今日の話題は
ご近所友とのひととき・・・

昨日の午後
朗読スタジオのレッスンを終えて
帰宅する時のこと 4時過ぎ・・・

ご近所友 Mちゃんの家の前を通り過ぎようとした時
道路際の畑の奥に 彼女が見えました。

Mちゃんのことは 3月末に 記事に書いています。
彼女 66歳かな? お子さんはいるけど おひとりもの
ほとんど おひとり暮らしです。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
つかず離れず ご近所友達との30分

わたしからの挨拶のつもりで
プップ~と 軽くクラクションを鳴らして
通り過ぎようとしたら
Mちゃんが 立ち上がり 手を挙げて手招きをした。
さらに 何か 言っている様子。
一瞬の出来事だったが・・・
手の振り方が大きいので 気になった。
でも 車は 急にとまれません(>_<)

そのまま 走りすぎて 家に着いてから
あらためて 徒歩で Mちゃんの家まで 行きました。
大股 闊歩 急ぎ足 👣

息せき切って 「どうしたの 何て言ってたの?」とわたし。
畑の草取りの手を休めて
「あのさ~ タケノコ食べない?」と彼女。

ああ たけのこって言ってたんだと ほっとした。
手の振り方が尋常じゃなかったから ちょっと心配しちゃった。

「タケノコ・・・友達が持ってきてくれてね。 
さっき 茹でたとこなのよ たくさんあるから もってかない?
ホテイチクのタケノコよ 珍しいでしょ」
そこからは ホテイチクに関するうんちく話を立ち話。
わたしは 初めて聞いた「ホテイチク」なので 
「へぇ~」とばかり聞きました。
それによると 短い節間のふくれた形が 
七福神の布袋様の 膨らんだお腹を連想させるから 
「布袋竹」というんだって。

「もっていく?」というので わたしは 「うん 頂く♪」
なんとまあ 遠慮しないひとなんです。
だって ホテイチク 食べたことがなかったから 興味津々。

ついでに 彼女
「お茶 飲んでけば」と言ってくれたのだけど
わたしは 5時30分に友達と待ち合わせをしていたので 
長居はできないわと思い
「ありがと でも 30分位しか 時間ないの」と答えた。
そしたら Mちゃん
「あんたって ほんと 規則正しく生活してる人だわねぇ」と
ちくっと言ったけど 顔は 笑ってる(*^-^*)

わたしは これまた 遠慮もしないで 
彼女について お家にあがらせて頂いた。

「ちょっと 見てよ」と Mちゃんが言うので
キッチンに入って 大鍋を見たら 
ホテイチクが 10本ぐらい 茹でてある。
ふたをあけたら 湯気がでたから まだあったかい。
ホテイチクって 割と小さいんだわ でも とっても柔らかそう。

「食べきれないから 何本か持ってって」と言ってくれたけど
わたしだって ひとりもの。
小ぶりのものを 一本だけ 頂きました ありがとう。
 
「今夜は 友達と食事するから 明日 食べることにするね」
と わたしが言うと
「水にいれて 冷蔵庫に入れときなよ」と アドバイス。
Mちゃん ちょっとおねえさんのようで なんかいい感じ。

そして お茶を頂いたのだけど これまた うんちくあり。
「八十八夜摘みの静岡の新茶だから おいしいよ~」と。
八十八夜摘みのお茶は 昔から 
不老長寿 無病息災の縁起茶と言われていると ひとくだり。

頂いたお茶 美味しかったわ 少し寿命が 延びたかしらん。
新茶の 香りに癒された~ 
それにしても
ひとに淹れていただくお茶って
なんで あんなにおいしいんだろう。

DSC_0718.jpg

写真の お茶の隣にあるのは
Mちゃんお手製の 栗ぜんざいなの。
栗は 昨年の秋に 冷凍しておいたものだって。
この ぜんざい 程よい甘味で 
これまた 美味しゅうございました。

わたしが 「こうして 緑茶セットを頂けるなんて
まるで Mちゃんカフェね」と言うと
彼女 「あらそう じゃあ お代とろうかな そうだなあ
1000円頂きます」と。
「それは高すぎない? せめて 700円ぐらいにしてよ」
と わたし。
そんなやりとりをして 大笑いしました。

お茶を頂きながら Mちゃんが 
4月に娘さんと行ったハワイ旅行の話をしてくれた。
彼女は 時々 旅マニアの娘さんにくっついて 
超格安で海外に行ってるの。
珍道中のお土産話 いつもは 面白くて仕方ないけど 
今回は???

