合いくださいませ。

    🍃

「食べる」にまつわる J先生のエピソードから

J先生は レッスン日の朝 東京からいらっしゃいます。
午前中のクラスは 午前10時~12時40分
午後のクラスは  12時50分~ 15時30分
何と ふたつのクラスの間は 10分しかないのです。

わたしは 午後クラスなの。
午前クラスが終わってから 部屋に入るのですが 
その時 先生の姿はみえません。
たぶん 急いで別室に行き お昼を食べるのかなあ。
それとも 電車の中で 遅い朝食をとってくるのかなぁ。
そんな想像をしています。

その日も 時刻ぴったりに 先生が着席されて レッスン開始。
でも 先生が 開口一番
「ごめん 昼飯食べられなかったんだ」と言いいながら
バッグから サンドウィッチを取り出したの。
わたしは 今年で 3年目の朗読スタジオだけど
先生が そんなふうにしたのは 初めてのこと。

みんなも え~と 同情的なため息。
「どうぞ どうぞ 召し上がってください」という雰囲気になり
先生は 「すみませんねぇ」と茶目っ気だしながら
おもむろに サンドウィッチの包装をほどきだして
・・・・・
急に 顔をあげると
「やめとこ 裏の部屋で食べてくるから ちょいとお待ちを」
などと言って そそくさと 扉をひいて 姿を消した。
みんなが テキストを黙読していると 
5分ぐらいたって 先生は戻られた。

わたしは この先生の行動が すごく 興味深かったんです。

彼は さすがに 
みんなの見ている前では 食べられなかった。
約40人の生徒の前で 食べるのは それは 恥ずかしいでしょ。
「食べる」という演技を見せるなら 平気なことだけれど
「食べる」という 素の行動は とれなかった。

わたしが 同じ立場でも そうしたと思います きっと。
「食べる」という行為のもつ意味を考えると
先生がとった行動は きわめて自然な行動だと思うから。

「食」は 生命維持に欠かせない本能的・生理的な営み・・・
「食べる」って 「食う」ともいうでしょ。
心理学では 「食う」「食べる」という表現が 
「食」のもつ攻撃性と交流性を
表しているとも とらえられています。

食べる時の 「噛み砕く」呑み込む」という行為・・・
赤ちゃんは お母さんのお乳を吸いつくし
歯が生えれば乳にかみつく・・・どこか 攻撃的な感じがします。
そうやって 生命は 育ってきてます。
生まれた時からの 本能的かつ 攻撃的な行為がなかったら 
ひとは 成長できません。
だから 「食い入る 食い下がる 食いつく 食いつぶす 
食ってかかる その手は食わない」などの比喩の言葉も 
攻撃的な意味合いを含んでいますでしょ。

また 授乳という「食べる」を通して 
母と子の 密接な情緒的な交流が行われ
基本的な信頼感が 育まれていくともいわれています。
「同じ釜の飯を食べた間柄」というような言葉もあるように
「食べること」は 人間関係の最も 根源的な様式・・・

このように 「食う」「食べる」は 
「食」のもつ攻撃性と交流性を表現していると
言われているのです。
少々 硬い話になりました (>_<)

「食」のもつ 攻撃性と交流性・・・

J先生のとった行動・・・
そもそも「食べる」という行為が 本能的・攻撃的な行為であり
そこにまた 
口や唇という セクシャルなパーツの組み合わせ・・・
「食べる」顔を 見せたくないと思う その心理
わかりすぎるほど わかります(^_-)-☆
最も プライベートな姿 そうそう 見られたくないですよね。
しかも 40人が いっせいに見るわけですから。

食べてる時の顔・・・見せるの 恥ずかしい?
わたしも 昔々あったわね。
初めておつき合いした異性と 食事をするのが 
恥ずかしくて 恥ずかしくて
どうしたら 食事しないで過ごせるかって
とんでもないこと 悩んだことがありました。

