あら 忘れちゃってた・・・

昨日のこと
月曜日は 特養にいる叔母を訪問する日。
彼女は 亡き母の妹で 86歳です。

叔母のことは 以前記事にしました。
未読で お時間のある方は ぜひぜひ♪
   👇
○○ちゃん 気をつけてね

9時過ぎには 家を出て 10分弱で施設に着く。
最近は 30分~40分ぐらいしか滞在しないので
10時には帰宅する そんな流れになっているのだけれど
昨日は それを つい うっかり忘れちゃった・・・
とはいっても 途中で思い出して 遅ればせながら
行きましたけど・・・ 

出来る限り 同じ曜日の同じ時間帯に訪問するというのが
わたしのこだわり。
忙しくて行かない日が続いたりすると そのうち面倒になって
行かなくてもいいやって思ってしまいそうだから
訪問日と時間を決めて 自分を縛っているわけです。

ところで ブログのことですが・・・
毎日投稿から 一日おきの投稿にして はや一か月。
このペースに慣れてきましたが ひとつだけ問題あり。
毎日投稿の時は 8時には書き始めると決めていたので
それまでに家事を終わらせたりして めりはりがついていた。
ところが 一日おきにしてから
投稿しない日の朝の過ごし方が 少々乱れ気味・・・

それが 昨日の 「あら 忘れちゃってた」事件
まあ 事件と書くほどのものではありません。
でも やっぱり わたしには事件だわ。
だって 今まで 忘れたことがありませんでしたよ。
この数年間 毎週月曜日の叔母訪問。

ところが 昨日は 記事を投稿しない日だから
その分 時間があるわけ。
あれこれ やらなきゃなぁと思っていたことが気になって・・・
衣類の整理を始めてしまった。
ここ数日 気温が高いから
さすがに 冬ものと夏物入れ替えなくてはと思っていたの。
箪笥の中 押し入れの中 出したり入れたりしていたら
どんどん 時間が過ぎていった。

その間 叔母の訪問日 すっかり忘れてました(>_<)
ひとつのことに夢中になれば
他のことを忘れてしまうのは よくあることだから
アラームかけて 時間区切ればよかったのだけれど
それも忘れちゃった。

ああ 疲れたぁと時計を見たら 
何と10時になっているではないの。
そこで 初めて気がついた。
あ~ 叔母さんのとこ 行く日だったぁ!!

ちょっとだけ 明日でもいいかと思ったけれど 
翌日は投稿日だから 慌ただしくなったらいやだしなぁ。
すると 遅くなっても行こうという気になりました。
訪問時刻は わたしの中だけで 決まっている約束事だから
遅くなっても 誰にも迷惑はかけないわ 問題なし。

それで
衣類の入れ替えは そのままにして 急いで訪問の準備。
持参するものは まず叔母さん用ミニノート。
これは 彼女の様子やスタッフからの情報などメモするもの。
それに 今回は
ティッシュの箱5つとオレンジジュースの1.5Lを2本。
これらは 常備しておく必要あるものなのです。
なくなければスタッフが購入してくれますが
一回100円の買い物代がかかるので 
わたしが必ず購入して もっていくようにしてます。
100円だって もったいないもの。
わたしができることはやらなきゃね。

オレンジジュースは とろみをつけて飲むんです。
飲み込む力が かなり弱っているので
食事はすべて ペースト状になっているの。
水もお茶も とろみをつけるから きっと おいしくないのね。
叔母は あまり 飲まないらしい。
でも お年寄りにとって 水分補給は最重要。
それで スタッフから ジュースならどうかと提案があって
いろいろなジュース類を試しました。
グレープ りんご カルピス etc
いずれも 「おいしくなぁい」と言われてしまった。
現在は なっちゃんオレンジで 落ち着いています。

車を飛ばして 施設に到着。
事務室の窓口であいさつし 名前を書いていると
事務員さんが 郵便物を渡してくれます。
叔母の現住所は 施設ですから
市役所からの 医療や介護のおたよりが届きます。

廊下で看護師さんに会ったので 様子をきくと
「お食事 全量召し上がっていますよ。一時に比べたら
奇跡的にお元気です」とのこと。
奇跡的という言葉は 大げさではありません。
栄養状態が悪く 幾度か 命の危険にも陥りましたが 
今は 体重も若干増えてます。それでも やっと38kgですから
以前に比べて とっても小さくなりました。