「ハワイは物価が高いから もう行かない」
「娘について歩くのは
しんどくなってきたから もう海外は行かない」と
しきりにぼやいていましたが
またどこかには出かけるでしょう Mちゃんのことだから。
「ハワイの口直し しなくちゃ」と言ってますから。

そんなこんなで もう4時40分ではないか (>_<)

こりゃいけないということで Mちゃん宅をおいとましました。
「ごちそうさまでした」と 深々と頭を下げて
ホテイチクの入ったポリ袋を提げて♪

   🍃

そして 今日 朝食に
ホテイチクを 頂きました。

DSC_0721 1

朝から パスタ?とも思ったけれど 
この記事に写真を載せたかったから 
キャベツとホテイチクのパスタにしたのです(^_-)-☆
シャキシャキして かつ 柔らかく 大変美味でございました。

ホテイチクは あと半分残ってます。
Mちゃんが 「味噌汁に入れてもおいしいよ」と言っていたから
昼食の味噌汁で 頂くことにします。

八十八夜摘みの新茶に
布袋さまの ホテイチク

どちらもどちらも 縁起もの だわね。

ご近所友のMちゃんが 渡してくれた 
もったいないほどの 縁起もの

お茶の香りと タケノコの食感と
そして その味わいと・・・
それらは どれも
Mちゃんというひとの 
ひととしての味わいにつながる 縁起もの

Mちゃん 彼女もまた
ひとりぼっちの わたしの暮らしに彩りを添えてくれる
大切なひとです 💛


    おり~ぶ



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今朝も 雨模様・・・

植物にとっては 水分たっぷりのここ数日
庭の草花も元気にしていますが
雑草も どんどん 伸びてきています。
いのちある植物を 雑草とは失礼ですけど
ひとの意図にかかわらず自然に繁殖するという意味では
確かに 雑草ですよ。

これからの季節は
わが庭の雑草をどうするか あるいは 
伸びすぎた花木の枝をそうするかなど 頭を悩まします
いよいよ 悩みのシーズン到来。

まあ そのままにしておいても 
それほどには問題にならないかもしれませんが
草が伸び放題で
ひとの住んでいない家なのかと思われても嫌だなあ。
そのうち ちょこっとある芝生も伸びてきて 
それも刈らなきゃならんのです。
そんなこんなで 思います。

ああ いっそのこと 庭はなくていいから
借家住まいでもいいから
マンションの方がよかったかなあ とか
とっても 罰当たりで 不埒なことが浮かんできます。

一生に一度 数か月だけでも自分の家に住んでみたい 
小さな庭にお花を植えるの なんて 夢をみて 
田舎の低価格な土地に やっとこすっとこ 
ワンちゃんのお家を拡大したぐらいの 
小さなちいさなローコストのお家を建てたのにね。
不動産屋&工務店のおじさんが
「この土地の分だけの空が自分のものになるよ」なんて 
ちょっと素敵なことをいうものだから
ついつい その気になってしまったのでした。

そして はや 14年ぐらいになるのです。
その間 庭にいろいろな花を植え 芝生も刈りながら 
花木も自分で それなりに剪定しながら 
仲よく暮らしてきたのです。

でも 最近 いろんな作業 面倒に思うことが多くなってます。

やはり 加齢によるものでしょうか。

草取りで 腰をかがめば 腰痛になり
また ぎっくり腰になったら どうしようと心配しつつ
しゃがんでいたところから 立ち上がったら 立ちくらみがして
よろよろとしたり
高いところの枝を はさみでチョキンしようとして 
腕の筋が伸びてしまったかなと感じたり
枝を見上げて 高枝はさみを握っていて 首が痛くなって
「もう やだ~」と 思ったり
夏は 芝の伸びの速さに 憂うつになり
花木の葉っぱが 毛虫に喰われていると ギャ~となり
何かにつけて 「男手がほしいよ~」と叫んでる。

家のメンテナンスも 必要になってきていて
修繕しなければ さらに傷んでしまうようなところも 
ちらりほらりと 出てきています(>_<)
「もう やだぁ 家のこと 庭のこと 
わたしひとりじゃ大変よ~ 誰かいてほしいよ~」 
叫んじゃいたい 叫んでる。

それで 思うわけですよ。
さきほど書いた とっても罰当たりな事・・・

ほんとに 人間は 否 わたしは 
ないものねだりしたり あるのに不満を抱いたり
とにかく
足るを知らず 嘆いたりして こころの修行がたりません。
ほんと お恥ずかしい限りです。

