そろそろ 再会の季節・・・
気になっている友人に電話をしました。

高校時代からの友達 Kちゃん
ここ数年 年賀状だけのやりとりになっていて
ず~っと会っていないから
何だか 疎遠になっちゃったなぁと気になってたの。

昨年末に わたしから 思い切って電話をしたことがあって
「あったかくなったら 会おうね」 と 約束していました。
4月になったことだし 会う日取りを決めなくては・・・
それで 電話したのです。

Kちゃんとの いきさつは 以前の記事に書きました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪

  👇
旧友からの年賀状

電話にしようか メールにしようか 迷ったけれど
やっぱり 声を聴いて 話をしたい。
電話をかけたら すぐ出てくれました。
「Kちゃん こんにちは」と言ったら
「はい こんにちは」と何だか ちょっと気取ってる?
「今 話していて大丈夫?」と聞いたら
「大丈夫よ でも ちょっと待っててね」と
そのままし~ん・・・
待つこと 数十秒・・・

「ごめんね ちょっと場所変えたの。夫がいたのよ」と
さっきより 砕けた感じの Kちゃんらしい話し声。
そうか ご主人が近くにいると
そんな感じになるのかなあ まあ そうなのかなあ?
夫のいる暮らしは もうずっと以前のことで 忘れた・・・

それからは ちょっと長話 しちゃいました。
Kちゃんは 予定していた 家の修繕なども完了し
さらに 3月末の ひとり息子さんの結婚式も無事
終えて 今は ほっとしているらしい。

早速 再会の日取りを決めました。
彼女は 専業主婦なので 平日でもOKなんだけれど
わたしは 平日は仕事をしているから 
できたら 土・日の方が 都合がいい・・・でも
家族のいるひとを 土・日に誘うのは少々気が引ける
ところがあるんですよ。
そのことを 彼女に言うと
「あらぁ 定年退職してるから 毎日一緒よ。そんな時でも
ないと 離れられないじゃない。土・日でも平気平気」
と 問題なし。

4月は お互いにスケジュールが混んでいるので
5月に会うことに決定。
でも 5月は 遠方に住んでいる息子さん夫婦が遊びに
来る予定があって その日は まだ未定・・・
それが わかってから
彼女が あらためて連絡してくれることになりました。

当日は わたしが宇都宮に出向くつもりでいます。
Kちゃんは
「せっかく来てもらうのに
 もう いろんなところご案内できないわ」
というので 
「別にどこも行きたいっていうところ ないわよ。
Kちゃんに会っておしゃべり出来れば それでOK」と
答えましたが なんか 気になった・・・
「もうご案内できないって ・・・どういう意味?」
彼女は 膝や腰が痛くて 長時間歩くのが辛いんだそうです。
整形外科にも通院していて おそらく老化だろうとのこと。
そうだったのね・・・ずっと会ってなかったし
わからなかった。

わたしは 思い出したことがあります。
彼女 植物が大好きで 道を歩いていても 草花の名前
教えてくれたりするんです。
もうかなり前のこと 
宇都宮の自然公園を散策したことがあった。 
あの頃は ふたりとも 若かったなあ 歩いて 歩いて
花や木をみて 風に吹かれて おしゃべりして・・・

Kちゃんの言う「ご案内」は
そんなふうに自然の中を歩いて 好きな植物をみたりすること
そんなことが Kちゃんは 今はできない・・・
「こんなふうにできないことが ひとつひとつ増えてくのね
歳をとるって・・・」と彼女が しんみり言うので
「そうだよね 遅かれ早かれ みんなそうなるよね」と
わたしも切ない気もちになりました。

でも Kちゃんは 明るい声で
「車の運転は大丈夫よ。
だから 宇都宮の自然の風景を車の中から見てもらうわよ。
歩くのもいいけど 足元ばかりに目が行くでしょ。
車の中からだと もっと大きな風景 見せてあげられる」
・・・Kちゃんは運転中だから見ちゃダメよ。
わたしは
Kちゃんのおかげで 宇都宮の春の景色 堪能します。