エレベーターで2階へ。
この施設はユニット型なので 真ん中に食堂兼リビングがあり
そこを取り囲むように 10部屋が配置されています。
わたしが行く時間帯には 数人の利用者の方が
テレビを見ていたり お話をしていたりします。

叔母の部屋を開けると いつものように臥床している。
食事の時だけは 介助されて車いすに乗りますが 
それ以外は 終日 ベッドで過ごします。
介護5で 寝返りも少ししかできません。

「ミツさん おはよう 〇〇ですよ」と 声をかけると
「〇〇ちゃん 今日は 遅かったねぇ」と
目を開けずに答えるから驚いてしまった!!
認知的には まだまだ健康的な叔母だけれど
それにしても 時計をみているわけでもないのにわかるの?
「遅かったねぇ」と言われて 「忘れちゃってたの・・・」とは
さすがにいえないから
「うん ちょっといろいろあって遅くなったの ごめんね」と言うと 
聴いているんだか いないのか?
スースーと 寝息をたてている。
夢を見た話や スタッフへの不満など話すこともあるが
この日は 眠ってしまった。

スタッフに聞いたら 昨夜あまり眠れなかったとのこと。
朝食では 「わたしのも 手伝ってー」と 大声を出したらしい。
右手でスプーンをもって自力で食べているのだが
さすがに疲れるらしく イライラして叫んだのでしょう。
食べ物を口にいれては むせかえるから
ゆっくりゆっくり口に運んでいる様子。

スタッフは どうしても介助の必要のある人を優先して
お手伝いしているので
それをみて 「わたしも~ 」と思ってしまった彼女の気持ち
わからなくはない。
いつもいつも頑張って スプーンで食べてるけど
疲れてる時はたまに手伝ってほしいと
わたしだって思うよ きっと。
ミツさんのこころの叫び お願い 受け止めて~。

スタッフには 「ご迷惑かけてすみません」と言いながらも
「叫ぶ元気があってよかった」なんて内心思っていたら
「大丈夫ですよ ミツさん それだけ元気があるっていうことだから。
でも 他の利用者さんの介助してると 
なかなかミツさんの方にいけなくて すみません」とスタッフ。
そんなふうに受け止めてもらえるだけでも 
ほんと ありがたいです。

ミツさんが眠ってしまったので 箪笥の中を整理したり
洗面台をきれいにしたりしてから 早々と帰ることにした。
声をかけて 起こしてしまうのも忍びなかったが
本格的に眠っている感じでもなかったので
「ミツさん また来るね」と声をかけた。
彼女は 「うん」とだけ・・・
最近は 「もう帰っちゃうの」ということも増えてきているが
「うん」とだけ・・・妙に寂しいね。
でも ミツさんは もっと寂しいわね・・・

というわけで
忘れているわけじゃないけど
忘れてしまった 叔母の施設訪問
遅くなったけれど 今週も行けました。

また 来週 行くからね💛


          おり~ぶ



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桜にとっては 無情な雨・・・

昨日の午後 ゴロゴロと 雷の音がした。
春雷 というと 少々ロマンチックな雰囲気だが
雷は 大の苦手である。
目をつぶり 耳をふさぎ 恐怖のどん底・・・
幸いこの日は パステル和アートのレッスン日だから
ひとりではなかった。
先生と一緒だから ふだんの怖さは激減!!

ちょうど 桜の絵を描き始めたところ・・・

雷の音は 初め 申し訳なさそうに 少し遠くで
2~3回ゴロゴロしていたが
4回目は 急に近くなった。
ここにいるぞと言わんばかり 大暴れしている。
と同時に 激しい雨が降り出したので 驚いて
カーテンを開けたら ひょうも降っているではないか。
小さな粒だが パチパチと道路に落ちる音がする。
この季節に ひょうが降るとは
春の天気は 何と 情緒不安定 極まりないことか。

パステルのピンクの色を指でこすりながら
ふと 勤務先の病院の桜が 気になった。

この季節 大きな数本の桜は 見事に花をつけている。
先週は 満開になり 病院の庭は 華やかな春爛漫♪
そんな中
緩和ケア病棟の患者さんと一緒に お花見をした。
車いすや ベッドのまま・・・
外に出て 春の風にふかれるだけでも 楽しいこと
まして 桜の花の下に わが身を置くことができる。
こんなに うれしいことはない。
おひとり おひとり 待ちに待っていた 桜なのだから。 

