昨日のこと・・・

新聞のコラムの
「住宅の相続「遺言」も有効」というタイトルが気になった。
こういう言葉に目が行くようになることも多くなったなあ。
やはり 60代 
この先の現実的なこと いろいろ考えなければならないわね。

その記事は 空き家対策の視点で書かれたものでした。

様々な事情で人の住まなくなった家が 空き家のままになって
社会問題になっているから 
そうなる前に予防する必要があると 筆者は述べています。
空き家になってから 考えるのではなく
なる前に予防せよ!!ということ。

[所有者は 自らの加齢による転居や死亡も念頭に置きながら
住宅の将来を考えておく必要がある。
加齢に備えて 住宅の管理・賃貸を第三者に委託する
「不動産管理信託」の利用や 誰にその家を相続させるかを
遺言で定めておくことなど 検討しておくと有効である]
           ・・・と 筆者はいう。

なるほど・・・やはり そこまで 考えておく必要があるのね。

さらに
[所有者に 住宅を所有する以上その責任はもつという
意識をもってもらうことが重要だ] とも。

住宅を所有する以上 その責任をもつ・・・
耳が 痛いなあ この言葉。
そこまでは 真剣に考えていなかったかもしれない。

わたしは 夫も子どももいない 全くのひとりものだから
自分がこの世を去る時 去った後のこと 
特に気になってしまうのは 確かです。 

この家のことも 然り。
この世とお別れしないまでも 
例えば老人ホームなどの施設への入居とか 
高齢者住宅などの別の住宅に転居とか 
この家を離れる時がくるかもしれません。 
その時 この家をどうするか・・・
そして いよいよ人生を全うした後 
この家は どうなるのか・・・
そんなことが 折にふれ 脳裏に浮かんできてはいました。

でも 記事を読んで あらためて
この家の今後のこと ちゃんとしておかなくてはと思いました。
他人ごとじゃないんです わたしには。
空き家の問題・・・

そういえば 2年ほど前 空き家のことで
通信教室のエッセイを書いたことがあります。
「社会問題」のテーマの時 こんな エッセイを書いてました。
読んで頂けたら うれしいです♪

    🍃

   忘れられた 家

そこを通る度に 気になっている空き家がある。

平屋の小さな 和風の家である。
金木犀が屋根の上まで伸びている。
瓦の色は変色し 往年の歴史を感じさせ
玄関から屋根にまで 蔦がからまり放題である。

どんな家族が住んでいたのだろう。
最後に住んでいた人は どんな人だったのだろう。
空き家のまま放置しておくのには どんな事情があるのか。
おそらく この家の関係者からは 意識的にあるいは
無意識的に 忘れられている家である。

この一軒の廃屋が気にかかるのは 私自身も 一昨年
親の家の後始末をしたからである。
喪の作業の中で得たものは
本当の意味で 親を見送ったという思いと
親の歴史を閉じることができたという安堵感だった。
もはや家は残っていないが
これからも 記憶の中で生き続ける。
決して 忘れられないものとして。
家の形がないゆえに なおいっそう・・・

生まれたものは やがて終わっていく。
物も人も 等しく変化し続ける。
しかし あの家は終われない。
家自身ではどうすることもできないのだから
誰かが終わらせてあげなくてはならないのだが・・・

「家は、住む人の生き方を表している」というキャッチコピーを
見たことがあるが そうだとすれば あの家は
住んでいた人の生き方を表現しているともいえる。
この世とお別れした後も 
生き方を とやかく詮索されてはたまらない。
せめて自分は 家の始末まで決めて逝きたいと思うが
思い通りにはならないのが 生死の常であろう。
人も家も 終わり方は難しい。

破屋の蔦の葉は 梅雨の雨に濡れて ますます輝きを増し
生命力にあふれている。
その家にかかわる人々の思惑や事情をあざ笑うかのように
これからも 壁を 屋根を覆い尽くしていくだろう。

その姿は 朽ち果てようとする家の断末魔の叫びだろうか。
そこに在ることで 社会への強烈なメッセージを放っている。
忘れられた家。
空き家は 圧倒的な存在感で そこにある。
                   2015年 6月

        🍃

2年前にも 空き家についての問題意識はあったんだわ。
家は そのひとの生き方・・・だから 没後も 
生き方をとやかく言われないように 家の始末をしておきたい
・・・そんなこと書いていたんだ。

ああ あらためて
わが家を 空き家のままにはしたくないなあ。
忘れられた家であり続けるのは
家にとっても あまりに残酷なこと
そんな気がするのです・・・

    🍃

なぁんて 思いながら
昨日は 母の月命日だから 義姉んちに行きました。

義姉もひとり暮らしだから 時々 ふたりで 
「この家 最後はどうしようかな」なんて話題になるんですよ。
跡継ぎの長男坊は 他県に暮らしてて 故郷に戻るか否か
わからないから 義姉もこの先のこと いろいろ考えてます。
朝読んだ記事のことを 彼女に話して 
そんな話題に花を咲かせていたら 
たまたま姪っ子がやってきた。

ちょうど その時は 老人ホームに入ったら家をどうするか
・・・というようなことを話してたの。
わたしが 
「わたしんち 空き家にだけはしたくないなあ」と言ったら
姪っ子が
「おばちゃんが老人ホームに入ったら あの家誰かに貸して
家賃もらったら いいんじゃない」って かる~くのたまった。
「あらま そんなこと考えたこともなかったわ。
だいたい 借り手がすぐいるわけじゃあるまいし そんなことは
簡単にいかないのが 世の常よ・・・
それに その後はどうなるの?」と言ったけど
ふ~ん そんな視点もあるわけかと 妙に関心してしまった。

姪っ子の夫ちゃんは 不動産関係の仕事をしているので
彼女も いろんなこと 見たり聞いたりしているんでしょう。
ふと 
いざとなったら 姪っ子にも相談できるなあと思い
急に 彼女が頼もしく見えました。

とはいえ 
空き家にしない対策を考えるのは 
とにもかくにも わたし
そして 家の相続 遺言・・・
そんなこと まだいいかなと思ってたけど

愛おしみつつ暮らしているこの家の終わり方
今から ちゃんと考えておかなくてはね。

まず 何から 考えたらいいんだろう?

とにかく
空き家のままにはしたくないなあ。
今は その思いだけ💛


        おり~ぶ



今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

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