まあ そのころは ただただ恥ずかしいという思いだけで
どうしてそう思うのかは 全くわかりませんでした。
自分の本能的・動物的な姿を 好きなひとに見せたくない 
そんなものを見せて 嫌われたらどうしよう。
そんな無意識が 働いていたのでしょうね。

ちなみに 
J先生が サンドウィッチをもって別室に消える時
こんなことも 言い放ってました。
「男と女が いっしょに焼肉食ってるっていうのは
そのふたりが できてるってことらしいよ」と笑いながら。

「こらこら 先生!! スタジオには うぶな高校生もいるのに
そんなこと言って~」と思いながら
あながち 間違っていないかもという感じです。
焼肉を食べるって いろんなものを食べる中で
かなり 動物的なにおいが ぷんぷんしますもの。
ヒトという動物が 動物の肉に かぶりついてるわけですから
本能丸出し以外の なにものでもないわね。
ふたりの関係性が かなり深まっていないと
なかなか そんな姿見せられないかも 特に女性は?!

ということで
食べる姿を 見せなかったJ先生のエピソードを書きました。

記事を書きながら
かなり 若かりしわたしの 
異性の前で 食事することが恥ずかしかった 初々しい恋など
思い出してしまいました。

    🍃

わたしは ひとり暮らしなので
ふだんは ひとりで食べてます。
むしゃむしゃ くちゃくちゃ 本能的な攻撃性を発揮して
食物の栄養を とりこんでいます。
生命維持には欠かせません (^_-)-☆

そして 時には 親しいひとと
これまた ガツガツ ワイワイ 食べてます。
食べてる顔を見られても 気にならずに
食べて 飲んで おしゃべりして・・・
そんな交流が できること ありがたいわねぇ。

ちゃんと噛んで
しっかり 食べますよ 今日も💛


   おり~ぶ



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はや 週末・・・
いろいろなことがあった一週間。
わたしのブログ記事も
あちこち あれこれ 生きた足跡を残しました。

そして 昨日の 
有名な方の死。
生き方の 真に美しいひと・・・
ただただ 目を閉じ 黙とうを捧げました。
どうぞ 安らかに お眠りください。

     🍃

悲しい夜が過ぎ・・・

こうして 静かな朝を迎えています。

昨夜 いろいろ思い浮かんだことは 
わたしの中で未整理な部分がたくさんあり
この場では まだ文章になりません(>_<)

でも 今はっきりと言えることは ひとつ
ひとは誰でも 生きて死ぬのだということ。
悠久の宇宙の流れから見れば
ひとの一生は 星の瞬きのようだともいわれます。
限りある時間を生きて そして 死ぬ。
このことには 誰であっても 抗いようがないのです。

わたしも やがて 遅かれ早かれ 亡くなりゆく運命なのだと
あらためて 我がいのちのことを思いました。
星の瞬きのごとき 永遠には続かぬ いのち。

光があって影があり 生があって 死がある
光と影の さまざまな色に彩られて歩む わたしの人生も
やがては 必ず終わりを迎えてしまうのだから
死にゆく旅路ともいえようか。
生かされて 生かされて 生きていく。
そして いつの日か 人生の幕はおりるのです。

こんな当たり前のこと 
これまでだって 数え切れないほど
突きつけられてきたけれど
きっと これからは もっともっと向き合わざるを得なくなる。
生老病死・・・ 
この四文字が 今まで以上に重くのしかかってくるだろう。

これからを どう生きて どう終わっていくのか・・・

わたしより 30歳ほども若い 
かの美しきひとが 教えてくれている。

それは 
どういう状況であっても その時その時 
懸命に 家族を愛し ひとを愛し 精一杯生きること 
そして まさしく全身全霊で 生きる思いを伝えること

病との闘いの中で
いのちをかけて伝えてくれたことを 
こころにしっかり とどめておきたい。
強く強く そう思うのです。

生きたくても 生きられなかったひとの 
無念の思いを心に留めて

愛というものの尊さを教えてくれた
美しきひとのためにも

その時その時
精一杯 ひとを愛し 人間を愛し 
ささやかな生きる喜びを見出していきたい。
そうしたら この世から旅立つとき きっと 後悔しない。
そんな気がするんです。