車いすやベッドから見上げる桜の花々は 青空を背景に
こぼれんばかりの微笑みで歓迎してくれている。
それを愛でるひとも とびきりの笑顔
弱々しい表情の中に こんなエネルギーが宿っていたんだと
思うほど いのちがキラキラと輝いている。
スタッフのひとりが 
桜木の下の方に咲いている小枝を数本 手でちぎって
患者さんに差し上げると・・・
手でしっかりと枝をもち 花びらのにおいをかぎ
ほっぺたにふわふわとくっつける。
「桜はいいねぇ 見られてよかった 本当によかった・・・」
と感無量の表情
そのひとことの重みを わたしは 全身全霊で受け止める。

スタッフが 禁を犯してまで 枝を折り
手渡したかった 桜花
それを うけとったひとの満面の笑み
ああ 今を生きていらっしゃる・・・
春を感じていらっしゃる・・・
そして わたしも スタッフも
共に その同じ時を 生きているのです。

    🍃

先週の そんな場面を思い出していたら
あの桜たちも
この雨で もう 散ってしまうのではないかと心配になった。
先週 満開になっていたのだから
いずれ 散る方に向かうのは必至だが
一挙に花がなくなってしまうのは寂しい。
散り際の桜木の下 淡い桃色の花びらが
ひらひらと散って来るのもまた 風情がある。
そんな花舞う時期に 患者さんとご一緒した事もあったのだと
さらなる記憶が蘇ります。

とは いっても
桜の花は 人間の都合などきいてはいられない。
桜は 満開ののち
すでに来年の開花に向けて 準備を始めているのだ。

花が散り葉桜となる頃 その緑葉が ある物質をつくるという。
それは 休眠物質。
翌年つぼみの芽吹くところに ぎっしりと蓄えるらしい。
冬になって寒くなると 木は眠る その時のための休眠物質。
桜にとっても 眠ることは大いに必要なのだ。
ヒトも桜の 同じような生き物なのだと しみじみ思う。

冬の間に 休眠物質を使い果たして 桜は目覚める。
そして つぼみが大きくなり 開花するという。
冬の寒さが 厳しければ厳しいほど 休眠物質はどんどん
使われて なくなってしまうので 花は一気に咲きそろう。

こんな桜の開花のメカニズムを知ってから
わたしの桜への見方に 変化あり・・・
これまでは 桜花の見事な美しさは いうまでもなく 
パッと咲いて パッと散って 美しさゆえのはかなさにも
魅力を感じていた。
そこに さらに こんな見方が加わった。
散ると同時に 夏の間 葉を茂らせ ひたすら休眠物質を作り
秋は枯れ葉を落とし 冬は裸木になって眠りにつく。
そして 厳しい冬を眠ったあとは 見事に花を咲かせる。
そんな 桜の一年を想って 浮かんだ言葉がある。
それは ひたむきさ・・・
はかなさ + ひたむきさ・・・

冬の寒さが厳しいほど 花開く・・・
人間も そんなところがあるような気がする。
花が開くかどうかは わからないが
辛い事 哀しい事の試練に耐えるほど
人生の味わいを感じられるように思うから。

桜のように ひたむきに生きていけたら
きっと 後悔しない
自分の人生 自分の生き方に・・・

詩人 八木重吉氏の詩・・・

 綺麗な桜の花をみていると
 そのひとすじの気持ちにうたれる


詩人の書いた 「ひとすじの気持ち」
わたしの感じた ひたむきさ と ほんの少し
近いだろうか。
わたしも 桜のひたむきな姿に
こころ打たれている ひとりです。

    🍃

パステル画のレッスンが 終わる頃
雷の音は遠のいていき 雨はやんでいる。
薄日もさしてきて またすっかり春模様。

数枚のパステル画から この一枚を額に入れた。

DSC_0592.jpg

桜の花が終わっても ずっと 飾っておくことにしよう。

桜のように
ひたむきに
一途な思いで 生きていきたいから。
せめて 自分がこれだと 思うことには・・・

来年もまた 桜の花に 会いたいから。
必ず 会いたいから。

    🍃

明日は また 病院に勤務します。
はらはらと舞う 花びらを この両手に受けとろう。

桜木のひたむきさが
わたしに 宿りますように 💛


          おり~ぶ
 

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待った甲斐がありました。

何を待ったのか・・・

姪と二人で 義姉の手術の終わるのを 待ったのです。
祈りつつ 願いつつ 待った時間・・・

腎臓をひとつとる
数日前の記事に書いた 義姉の決心・・・
いよいよ その手術の日 それが おとといのこと。

手術の前日 本人と姪夫婦が 医師から説明を受けました。
開腹して 右の腎臓切除。
通常は 2時間ほどで終わるが
周囲に癒着のひどい場合は 3時間ぐらいかかるとのこと。