でも
実は わたし Kちゃんの住む 宇都宮・・・
ここ数年で 何度も行っているのです。
餃子を食べに行ったり キリスト教会の建物を観に行ったり
ヒカリ座の映画を観に行ったり。
ひとりだったり 友達と一緒だったり・・・

Kちゃんの住む街だということを 忘れたことはありません。
でも そのころは お互い何となく「ちょっと遠いひと」に
なっていたのです。
喧嘩したわけでないのだけれど
何となく 年賀状のやりとりだけになってた。
一抹の寂しさを感じながら・・・

このまま 遠いひとになっちゃうんだろうか?
「それじゃ ダメじゃん!!」と思ったのです。
思春期から 青年期を 共に生きてくれた
大切な 大切な友達だもの。
いいはずがないって 急に思ったの。
それで 昨年末に 勇気を出して電話をしてみて
今に至っているというわけです。

もし わたしから電話をしなければ
そのままの関係性で 
ず~っと年賀状だけのやりとりに終始したかもしれません。
それは それで 悪くはないけれど・・・
会えるところに住んでいて 前は会っていたのに・・・
もう 会わないかもしれないなんて
やっぱり なんか 寂しい。

Kちゃんが わたしのことを どう思っていたのか
はっきりしたことはわからないけれど わたしに
連絡するかどうかって 一度ぐらいは考えてくれた
ことも あったのかなぁ。


でも ひとつだけ わかったことがあります。
それは・・・
わたしは 5日にKちゃんに電話をしたのですが
彼女は 電話の中で こう言ってくれたんです。
「昨日 お誕生日だったでしょ おめでとう」
覚えていてくれたんだぁと わたしは感激!!
Kちゃんが わたしとの再会を喜んでいてくれるのでは
ないかという淡い期待が ふくらんでいます。

友達との距離のとりかたって
とっても 難しい部分だなあと感じることがある。
計測を誤ってしまうと
お互いに いいおつきあいができず
終わってしまうことにだってなりかねない。
まあ それはそれで ご縁がなかったということでしょうが。

わたしは 今回は Kちゃんとの距離を少しだけ
縮めてみようと思います 少なくとも 今までよりは。

Kちゃんのこころ わたしのこころを確かめ合って
また一緒に 友達として 前を向いて歩んでいきたい。

言わなければ伝わらないことってあるから
これまでのKちゃんへの思い これからの思い
伝えようと思っています。
ちゃんと 言葉を尽くして。

今 そうしなければ きっと後悔すると思う。
もう わたしたちには 多くの時間はないのだから。
会って 顔を見て話せるうちに 伝えておきたいの。
友達でいてくれて ありがとう♫

旧友 Kちゃんとのご縁
大事にしていきたいです


        ✐ おり~ぶ


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先日のこと・・・

フェイスブックからの通知音が鳴ったので
開けてみると・・・
「今日はM・Kさんの誕生日です。コメントを投稿・・」とある。

M・Kさんとは わたしの次兄の名前です。
そうだったわね・・・いくつになったのかしら?

    🍃

子ども時代から次兄のことを Kちゃんと名前で呼んでいるの。
「お兄ちゃん」じゃなく なぜ 名前なのか・・
もうひとりの兄 長兄と区別するのに
名前になったのかもしれません。

わたしには 兄が二人。
でも 長兄は 18年前 52歳で他界したので
今は Kちゃんひとり。

長兄は どちらかというと活発で 腕白少年
これは 母からの情報です。
わたしは 兄の子ども時代はよくわからない。
9歳離れているから 一緒に遊んだ記憶はありません。
Kちゃんはおとなしくて 必要なこともしゃべらないようなタイプ 
機械いじりが好きで ラジオを分解したりしていたような・・・
わたしは・・・外で遊んでばかりいた お転婆少女だった。

Kちゃんとは 時々 後にくっついていって遊んだような記憶も
あるけれど ある時期からは 近所の女の子と遊ぶようになって
・・・以来 きょうだいで遊んだことはないんじゃないかしら。