生きたくても 生きられなかったひとのために
わたしができることは
彼女のいのちに感謝すること・・・
そして 自分が
ただ ひたむきに 生きること・・・


多くのメッセージを残してくれた 彼女のまっすぐないのち
それは わたしには こんなイメージです。

はげしく渦巻き
さかんに 泡立ち
しかも 少しも濁らない
透明ないのちでありたい
滝つぼの水のように
      相田みつを


滝の水

病に侵されていても 透明ないのち そして その魂
それが 彼女だったんじゃないだろうか。

そして
澄んで濁りなき いのちのバトンは 
もちろん ご家族おひとりおひとりに渡されたけれど
彼女を知る多くのひとの手にも そっと渡された・・・
わたしは そんなふうに思っています。
もちろん わたしの手にも・・・

このバトンを大事にもって 
わたしは 自分の一生を 歩もうと思います。
時には ゆっくりした歩幅で 時には 走るスピードで・・・
いのちのバトンを落とさずに 
わたしの生きざまを どこかでそっとみていてくれる
その 次の誰かに 渡せるように
しっかり 地に足をつけて 生きていかねば・・・

できるなら こんなふうに楚々として

谷間の百合

人里離れた 谷間の白百合の花は
誰にも みてもらえないのですが
少しのかけひきもなく
精一杯の美しさで咲いています
        相田みつを 


誰にもみてもらえなくても 
大いなる宇宙は見ていてくれるはず。
その時その時を 精一杯 

今を生きる

今日という 大切な一日
新しい わたしのいのちが 時を刻んでいます 💛    


       おり~ぶ




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大事なものを 失うかもしれない
そう感じた時の 胸のはりさけそうな思い・・・
そして わたしは 
新たな決意をいたしました。

大げさな書き方をして すみません。
実は 大好きなボーカルグループ
LE VELVETS(ル ヴェルヴェッツ)のことなのです。
まだまだ 誰でも知っているというわけではない
そんなグループなので
「知らな~い」という方も 数多くいらっしゃると思います。

でも わたしにとっては 
大事なだいじなグループのことなので
またまた 記事にいたします。
ご容赦くださいませ。
読んで頂けると うれしいです。

    🍃

先週 
グループのひとりが不祥事を起こしたことを書きましたが
あれ以来 わたしは 意気消沈しておりました。
5人のメンバーのうち そのひとりが無期限活動停止になり
残りは4人です。
彼らは クラシックがベースなので 4人のうち テノールが3人
バリトンが ひとりになってしまう。
そういった 歌声のバランスも問題だけど
それより何より 問題を起こしたひとのいるグループということで
グループ全体が 否定されてしまうのではないだろうか。
そう 考えると
彼らが これからも活動を続けていけるの?と 
とても気がかりだったのです。

もし 解散というようなことになったら 
わたしは 何を楽しみに 後半生を過ごしていったらいいの?
そんなふうにまで 思ったこともありました。

少しオーバーにいうと
LE VELVETSの歌声は 
わたしの生きる希望を 支えてくれるものだからです。

昨年の10月☛わたし ときめいちゃってる♪ で書いたように
メンバーのひとりの歌声が 亡き夫の声に似ていたことから
わたしは このグループの存在を知りました。
以来 ファンクラブにも入会し 自分のできる範囲で 
LE VELVETSを応援しています。
彼らの歌声を聴き 応援していくことは 
自分自身を応援すること・・・
そんなふうに思うから。