当日は・・・
義姉のきょうだい達は よんどころない用事があったり
お年寄りのお世話があったりなどして 立ち合えない。
甥(義姉の息子)は遠方だし 仕事も休めない。
というより 義姉が 遠いから来なくていいと
電話していたようです。
それで 姪とわたしが 付き添うことになりました。

付き添うと書きましたが この場合 違いますね。
当然 手術室の中には入れませんから(>_<)
義姉が手術室に入るのを見届けて 手術の終わるのを
待って 出迎える・・・それが わたしたちのお役目です。

9時30分に 手術室に入る。
「行ってらっしゃい 待ってるからね」と声をかけると
義姉は バイバイというように手を振って
扉の奥に消えていった。やはり 少し緊張している表情・・・
彼女とわたしたちの それぞれの不安なこころが
扉越しに かすかな一本の線でつながっているような・・・
そんな感じがしました。

手術開始前に ナースから 院内のPHSを渡されました。
手術が終わった時に 連絡を受けるためのもの。
院内しか通じないので 外には出ないようにという指示。
「手術の始まる時にも 連絡します」というので
手術室に近い待合の椅子で待っていると
「今から始めます」というコールがあった。
10時30分・・・

手術に要する時間は 2~3時間。
じっと 手術の無事を祈る気もち・・・
それにしても 長時間そこに座っているのも疲れてしまうから
とりあえず いったん その場を離れることにした。
とにかく 医療スタッフにお任せするしかない。

院内のカフェコーナーで
ひさしぶりの姪とのおしゃべり・・・
姪の子ども達のことなど話題にして いろいろ話した。
気がついたら 午後1時近くになっているではないか。
その間 PHSの手術終了コールはなかった。
ということは 癒着があって 時間がかかっているのか。
その場合の終了は 午後1時30分頃・・・
あわてて 軽食で腹ごしらえをして
手術室のあるフロアーに急ぎました。

でも 2時になっても 3時になっても
PHSのコールは鳴らない。
二人とも 
「癒着がひどいんだろうか」
「なんか困った状況になっちゃったとき
電話くれるのかな?電話がないっていうことは
大丈夫だよね・・・」などと だんだん心配になってきた。
今度こそ あらためて 祈るような気もち・・・
実際 こころの中で 祈りました。
どうぞ 手術が 無事に成功しますように・・・

それ以後も待つこと さらに一時間
午後4時 待ちに待ったPHSのコール音がした。

ああ やっと手術が終わった・・・この時は
とにかく 安堵しました。
術後の説明があるというので
その場で待つこと さらに 20分後
医師が 腎臓と尿管の一部をトレイにのせて 現れた。

左右対称に開いた腎臓の中には
親指の先位の大きさの結石が 3つ見える。
「思った以上に 周囲との癒着がひどく 時間が
かかりました」と告げる医師の声から
やり遂げたというような気もちが伝わってくる。

彼の説明によると 手術しないで放置しておいたとしたら
膿腎症という病態に進んでしまった可能性があるとのこと。
機能していなかった腎臓の上部には
長い間に すでに膿のようなものが溜まっている。
その中で 結石が大きくなっていったらしい。
「膿腎症の症状が出てからでは 手術はもっと困難だから
今回手術を行ったのは 正解でした」という彼の言葉に  
ああ 手遅れにならずに済んでよかったと
あらためて胸をなでおろしながら 深々と頭を下げました
医師・スタッフへの感謝の思いをこめて。

それにしても わたしは 腎臓をこの目で見たのは初めて。
というか ヒトの臓器を見たのは初めてです。
同じものが わたしの身体にも備わっているんだと思ったら
やっぱり あらためて意識しました ヒトのいのちということ。
おもわず 自分の腎臓の辺りに手をやって
腎臓を感じたくなった 服の上から・・・愛おしくなりました。 