わたしが高校生の頃は 兄達は 家を出て自活していたので
そのころからの思い出は ほとんどないですね。

Kちゃんは24歳ぐらいで結婚し 
好きな人のお家の婿養子になりました。
生前の母が たまに言ってたの。
「ほんとは お婿にやりたくなかった。でも どうしても
好きで 一緒になるっていうから 仕方なかったよ」
おとなしすぎるぐらいのKちゃんに
そんな情熱があったんだなあと 感心したこともあったわね。

Kちゃんの奥さんに言わせると
「結構 頑固なところある」という一面もあるらしい。
でも 子煩悩で 優しいところもあります。
それと あまり多くを語らないひとなので
何を考えているかわからないようなところもある。
わたしから見るKちゃんは 
すごく辛抱強いひと そんなイメージありますね。

義姉(長兄の妻)には
「お父さんのきょうだいは 淡々としている」と言われます。
彼女のきょうだい達は 女3人男ひとりだから
何かといえば集まったり 行き来したりしているので
義姉いわく かなり濃い間柄とか。
そういうところから見ると
わたしたちきょうだいは あっさりしすぎているみたい。
でも わたしは 子どもの時から ずっとそうだったので
自分にとって 男のきょうだいってこんなふうなんだろうって
思っているし それで 寂しいと感じたことはありません。

仲が悪いわけじゃないけれど 特別仲良しというわけでもない。
でも わたしは 人生の節目節目で 心配してもらったし
兄たちの存在が心強かったなあ。
それにしても わたしは 兄たちに何もしてあげてないわね
甘えるばっかりで・・・

忘れられないシーンがあります。

長兄が病気になって 入退院を繰り返し
いよいよお別れが近づいた時のこと・・・
お薬でもうろう状態になっている彼を みんなで見守っていた。
少し遅れて 病室に入ってきたKちゃんが 
「兄貴」と声をかけると 長兄は ぼんやりとした意識ながら
声のする方に 両手を差し出したんです。
そして 「〇〇・・・」と Kちゃんの名前を呼んだの。
Kちゃんはその手をしっかり握って 長兄と最後の
お別れをしました。
Kちゃんの涙・・・

わたしも もう涙 涙でしたが あとになって 思いました。
長兄は 母とわたしのことを Kちゃんに託していったんだと。
父を早くに亡くしてからは
長男としての責任を一身に感じているようなところが
あったひとだから
Kちゃんに「頼むぞ」と伝えたかったのではないか
そんなふうに思うのです。

Kちゃんは わたしが病気で入院した時も
会社の帰りに寄ってくれたり 必要な物を買ってきてくれたり
いろいろ助けてくれました。
ふだんご無沙汰しているのに きょうだいってありがたいね。

母が 晩年 わたしの家で暮らしていたころは
Kちゃんは時々
お菓子や果物や鉢植えの花をもって 訪ねてくれました。
もちろん 母に会うためよ。
だって 母亡きあとは めっきり来てくれなくなったわね。
来てくれたのは・・・
叔母のことで相談があって わたしが来てもらった時ぐらい。

最近では お彼岸のお参りに義姉の家に行った時
「昨日 Kさんが来てくれて
(わたしが)元気なのかなって言ってたから
元気にしてるって言っといたよ。このきょうだいは
あいかわらず淡白ねぇ」と 義姉に言われる始末。

それで・・・
たまには連絡でもしてみるかと思い 電話をしました。
「もしもし」といつもの低い声。あらぁ なつかしいこと。
私達が身元引受人になっている叔母の事をを報告したり
彼の近況を聞いたりして 4~50分の長電話になっちゃった。
やはり きょうだい 積もる話がありました。

Kちゃんは 会社を定年退職してから 
福祉関係のボランティア活動をやってます。
ちょっとシャイなとこもある彼が そんなことやるんだねと
当初驚いたんだけど まだ続けてるみたい♪
ほんとに ひとって いろんな部分もってるから面白い。
Kちゃんもまた 然り・・・
近くに住むお孫ちゃんのお世話もしているみたいで忙しく
「悠々自適なんて程遠いよ」と言ってました。

