今日も晴れ渡った空・・・

6月も はや3分の1が過ぎてしまいました。
うかうかしていて 気づいたら もう7月・・・
そう なってしまうかもしれないと思い
6月中に 書いておきたかったんです。

この詩 この詩人のこと・・・

   6月
          茨木のり子

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりに一杯の黒麦腫
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる


わたしの好きな三大詩人は
谷川俊太郎 吉野 弘 そして 茨木のり子さん
前おふたりの詩は 
過去記事でも何度か引用させて頂いてます。

茨木のり子さんは 初登場 初引用です。
わたしの中では ずっとずっと 書きたい思いを温めてきて
ちょうど今が ベストタイミング わたしにとって。

この詩の第一連 二連は 理想郷・・・ 
第三連は 
美しい人と人の力 同じ時代 怒りというフレーズから 
戦中~戦後という時代の荒波に屈せず 
まっすぐに生きた彼女らしい言葉に ハッとさせられます。

怒りの奥底には 深い深い悲しみが横たわっている・・・

 わたしが 一番きれいだったとき
       
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって 
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残して皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしのこころはかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように  ね


この詩に描かれた ひとりの女性の戦後の思い
それは 多くの女性達の思いだったのではないか。
戦争をしらないわたしとて 胸を打たれる詩のひとつ。

もし 茨木さんが生きていらしたら どんな詩を創るのだろう。

ふと 6月の詩の 第三連は
そっくり 今の時代に 当てはまりはしないだろうか。
そんなふうに思いました。

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる


世界の 日本の 様々な社会情勢を鑑みる時
尊い平和というものが失われていってしまうのではないか
そんな 恐れ 悲しみを 多くのひとが感じており 
今や怒りとなって渦巻いている 
そう言っても過言ではない時代の状況があるように思います。

だから この最後の四行は 
今の時代をも言い当てているような気がして 
詩人の感受性の確かさにあらためて 感じ入ったのです。

    🍃

彼女の詩と 生き方に
わたしの興味は 尽きることがありません。
それは こういうところでも・・・

「わたしが 一番きれいだったとき」の 最終連で
「だから 決めた 長生きすることに」と彼女は書いている。

彼女の死・・・2006年2月17日
親戚の方によって 亡くなっているのが発見されました。
彼女は49歳で夫と死別後 独り暮らしをしていて 
お子さんはいなかった。
79歳 くも膜下出血だったようです。

その時 
彼女は すでに 死後の挨拶状を用意していたのです。

このたび私  年 月 日   にて
この世におさらばすることになりました。
これは生前に書き置くものです。
私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。
この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品は
お花を含め、一切お送りくださいませんように。
返送の無礼を重ねるだけと存じますので。
「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬
思い出してくだされば、それで十分でございます。
あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかな
おつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸に
しまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かに
して下さいましたことか・・・。
深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に
代えさせて頂きます。
ありがとうございました。
年 月 日


この挨拶状のことを初めて知った時は
言葉にしがたい気もちに こころが震えたのを覚えています。
なんという すがすがしい身終いの仕方
ここまで 準備して逝かれた しかも 突然に・・・ 
潔いこころで生きてきた 創作を続けてきた彼女だから
できたこと そう 生きてきたように 終わっていく・・・

あらためて そのことを思うと 
またまた 彼女への興味・関心が
泉のごとく 溢れてきて どうしようもないのです(^_-)-☆
こころ惹かれ度 200%♪

   🍃

詩集の他に こんな本も手元に置いてあるの。
2014年に世田谷美術館でみた「茨木のり子展」のあと
はやるこころで買い求めた一冊です。
    👇
茨木のり子の家

彼女が暮らし ここで人生を終えた家・・・
西東京市にある(現存するかどうかがわからない)一軒家
部屋の様子 家計簿のノート 年賀状 
さきほどの挨拶状の下書き etc・・・
様々な暮らしの写真が 掲載されています。
時々 ページをめくっては 彼女の暮らしを覗き見ながら
詩も読みます。
わたしにとって 大事なひととき♫
   
詩を通して この本を通して 彼女のいのちが
わたしにつながってくれているようで わたしは いつも
こころが落ち着くの。

凛として すがすがしい立ち姿 その たたずまい
そして その言葉・・・

この人生で 彼女の詩に出会えて 本当によかった。
これからも 彼女は
わたしの人生の 道しるべ・・・
老いていくこれからのわたしに
清新な勇気をくれる こころ強い案内人に
なってくれると思います 💛
 



          おり~ぶ


今日も おつき合い下さいまして ありがとうございます  

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終活というような言葉に ついつい目がいっちゃう。

ひとりで老いる道