麻酔の覚めるのを待って部屋に戻るのだが それまでの間
姪は 方々に電話をかけたり メールを送ったり。
みんな 手術の成功の報告を待っていたことだろう。
予定よりだいぶ遅れたから
やきもきしながら心配していたに違いない。
無事を知らせる電話の声が 明るく生き生きと響いていた。

     🍃

手術室から出てきた義姉は 目をつむったままでした。
熱が出てきているのか 小刻みに震えています。
2年前の 内視鏡による結石粉砕時も 熱発しているので
今回も同じかもしれない。
酸素マスクをして 青白い顔で横たわっている彼女を見て
わたしは 「おねえさん」としか言えなかった。
目をつむったまま 小さく頷いた義姉・・・
前回の手術に比べたら ずっとずっと侵襲的な開腹手術。
よく耐えた 頑張った 無事で戻ってきてくれた!!
おねえさんのいのち💛

部屋に戻り ナースから 術後のケアのあれこれを施された後
わたしたちは やっと ベッドサイドに行くことができました。
義姉は 先ほどよりは少し安心したのか 目を開けていた。
今度は わたしが「おねえさん 頑張ったね」
姪が 「大丈夫だよ」と声をかけました。
彼女は 今度は 大きく頷いたような気がする。
そして ぼそっと言った。
「ふくらはぎが熱いんだけど・・・看護師さんに言って」
熱発しているから?と 姪と顔を見合わせながら
看護室にコールすると ナースが来て
ふとんをめくって教えてくれた。
術後にエコノミー症候群にならないように ふくらはぎを
温めているとのこと 血流をよくするように。

義姉も それを聞いて安心したらしく
「もう帰っていいよ」と言ったので 
姪は 「じゃあ 明日来るよ」と告げた。
わたしは 「あとでくるね」とだけ。
今度の日曜ぐらいなら 少し落ち着くだろうから
そのころに来ようとこころに決めていた。

駐車場に向かいながら 
姪が 「腎臓見た時 これは脂肪って 先生が言ったでしょ。
あの黄色い部分・・・あれ見たら ああ わたし
本気でダイエットしようって思っちゃった。
あんなのがわたしのお腹にあるのいやだぁ」と
真面目な顔をしていうので 思わず笑ってしまいました。
彼女は スラッとして太ってもいないのだれど
「お腹周りにお肉あるよ」と ポンと腹をたたいていた。
そんな話ができるぐらいに ほっとしたのでしょう。
手術が無事に成功して 母親の声をきけたのだから。

     🍃

翌日 姪からのラインには
「昨日はお世話になりました。
今日は昨日の帰り際とは全然違う様子で
だいぶしっかりしてました。明日は歩けるらしいです。
熱は39度まで上がったけど 今は37度に下がってます。
来てくれるのは できたら日曜日位がいいなあと言ってました」
とあります。
ほら やっぱり 見込み通り。
日曜日に見舞うことにしよう。 

    🍃

無事を祈って待った時間は 長くもあり 短くもあり

とりあえず 願いはかなえられて・・・
待った甲斐がありました

         おり~ぶ


(お知らせ)
   本日は 帰宅が深夜になりますので コメント欄を閉じております。
   ご理解下さいませ m(__)m
 

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昨日は 学生相談室の仕事で
久しぶりに 若~い人たちに会いました。
まだ10代の新入生 20名

グループカウンセリングの日だったのです。
ちょっとしたゲームも取り入れた 出会いのワーク
わいわい がやがや 楽しかったぁ。
彼らが かわいくて かわいくて・・・

初々しくて 元気で それで まだ学校生活や
友達関係になれていないから ちょっとシャイで・・・
でも ワークをやる中で 徐々にこころがほぐれて
いい笑顔になってくる。

40分ほどのかかわりだったのですが
キラキラしている彼らから
何だかいっぱい パワーをもらってしまって
帰途の車中でも クールダウンできず
好きな音楽かけて 大きな声で歌ってしまうほど。

帰宅してすぐ 入浴タイム・・・
これまた 興奮冷めやらず ついに
お風呂でも歌ってしまったの。
もちろん 歌おうと思って湯船に入ったわけでは
ないから 歌う曲は決めてなかった。

ふと 口をついて出たのは・・・
ユーミンの曲

曲名は 「あの日に帰りたい」
20代に流行っていたのです。
カラオケで歌ったのは 就職してからだったわ。
これは 当時のわたしの18番 (^_-)-☆
前奏のメロディーから スタートよ。