    🍃

ところで 誕生日。
フェイスブックのタイムラインに 
「Kちゃん お誕生日おめでとう。いい一年になりますように」
と投稿しました。
しばらくすると 返信コメントが入ってきた。
「いよいよ 介護保険証が届きました。
そんな歳になりました」とあります。
そうか Kちゃんは 65歳になったのね。
祝 65歳

    🍃

わたしたちは これからも
ふだんは 音沙汰なし状態になると思います。
フェイスブックで友達になっていても
ふたりともあまり投稿しないから
細かい近況などわかるはずはございません。
まあ 用事があれば 連絡しますので
お互い健康に気をつけて 暮らしてまいりましょう。

父とは とうにお別れし
長兄とも 母とも お別れして
たった二人きりになってしまったきょうだいです。

兄と妹の このご縁・・・
淡々として あっさりしていても 思いは深く
終生 変わらぬ きょうだいの絆
大切にしていきたいと思います

          ✐ おり~ぶ




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土曜日の午後3時
カフェで 友達と待ち合わせ・・・

友達とは・・・ 以前の記事にある 高尾山に一緒に
行ったひとです。
昨年3月に 公務員を定年退職し 今は再任用で働いています。
そういえば 11月に高尾山に行ってから ゆっくり
おしゃべりするのは 今年になって初めてね。

3時15分・・・いつも時間通りにくるひとなので
どうしたのかなぁと思っているところへ
息せき切って駆け込んできたのか
はぁはぁ言って わたしの前に座りました。
何だか 顔が上気しているみたい・・・
気のせいかもしれないけど ちょっと怒ってる?
いつもの 笑顔 どこ行った?
なんか おかんむり?

「ごめんねぇ 電話で長話になっちゃったのよ」と
言うので
「どうかしたの?」ときくわたし。
その言葉を待ってましたとばかり 電話の長話の理由が
明かされました・・・

    🍃

それはこういうことなの。
彼女は 2週間ぐらい前に 新車を購入した。
その車は 今とても話題になっているという電気自動車。
電気自動車だけど 電気とガソリン併用らしい。
彼女が それまでの乗っていた車は 普通自動車(ガソリン)
まだ1年半も 車検時期が残っている。
かなり 迷ったけれど 定年まで頑張って働いた
自分へのご褒美として 思い切って購入したんだって。
まあ 奮発したこと!! わたしなんか 目が飛び出ちゃう(>_<)

でも 今必ず買い替えなければならない理由はなかった・・・
では その車を買おうと彼女に決心させたものは
いったいなんだったのか。

それは 車の燃費。
えっ? 燃費???
わたしは 燃費もなにも 
車についてほとんど関心がないけれど 彼女は 違った。
燃費について あんなに熱く語る彼女
わたし 初めて見ました!!
そりゃ 低燃費は 環境にも おサイフにもやさしいけれど・・・

低燃費

その電気自動車の注目点のひとつなのが 低燃費。
カタログには 燃費~37.2km/Lとある。凄すぎる!!
わたしの軽自動車もエコカーだけど 十数キロ/Lかな。
営業マンの説明も 今が買い時というニュアンスだったらしい。
以前から 低燃費の車にしたいと考えていた彼女は
説明をききながら これこそ求めていた車だと思った。
それまで 乗っていた車の下取り価格も魅力的
車検が切れる頃では 価格はぐっと下がってしまう。
試乗した時の走りの印象もいい これなら!!
よし 今が買い・・・思い切って 購入したわけ。

ところが 一週間位走ってみて 燃費を計算してみると
うたい文句の数値とは程遠い。
20km/Lを切っているではないか。
しかも 17Km/L位のときもある。
これでは 以前乗っていた車の方が いいぐらい。
彼女の期待していた 燃費の値は 何度計算しても
出てこなかった。

がっかりして どうしたものかと考えて
数日前に ディーラーに電話で問い合わせをした。
低燃費で走ってないんだけど どうしたらいいの?と。
営業マンの回答は 「エコモードにして運転して下さい」
だったらしい。早速 そうしてみても やはり期待の
燃費で走っていない。