   🍃

それで ・・・
今週の月曜日 5月22日から いろいろと
しみじみ 反省しているのですよ。
その日は 我が家のお家記念日だったのです。
上棟式が行われた日なの。
以来 お家記念日として こころの中で感謝する日です。

そうだったわ。
感謝する日・・・感謝してるはずだった。

屋根のあるところに 暮らせるということ。
この あたりまえなことに まず 感謝することの大切さ。

本棚にあった この本が目にとまり ページを開いて
気づかされました。
    👇
日本の言葉の由来を愛おしむ―語源が伝える日本人の心―

この本は 
言葉の由来を知ると幸せな気分になるよ~
というコンセプトで書かれた 
言葉の由来に関する 優しさあふれる本なの。
髙橋こうじさんという方の著書です。

そこに こう書いてありました。

語源辞典によると「住む」の語源は 「澄む」です。
建物の中で寝起きをすると人の心が安定し 
澄んだ状態になることから 現在の「住む」が生まれた・・


さらに 著者は 路上でホームレスだった人の
「路上では 本当にぐっすり眠れない。
眠っていても 神経はあらゆる音を聞いているから。
簡易宿泊所の寝床なら どんなに騒音があってもよく眠れるけど」
という言葉を例に出して こう 綴っているのです。

睡眠のつらさを思った時 その頭の中の様子と 
川の水が淀んで濁っている様子が重なりました。
安心して休むことができて
頭の中が「澄む」状態になることが 「住む」こと。

・・・それ以来 私の心の中では 
屋内で暮らせる幸せと安眠の喜びが結びついています。
私の住む家は 築40年を過ぎ 
しょっちゅう 雨漏りの修理をしています。
でも 私は毎晩ぐっすり眠っている。
それは毎夜 この屋根と壁が私の頭を澄む状態にしてくれるから。
そう思うと 家への不満は消え 愛おしさが増します。


このような文章を読んで
わたしは はたと 自分のこころを 振り返りました。

私も この家に「住んで」いるのです。
ひとつところに落ち着いて 
日々の暮らしを続けていられるのは この家のおかげだわ。
いつだって この家は わたしを守ってくれている。
風雨や雪やみぞれなど 外からの刺激からも守られて
わたしは 安心して ここに居られる。
外から 家に帰れば ほっとして 
素のこころ 落ち着いたこころに戻れるの。

この庭の花木や 草花にだって 
どれほど 助けられていることか。
芽が出たといっては喜び つぼみになったといっては 
花が開くのを心待ちにして 花が咲けば 
また 喜んで 愛でていられる。
わたしの庭は 
こころを癒し 暮らしに彩りをもたらす 大切な場だったわ。

髙橋さんの本を読んで
あらためて そう 思うことができたんです。

だんだん こころが澄んできたのかしら。

家のこと 庭のこと
「あ~ もう やだ!!」じゃなくて こういう時こそ
足るを知るべし。

十分あるものに不満を抱いて {やだ~」なんて叫ばずに
今あるものから得られる 満ち足りた気もちのほうに
シフトしていくことの方が大切だわ。

草取りは まとめてやろうとするから面倒になるし
時間もかかるから 身体にも負担がかかるのよ。
日々 すきま時間に ちょこっとずつ やったらどうなの。
剪定や 芝刈りなど どうしても大変なときは 
次兄などに頼めばいいのです。
やってあげると言ってくれているのに 
何でも自分でやろうとするところがあるから 
意地になって頼めない。
そんな自分を 少しずつ 変えていくことも必要かもしれない。
時には ひとに頼ってみてもいいのよ。

そうして 手入れができるうちは やっていく。
もっと 歳を経て できなくなったら
それは その時考えればいい どうするか。 

というわけで
書いているうちに こころが軽~くなってきました。

この家が 終の棲家となるかどうかは わかりませんが
そのようなことを決めなければならない その時までは
わたしは ここに暮らします。

「もう やだぁ!!」は ご法度にして
できるだけ 足るを知るこころで 暮らすことを
こころがけようと思います。

ここに住むことは
こころが澄む状態で過ごせること

そのことを こころに留めて 暮らそうと思います。
この家を この庭を 愛おしんで💛


        おり~ぶ




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昨日のこと

毎週月曜日は 叔母の施設の訪問日。
叔母のことは これまでにも書いています。
4/18の記事

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あら 忘れちゃってた・・・遅くなってごめんね。

その記事から 約一か月になろうとしていますが
最近 彼女の身体の状態が 芳しくありません。

昨日は 訪問して 部屋に行き 顔を見るまで
ドキドキしっ放し(>_<)
どうしたかなあ・・・気になっていたんです。

     🍃

それというのも この一か月間 あいかわらず
月曜ごとに行っていたわけですが 
5/8の月曜日に訪問した時のこと。
叔母の部屋に入ろうとすると 看護師さんが呼ぶのです。
廊下で立ち話・・・
彼女からは 「だいぶ弱ってきていらっしゃるので 
食事の量を少し減らしています 水分はとって頂いてます。
むくみも出ているので お身体全体が
そろそろ危険な状態になりつつあるかもしれません」と。

