毎朝 新聞に目を通す。

必ず 見るところがあります。
運勢欄。
けっこう 味のある言葉が書いてあるんです。

ひつじ年
「空は晴れて が 雲を割って飛ぶ像。
迷いは散じて すべて意の如し」

いいね いいね!!

ところで
鶴が飛ぶ・・・で 亡き母を連想しました。
だって
母は 「つる」という名前なの。
つるさん とか つるちゃんとか 呼ばれていて
その音の響きが かわいかった。

鶴 亀 千年というぐらいだから
長生きするようにって つけてもらったんでしょう。
だって 母が生まれた時
名前を決めたのは 母の祖父の亀次郎さんだったらしい。
初めての孫だったので
それは それは 待ちに待っていたようだよと
話してくれたことがありました。

88歳まで 足腰丈夫で しっかりと生きられたから
亀次郎さんも 草葉の陰で ほっとしていることでしょう。

そういえば
いつもお詣りしている八幡宮のお守りにも
鶴が描かれています。
八幡宮のいわれの中に 
鶴の出てくるお話があるんだそうな。

IMG_0535.jpg

この鶴を見た時
「あっ 母さんだ」と思わず 手にしていました。
しかも「導守(みちまもり)」とあるからね。
わたしを導いてくれるお守りとして
いつも バッグに入れてます。

     🍃

まど みちおさんという詩人の詩の中に
こんな言葉があります。

花よりきれいな 母の愛
ゆくてを照らす 母の愛

ほんとに この通りだと思います。
子に対する 無償の愛
たくさんの愛をもらいながら成長してきたなあと
今になって つくづく思います。

ハート

愛を注いでもらいながら
心配ばかりさせて
たくさん 苦労をかけてしまいました。
親孝行したいころには親はなし という言葉のように
若いころには  自分のことばかりで
親をかえりみたり 親の生き方を深く考えたりしなかった。

以前の運勢欄に
こんなことも 書いてあったの。

「子が親を忘れることがあるも 親が子を忘れる事はない。
 親の愛を思うべし」


親が 子を忘れる事はない・・・
そうだろうと思います。

わたしは 親というものを体験できなかったから
親のこころを 想像するしかできませんが
本当に そうだろうと思います。

     🍃

母とお別れして3年がたち 思うことは
わたしの今の年齢の時
母は どんな生き方をしていたんだろうということ。

母は61歳 働きながら ひとりぐらしをしてました。
わたしは31歳 結婚して5年目。
今は亡き夫とともに
月1回は 必ず 実家に帰ってきてました。
一泊して帰る朝は 母も勤めに行くので そこでさよなら。
でも 元気な様子をみることができて
ほっとしながら 家路についたのを思い出します。

母の暮らしの様子は おおむねわかっていたけれど
どんな気もちで 日々を生きていたのかなあって思うんです。
知らず知らず 
自分と同年齢時の 母・つるさんを追いかけている。
それは たぶん わたしがひとりぐらしをしているからかな。

ふと 孤独感を感じた時など
つるさんも こんな思いでいたのかなあって思うと
大丈夫 大丈夫って 心の声がしてくるから
不思議です。

ひとりの暮らしを生きているという点では 共通点があるけれど
ひとつ異なる点は
つるさんには わたしという娘がいたけれど
わたしには 子どもがいないということ。
ああ つるさんの娘でいられてよかったよ ♡
つるさん 母さん 私が いてよかったでしょ ♡

そう思いながら わが身の行く末を案じつつ
深いため息をついているわたしです (^_-)-☆

   🍃

これからも 一年一年 年を経るごとに
同年齢のつるさんの背中を見ながら
暮らしていくだろうなと思います。

つるさんの愛に守られながら・・・
感謝しながら・・・

運勢欄のの一文字から
つるさんを思うひとときが 過ぎていきます。

母の愛に 守られています ♡


       ✐ おり~ぶ

母の話におつきあい頂いて ありがとうございます。
よろしければ 時々お寄りくださいね。
いつでも ここに おりますので♪

 ♡
 ♡
 ♡

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comment iconコメント ( 4 )