そこで 土曜日 わたしと会う前に
またディーラーに電話をしてみた。彼女は 納得できる
説明や方法を聞きたかったので 長~いやりとりになって
しまったらしいのです。
結局 1週間 その車をディーラーに預けて
燃費を調べてもらうことになったそうな。

わたしは その車がどんな車か知りたいから
途中 スマホで検索して 車を確認。
ついでに 燃費に関しての口コミもチェック。
道路の形態や込み具合 また運転の仕方でも
燃費はかわってくるらしく 市街地の運転では
20km/L切るということも書いてはあるのだけれど・・・
とにかく 彼女は低燃費だから買ったのに・・・という
気もちだから もやもやしちゃうのよね。
車って 大きい買い物だし・・・

でも
はじめ むっとして おかんむり状態だった彼女も
話すうちに 徐々に落ち着いてきました。
「今じゃなくてもよかったかもね 買い替えるの。
燃費の凄さに惹かれて つい 急いじゃった。
でもね なんか納得できないの」と。

その納得のできなさは 営業マンとのやりとりの中身にも
あるのかもしれないわね。
売る側は ポジティブな要素ばかりを強調しがちでしょ。
ネガティブな要素や運転の仕方などもきちんと説明して
くれればよかったのかも・・・。

とりあえずディーラーが よく調べてくれるというので
その結果を待つしかありません。
彼女は もう その先のことも考えて
「結果が出たら どうなるのかしら。わたしの車だけ
欠陥車だったら 新しいのに変えてもらえるの??
もし 欠陥車じゃなかったら そのまま乗るのよねぇ」
と またまた 顔が曇ってくる。
先ほどのオカンムリさんから 今度は ユウウツさんへ・・・ 

結局 「それは その時考えよう なるようになる」
という まとめ!?で この話は終了となりました。

    🍃

わたしと彼女のおつきあいは ここ10年程でしょうか。
仕事関係で知り合って 意気投合。いろいろ話すうちに
同じ高校の同級生だったことがわかったの。在学時は
科が違ったので お互いに知らなかった。
アルバムを見たら
それぞれ ちゃんとおすましして 写ってました♪
彼女は 結婚して義両親さんと同居し3人のお子さんを
育てながら 仕事を続けてきました。
言うに言われぬ苦労がいっぱいあったと思います。
たぶん昔も そして 今も 明るく元気に 生きてます!!

彼女が話した燃費のこと・・・
まあ わたしには
どうでもいいといえば どうでもいいことかもしれない・・・
でも ひとって それぞれ いろんなことにこだわりが
あるのは自然なことだから それはそれで 受け止めます。
まだまだ お互いに 知らないところ 不思議なところ
いっぱいあるよ 彼女にも そして わたしにも・・・

燃費のことで 一喜一憂しそうな彼女の そんなとこ
決して 嫌じゃない むしろ 好きかも。
だって 人間らしいでしょ。
ひとの暮らしって そんなこまごまとしたところにも
楽しみや喜びが いっぱいあるんですもの。

願わくは この燃費話の結末で 彼女がこんな笑顔に
なってくれたらいいなあ。
とにかく なんにしろ
彼女が納得できるということが大事よね。

うれしい

そしたら そのパワフルカーに乗せてもらって
桜のお花見にでも 行きたいなぁと
ちゃっかり ひそかにたくらんでいる わたし・・・

あっ でも わたし 助手席に乗ると
この頃 車酔いするんでした(>_<)
やっぱり わたしの軽自動車でお誘いしようかしら
お花見ドライブ


         ✐ おり~ぶ




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先日 胃の内視鏡検査を受けました。
通称 胃カメラをのみました(>_<)

胃粘膜下腫瘍の経過観察のため 一年に一度検査しているの。
検査までの経緯など 以前の記事に書きました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひm(__)m