確かに その日の叔母は いつもよりは生気のない表情で
目をつむっています。
最近 眠っていることも多くなってきていたし
嚥下の力も弱っていて よくむせるし 
声にも元気がなくなってきていました。
それに 食事も食堂でなく 部屋でとるようになったとのこと。
車いすに移乗するのも負担になってきているのです。

わたしは 看護師さんの言葉に 
それほど驚きはしませんでした。
やがて こういう日のくることは 覚悟はしていたつもり。

この日 叔母の名前を呼ぶと 「はい」と弱々しい返事。
目は開けませんでした。
それ以上 声をかけずに 洗面台をきれいにしていたら
スースーと寝息がします。
起こすのもかわいそうだわと思い そのまま 退室しました。

   *

実は 2015年2月 今から2年前 
わたしは 施設のスタッフと医師とで ある相談をしました。
その頃 叔母が腸閉塞になって 具合が悪くなったのです。
それこそ 命の危険な状態だった。

2週間ほど 病院に入院した時 医師に 
その他の臓器の異変もありそうだが 検査自体難しいから
様子をみましょうと告げられました。
要介護5の寝たきりで とても大変な検査に
耐えられる状態ではありませんでした。

とりあえず 腸閉塞の状態は落ち着いたので
また施設に戻ってきました。
スタッフから申し出があって
叔母の今後のことについて相談したのは
その時なのです。 

この施設は 看取りも行う特別養護老人ホームなので 
看取りに向けて 利用者や家族の意志の確認と
施設側の対応について 相互理解を図りたかったのでしょう。
毎週訪問して診察してくれている医師の説明をきいて
いろいろ話し合った結果 医師の指導を受けながら
看護師さんや介護スタッフが対応して 
自然な看取りをして頂く方向になったのです。

わたしと叔母の間では 死にまつわることはタブーでなく
いろいろと話題にしてきました。
彼女が 「もう はやく死んでしまいたい」と言ったり
「葬式は どうなるの?」とか「実家のお墓に入れるの」など
聞いてきたからです。

それは 
身体を起こすこともままならぬ彼女の 悲痛な叫びだった。
だからこそ あえて話題にしてきました。
死ぬこと そして 生きるということは 
何と大変なことかということを。
そういう話を 彼女はいやがらなかった・・・
むしろ 自分の中の不安や恐怖を表出することで
自分自身を保っていたような気がします。

彼女は 周囲の利用者さんが 
食事をとれなくなったことや亡くなったことなど
何度か 話してくれたことがあります。
「ごはんを食べられなくなったら もう長くはないらしいよ」
というので 「もし そうなったら ミツさんは どうするの? 
点滴する?管をいれて栄養入れたりもしたいの?」と聞いた。
「ううん そんなのはいいよ。それほどまでして 
長生きはもういいよ あたしは はやく 
おかあちゃんやおとうちゃん ねえちゃんのとこ 行きたいよ」
そんなやりとりをしながら いつか必ず来るだろうことへの
こころの準備を 叔母といっしょに 
わたし自身もしてきたように思います。
     
    *

でも この相談の日から 2年・・・
叔母は 低空飛行ながらも元気になり つい先日まで
自分の手でスプーンを持ち 頑張って食べていた。
スタッフみんなが 「奇跡です」と言うまでになったのです。

「死にたい」思いと「生きたい」思いが しのぎを削りながら
彼女の中で 生きる気力となって みなぎっていた感じ。
スタッフが こそっと言ったことがありました。
「看取りのことを前もっていろいろ相談すると 
そんな方は長生きされるんですよ」と。
なるほど 叔母は まさしく それかな。

     *

そんなこんなで 叔母の様子が心配になっていたところ 
先週の木曜日5/11の夕方 施設から電話があったのです。
悪い知らせかもしれないと思って 
こころが真っ青になり 電話をとると・・・
「お風呂に入れなくなってきたので お身体を拭く
ウェットボディタオルとハミンググッド(口腔内のお掃除)を
ご用意ください」とのこと。
急いで 調達してもっていきました。