全員が音楽大学で学び クラシックから民謡まで 
幅広い曲を歌い上げる その歌声に 魅了され 励まされ 
勇気づけられてきた わたし・・・

そのグループが もしかして なくなってしまうかもしれない
もう あの歌声を聴くことができなくなってしまうかもしれない
そんなことが頭をよぎり 悲しくて 何度も涙が出ました。
部屋に飾ってある 5人で写っている彼らの写真
それを見るのが辛くて つらくて・・・

彼らの歌声を 
ライブで聴くひとときがなくなってしまうのではないか 
もう二度と あの感動を味わうことができなくなってしまう・・・

大事なものを失ってしまうかもしれないという恐れ
そして 失ってしまった時のわたしはどうなるの?
・・・予期的な不安に襲われもしました。
本当に ほんとうに 胸を締めつけられるような 悲しさ・・・

グループの公式サイトに 何度も何度もアクセスして
謝罪文の他に 何か書かれていないか
彼らが今後どうなるのか わからないだろうか・・・
PCの画面とにらめっこ・・・そんなことを 毎日やってました。
どうぞ グループが存続しますようにと 祈るような思い・・・

そして 今週 20日 
HPを見たら 何か書いてある!!
「彼らの今後について 関係者と協議しており 21日の午後に
最終結論に達するので その後に発表予定」というコメント。
わたしは 翌日の午後は仕事なので HPは見られません。
どうなるのか 活動できるのかと考えると 
もう いてもたってもいられない気もちでした。

21日の夕方 ドキドキしながら 
PCの画面を食い入るように見つめると
そこには 書いてありました。

・・・4人で活動を続けることになりました・・・

わたしはそれを読んで またまた 涙が出ました。
また あの歌声を聴ける・・・
4人になってしまったけれど それでも LE VELVETSの歌声
新しい 彼らの歌声が 聴けるんだと思うと
うれしくて 飛び跳ねたいような気もちになった。

そして あの出来事が起こってからの 彼らの心情にも
あらためて 思いを馳せました。 
どんなにか悲しく 悔しく
わたしの辛さなど比べ物にならないほどの
苦しみや痛みを味わったことだろう。
彼ら ひとりひとりもまた 傷ついているのです。
 
これからも活動していく・・・そうはいっても
ある程度の 負のイメージは 拭い去れないだろう。
それを払拭するまでには 長い時間がかかるかもしれない。
様々な場で あの出来事で 失ったものの大きさを知り
打ちひしがれる時もあるだろう。
彼らの前途を思うと また 切ない気もちになるわたし・・・

でも メンバーの こんな決意を読んで
わたしのこころも 元気を取り戻しました。

メンバーのひとり 佐賀さんのコメントより

・・・何を考えても、申し訳なさと悲しみしかありません。
でも 今は 進むしかありません。踏ん張るしかありません。
未来を信じて、泥水を這ってでも 歩き続ける覚悟です。
また このような状態でありながら
4人でのステージの可能性を感じてくださっている皆様に
心から感謝致します。
ご期待にお応えできるように そして一日も早く
皆様からの信頼を取り戻せるように
アーティストとしていかに生きるかを問いながら
決意の一歩を重ねていきます。
 

他の3人も 同じような決意をコメントしています。

そして わたしも決意しました。

これからも LE VELVETSを応援していきます。
これまでと変わりなく 否
これまで以上に 熱いこころで エールを送り続けます。

これが 新しい LE VELVETS
PCの画面を 撮りました。

LE VELVETS

それぞれの表情は いつもに比べたら 明るさがない
厳しい顔をしています。
それだけに 彼らの決意の大きさが感じられて
わたしは 身の引き締まる思いです。
 
一度は失った グループのこころ
さらに 失うかもしれなかった 活動の場
苦しんで苦しんだ末に 救いの手は差し伸べられたのです。
今度こそ 4人一丸となって
素晴らしい歌声と 歌のこころ そして 幸せをはこぶ
素敵なグループになっていってほしい。
それが ファンのひとりとしての わたしの願いです。