  👇
まず内科受診

読まなかった方のために・・・
わたしの胃にある粘膜下腫瘍は
1cm未満 正体は不明 原因も不明です。
ガンは胃粘膜の上にできるけど これは下にできているので
ガンではないそうです。でも まれに ガンの親戚のような
ものもあり 症状が進むと転移する。
腫瘍が大きくなってくる場合は
悪性の可能性が大きい・・・ということなのです。
怖いよぉ(-_-;)

この胃粘膜下腫瘍が 大きくなっているか いないか
それが 問題です。

    🍃

内視鏡センターで 本人確認が済んだら まずすること
それは ガスコン水という液体を コップ一杯飲むことです。
食道を洗うため。
次に 喉に麻酔をかけます といっても注射ではない。
ゼリー状の麻酔薬を口に含み のみこまずにそのままいて
5分後にのみこみます。すぐ 喉は麻酔状態に・・・

そして いよいよ検査台に横になります。
左を下にして 横向きになると 看護師さんが
「もうちょっと 横になってください」と身体を直してくれたり
して・・・この辺までは 少し ドキドキ。
でも このところ毎年検査しているから もう慣れてます!!
と言いたいところだけれど
今回は そんなに順調にはいかなかったんです。

横になって少しだけ待っていると 男性医師が登場。
瞬間 思ったこと「わっ 若い!!」とても若い医師・・・
「もしかして研修医 もしかして 練習中のひと?」
なんて 勝手な想像しちゃったんですよ。

そしたら 自分が 一気に緊張してきてるって感じたの。
リラックス リラックスって 思ったんだけど
身体は正直です。緊張したまま 検査が始まってしまった。

「では 始めますよ」と医師が言って
マウスピースを加えた口の中にカメラが入っていく・・・
喉の入り口で「では ごっくんしてください」というんだけど
何と そのごっくんができないんです どうしても。
苦しくて苦しくて(>_<) でも ここをカメラが通過しなければ
検査はできません。入り口ですからね。
2~3回 ごっくんしようとするんだけれど どうしても無理。
苦しくて 涙はじわっと出てくるし 鼻水まで出る始末。
医師は「身体に力が入ってますよ。力抜いてね~」と
言ってくれるんだけど 言われるほどに
とうとう 無理で 一旦中止。

彼は 「肩に力が入ってはいけない あごをこうしてね」と
優しく教えてくれました。
そして「今までも こうだったんですか?」と聞くので
「いいえ」とだけ 弱々しく答えるわたし。
まさか 「あなたが あまり若いから不安になっちゃったの」
なんて言えないでしょう。
だから 「深呼吸していいですか?」と聞いたら
「どうぞ どうぞ」と言ってくれたので
横になったまま目をつぶり 深い呼吸を5~6回
ゆっくりゆっくりしました。吐いて~吸って~吐いて~吸って~

胃カメラ

身体の力をゆるめて 再びトライ。
医師は 「麻酔の効きがよくないのかもしれないな」と
口の中にスプレー式の麻酔液をシュッシュッとかけてくれた。
看護師さんも わたしの肩に手を触れていてくれて・・・
手のぬくもりを感じられたわ。
 
さて 今度は どうか・・・ちょっと苦しかったけど
やっと ごっくんできたの。
そこからは 特別苦しいところはなかった。
胃の中をカメラが動いていく時 少し押されるような感じだけ。
ごっくんの苦しさに比べたらなんのその。
この時は 涙も鼻水も出ず
看護師さんも「順調にいってますよ」と言ってくれて
安心して 終わるのを待ちました。

でも 終わる時にもハプニングが・・・
医師が カメラを口の中から引くとき
ちょっとだけ勢いがあったのか マウスピースが
カメラと一緒にスポーンと抜けて 床に転がっちゃったの。
それが妙におかしかったけど
笑っちゃ悪いかなと思って こらえました。
だって いっぱい面倒かけちゃったからね。

画像をみた医師からのコメント ➡ 
「腫瘍の大きさに変化がないから 一年後でいいでしょう。
腫瘍が良性だと 中に水や脂肪がたまっている可能性がある。
それかもしれませんね」
確かに一個 ぽこんと下から盛り上がっている塊が見えた。
正体不明だけれど とりあえず変化なしで ほっとしました。