叔母は 「う~ う~」とうなりながら 臥床しています。
「どこか痛いの?」ときくと 「ううん」とだけ。
まあ そのうなり声が大きい事。
わたしは「そんな大きい声が出るから 安心したわ」と
言っちゃいました。
でも・・・
「食べられなくなっちゃったよ~」という言葉は切なかった。

    🍃

そして 昨日・・・

叔母は 相変わらず横たわっていましたが
いつになく 顔に赤みがさしています。
スタッフが入ってきて 
「ミツさん 12日にお風呂に入ったんですよ。
もう難しいかなと思ったら 入るっておっしゃるので
3人がかりで入って頂いたんです。
そしたら いつものように耳を手で覆って
(お湯が入らないように)背筋もしゃんと伸ばして・・・
もうびっくりしました」と 笑顔で言うのです。
「今朝は ご飯を 全量召し上がりました」とも。

まあまあ さすが ミツさん!!
わたしは驚いたり うれしくなったり・・・

「ミツさん ご飯食べられてよかったねぇ」と声をかけると
「うん」といって 顔をくしゃくしゃにして 半べそになった。
このごろ 何かにつけて半べそになるんです。
わたしが 叔母の手を握って
「いろいろ辛いだろうけど ミツさんは 独りじゃないからね 
わたしもいるし スタッフもいてくれるし みんないるんだよ」
と 励ますように言うと 
「うんうん」とさらに泣き顔になって 顔を真っ赤にしてました。

   🍃
 
これからは きっと
いよいよ大変な局面を迎えることになっていくでしょう。

わたしも 電話の着信音にドキドキする暮らし・・・
でも これはもう 想定内のことだから 仕方がない。

叔母が 必死で頑張っているように
わたしも ちょこっと がんばりどころ ふんばりどころ

綱渡りのような日々ですが 
わたしなりに できる範囲で
最後まで
叔母のこころに寄り添っていけたらと思っています。

そのためにも
深呼吸 & 深呼吸

こころを落ち着かせて
淡々と やるべきことを 続けていこう  


       ✐ おり~ぶ



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昨日は 終日 家におりました。
シャツにアイロンかけたり 片づけモノしたり
ちょこっと 庭の草取りしたりしながら
ここ数日の慌ただしさを リセットできました。

午後になって 珍しく家の電話が鳴ったので
出てみると お隣の方でした Nさん。
わたしと同じ ひとり暮らしをしているの。
たま~に ブログにも登場してくださってます。

昨年 草刈りのことでも 記事を書いたことがありました。
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道具を大事にしなくちゃね。

Nさんは 70代・・・詳しくはわかりませんが
わたしのひと回りぐらい上の年齢だと思います。
小柄で 色白の 優しい感じのひと。
すぐ お隣なのに たまにしか顔を合わせないので
会うと「お久しぶり」と言い合います。

でも 時には 近所のおひとりさまの家で 
一緒にお茶をごちそうになったり Nさんちの縁台で
お茶飲み話をしたこともあります。

    🍃

彼女からの電話は・・・
「〇〇さん ちょっと 外に出てくれない?」というものでした。
この言葉だけきくと
むむ 何事なの?という雰囲気なのですが
ずっとおつきあいするうちに わかってきました。

庭の家庭菜園で作った野菜などをおすそ分けして下さるときに
「庭に出て」と言うのです。
それというのも
我が家の駐車スペースの隣が Nさんの家の庭なんです。
彼女が 掃き出し窓を開けて 庭に出る。
そしてわたしも 外に出て 駐車スペースに出ると
フェンス越しに会えるのです。
ご自分の玄関から出て 我が家の玄関にくるのに比べたら
短時間ですむので いつもそうしているの。

彼女が下さったのは この野菜♪

DSC_0703.jpg

赤と白のミニミニ大根と スナップエンドウ
新鮮!! とりたてです。
「サラダにして 食べてね」と 手渡されたので 
「いつもありがとう。こんなに頂いていいの」と言うと
「いいの いいの。まだ たくさんなってるから。初物だから
食べてつけてよ」と 庭先のスナップエンドウを指さした。

「食べてつけて」という言葉
ききなれないものかもしれませんね。
こちらでは この言葉 時々きかれます。
「食べるのを手伝って」というような意味で 
何かをおすそ分けするような時に使いますが 
ある程度年配の方じゃないと わからないかもしれません。
わたしは その年配者!!なので わかるのよ。