泣きながら ちぎった写真を 手のひらに つなげてみるの 
悩みなき きのうのほほえみ わけもなく にくらしいのよ
青春の後ろ姿を 人は皆忘れてしまう
あの頃のわたしに戻って あなたに 会いたい~🎵


そらで覚えてました!!2番も ばっちりです。

「あの日に帰りたい」だなんて・・・
青春真っただ中の 彼らに会ったから
わたしのなかの ピュアなハートが 刺激されたかな。

次に歌ってみたのは
「やさしさに包まれたなら」

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても 奇蹟は起こるよ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ


この曲も 覚えてた 2番もOK🎵

「ルージュの伝言」や「陰りゆく部屋」も歌おうと思ったけど
これは ところどころしか 覚えていませんでした。

お風呂の中で歌っているから 声が響くでしょ。
エコーがかかって 上手にきこえるから いい気分です。
ちなみに わたしの家のお風呂側には 家がありません。
道路を隔てて 空き地が広がっているから
隣家を気にする必要がないのです。

それに 強風が吹いて ごうごうと風の音がしていたから
わたしの歌声がもれても かき消されるでしょう。
安心して 誰もきいていない ひとりコンサート・・・
カーテンコールはないけれど 2曲を何回もリピートよ。
そのうち お湯が冷めてきてしまったので
ふだんはやらない 追い炊きまでしちゃった。

おまけに 夕食が済んでからは
Youtubeで また ユーミンの曲を聴きまくり
昔の歌声 最近の歌声 堪能しました。

ユーミンは1954年生まれ
わたしは1955年だから ひとつ違いよ。
わたしが ユーミンの曲を知ったのは
いわゆるユーミンの第一次ブーム時代。
その後の曲は さびの部分ぐらいしか歌えません。
さらに 後の曲は 聴いたことあるなあぐらいの感じ。
最近では 2011年の「春よ 来い」
これは 何度も聴きました。
震災後の被災地支援チャリティーの曲 素晴らしいです🎵

思えば ユーミンは ず~っと活躍中。
ドラマの主題歌やCMソングもたくさん作っているんですね。
昨夜は ユーミンの歴史や映像などを辿って
ほんの少しだけ 彼女の生き方に思いを馳せました。
わたしにとっては
とても華やかな 遠い世界に生きるひとだけれど
時には こころの近くにぐっと引き寄せて
しみじみ想ってみてもいいかしら。
同世代の女性として・・同じ時代に青春を生きた仲間として・・・

   🍃

なんだか ユーミンの話になっちゃいましたが
今日 書きたかったのは
ユーミンのこと・・・と いうわけではなかったわ。

    🍃

そう こういうことが書きたかったんです。

わたしの 青春の思いは
今もこころの奥にしまってあって
それは決して 色あせてなんかいない。

「あの日に帰りたい」の2番の歌詞にある
光る風 草の波間を
かけぬけるわたしが見える 
という部分・・・
キラキラとした光や風の中を
青々としたこころで フレッシュに駆け抜けたわたしを 
今だって 忘れてはいません。

大人になっても 奇蹟は起こると思っているし
優しい気もちで わたし自身を包んで
目に写るすべてのことがメッセージという感覚も
まだまだ味わえます。

「あの日に帰りたい」を お風呂で熱唱したけれど
あの日に帰りたいわけではありません。

ただ・・・
あの日の思い あの日のわたしのように
こころは いつでも青春!!

まあ 身体はどんどん老いて 枯れていくから
せめて こころぐらいは 瑞々しくありたいの。
心身一如ですから こころがそうなれば
お肌にも 少しはハリが出るかしら (^_-)-☆

ということで
若いひと達からの 青春ビームを受けて
若い気 起こしちゃってる わたしです


       おり~ぶ



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昨日は 長兄の月命日なので 義姉の家へ。
お仏壇に手を合わせ いろいろな話をしてきました。

実は 彼女
今週入院して 手術をすることになっています。
どんな手術かというと 右腎臓摘出手術・・・

2年前には 腎臓結石で 結石破砕手術を受けています。
どうも 体質的に 石ができやすいみたい・・・
この時は 内視鏡による手術でした。
その 手術自体は成功して その後 石が動くことによる
痛みも出なかったのですが・・・
術前の精密検査で 右側の腎臓が機能していないことが
わかったのです。
医師によると おそらく 片側だけが働いていたのでは
ないかということでした。
腎臓はひとつだけでも機能していればまずはOKなので
そのまま 放っておいてもいいのでしょうが
医師と義姉との相談で 結局摘出することになりました。