    🍃

失うかもしれない・・・
そう 思った時に あらためて 気づきました。
わたしにとって LE VELVETSが 
いかに大切な存在であるかを。

大事なものを 失うかもしれない・・・
そう 思ったときの 胸のはりさけそうな思いを
わたしは 忘れない。
LE VELVETSの歌声は
わたしにとって 大事で大事で必要なもの♪

これからも 彼らを 応援し続ける。
その歌声が 
わたしを鼓舞し 癒し続けてくれるから 💛


     おり~ぶ



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夜の電話について書いたのは 一昨日でした。
めったに電話はないと書いたのに 
友達からの電話・・・続くものです。

今日は 友達関係について 書こうかな。

昨夜の8時半 着信あり。
           👇
3月の記事 友はおかんむり に登場した友達 
電気自動車購入後 燃費の悪さに悩んでたひとです。 
Aさんとしましょう。わたしと同い年。

昼の間に 彼女からラインが入っていたの。
「お元気ですか?週末のご都合は?」というもの。
たぶん ランチのお誘いだろうと思いましたが
週末は 朗読スタジオやら お出かけで 
ランチの時間はとれない。
「ありがとう。土曜の夕方なら 空いてるんだけど 
それじゃ無理ですよね」と返信しておいた。

彼女は 平日 フルタイムで仕事をしている 一家の主婦。
義両親とも暮らしている 長男さんの嫁殿なのですよ。
親御さんが元気なので 夕方でも出られないこともなく
以前 夕方 我が家に来てくれたこともあります。
だから ダメでもともとで 土曜の夕方は?と
ラインに書いてみたわけ。
お誘いに乗る気は 満々ですから。

それにしても
Aさんは 最近 娘さんにbabyが生まれて 
初孫だ~と喜んでいる。
近くに住んでいるので 何かとお世話を頼まれているらしい。
そんなこんなで やっと この週末に 
自分の時間が作れたのでしょう。
だから ラインの返事に
「週末は無理だから 来月 どう?」
とは 書けなかったんです。
来月は来月で 何かと予定もあるでしょう 
それは わたしも同様です。

そうそう それで 彼女からの電話は
「ねぇ 夕方って 何時から?」というもの。
夕方という言葉の定義から 入ったわねと面白く感じながら
いろいろと 話をして 
結局 この週末は 見送りになりました。
来月また あらためて連絡を取り合うことにしたの。

それらの話の中で わたしは 
Aさんの記事を書いた時以降
彼女と会っていないことに気がつきました。
3月末の記事だから あれから3か月・・・
記事の最後には 桜の花見に彼女を誘いたいなどと書いたのに
有言不実行でした(>_<)

Aさんが気をもんでいた車のことについては 
一度わたしのほうから 
「どうなった? 車のこと 落ち着いたの?」
という電話をしています。
その時の返事は 
「まだまだ 問題は未解決 どうなるかわかんない」
というもの。

以後 お互いにやりとりはなく経過して 
昨日の電話という次第。
わたしは 車のことも思い出して そのことを聞いてみたら
「やっと気もちの整理がついて 
いい車だなと思って乗ることにしたの。
燃費も22Kmはいくから その辺で妥協したのよ。
いろいろ心配してもらったのに
そういえば 連絡しないでいたわねぇ 
ごめんごめん」とちゃっかりしてる。
そんなふうに あっけらかんとしているところ 彼女にはあって
Aさんらしいわ そういうところ 彼女の持ち味 いい感じ。
そんなふうだから 友達として続いていられるかもね。

    🍃

というように 今 友達関係の一例を書きました。

わたしの友達関係は 概ね そんなところ。
まず 頻繁には会わない。 
会う間隔は 平均2か月に一度ぐらいかなぁ。
友達とは 無理して頻繁に会うことはないと 思ってます。
そのほうが 長続きするような気がしてる。