わたしは ありがたく 頂戴しました。
丹精込めて作った初物を下さるNさんの気もち
とてもうれしかった。

Nさんは 今でこそ 野菜を作れるようになりましたが 
実は昨年 大きな病を経験しているのです。
初めは 検査入院だから留守にすると告げて 
しばらく入院していました。
何の病気かまではわかりません。
そこまでは 彼女も言いませんでしたから。

でも 入院期間が 一か月以上 経過しました。
いつ 戻ってくるのかしらと気になっている時 ちょうど
お隣に車を停めた姪御さんを見かけたので 聞いてみました。
彼女は 「もうすぐ退院できますよ」と言ったのですが 
詳しいことはもちろん話さず わたしも尋ねませんでした。

その言葉通り 数日後 退院して戻って来た時  Nさんから
「帰ってきました」という電話をもらいました。
すぐ お顔を見に行きたかったけれど
暫くして落ち着いてからの方がいいだろうと思い
数日後に 玄関のチャイムを鳴らしたの。

出てきた彼女は 少し弱々しい表情でしたが 
比較的元気な印象でした。
玄関先で お見舞いの言葉だけと思っていたので
「大変でしたね お顔をみて安心したわ 退院されたばかりで
何かとご不自由なことがあるでしょうから 
何かお手伝いできるようなことがあれば 
遠慮なく言ってね」と告げました。

すると 彼女は 「上がっていってよ」と言うのです。
それまで 玄関先や庭先で話したことはあっても 
家に上がるのは初めてだったので 一瞬 躊躇しました。
「でも お疲れになっちゃうでしょうから ここで失礼するわ」と
わたしが言うと
「大丈夫だから お茶飲んでってよ」と
半ば強引に 手をひかれたのです。

お茶を頂きながら 彼女とふたり・・・

Nさんは 入院している間に 深刻な病気だと判明し
手術もしたし 治療もしたことを話してくれました。
術後 毎日通うように言われたけれど 
通えないから入院していたとのこと。
いったん治療は終えたので 帰ってきたけれど 
また時々 通院するかもしれないとのことでした。

わたしは 彼女の話す内容について 
いろいろ聞きたいこともあったけれど あえて聞きませんでした。
根掘り葉掘り詮索するようなことは したくなかった。
彼女が自ら話してくれた内容だけで 
わたしには十分すぎる情報でしたから。

その後 数か月が過ぎ 
今 また こうして 野菜作りができるようになったこと 
わたしは 自分のことのようにうれしいです。
だって わたしよりは高齢なのだから 術後の養生は
気もちもめげるし 何かと不安やご苦労があったと思うから。

彼女に 何かお手伝いを依頼されたことはありません。
家を空けて不在になる時 
「出かけるからお願いします」 と言われたぐらい。
たぶん 病院だったのではないかと思います。

ふだんの彼女は 多くを語るひとではありません。
自慢もしなければ 人の悪口や噂話もきいたことがない。
もうひとりのおひとりさまと3人でおしゃべりする時も
ふんふん ときいている。

だから 彼女がこれまで どんなふうに生きてきたのか
どんな暮らしをされていたのかは
全くといっていいほどわからない。
でも 離婚したらしいことや 
お子さんがいないらしいことだけはわかりました。

わたしが この土地に来て初めて会った時 
Nさんは その一年程前から 現在の家に住んでいた。
でも 町内会には参加していなかったの。
それが ある時入会して その時は
前とは異なる苗字だった それが今から10年程前のこと。
だから 想像するに 
いわゆる熟年離婚を経験されているのでしょうか?
それに 入院して不在の時 
姪御さんが郵便物を取りに来ていたりしたので
お子さんがいないのではと思った次第。

でも そんな話題は 一切したことがなく 
Nさんから話さない限り
これからも話題にすることはないでしょう。
お隣さん Nさんの過去は この際 関係ありません。
今のNさんに わたしは会っているのだからね。
ひとりの女性として ひととして 
たくさんのご苦労を乗り越えてきただろう Nさんの今を
ただただ 隣人として 受け止めているだけ。

病を抱えながら 老いていくプロセスの中で 
花を咲かせ 野菜を作り わたしにまでおすそ分けをして下さる 
そのNさん・・・
日々の暮らしに 小さな喜びを見つけて 
それを大事にしていく彼女を 素敵だなって思うのです。
それに Nさんが 自分と同じひとり暮らしで 
夫も子もいないひとりぼっちであることに
とても親近感を感じているの。