おり~ぶさん、こんばんは。
楽しみに日参して拝読しています。

私の母は大正12年生まれで、元気なら93歳ですが
無くなってすでに17年が経ってしまいました。

母はずっと専業主婦で、主婦の鏡みたいでした。

子供3人の服もセーターも和服も手作りでした。
私はウェディングドレスも作ってもらいました。
料理もせっせと作ってくれました。
母に比べると、私は手抜きばかりです(汗

そんな母が私の年齢だったのは
私が37歳の時。。。年子の子育てに忙しくて
自分のことだけで精いっぱいだったなぁ~

結婚後は遠く離れて親孝行らしきことは
あまりできなくて心残りです。

おり~ぶさん同様、私も母の娘で良かったと思っています。

谷川俊太郎氏の「朝の光」
素敵な詩でした。

知らないことをたくさん教えて頂いてます。

名前: こまはは [Edit] 2016-10-14 17:38

Re: comment

こまははさん こんばんは。
いつも ありがとうございます。

こまははさんのお母様 本当に素晴らしい方ですね。
服もセーターも和服も手作りだなんて 夢のようです。
ウェディングドレスもだなんて 素敵!!
こまははさん 愛されて お育ちになったんですね。

結婚後は 遠く離れていても
お母様は こまははさんがお幸せに過ごされていることを
喜ばれていたことでしょう。
それが 何よりの親孝行かと思います。

お互い 母の娘でよかったと思えるのは
幸せなことですね。

「朝の光」の詩の中の
「あなたの微笑み」は
詩人の 妻に向けた言葉かもしれません。
ご主人も こまははさんの微笑みを
美しいって思ってるんじゃないかな きっと(^_-)-☆

実は今日 気になることがあり 少々凹んでました。
こまははさんのコメントのおかげで 見事に回復♪
重ねて ありがとうございました。




名前: おり~ぶ [Edit] 2016-10-14 18:04

母との関係

おり~ぶさぁ~ん♪

おはようございます。
気候がよくなり、主人の外出のリハビリの回数が増え帰宅するとバタンキューで、中々コメント出来ませんでした。

おり~ぶさんとお母さまとの関係、羨ましいな!
以前のブログでも凛とされて素敵なお母さま、お母さまに対するおり~ぶさんのお気持ち、胸が熱くなりました。

わたくしめというと恥ずかしいのですが母との共依存の関係に悩み、母の成育歴を調べたりカウンセリングも受けたことがあります。

母を悪者にすることで立つ事もできたので今は感謝の気持ちで一杯ですがもっと早くきずきたかった!

一人で暮らしている母がいとしいです。
近くに住む妹が主になって見てくれて私は月2回しか行かれませんが「おかあちゃん、良く喧嘩したけど甘えていたんよ、ありがとう、ありがとう」と一杯言いたいです。

母との関係、苦しかったけど私には必要だったんだと思います。

おり~ぶさん、ごめんなさいね!自分のことばかりで。

いつも楽しみにしております\(^o^)/

名前: あんこ [Edit] 2016-10-15 09:27

Re: 母との関係

あんこさ~ん♪

こんにちは。
ご主人のリハビリの外出を お付き添いされていたんですね。
ご主人も喜ばれたことでしょう。
お疲れ様でございます。
寒くなってきましたので あんこさんも
お風邪などひかないよう お気をつけくださいね。

お母様のこと そうでしたか。辛いお気持ちを経験されてたんですね。
母と子 お互い愛しているからこその 苦しさ。
でも そこを通り過ぎたから 自然に湧き出てくる あんこさんの感謝の気持ち。
そのことが とても尊いことだと おり~ぶは思います。

「一人で暮らしている母がいとしいです」の文章に
おり~ぶは とても 胸が熱くなりました。

「甘えていたんだよ ありがとう」って
 お母様に いっぱいいっぱい 言ってあげられるといいですね。

あんこさんの とても大切な体験・大事なことを伝えてくださって
本当に ありがとうございます。

名前: おり~ぶ [Edit] 2016-10-15 10:10

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