OK胃

ちなみに 医師は 思ったほど若くもなかったの。
しっかりわたしの目を見て はきはきとした口調で
分かりやすく説明してくれて 中堅って感じの先生でした。
検査台付近は 映像を見るために薄暗くしてたし
わたし 眼鏡をはずしてたから よく見えなかったのね。
またしても 一瞬の思い込みで
勝手に緊張しまくっていたという次第です。

     🍃

それにしても 今回の胃カメラ検査であらためてわかったのは
わたしの身体とこころの関係です。
まさに 心身一如  こころと身体はつながっているのですよ。

こころの不安や緊張から 身体・筋肉も緊張する。
若すぎる医師という思い込みで わたしは不安になり
からだも緊張でこちこちになってしまった。
リラックスしようとしたけど見事に失敗し ガチガチしまくりで
胃カメラをスムーズにごっくんすることができなかった。
緊張して 肩や喉にも力が入るから 喉は閉まってしまう・・・

胃カメラ検査の時に
医師の熟達した技術が必要なのは 言うまでもないこと。
今回の医師に それが あったかなかったかは
わたしには判断できません。
わかるのは 自分の身体が どう反応したかということだけ。

あ~あ まだまだ修行がたりないなあ。
こころや身体の緊張をとる簡易な技は
会得しているつもりでいたけれど
いざ 自分の緊張場面で うまく使うことができなかったもの。

ふうむ・・・

ふだんから 身体やこころの緊張を軽くするトレーニング
仕切りなおして 意識的に取り組もう。

身体の緊張をゆるめる ➡ こころがゆるまる
まずは 腹式の深い呼吸から・・・

来年のことを言うと 鬼が笑うというけれど・・・
一年後の 今頃 
心身共にリラックス状態で
胃カメラ検査を受けられるように・・・
そう 平常心でね(^_-)-☆

      🍃

なんて書いているけれど・・・

できることなら 胃カメラ検査 受けたくないわ~( 一一)

自然消滅してほしいよ 腫瘍のシュヨッチさん 
お願いだから もう 消えて・・・ 


        おり~ぶ

 長々とおつきあい頂いて ありがとうございましたm(__)m



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おととい 土曜日の午前中
一本の電話が・・・

「夕方 飲まない?」
そう言ってきたのは 学生時代の友達Kちゃん。
隣県に住んでいるのだが ごくたまに
用事があって 水戸にくることがあるのです。

この日も ご主人と一緒に来たのだけど
夕方 ご主人はやはり旧友に会うとかで
別々に帰ることになったらしい。
それで 彼女は それなら自分もということで
わたしを誘ってくれたのだ。
電車で来たから 飲んで帰っても大丈夫でしょ。

前回 Kちゃんと会ったのは 昨年の春ごろだったl。
やはり 今回のような感じで 誘ってくれたの。
でも 時間がなくて お茶を飲んだだけ。
あまり ゆっくりとはおしゃべりできなかった。

Kちゃんは 50代前半で仕事を辞めています。
ご主人が単身赴任しなればならない遠方に
転勤になったのを機に あっさりと退職。
ご主人についていったわけ。

数年間ののち ご主人とともに自宅に戻ってきてからは
何を思ったか スーパーのお総菜コーナーで
数年間 パート勤務をしていました。
そのパートの仕事も 去年やめています。

しばらくぶりに会った Kちゃんは相変わらず 元気!!
学生時代は 剣道部で 面をかぶって闘ってたので
体育会系のにおいぷんぷん。
さっぱりした性格で 笑顔全開 細かいことにこだわらない。
とにかく 明るいひとなの♪

生ビール

居酒屋でのお食事は おしゃべりもヒートアップ!!
周囲のガヤガヤに背中を押されて
次から次へと 食べて飲んで しゃべって
彼女 飲むスピードが はやい はやい
しかも 酔わないですから(>_<)

わたしは いつもだったら 生ビールジョッキ3杯まではOK。
日本酒とかとのちゃんぽんは 絶対禁。
若い頃 前後不覚で記憶にございませんになっちゃって
懲りたのです。
もともと それほど お酒強くないのですよ。