わたしの場合 用事がない限り 連絡しないの。 
例えば「空の色が素敵だよ~」などと 
ラインしたい気になる時もあるけど まずしない。 
要するに そういうマメさはないかも。
あっ でも 「どうしてる?」というようなことは 
メールで送ったりはします。

要所要所は 押さえる傾向あり。
忘れなければ 誕生日のメールとか。
それでも 忘れちゃうこと あり。
しばらくやり取りしてないなぁと気づいたら
自分から連絡して 会うようにするとか そういうことはする。
友達関係は 続ける努力も必要って思ってるから。
要は その友達と 
ずっとおつきあいしていきたいかどうかだから
そう思う相手には 自分なりのメッセージを 
何気に送り続けるということ。

友達とは 一対一の交流が中心だけど 
あまり執着はしない 干渉しない。
とにかく 近寄りすぎず 遠ざかりすぎず 相手を想ってる。
そんな関係が わたしには 楽なんですねぇ。

ここ数年は
朗読スタジオに参加するようになって 
仲間という存在が増えました。
例えば 街の中で朗読仲間に偶然会った時 
親しく挨拶をかわすひとは 数十人いるけれど
その中で ふたりきりで カフェでお茶を飲めるひとは
今のところ たったひとり。
それで 十分なの。 
シンプルでしょ。
よりプライベートなおつき合いは
ごちゃごちゃ ひとをまぜすぎない。
ちょっと 閉鎖的かしら(>_<)

このひととずっと友達でいたいって思えるひとが 
数人いるだけで わたしは Happyです。
そして 会った時は それは真摯に そのひとに向き合いたい。
頻繁に会わないからこそ 大事にしたい そのひととき。

若い時に 異性と付き合った時(これは また別)以外は
子どものころから ずっと
こんなふうな友達関係だったような気がします。

そういえば わたしは 幼友達だったひとと 
今もつきあっているひと いませんね。
ひとりだけ 今も年賀状のやりとりをしているひとがいるけれど
きっと この先 会うことはないように思います。
距離的にもかなり離れているし 心理的に遠い感じ。
共有した時間が少なすぎて・・・
でも なつかしさはあるから 続いています。

     🍃

幼友達っていえば・・・
この映画(2015)の中の 友達関係には 
こころを揺さぶられたことがあります。
   👇
マイ・ベスト・フレンド [DVD]
 
幼少期から仲良しのふたりが 不妊治療を経ての妊娠や
乳がん発症という人生の局面・運命 
そして友情の危機を乗り越えて
さらに深い友情を気づいていく物語。

それこそ 近からず遠からずとは 真逆の 
女性同士の友情の姿 しかも 濃密な。
でも ふたりが 危機をこえて 
さらに深いかかわりになっていくのを見て
とっても 感動したの。
人生って ひととの関係って 理屈じゃないって思いました。
友達関係は つかず離れずなんて 思っていることが
妙に ちっぽけに見えてしかたなかった。

もしかしたら わたしは 
映画のふたりのような
何から何までさらけ出し 葛藤さえもバネにして 
ふたりの友情を再構築していくような
そんな ふか~い関係を 
ほんとうは 欲しているのかもしれない。
そんなふうにも 思った次第。

でも それは あくまで 映画の世界。

実際は やっぱり・・・

濃密すぎず 
つかず離れずの 程よい距離がいいな。

    🍃

友達関係について 書き始めましたが
何だか とりとめなく 綴ってます。
まあ 女性同士の友情も 
人生の永遠のテーマだと思うので
この先 また 記事に書きたくなるでしょう。

今日のところは この辺で。

友達は 人生の宝物♪
つかず 離れず ほどよく
ゆる~い おつき合い
なが~く つづけていきたいです。

友達のいない ひとりものの老後は 
きっと 寂しいと思うから
大事にしていきたい・・・
いまの 友達💛



       おり~ぶ



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今日は 雨・・・
確か 先週の水曜日も雨でした。
小雨降る中 とことこ歩いて 初めての場所に行ったから
よく 覚えているのです。