風雨の強い夜など ふと 
お隣さんも 怖い思いしているかしらなど思ったりします。
台風や雷の夜は 怖いんです こわがりだからね わたし・・・
夕方 仕事から戻って車から出る時 
彼女のお風呂場の電気がついていたりすると 
ああ 入浴中だわなんて思う。
自分の家に 灯りはついていないけれど 
お隣にあかりが見えるだけでも ほっとすることがあるんです。

     🍃

こんな思いがあるので
頂いた野菜は 格別なおいしさ!!
夕食のサラダに 「いただきま~す」で味わいました。

お隣さんとのご縁 大切にしたいわね。
頂いたままにしておくのも気が引けるから
後で なにか 差し上げようと思っています。
すぐだと 気になさるだろうから
少し たってからね (^_-)-☆

甘いものがお好きだから おまんじゅう?
ちなみに わたしも好きで 食べすぎてる (>_<)
今度 その甘いもの フェンス越しに手渡そうかしら。
「おすそ分けよ 食べてつけてね」と言って・・・

喜んで受け取ってくれるわよ きっと


       ✐ おり~ぶ



長々と おつき合い下さいまして ありがとうございます  

お知らせ
  今日は 帰宅が遅くなりますので
  コメント欄 閉じさせて頂きますねm(__)m



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昨日のことから・・・

朗読スタジオのレッスンが終わってから 
急ぎ 常磐線にとび乗った。
千葉県柏市まで 1時間20分 午後6時過ぎ 到着。

改札口では ふたりの友人が待っていました。
学生時からの旧友 KちゃんとYちゃん
KちゃんもYちゃんも 子育てしながら 
長年仕事を続けていましたが 現在は退職して 主婦してます。

彼女たちとは 4年間 仲良しでした。
同じ授業を受けていたので ノートの貸し借りやったり
お昼を一緒に食べたり・・・
何だか気があって・・・以来 ずっとおつきあいしてます。

といっても 卒業後は お互いの結婚式に招待しあったり
するぐらいで その後会ったのは 夫の葬儀の時かしら。
それからは 年賀状のやり取りはしていましたが 
ほとんど会うことはなく・・・10年ぐらい前に再会して
今に至っています。

旧友と長く離れている時間・・・これは仕方がない。
彼女達も わたしも 自分の日々の仕事や暮らしやイベントで
あえて 旧友と会う時間は なかなかとれませんでした。
でも 子どもさん達もそれぞれ 独立して さあ これからが
ご夫婦の時間 そして 自分の時間・・・ということで
ここ数年は 以前より会うチャンスが増えました。

Kちゃんとは 3月に会っていますが
Yちゃんとは 一年半ぶりの再会です。
3人で 鎌倉へ行った時以来・・・「お久しぶりね~」と
かけよったわたしに 何度も
「〇〇子ちゃん 遠いとこ よく来たね よく来たね」と
喜んでくれたから うれしくなっちゃう。
ちなみに 彼女たちは柏駅から 数駅のところに住んでます。
今回は 「柏で飲もう」がテーマ!?だったから
わたしが そこまで 出向いた次第。

早速 予約してくれていたお店で まずビールで乾杯。
まあ そこからは 近況報告あれやこれ・・・
Kちゃんが野菜作りを始めたことはきいていたけれど
Yちゃんも ご主人と一緒に 家庭菜園を始めたとのこと。
これにはびっくり 土いじりのイメージなかったから。
わからないものですねぇ 人間て。
そこが面白いんだけど。

Yちゃんには お孫ちゃんがいるから 
写真や動画を見せてもらった。 
まあ かわいいこと かわいいこと。
「お野菜 せっせと作って 食べさせてあげたい」って。
この間もお泊りにきていたらしい。
なるほど そういうことも楽しみね 野菜づくりは・・・。

彼女たちは はっきりいって 酒豪です。
わたしなど 足元にも及ばないほど 飲めますよ。
昨日のお店を決めるのに 先日ふたりで下調べ。
数軒 はしごしたと言ってました。

まあ 飲んで 食べて 酔うほどに
昔の話が出てくるもんです。
わたしが 酔っぱらって Kちゃんの下宿に泊まったこと
わたしすっかり忘れてたけど そんなことも あんなことも。
こういう話になると 決まって出てくるわたしの話題は 
元彼!?のこと

これまた この彼とのこと 記事に書いてます。
未読でお時間のある方は ぜひぜひ♪
    👇
昔々の友達からの一本の電話が・・・

Yちゃんが 「ねえ 彼 今どうしてるの?」と聞くから
「はぁ そんなの わたしが知るわけないでしょ」という
この会話 今まで 何度したかしら。
酔っぱらうときくんだから 困るわね(^_-)-☆