決心するまでは 少し迷ったみたい。
「〇〇ちゃんなら どうする?」と一度だけ聞かれました。
「先生との話し合いで本当に納得できて その方がいいなと
思ったとしたら わたしも手術するかもしれない」と答えました。
医師との相談の場にはいなかったので
詳しいことはわからない。
でも 本人が納得するということが 最も重要なこと・・・

そして 義姉は 子ども達やきょうだいにも相談して
自身が納得して 手術に臨むことになったのです。

前回の腎臓結石破砕手術の時は 下半身麻酔でしたが
今回は 全身麻酔になります。
先日 麻酔医からの説明も受けて 不安に思っている様子。
「聞けば聞くほど いろんなことが心配になっちゃう。
そんなに詳しい事 聞かない方がいいぐらい。
わたし この家に戻ってこれるのかしら」
と 心配そうな顔で話します。

彼女が手術というものを体験するのは 初めてではない。
前述したように 2年前にはもちろん・・・
そのず~っと前 18年前 長兄とお別れした3か月後に
子宮筋腫摘出手術もしているんです 48歳の時・・・
長い間 経過観察中だったのが 貧血もひどくなってしまい
ついに 手術に踏み切った。
義姉は その時のことを振り返って
「あの手術の時は こんなに怖くなかったような気がする。
もし 手術が失敗して
万が一死んでしまうようなことがあってもそれでいいや。
お父さんのところに行けるんだからって思ってた」と・・・

わたしは 当時の彼女の思いが 自分のことのように迫ってきて
胸が熱くなった。
わたしだって 夫とお別れした時 そんなふうに思ったことが
ある・・・

「そうだったのね・・・ それで 今回は どんな感じ?」
と わたしがきくと
「うん あの時とは違うよ。何だか とっても怖いのよ。
だって 今は まだ死にたくない。
4人の孫たちの成長 見ていきたいじゃない。
せめて 80歳ぐらいまでは 元気でいたいよ」と快活に答える。
「でもね 手術が成功しても
この先 もし 片方の腎臓の働きが悪くなっちゃったら
人工透析 受けるようになるかもしれないでしょ。
それ考えたら また 心配になっちゃう」と 今度は暗い顔。

わたしは 「そこまで 考えたらきりがないわよ おねえさん。
そんな先のことは そうなったとき考えればいいんじゃない。
まずは 手術に備えること。
いろんな準備OKでしょうけど」と言いました。

几帳面な彼女 すべて万全に用意してあるはず。
「うん 大丈夫よ 持ち物は準備完了。
昨日は 箪笥の中片づけた それと うちの中きれいにしたよ。
帰って来たとき 乱雑だと嫌だから。
あっ それと 先生が風邪をひかないようにって言ったのよ。
やっぱり 身体がいいコンデションじゃないとね。
だからあったかくして ちゃんと食べて よく眠るようにしてる」
と さすが おねえさん。

そんなやりとりをしながら・・・わたしは
バッグからごそごそと取り出して 彼女に
渡したものがあるのです。
それは お守り・・・

DSC_0582.jpg

水戸八幡宮の 「勝守」

「あっ 前の手術の時ももらったね ありがとう!!
前のもまだ 持ってるわよ」というので
「お守りって 一年位で効力消えるみたいよ。
だから 新しいのを用意してきたの」とわたし。

一年でご利益なくなるかどうかは 根拠なき話なんだけど
八幡さまにお詣りして 求めてまいりました このお守り・・・
実は 10数年前の乳がん手術時 わたしもこの「勝守」を
持参して入院したのです。
だから 義姉にも 持っていってほしかったの。
勝守 ご利益は抜群よ(^_-)-☆

     🍃

ということで 今週もいろんなことが ありまする。
実をいうと 勝守は・・・ ふたつ買いました。
ひとつは 義姉に。
もうひとつは わたしに。

ウォーキングとか 朗読のための発声練習とか
自分でやると決めておきながら
ついつい サボってしまう サボりのサボ子が
わたしの中に住み着いているので・・・
サボ子に 喝!! サボ子に勝つ!!
そのための 勝守
どうぞ わたしをお守りください

あなたにとっても 
大いなるものに守られた
よき一週間でありますように


       おり~ぶ



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