そのことを書きましょう。

初めての場とは 近くの小学校・・・
読み聞かせのボランティアの方々に 会いにいったのです。
以前から 学校などで 
絵本の読み聞かせができたらいいなと思っていたの。

昨年の12月ごろ 朗読仲間のAさんにその話をしたら
彼女の友達が わたしの住んでいる学区の小学校で 
読みきかせのボランティアをやっているという。
Aさんは もう20年以上 学校や図書館で 
読み聞かせを続けているので 顔が広いのです。

わたしは 彼女に
「そのひとに 新しいボランティアを募集していないか 
きいてくれるかな」
と 思い切って頼んでみました。
Aさん 「わかった。聞いといてあげるよ」と答えて 
まかしときって感じだった。
頼もしいなぁ。

それから 暫くして 「話しといたよ」とラインが来て・・・
それ以降は 
その件に関しては何の連絡もありませんでした。
Aさんは お仕事もしているから 何かと忙しいし
わたしも ボランティアを 
今すぐやりたいというわけでもなかったので 
そのままにしていたの。

2月になって Aさんから 連絡がありました。
「読み聞かせ ひとが足りないようなこと言ってたから 
もしかしたら できるかもよ」
あらぁ それはよかった。
いよいよ チャンス到来かなと 期待していましたが・・・

そこから またまた連絡は途絶えました。
まぁ ご縁がなかったのかもしれないわね。
わたしの方でも 
読み聞かせをやる準備が十分とはいえないから
別に 今じゃなくても いいのよ。
仕事を減らして 時間が作れるようになってからでもいいさ。
そう 思うようになっていました。

ところが 5月になって Aさんから連絡あり。
「友達に 〇〇さんの電話番号 教えていい? 
連絡取りたいって言ってるの」と言うではないの。
あらぁ 急転直下 もしかして決まるの? 
採用!?してくれるのかしら。
でも 面接受けてないけど(^_-)-☆と思いながら
電話番号を伝えて 今度こそはと 電話を待ちました。

が これまた 電話はない・・・。
どうなってるのかしらねぇ でも みんないろいろ忙しいからね。
絵本の読み聞かせのことだけ 
日がな一日 考えているわけじゃあ ありません。
もう この件に関しては 待つのに慣れてきてるから
待つともなしに待っていたら・・・

やっと 5月の末 
Aさんの友達から 電話が掛かってきました!!

「ずいぶん前に聞いていたのに 
すぐ ご連絡できずにすみません。
やって頂くことになりましたので 
とりあえず 一度 見学なさいませんか?」
何という あたたかいお言葉。

    🍃

それで 先週の水曜日
その初めての場に出かけていった次第です。

集まった方々は その小学校の保護者OBのお母さんたち。
40代~50代 10人の方々です。
初めは PTA活動の一環として 
読み聞かせをやっていたようですが
現在は ボランティア活動として行っており 
もう15年になるという。
保護者OBだから お互いの子どもさんのこともよく知っている
気心しれているお仲間という感じ。

読み聞かせの時間は 8:20~8:35 の15分。
一年に 6回 開催しているようです。
基本 ひとクラスにひとりのボランティアが 入ります。
みなさん パート勤めもしながら
続けてこられているとのこと 頭が下がります。
「代表の方のお人柄で こんなに続いているんですよ」と 
電話をかけてきてくれた Aさんの友達が話してくれました。

わたしが 見学したのは その代表の方の読み聞かせ・・・
2年生のクラスでした。
進め方が とても お上手で 子どものこころを きゅっと
つかんで とても楽しい雰囲気。
見学しているわたしも 楽しんじゃいました。
子ども達も かわいい かわいい。
教室の後ろで見学していたわたしにも にこにこした顔で
挨拶などしてくれて わたしのこころもほっこりよ♪