彼女達だって ロマンスがあったんです。
Kちゃんは 学内で出会った同じ部活のひとと結婚したし
Yちゃんも 学内で ドラマチックな出会い方をした
ひとと結婚して もう数十年になります。 

あっ そうそう 彼女たちがつけたニックネームが
「オリーブ」なの。
手足が長くて 遠くから見てもすぐわかるって。
「オリーブのモンロー歩き」って
いつも わたしの歩き方を からかっていました。
その時の「オリーブ」から HNを「おり~ぶ」としたのです。
でも 彼女達には このブログのことは言ってない。
ふふふ 秘密 ひ・み・つ (^_-)-☆

近況報告から 思い出話へと続き テンションは最高潮♪
でも わたしは 電車で遠路を帰らなければならないから
延々とおつきあいできなくて 残念だわ~と思いながら
ふと Yちゃんが眼鏡をはずしていることに気がついた。
ちなみに 3人とも遠近両用メガネかけてます。

「眼鏡 外してしまって大丈夫? 見えてるの?」ときくと
「さっきから 外してたわよ。煩わしいから外しちゃった。
いいのよ もう うすぼんやりと見えてれば それでいいの」
と 何だか 神妙に言うのです。
そしたら その言葉「うすぼんやりと見えてればいい」が
Kちゃんに受けちゃって 「そうよそうよ この歳になったら
もう うすぼんやり見えればいいのよ。
いろんなこと 全部はっきりみようとしなくていいわ。
うすぼんやりぐらいがちょうどいいの。Kちゃん 名言だわ~」
と笑いながら これまた 意味深なお言葉・・・

わたしは少々酔いが回ってますから 
ほんとにうすぼんやりしてきてしまい
ふ~ん そうかぁと思ってた。

まぁ こんな会話から伝わってくるように 彼女達も
それぞれ 60代の今を どう受け止めて 生きていくか
いろいろと考えたり 模索したりしているんだなぁと
あらためて思いました。
旧友と会って 過去を振り返り その時代を 
あらためてこころにおさめながら 今 この60代を生きていく。
そんなこころの旅路を
こうして共に歩んでくれる仲間がいてくれることに
本当に感謝したいです。

Yちゃんが言っていた。
「今日雨がひどく降ってたから 駅まで主人が送ってくれたの。
学生時代の友達 大事にしろって 言ってくれたよ。
主人も そんな友達に支えられたり 支えたりしてるからね。
こんなふうに会ってお酒飲んで楽しく過ごせるのだって
いつまでもできるわけじゃない。
ある程度健康でいたとしても いいところ 
あと10年位かもしれないわ。
いつかね そのうちね なんて 言ってるだけじゃ 
あっという間に 時間が過ぎちゃうよ。
だからさ もっと会おうよ。
必ず 会えなくなる日がくるんだからね。」と。

必ず会えなくなる日がくるんだからね・・・
「うすぼんやり見えてればいい」と言ったYちゃんだけど
ちゃんと 見えてるんじゃない 見ようとしてるんじゃない
わたしたちの行きつく先を・・・
昔から ちょこっと姉御肌のYちゃんの言葉に わたしも
しみじみ思いました。
そう 必ず 会えなくなる日はやってくるんだって。

それまでに
いっぱいいっぱい 分かち合いたい この60代の今を。
酔っぱらった頭で それだけは しっかり記憶しました。

     🍃

わたしたちは
いつかね そのうちね じゃなく
次の再会のころを 概ね決めて 別れました。
電車の中から ふたりに ありがとうのラインを送ったら
Yちゃんから
「またね 今度はもっとじっくりやりましょう」と返ってきた。
Kちゃんからは・・あら まだ返事なし そのうちくるわね。
たぶん ふたりは あの後 二次会ね。
飲み足りないと思います わたしは十分すぎて 酔ったけど。

    🍃

一夜明けて・・・むむ 少々頭が痛い 二日酔いかな。

今日は 母の日🌻
形見の オダマキが咲きました。

 DSC_0701.jpg

今も生きててくれたら 何というのかな 母さん・・・

「酔っぱらえるのも 生きてるうちだけだよ」
そう 言うかもしれません。

そうね 生きてるうちだけ
その通りだわ ごもっとも♪
みんなと会えるのも 生きてるうちだけ・・・

60代 楽しんで 暮らせますように

見守っててね 母さん

・・・母の日の お願い


       ✐ おり~ぶ




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