この日は 次から次へとお料理食べてるから
お腹いっぱいで ジョッキ1杯半で ゆっくりペース。
彼女が残った半分 飲んでくれました。

その後は わたしは 生グレープフルーツサワーを。
もともと 焼酎のおいしさがわからないから
あまり飲まないんですよ サワーは。
でも Kちゃんが 半分に切ったグレープフルーツを
ぎゅう~っと絞って サワーに入れてくれたので
飲んでみたら なんとさっぱりした味わいでおいしいわ~
「それ 飲むと悪酔いしないのよ なんでだか」と・・・
さすが 体育会系の飲み会で鍛えた技ですね。

ところで
Kちゃんは 今 何に燃えているかというと
それは 野菜作りだって。
彼女は マンション暮らしだから 畑などはないの。
でも 郊外に 一か月 1500円の借地代で
6m×5mの畑を借りている。

お総菜のパートをやめてからは
畑にせっせと通って 土を耕し 種を蒔き 苗を植え
いろんな野菜を収穫している。
キャベツ 白菜 ブロッコリー ルッコラ 水菜
大根 ほうれん草 小松菜 ニンジン リーフレタス etc
もっといろいろ言ってたけど 忘れた あまりに多くの種類で。
とにかく そんなに作ってるのって感じ。
最近の課題は 土づくりで 様々な工夫をしているらしい。

Kちゃんと野菜作りって どこか結びつかなくて
「ねえ もともと 土いじり好きだったの?」と聞いてみた。
「子どもの頃 父が家庭菜園やってたのよ。
その影響かなあ。父といっしょに土いじってたから。
でも 野菜作り こんなに楽しいって思わなかった。
初めて作った大根のおいしさは忘れられないよ。
柔らかくて 甘くて・・・」
と 野菜作りを語るkちゃんの表情が ほんとに輝いてる。
最近では その畑で 仲間ができて いろいろ
教えてもらったりしてるって。 それも楽しいね。

ところで わたしは ふと聞きたくなったことがあったの。
なぜ 総菜づくりのパートだったのか。
わたしの中では Kちゃんの雰囲気や職歴と
結びつかなくて 不思議なことだったから。
「ああ それはね 昔 母が同じようなパートやってたの。
だから やってみたくなったのよ。
でも 職場の人間関係に結構気を使ってたから
思い切って やめたの。」と。

Kちゃんのご両親は すでに他界されています。
そのご両親のやっていたことをやってみたくなったKちゃん
それをきいた わたしのこころ・・・
そうだったのねと ほんわかしちゃいました。

そのほか いろいろしゃべり続けて
Kちゃんが わたしに言ってくれました。

「〇〇子ちゃんも 絵本頑張って!!
絵本で 人のこころあったかくさせる
それはとっても 大事なこと いいことだと思うよ」

真顔で言ってくれたその言葉が すごくすごく うれしかった。

Kちゃんが 野菜づくりに燃えて
自分の世界をどんどん広げているように
わたしも 絵本を大人に広めていきたい・・・
いよいよ 気合いを入れて 活動を開始する時がきている。
Kちゃんが 背中を押してくれているような気がして
「うん 頑張るからね!!」と思わず言ってしまったわ。

    🍃

Kちゃんばかりでなく 
旧友たちは 皆それぞれ 好きなことを追究してる。
人生の後半生に
生きがいをもって生きようとしているのです。
みんな それぞれ 頑張ってるのね♪
自分のなかの小さな幸せを大事にしてるのね♪

というわけで
Kちゃんとのふたり女子会は
幸せを求め続けるわたしに
タイムリーな刺激を与えてくれたのでした。
友達っていうのは 本当にありがたいわねぇ。

     🍃

あら ⏲
一心不乱!?に書いていたら こんな時間に・・・
長々と ふたりの飲み会におつきあい頂いて
まことに ありがとうございます。


Kちゃんも わたしも

さあ これからです


         ✐ おり~ぶ




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