読み聞かせが終わると みんなで集まって 
しばし ティータイム。
用事のあるひとは すぐ帰ってもいいというお約束なので
帰られた方もいました。

読み聞かせの初心者で みなさんとは初対面
初めてづくしの時間が流れる・・・

わたしは ほんの少し 緊張してました。
Aさんの友達が みなさんに紹介してくれたので とにかく
笑顔で・・・を意識して ふるまったわ。
みなさんは 保護者OBという共通点があるけれど
わたしは 全くの部外者ですもの。
学校の近くに住んでいるというだけのひとだからね。
心臓は ドキドキよ(>_<)

でも みなさんは 特にわたしに気を遣うわけでもなく 
たぶん普段通りに読み聞かせをして 
ティータイムでおしゃべりをして・・・そんな感じでした。
それが わたしにとっては ラクでした。
あまり 気を使わせたら 申し訳ないですから。
  
ティータイムのお茶は コーヒーが配られたの。
「コーヒーでよかったですか?紅茶もあるんですよ」
そう 言ってくれたのだけど
さすがに 「じゃあ 紅茶で」とは言えませんでした。
やっぱり 初日から そんなことは言えないなぁ。
わたし ふだん コーヒーは ほとんど飲まないんだけどね。
こんな時は もちろん コーヒー 頂きます。
インスタントコーヒーだったけど 意外においしく感じられたわ♪

近くに座った方々も それぞれ明るい雰囲気のひと・・・
話しながら わたしともアイコンタクトをとってくれたので 
それが とってもうれしかった。
居心地は 初めてにしては まずまずだったかな。

わたしより齢の若い先輩たちと お仲間になれるかなぁと
不安だったけれど 何とか なりそうかしら。
年6回だけ 読み聞かせという目的のために集う 
それだけのことだからね。

特にわたしの場合は 
そのお仲間同士の人間関係などには 
これまで一切無関係だし 気楽といえば 気楽な立場です。
近からず 遠からず ただ 読み聞かせ仲間のひとりとして
そこに いさせてもらえれば それでいい。
ゆっくり ゆっくり お仲間入りさせてくださいね。
どうぞ よろしく お願いします。

    🍃

わたしは 初対面でのドキドキ感はあるものの
こんなふうに ぽつんと違うひとが ひとり・・・
そんなシチュエーションには
結構 平気なところがあるんです。
病院の職場も わたしだけ 職種が異なっていて 
しかも ひとりしかいない いわゆる ぼっち職場。
みんなのなかに ひとりだけ違うひと・・・ 
わたしらしいあり方なのかもしれません。

そうはいっても 
長く続いてきた 読み聞かせのみなさんの中に
年6回だけとはいえ お仲間にいれて頂くのは 
やっぱり心構えが必要ね。
まずは 
ある意味 どこの馬の骨だかわからないような 
初心者のわたしを受け入れて下さった
そのことに感謝しつつ
みなさんにいろいろと教えて頂くという 謙虚さをもって
自分の役割を果たしていきたい。
こういうときは ただただ みなさんについていくだけ 
とりあえず。

何よりも 子ども達に
絵本を通して happyな気もちを感じてほしい
そして わたし自身も happyに なりたいわ。

    📖

初めての読み聞かせは 7月♪
4年生のクラスを担当します。
さあ どうなることやら。
まずは 絵本選びから 始めよう ぼちぼちね。

なんてたって 読み聞かせボランティアは 初めての経験
今から ドキドキ ハラハラ
そして ワクワクしています。

まず はじめの一歩を踏み出したけど
今は まだまだ 未熟で あおいわたしです。

ほら こんな感じ
先週 小学校からの帰りに 通り道で見つけたの。

DSC_0761.jpg

この緑の柿だって やがて 真っ赤に熟すでしょう。
読み聞かせを 少しずつ重ねていけば 
「伝える」というスキルも 少しは上達していくかな。

そんなことを 思いながら 記事を書いている

梅雨らしい雨の降り続く 朝です。

恵みの雨だといいね💛


     おり~ぶ




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